黒い影
今日は二話投稿します。二話目は短めです。
街の工房に移って10日が過ぎた。
ロダの工房と同じくらいの敷地面積に零号機が運び込まれ、ハルト達はボディー前部を開口しエアインテークを作っている。冷却の効率を上げるためだ。エアインテークから外気を取り入れ、大型のラジエーターを内部に設置する作業に入っていた。
「ほれ、もっと気合を入れい!」
パシコン!とハロルドのハリセンがハルトの頭に飛んだ。
「ちょっと!邪魔しないで下さいよぉ」
ミックが冷却装置の表面積を稼ぐにはこんな形が良いんじゃないか?と提案した時に作ったハリセンはすっかりハロルドのお気に入りだ。
「なんじゃ人を邪魔者扱いしおってからに。そんじゃ、お言葉に従って消えるとするかの。しっかり働けよ、坊主と坊主2号」
坊主2号とはミックのことだ。
「また湯屋ですか?好きですねぇ」
「湯は年寄りには極楽なんじゃよ。ほんじゃな」
日課になった湯屋通いに消えたハロルドと入れ替わりにアリシアが入ってきた。
アリシアは毎日のようにお菓子を持って工房を訪れる。
「ハルト、ご機嫌よう」
「アリシア、いつもありがとう」
そう呼び合う仲に二人はなっていた。
「そろそろ休憩にしよう」
活性液の配管をエアインテークを避けるように配置し直していたハルトは手を止めた。
「この赤い液体はサルビアの花なのでしょう。花が命の動きを与えるなんて」
「赤いサルビアの花言葉は、情熱、とか熱い想いなんだ。だから爺さんが活性液にって」
アリシアはご機嫌な顔で手刷りのお菓子をテーブルに並べた。ミック、ノエルが集まってくる。ジュノーはスチュアートと共に飛甲機の商談の打ち合わせで出かける事が多くなっている。ハルトがそれをジュノーに任せたためだ。
不安はあるけど自分は開発をしたいし、ステュアートさんなら父さんと上手くやるだろう。
ノエルも「これ自分で焼いたんだよ」とお菓子を並べ始める。
ノエルは露骨にアリシアに対抗心を燃やしてるな。ノエルの気持ちは分かってる。俺にだってそれくらい解る。でも……。
「おお、今日も美味しそうなのが並んでるな。アリシアさん手作りのお菓子は美味しいからなぁ」
「カッツェ、わたしも作ったんだけど!」
「すまん、すまん、ノエルのも美味しいよ」
「ほんとかなぁ?」
「ほんとだって、マジで美味いって!」
街の様子を伺いに出ていたカッツェがこの時間を狙って戻りテーブルを囲んで、みんな楽しみ休憩時間が始まる。
優美な所作でお茶を入れて回るアリシアが話し始めた。
「今日は良い話しを持ってこれたんですよ。長時間の試験飛行に上級貴族の騎士団長が協力してくれそうなんです」
「それはありがたいな。俺のマナが増えたって言っても下級貴族にも届いてないし」
ハルトの体に溜まるマナの量は更に増えていた。けれどもまだ下級貴族としてゲージが満ちるまでには至っていない。
「飛甲機の開発が人の役に立ってるってことだろ、きっと。それよりベンヤミン騎士団長の協力って凄いな。あの方も粋なことをするもんだ」
カッツェにとって騎士団長は、守りの森の騎士でありながらロダ村に滞在するためにアントナーラ騎士団見習いという身分を借りている為に上司にあたり面識がある。
「まだ公には動けませんので、非公式に、という事になりますけど」
セルドを警戒して出来るだけ隠密に動くことは暗黙の了解となっていてアントナーラの領主と騎士団の上層部もカッツェの進言により了承していた。
状況は理解してくれてるらしいけど公にセルドとスネイルを警戒出来ない事が歯がゆいな。
「2週間後には正式な婚約の儀を迎えてしまいます。婚約と同時に結婚を、という話しが持ち上がっているのです。流石にそれは強引過ぎます、と出来るだけ時間を稼ごうとはしているのですでども……それまでに何とかなるでしょうか?……」
「来週には良い所まで行くはず、だよな、ミック」
不安を隠せないアリシアを勇気づけたいハルトがコツコツとテーブルを叩きつつ返した。焦燥を表すものなのか自信の表れなのか本人にも意味が曖昧な言葉をミックはそのまま受け止めて答えた。
「この工房の設備なら冷却システムは何とかなる。後は全体のバランスを取り直して取り敢えずでもお披露目ができる状態に持っていこう。実用的に使うにはまだまだ改良と調整が必要だろうけど、実際に飛ぶ姿を見せれば後押ししてくれる人は現れるさ」
「お披露目の日程をステュアートと調整しますね。それと飛甲機の権利なのですが、私とステュアートも含めてもらっていいのですか?」
「二人の協力がなければこんなに順調に進んでないから。それにパッカードが開発に関わった証があった方が後々色々とやりやすいでしょ?」
「本当にありがたいです。みなさん、大変でしょうけど頑張って下さい」
ハルトはアリシア達だけではなく、ノエル、カッツェ、ミックにジュノー、ハロルドにも権利の登録を願った。ハロルドには「そんなもんには興味ない」と断られてしまったが。
「しかし先生の湯屋好きにも困ったもんだな」
「そうだよねぇ。ハロルド様いつもお肌スベスベになって帰って来るんだもん。ちょっと羨ましいよ?」
ノエルは「いいなぁ」って言ってるけどお肌スベスベの意味がちょっと違うかもよ?俺も詳しく知ってる訳じゃないけど……あの爺さんならやりかねん。
「あら、それならノエルちゃん、今度一緒にエステ行きます?」
「えっと、わたしそんな贅沢できないんで……」
人懐っこくルシールやベルーナともすぐに仲良くなったノエルだったがアリシアとの間にある壁は高いようだ。
「楽しそうな話しの最中に何なんだが……」
カッツェに皆が注目した。
「街中で何かを嗅ぎ回ってる奴らがいるらしいって噂を小耳に挟んだ。出歩く時は注意しろよ。ノエル、俺がいない時は警護に意識を向けてくれ」
「分かった」
「ハル、これ一応渡しとくね。わたしは一つあればいい」
ノエルは常に身につけている2つのブーメランのうちの一つをハルトに差し出した。
「そうだな。一応持っておくよ。そろそろ作業始めようか」
休憩に使われたテーブルがアリシアとノエルに片付けられ、ハルトは自分の作業台にブーメランを置いて作業に取り掛かる。ミックは溶接のバーナーに火をつけた。
「それでは私は戻りますね。皆さま御機嫌よう」
アリシアが帰ろうと開けた扉の先が黒い人影が押し入って来る。
「きゃっ!!」
アリシアが工房に乱暴に押し戻された。
異変に気付いたカッツェが剣を抜いた時には黒いローブを着た男がアリシアの首元にナイフを突きつけていた。工房の2階の外壁に足音が響く。
非常階段を昇ったのだろう、2階の高さにある工房内部を取り巻く足場に武器を携えた黒いローブの男達が複数侵入してくる。男達は工房の両側から弓矢を構え、ハルト、カッツェ、ミック、ノエルを狙った。
更に2つの黒いローブが扉から入って来て出入り口を塞ぐ。
「大人しくしていれば、良いものを」
羽交い締めにされたアリシアの抵抗にフードが落ちて顔が顕になったスネイルがアリシアの首元にナイフ突きつけていた。
「何をするのですか!?あなたは仮にも私の婚約者でしょう!!」
「お前にはロダの地下牢で暫く大人しくしていて貰う。余計な事をせぬようにな。結婚の儀が終われば用済みだ」
「何を考えているのです!そんな事が出来るとでも思っているのですかっ!!」
「父上の祖国からご禁制の良い薬を手に入れた。それを使えばお前は俺の思うがままだ。地下牢でたっぷりと可愛がってやろう。俺に商会を貢ぐせめてもの褒美だ」
その頃には俺の体が欲しくてしょうがなくなっているだろうがな。そう言いながらニヤけた顔でアリシアの髪を弄んだスネイルはアリシアの口を塞いだ。
カッツェは弓矢に狙われて動けない。
ノエルはハルトの作業台に身を隠して隙きを伺う。
ハルトが卓上のブーメランを無造作投げた。
それを見たノエルは用意していたパチンコを引き、弓矢を構える男達に爆ぜ弾を撃った。
黒い影の男達がスネイルに向かって放たれたブーメランを狙って矢を射るが当たるものではない。
「何処に向って投げている?トチ狂ったか?」
余裕のスネイルが頭上の爆発音と後方から戻ってくるブーメランに翻弄された一瞬をハルトとミックは見逃さなかった。
「ハルトっ!!」
ミックがホースを引き抜いたガス管に火を点け遠投、スネイルの後方までガス管が飛んで爆発した。後ろからの爆風によろめくスネイルに駆け寄ったハルトがタックルをかます。スネイルから逃れたアリシアをカッツェが抱きしめた。頭上から放たれた矢が飛び交う。カッツェは剣で矢を振り払うが肩に矢を受けたミックは膝を床に落とした。
ハルトとスネイルが対峙する。
「平民のくせにまだ歯向かうつもりか。ルシール!ベルーナ!こいつを殺せっ!!」
扉を塞いでいた二人がハルトに近づく。ローブを脱ぎ捨てた二人は確かにルシールとベルーナだった。タイトな黒いミニスカートに網タイツのルシールと金髪幼女の姿がそこにあった。
カッツェとハルトは目を見張った。
「どういう事だ!ルシール!」
「あたしらはお前を監視してたのさ。しかしそれも此処までだ」
ルシールが剣を抜いた。
「やっていいぞ。あいつをな」
ルシールはベルーナに向って顎でスネイルを示した。
「なんじゃ、心変わりしたのか?」
「男が体を張って女を守ったんだ。あたしはそういうのに弱いんだ」
「何を言っている!?早く殺れっ!」
スネイルの言葉に反応は無く、ルシールは涼しい顔でベルーナに語る。
「それにこの外道にはホトホト愛想が尽きた。此処までだ」
「それは妾も同じじゃが……良いのじゃな?」
「ああ」
「ならば」
ボムッ、ベルーナの右手が音をたてて膨らみ、倍の大きさになった腕には鋭い爪を備えた黄金の毛並み。その右手が振り上げられる。
「お前ごとき片腕で十分じゃ」
その言葉が終わらない内にベルーナの跳躍はスネイルの背後にその姿を運んでいた。
後頭部を撲打されたスネイルの体が前かがみに崩れ落ちる。
「ノエル!!」
「はいっ!ラフィー様っ!」
ベルーナの呼びかけにそう答えたノエルが飛び出してハルトを守りに入った。
同時に二人に向って放たれた矢が空を切る。カッツェがハルトとノエルの前に体を入れる。
その横でルシールの足を巻いていた黒い模様が網タイツから剥がれ、腰から広がり翼となった。黒き蝙蝠のようでありながら気品と尊さを併せ持った翼が瞬き疾風を巻き起こす。ハルトとノエルに向って飛ぶ矢は狙いを外され次々と床に突き刺ささる。
「カッツェ、お前に祝福を授ける。飛べ!向こうの弓矢の男どもは任せた!」
ルシールは黒い翼を羽ばたかせ、弓矢を持つ男達に向って飛んだ。
「えっ?俺、飛べてる??」
腰の灰色の翼を動かすカッツェは「信じられない」と言いながらも宙に浮かび、ルシールと逆側の弓矢の男達に向って剣を向けて飛んだ。
ハルトとアリシア、ノエルは出来るだけ安全な工房の端に向って走った。
「ノエル、一体どういうことなんだ!?」
「二人はラフィー様とウルデ様だよ」
「はあっ!?」
足場の上の男達を片付けた黒い翼の天使が長い銀髪をなびかせて降りて来る。
同じく掃討が終わったカッツェは感触を確かめるのようにまだ羽ばたいて飛んでいた。
黒き翼の天使がその紫紺の瞳をカッツェに向けた。
「カッツェ、祝福って言っても一時的なもんだからそろそろ落ちるぞ」
「ええーっ!?」
カッツェは祝福の消えた翼を羽ばたかせつつ急降下するも、重力に逆らえずに床にドカンと音をたてて落ちた。
ラフィーが癒やしを施した意識のないミックを肩に楽々と担ぎ、余裕の足取りでハルト達に向かって歩いてくる。
どんな怪力幼女だよ?
ミックをそっと床に降ろしたラフィーにノエルは片膝を立てて傅いた。
カッツェも「痛てて……」と腰を擦りながらノエルの横について同じ姿勢を取った。
「あの、いったい、どういう……」
唖然としたハルトの混乱はまだ収まらない。
「そう狼狽えんでも良い、ハルト。妾はウルデと共にお主を見ておっただけじゃ」
「あたしは思う所があってな。お前を監視していた。お前の情報を得るにはあいつらの所にいるのが都合が良かったからな。潜入してたんだ」
「あ、あの。ウルデ様と言うことはお二人は天使様なのですか?」
血の気が引いたアリシアの顔が更に青くなっていた。
「妾は天使というより獣族の神じゃぞ」
「主神に仕えるという立場ではノルンだから一緒だろ。ノルン。天使や女神、そういう風に人からは呼ばれているな、あたし的にはどうでも良いけど。アリシア、今回の事を漏らさぬと誓うか?」
「仰せのままに」
アリシアも傅いた。
「それじゃ続けよう。ハルト、以前、と言っても随分と昔のことなんだが、勇者としてこの世界に呼ばれた男がいたんだ。その男はこの世界に無いものを作り出した。その時世界が少々混乱してな。お前も同じようなことを引き起こすのではないか?と案じてお前を監視していた」
「そんな事があったんですか。でも今回は妖精の森の繭の中の女神様に導かれて……」
「何だそれは?」
「もしかして知らないんですか?」
「ここのところハンターとして暮らしていたからな」
「…………」
「私からご説明しましょう」
カッツェがフィレーネの話しから飛甲機を作るに至った経緯をウルデに話してゆく。
「なるほどなぁ。スクルディアの姿を見ないと思ったらそんなことをして遊んでるのか、あいつは」
「遊ぶって……」
「まぁ、あいつが関わってなくてもあたしはお前を認めただろうよ。お前はカトーリの権利を奪われてもそれに従って勝手に作ろうとはしなかっただろ?非道を受けても道理を守ろうとした。故にお前を認めてやっても良いかと思う」
全然無意識だったんですけどね。お褒め頂いて何なんですけど。無意識にでもルールを守ってしまう日本人の気質で良かったぁ。
「このまま飛甲機を作っても良いんですか?」
「取り敢えずやってみろ。スクルディアの望みだとしたらやった方がいいだろうし。――あいつは自分がやることにあたしが口を出すと異常に怒るんだよ、正直メンドクサイ」
「……。ありがとうございます。あの、一ついいですかね?」
「何だ?」
「その昔の勇者様はどうなったんですか?」
「調子に乗ってハーレムを作ろうとしたから始末した」ニッコリ
怖えええ。調子に乗らないように気をつけようっと。
「取り敢えず今日のところは一件落着じゃな。カッツェ、憲兵を呼んで来くるが良い、あ奴ら目が覚める前に連れて行かせろ。ノエル、お茶を入れてはくれぬか?喉が渇いた」
「はいっ!」
「わ、私もお茶を……あ、あの!カッツェさん」
「はい?」
「先程はありがとうございました。天使様に仕える鳥の人だと知っていたのに自覚が足らずにこれまで色々と失礼を致しました」
「やめて下さいよぉ。アリシアさんみたいな綺麗な人にそんなこと言われたら照れちゃいますって。無事で良かった。 ――憲兵、呼んできますね」
カッツェが連れて来た憲兵に黒い集団が運び出され、物々しい一日が何とか終わりを告げた。
ハンター姉妹を装いハルトを監視していたウルデとラフィーの二人の天使。
スネイルの下種っぷりもどうやらここまでの模様。
今日はもう一話投稿します。




