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甲殻の翼  作者: 月弓 陽
アントナーラ編
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ロダ村へ

 アントナーラの街の朝も大分冷えるようになっていた。冬がもうすぐそこまで来ている。ハルト達は暖を取ることも兼ねて工房の炉に火を入れた。


「長時間の飛行テストも問題なさそうだったし、次の段階に移っても良いかな」

「熱の問題は季節も大きい。来年の夏にもう一度見直をした方が良い」

 ミックの言う通り、負荷環境を再現する施設は今の所ないしな。熱対策は来年の課題か。


「次はシートベルトとか細かいことを詰めて行こう」

「いや、その前に年間を通しての運用を考えるんなら風防はいるだろう。これから冷えるし。それと正面と腹の下に明かりがあった方がいい。何時何処でどんな状況で使われて大丈夫なものに俺はしたい」

 ミックの実用を想定した完成まではまだしばらく時間かかりそうだ。


 ノエルが軽い朝食を運んで来た。

 パンと簡単なスープに紅茶から湯気が立っている。

 街で寝泊まりをするのに優雅にお金をかけてもいられないのだ。食事なしの安宿にハルト達は泊まっていた。カッツェは騎士団の寮の一室を借りていて工房で合流の毎日だ。

 ステュアートとアリシアにジュノー、それにアリシアと和解したジェルマンが資金を集めに回っているがまだ正式な契約にはまだ至っていない。

 ジェルマンさんは後添えの奥さんと離婚することに決めたらしいし良かった。アリシアが平穏なのが一番だ。


「おはよー」

「カッツェ遅いよ」

「すまんすまん。そう怒るなノエル」

「そんな事言ってまた何かあったらどうするの?本当はわたし達と一緒のとこに泊まって欲しいくらいなんだよ」

 真剣な表情のノエルにカッツェも押され気味だ。


「これでも騎士団方面の面々と打ち合わせもして来てるんだ。ちょっと遅れたのは悪かったけど。そういやさ、」

 思いのほか強い風向きを変えるかのようにカッツェは続けた。

「騎士団ではやっぱり多角的な運用を考えてるな。完全な夜間行動って訳でもないけど多少暗くても離着陸出来るようにはしといた方がいいな」

「やっぱりそうでしょ」

「ですよねぇ……」

 ライトをどうするか?……腕を組むハルト。


光石ひかりいしはそんなにマナを食わないのいいんだけど、絶対的な光量が足りない。反射板を作んないとな」

「反射板?」

「発光体を鏡に反射させて光量を稼ぐんだ。出来ればお椀みたいな丸い構造の方が良いと思う。俺も詳しく知ってるわけじゃないけど」

 車のヘッドライトは鏡の中にあったような記憶がある。

「鏡は焼き物職人の領分だな。特殊な燐粉液を塗って焼くんだ」

「質のいい光石の入手も含めてアリシアと相談かな」

 ハルトがアリシアの名前を出すとノエルの顔に露骨に影がさしこむ。それに気づかぬハルトではないがどう反応して良いのかが分からない。


 アリシアへの気持ちはどうしようもないん。でもノエルが頑張って森に残らなかったらマナの通ったロッキの殻がある事を知らなかった。飛甲機を開発するなんて現実的に思えなくてにここまで興味を持たなかったかもしれない。やる気になったとしてもマナの通った蟲の殻を調達するところから初めなければいけなかったらずいぶん違う展開になってだろう。その前に文献にたどり着いたのだって洞窟が巣だって知ってたから辿りにいって見つけたようなもんだ。ノエルの貢献は大きい。何よりも仲間だ。開発の現場ではいつも一歩引いた位置にいるけど個人的な感情うんぬんの前にノエルの意見は尊重したい。


「ノエルは何か意見は無い?」

「えっ わたし? わたしは物作りのことはよく分かんない……」

「作業のことじゃなくても何か気がついたことはあったら教えて欲しいんだ」

「えっと、ホントにちょっとズレた事になっちゃうんだけど、ハル達は夢中になりすぎ、だと思う」

「どういうこと?」

「早く完成させたいのは解るけど、もう随分お家に帰ってないでしょ。マーちゃんやマリーお母さん、寂しがってると思うんだ」


 そう言われてみれば随分と村に戻ってない。


「冬は色々大変なんだよ。それに女だけじゃ不安だと思う」

「そうだな。父さんが戻って来たら相談してみよう」


 カシャリと、と入り口の鍵を開ける音がして工房の扉が開いた。

「湯屋っ、ゆやぁー♪ ゆやっ、ゆやぁー♪」

 顔をテカテカさせたハロルドがノリノリで入って来る。

 朝から風呂ですかぁ? 爺さんがお風呂ソングって誰得だよ。十万三千冊のシスターさんじゃあるまいし。


「先生、朝からご機嫌ですねぇ」

「そりゃそうじゃ」

 

「邪魔するよ」

 ハロルドの後からウルデが顔を出した。

 そういうことかぁ。このスケベじじい!


「ウルデさまは寒くないんですか?」

 相変わらず露出度高いし。セクシーすぎ!

 

「あたしは何の問題もないなんだけど、周りが奇特なもんでも見るような目で見るから困るんだよなぁ」

 奇特っていうか、おおー、って方が多いんじゃないですかね?特に胸元とか網タイツとかに。

「少しは自重して下さいよ。天使様なんだから」


「なんだ?ノルンは大人しくしてなきゃいけないのか?ん?」


 ウルデはハルトのあごを捕まえると瞳を潤ませて顔を近づけた。

 ちょっ、近い! それ以上は触れちゃう!

 たとえ間違いでも何かあったら殺される、多分。試練だよ。試練!


 うふ、っと笑ってウルデはハルトの顔を離した。

 ノーラは口に手をあてて固まってしまっている。

 ハロルド爺さんはソファーに寝転がって寝息をたてそうなくつろぎっぷりだ。

 

「あの人はホントに……」

「ところで開発は順調なのか?」

「まぁそうですね。ここで出来ることも一段落つきそうなんで一旦村に戻ってもいいかなって話てたとこなんです。家族も心配だし。あとは村の工房でも出来るかなって。もう村までは飛ばせそうだし」

「家族に心配かけるなよ」

 あんたに言われたくないです。


「ウルデさまもちゃんと帰ってあげて下さいよ。ベルダンティア様が心配してますよ、きっと」

「なんだ、お前はベルダンティア派か。まぁ、あいつは性格いいからなぁ。――良しっ! たまには帰ってやるか!」

 早速一回帰ってくるわ。とウルデは工房を出る。

 何しに来たんだろ?カッツェも固まっちゃったよ。


「あの御方はホントに……」

「天使様とか鳥の人って高貴な方々なんでしょ?カッツェももっとしっかりしてくれよ」

「まだ良い方だよ、これでも。主神の神々なんて全然大変だぞ」

「そうなの?」

「気まぐれで大変らしい。天使様たちが呆れるほどに」

「ふーん」

 色々あるんだなぁ。よくわからんけど。まぁ俺は俺で出来ることやるしかないからな。そろそろ仕事するか、あれ?父さん、この時間にめずらしいな。

「おはよう、父さん」

「おはよう」

「どうしたの?こんな時間に?」

「セルドが村長を解任される。村を出るそうだ」

「だったらやっぱり一度村に帰ろうよ」

 ノエルがハルトとジュノーの会話に混じり、その方向で話しがまとまった。


 アリシアとステュアートさんが昼には来るからそこで最終決定かな?村まで飛甲機を飛ばすのは俺でも出来そうだし。

 ハルトのマナはまた増えていた。もう少しでカルドのゲージが下級貴族のボーダーを超えようとしている。


 ハルト達はアリシア達が来るまで飛甲機のチェックや調整に精を出した。ハロルドは「なんじゃ、村に戻るのか、そんならもう一回」とまた湯屋だ。ノエルもマーちゃん達のお土産買いに行ってくる、と出かけて行った。


 アリシアがいつも時間にランチバスケットを持って工房に入って来る。


「ご機嫌よう、みなさん」

 随分元気になったな。


 表情は明るくなったがアリシアの髪型が頬のあたりで一段出来て変わっている。

 スネイルに触られたのが許せなくてそこを所を切ったって聞いたけど中学の卒業式以降の綾乃と同じ髪型だ。これが運命ってやつなのか?そういえば綾乃は何で切ったんだろう……。俺は理由を知らない。アリシアとの方が距離が近くなってるから知ることが出来たってことのなのか? 俺がイジメにあってた時に綾乃に相談したりしてたら綾乃と何か関係が生まれて俺も髪型が変わった理由を知れてたってことなのか? 今更だけど……。そう、今更だ。今も目の前に現実があるんだ。それを頑張るしかないな。


 村に帰る話を交えつつハルトはステュアートを始めとした皆の進捗報告に耳を傾けた。


「皆様のお陰でお披露目は好評です。大好評と言っても良いでしょう。当面の資金は確保出来たのですが、前例がない物なので何処とどのような契約を結べば良いのかまだ暗中模索な状態でして……」

「騎士団の方では是非うちに欲しい、という話になってるみたいですね」

「はい、そのお話も伺っています。今一番有力なのは新設される領主様直轄の部署との契約です。そこから騎士団を中心に重要な移動、輸送に使われるようになるか、と思います」

「なんだか大事おおごとになってるんですね」

「ハルト、前にも言いましたけど、これはある意味革命なのです。馬車の乗り心地が良くなった、というのとは訳が違います。幸い好意的な反応が多いので助かっていますけれど事が大きくなったらわたくし達の手に余るようになるかもしれません」

「ですが、ご安心下さい。開発した功績が実利に結びつくように専門の法律家を雇うことになりましたので。怪しげなやからには手は出させないとジェルマン様もおっしゃっています」


「アリシア、お父さんとは大丈夫?」

「ええ、色々ありましたけど、私の目が曇っていた。許してくれとおっしゃってくれたわ。離縁も決まったし、もう大丈夫です」


「セルドが村長を解任されるって父さんから聞いたけど」

「スネイルは手下に罪を被せてまだ白を切っているようですけど、誘拐未遂と脅迫したことは明白ですからスネイルの貴族の地位の剥奪とセルドの左遷は当然でしょう。セルドは街の役所の閑職に就かされることになると思います」


「解雇にはならないのか……」


「まぁ、村からは出ていくんだ。村の工房で仕事をするにはやりやすくはなるな」


わたくし達も警備を強化するのであまり心配しないで下さい。騎士団からも警備が派遣されます。ブロック工房ににも警備を雇います。それにロダのブロック工房で作業をするならデニスを付かせますから必要な物も届けられるでしょう」


 でも村に戻ったらアリシアとなかなか会えなくなるな……


「その……わたしもブロック工房にまたお邪魔してもいいかしら?」


「もちろん。共同開発者なんだし遠慮しないで来て欲しい、です」

 なんか訳わからん語尾になってしまった。もう噛む寸前。


「そんじゃ俺はレーズとレヴンを連れに行って来るわ。飛甲機を単独飛行させるわけにもいかんし」

 出来る限り鳥の人だとバレないように守り鴉をロダの森で待たせているカッツェも今回は必要だと判断したようだ。

「それじゃ出発は明日の早朝、出来るだけ人目がない時間で良いかな?」

「そうしよう。ロダへ帰ろう。マリエール達が待ってる」



 日が昇る時刻が随分と遅くなった早朝、アリシア達に見送られて飛ぶ暁の空は少し寂しかった。


 でも隣には守り鴉が飛んで、街道には父さんやノエルのコボルが走っている。後ろの席には長距離飛行を見ていてくれてるミックもいる。家族と仲間がいる。これもある意味日常だ。日常を積み重ねて行くんだ。



 ロダ村への飛行も特に何事もなく、中心部を迂回するルートでロダの村上空に入り、家の裏庭に着陸するとショコラが全速力で飛甲機とハルトに駆け寄ってくる。その後すぐに家から出てきたマリエール、マーガレットに出迎えられて懐かしの我が家にハルトは戻った。

 しかしそれもつかの間のこととなる。

 



一旦アリシアと別れてロダ戻りました。

次は「素材を求めて」です。水曜日に更新します。

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