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甲殻の翼  作者: 月弓 陽
第一部・第一章 プロローグ
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ひまわり

幼い頃の遥斗の綾乃と出会いです。

 

 日差しを避ける黄色い帽子を被った園児達が砂場で遊んでいる。

 男の子は山を作り、女の子が水を注いで川を作るのだ。


 ワイワイと騒がしい中、静かにジョーロに水を汲みに行くのがいつものアヤノの係だった。いつもとの違いは一人の女の子の声から始まった。


「アヤノちゃんもやってみれば」

 声を掛けられたアヤノはジョーロを受け取ると恐る恐る水を流し始めた


「あっ!」

 という声が上がった。

 ジョーロがアヤノの手から滑り落ちて、ドバーっと流れ出た水が山を削ってゆく。とっさに膝を泥につけてジョーロを拾い上げるアヤノ。


「何やってんだよ」

「せっかく作ったのに」

 男の子から非難の声が上がる。

「「あーあ」」

 男の子達の声が重なってゆく。アヤノは俯いたままだ。

「誰だよこんなやつに水流させたのは」

 アヤノを誘った女の子に矛先ほこさきが向かった。

「ワタシが悪かったの。ごめんなさい。ちーちゃんは悪くない」


「山壊しといて何言ってんだよ。ダム作る前に壊してどーすんだよ」


「そーだ。悪いのはオマエだ。なのに何で最初から謝らないんだよ」

 体が大きくてリーダー格のマサルが泥を握ってアヤノに向かって構えた。それを見た男の子達が泥だんごを作り始める。泥々大戦争まで一触即発だ。


「謝ってんだからもうやめろよ!」


 見かねたハルトは声を上げた。

「それに関係ない子も汚れるだろ。アヤノは謝ったんだから許してやれよ」

「いいや、許さないねぇ」

 調子に乗った男の子が煽る。

「やめないんだったらセンセイ呼ぶぞ」

 ハルトは怯まず、センセイという宝刀を抜かれた園児たちが黙る。悔しそうに泥を地面に投げつけた。

「チクリ魔」

「だっさー」

「なんだよハルト、お前アヤノとデキてんの?」

「こいつらデキてる~」

 ぎゃはははと笑いながら何人かがアヤノとハルトの周りを走り回る。

 立ち塞がるマサルの前でアヤノは涙を浮かべて俯いたまま何も喋らなかった。



 それから数日後、夏の日差しが強くなり始めた頃

「もうすぐお遊戯会があります」

 ナガタ先生がポンポンと手を叩きながら集まった園児たちに声をかけた。たんぽぽ組は劇をやることになっているのだそうだ。どんな劇をやるの?誰がどんな役をやるの?園児達の興味はお遊戯会一色になった。

 その時から先生の子供たちを見る目が強くなったような気がした。


 お遊戯会の劇と配役が発表される日になった。来週からお稽古が始まる。みんなの目が輝く中、劇の名は「いばら姫」と発表され、続いて配役が発表された。


 アヤノがお姫さま、マサルが王子さま、ハルトは騎士の役だった。

 女の子たちは「アヤノちゃんかわいいからきっと上手くいくよ」とアヤノを勇気づけた。

 そんな時、男の子たちに人気のある明るい女の子が「お姫さまがやりたいー」と泣きだした。

「譲ってあげればぁ」

 男の子の声を聞いて悲しそうな顔をするアヤノ。

「やーめーろ!やーめーろ!」のコールが何処からともなく始まって大きくなってゆく。

 女の子達の顔色も変わり始める。

「やめろよ!アヤノが悪い訳じゃないだろ」 

「何だよっ!」

 ハルトとマサルは距離を詰めた。


「そこまでですっ!」


 パンパンと打ち鳴らされた先生の拍手に緊迫した空気が弾けた。


「劇の役はもう決まったことですよ。みんなでしっかり練習して発表会を成功にしましょうね」

 アヤノは俯いたままだ。


「今日はもう帰りの時間なので月曜日からみんなでがんばりましょう。では帰りの時間です。準備をして下さい」

 まだ何か言いたげだった男の子たちが配られたプリントを黄色いカバンに入れて肩にかけた。

「では帰りの挨拶をします」

「「「センセーさよーなら。ミナサンさよーなら」」」

 全員が合唱し、騒ぎが続かないのを見守ってから先生は教室を出て行った。

 

 マサルと取り巻きがアヤノに歩み寄る。

 それを見たハルトはアヤノの前に出た。


「お前にお姫様が出来るのかよ。やりたくもないのに出来る訳ないよな」

 いつもの様に俯きながらもぐっと奥歯を噛むアヤノ。

 やがて意を決したように顔を上げてマサルの前に出た。


「やりたくなくない……やりたい。やるからにはちゃんとやる。ゼッタイ」

 アヤノは強い目線をマサルに向けた。初めての反抗にマサルの目が大きくなった。


「失敗したらたんぽぽ組みんなのせいになるんだからな。ちゃんとやれよ。ふんっ」

 マサルは荒い鼻息をついて背を向けた。取り巻き二人が後ろに続いてマサルの肩に手を回す。

「アイツ親が金持ちだからズルしたんだぜきっと。お姫さまの役買ってもらったんじゃねーの」

「ハルトって騎士の役は王子様の騎士じゃなくってお姫さまの騎士だと思ってんじゃないの。バッカじゃねぇ?」

 ゲラゲラ笑いながらマサルと教室を出ていく。

 ハルトは三人に向けて拳を握り込んだ。


「ダメだよ、ハルトくん」


 アヤノはまだ怒りに震えるハルトの手を取った。


「帰ろう?」

 アヤノはハルトの瞳を見つめた。



 二人並んで教室を出るとマナミ先生が居た。

「アヤノちゃんだいじょうぶ?」

「ダイジョウブです」

「そう、よかったわ。お稽古がんばってね。それとハルトくんアヤノちゃんを守ってあげて偉かったわ。ありがとうね」

 まだ収まりきらない怒りと照れくささをない交ぜにして頷いた。

「それじゃさようなら。また月曜日」

「「マナミせんせいさようなら」」

 一緒に挨拶をして下駄箱に向かった。


「ハルトくんさっきはありがとう」

「アヤノは本当にダイジョウブか? あの……さっき色々言われたのは気にすんなよ」

「大丈夫。お父さんとお母さんに喜んで貰いたいもん。がんばります。それにお姫様やってみたいから」

 

 見たことのない笑顔がそこにあった。ドクンと心臓が鳴った。


「そっか、じゃあがんばれ。オレもがんばるからな!」

「うん!」

 とびきりの笑顔が輝いていた。


「それと今までもどうもありがとう。ちゃんとお礼を言えてなくてごめんなさい」

「気にすんなよ。あんなのあったりめーだよ」

「本当にありがとう………それじゃあまたね」

「うん、じゃあな。お稽古がんばろうな」

 ハルトはアヤノの手を握って目配せをした

「せーの!」 

 そう掛け声をかけて昇降口のすのこを二人でジャンプして幼稚園を出た。



 その日を境ににアヤノは変わった。

 口数は少ないながらも物怖じせず、お稽古に精を出す姿に女の子達から人気が出た。



 園児達の親を観客に迎えた本番。たんぽぽ組の劇は成功した。

 セリフが一言だけの騎士はほとんど王子様のマサルの横に立ってただけだったけど。

 色紙の輪っかで飾られた華やかな教室は園児と親たちの声でにぎやいでいる。

 晴れ舞台をやりきったアヤノは両親に頭を撫でられていた。


「よくがんばったな、偉いぞ」

「素敵だったわよ」

 アヤノは俯くことなくこぼれるような笑顔で両親を見上げていた。


 親子の時間が一区切りついた頃、ハルトに近づいたのはアヤノの父親だった。

「ハルト君、だね。アヤノを守ってくれたそうだね。ありがとう」

 気品溢れる立ち振舞いと威厳が滲み出る声に気圧けおされながらも何とか答える。

「――アヤノが悪いことしたわけじゃなかったし、自分が思ったことをやっただけで」

「大勢の人間に一人で立ち向かうのは勇気のいることだ。こういう時は胸を張って誇りなさい。ありがとう」

 誇りなさい。そんな褒め方をされたのは初めてだった。


 心の芯に何かが灯ったような気がした。


 父さんとアヤノのお父さんが話しをしている。それを見てもアヤノのお父さんが尊敬されている人だと分かった。

 

 子供達だけになったところでマサルがアヤノに近づいた。ハルトが警戒すると意外にも

「お前すげーな。悪かったよ」

 マサルは態度は大きいながらも本気で謝っていた。

「ううん。もう気にしてないから」

「ほら、お前らも謝れ」

 マサルに頭をつかまれた取り巻き二人が「ごめんなさい」と頭を下げた。


「お前ら謝れるんだな」

 しゃくさわったような二人を制してマサルは

「あたり前だろバーカ」

 と舌をだして笑った。

 ハルトもつられて笑った。こうしてハルトとマサルは一番の友達になった。



 お遊戯会の騒しさが終わってちょっと寂しいような気もする帰り道、太陽に向かってグッと顔を見上げたひまわりが胸を張っていた。

 大きな葉が両手を広げている。

 めずらしく花に近づいて手を伸ばし、自分の背ほどもあるひまわりをお辞儀させて覗き込む。


「小人が踊ってるみたいだ」

 

 黄色い大きな花の真ん中で綿帽子をかぶった種の子供達が、花びらに囲まれた舞台でワルツを踊っているように見えた。

 


 夏の日差しが眩しかった。


遥斗と綾乃の出会いでした。

次回、懐かしの我が家、です。


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