師匠
「どうじゃ?」
飛甲機の開発に関わらせろ、と切り出したハロルドの思いがけない申し出にハルトは面を食らった。
「それはありがたいことなんですけど」
「なんじゃ?」
「ここに蟲の殻を運んだり父さんやミックを連れて良いんですか?」
「わしが村へゆけば済む話しじゃろ」
「ハロルドさん、ここを離れて大丈夫なんです?」
「大きな儀式は暫くないでの。癒やしの施術はジルが大分出来るようになっとる。任せても大丈夫じゃろ。憧れの隠居生活じゃわい」
カッカッカッと高笑いするハロルド。
「それじゃ決まりじゃな。青薔薇を10本とサルビアの赤とツツジをその倍ほど詰んで降りて来い。わしは下で準備をしとる」
ハルトが言われた花を持って階段を降りると実験室の準備を終えていたハロルドは赤いサルビアの花を凍らせて粉にし、蒸留を始めた。
「花の特性と使い方によって蒸留方法が違うでな。この器具を全部持ってゆくのは大変じゃ、取り敢えず使いそうな分を作ってしまおう」
「サルビアとツツジは何に使うんですか?」
「赤いのは活性液じゃな。ツツジはマナを効率的に流したいところに使う。マナの消費を抑えるんじゃ」
なるほど。この爺さん凄いかも。
「この宇宙は一つの生き物みたいなもんじゃ。それぞれが役目を持って一つなる命を生かす為に生きておる。わしらだって同じじゃぞ」
抽象的で哲学的な話しだったがハルトは忘れないでおこう、と胸に刻んだ。
ハロルドはお気に入りだという米軍のランドリーバッグのような皮のズタ袋を背負って守り鴉に乗った。レヴンという名前らしい。
「レヴンは由緒正しい名前じゃぞ。こいつは三代目じゃ。レヴン・ザ・サードじゃな」
泥棒はしないで下さいね?
ランドリーバック風の鞄には何やら怪しい箱がくくりつけてある。
「では憧れの隠居生活に向って出発じゃ!」
額に人差し指と中指を当てるアルフリードに見送られて、ハルトはカッツェの守り鴉に乗って村に戻った。
村に戻ったハルトが如何にも怪しい爺さんを連れ帰りリビングに通すと、訝しんだジュノーだったがカッツェから鳥の人の前の長だと紹介されて目を丸くする。
「カッツェとノエルの家を整えて来ます」
慌てるジュノーにハロルドは止めた。
「工房のどっかで寝るから気にせんでええ。それより酒は無いかいの?」
「エールとワインならありますが……」
「取り敢えずエールを貰えんか?森には酒がないじゃよ。これは奥方に土産じゃ」
ハロルドはバッグから箱を取り外し中から薔薇の花束を差し出した。
「あら、まぁ素敵」
受け取ったマリエールが花瓶を用意している所にノエルとマーガレットが入ってきた。
「ハロルドさま!」
ノエルはおじいちゃんに再会したように駆け寄って抱きついた。
「ノエル、元気そうで何よりじゃ」
「うん、私は元気なんだけど……」
「ジルのことか?心配せんでもええ。ジルは良い呪術師になる。わしの後を継がせようと思おとるくらいじゃ」
「ほんとですか!?」
「少なくとも施術師としてはもう一人前じゃ。安心せい」
「ありがとうございます!」
「おじいちゃんは凄い人なんだね」
「そうだよマーちゃん。ハロルド様は守りの森一番の物知りなんだから」
すかさずマーガレットに飴を差し出すハロルド。
「うわー、ありがとうハロルド様!マー的にポイント高い!」
「それじゃあマーガレットも夕食の準備を手伝ってくれる?」
「うん!!」
薔薇を部屋中に飾ったマリエールとマーガレット、ノエルがキッチに立つ。
酒を用意したジュノーが乾杯の杯を掲げた。
酒と薔薇の夜が更けてゆく。「お前も成人したんじゃろ?ほれ飲め飲め」とハルトにもワインの入った杯が勧められ、ご機嫌なハロルドの酒盛りは深夜まで続いた。
「うー、気持ち悪い。お酒ってあんなにグルグル回っちゃうんだ」
翌朝、まだフラつきそうな足取りでハルトが工房に入るとハロルドはしっかりとした目つきでジュノーが磨き上げた初号機ロッキの殻を見つめていた。
「資料を見せてくれ」
ハロルドの開口一番の言葉に資料と図面がテーブルに並べられる。ジュノー、ミックとカッツェにノエルも混じって相談が始まった。
「ハルト、中枢と何処をどう繋ごうと思っておるんじゃ?」
「制御系と駆動系は必須として、足にどう繋ごうか?が問題かな、と」
「飛んで降りるだけなのに、あんな複雑な動きをするもんはいらんじゃろうが、馬鹿モン」
「そう言われてみればそうですね。着地する時に体を支えるランディング・ギアを付ければいいのか」
「何か硬い棒でもつけときゃええ、ロッキの口の管を付けちまおう」
大雑把だなぁ、と思ったハルトだったがそこまでだった。マナの効率的な流し方、神経接続のこつ、ハロルドの知識はハルト達には無いものだった。
ハロルドを師匠兼監督に作業が始まった。ハルトが基本方針を立て、外殻に切ったハッチを覗き込みながらケーブルを取り回しミックが繋いでゆく。
「だからじゃな、この場合のマナの流れはこう考えれば良い、だからここを繋ぐ時はこの液体を先に使った方が良いじゃろう。ここでマナを無駄に消費することはない」
ミックの目が輝いてるんですけど。先生!とか呼んじゃってるし。
「溶接ケーブルが届かない。ターンテーブルを回そう」
ミックの言葉にジュノー、カッツェ、ハルトにミックがロッキの翼を畳んでターンテーブルを押して回す。
4メートル近い円形の台座に乗せられたロッキの殻が回転する。
位置出しが終わると再度翅を広げ直して支柱で固定してと一苦労だ。
「胸部の作業は翅を畳んでると出来ないからなぁ。結構大変だ」
「おつかれー」
「フィレーネ、良い所に来た。殻の中に入って光石で照らしてくれ。俺だと体が大きくて」
「カッツェは体でかいもんね。良いよん」
全員がそれぞれが出来る事をやりながら作業が続いた。
夜が明ける時間が短くなるにしたがって日に日に寒さが厳しくなってゆく。
工房の裏庭側に薪ストーブが置かれて火が入れられた。その上にガラスのヤカンでお湯を沸かすノエルが割れやすいガラスのヤカンを注意深く見守っている。朝のお茶を飲みながらのミーティングも恒例となっていた。
「もうちょっとだ、頑張ろう」
「さて、やるかの」
「カッツェと俺は次の殻の基本作業をやっておく」
「頼んだ、父さん」
「ここの活性液のパイプの口径は細めので良いじゃろ。太さより曲げやすさを優先した方が良いじゃろう」
活性液に冷却液、何種類かの液体を通すパイプの取り回しながら接続が行われてゆく。
「うーん……」
「何を悩んどるんじゃ?」
「活性液のタンクの設置場所なんですけど、整備性を考えるとサイドなんだろうけど結構重くなりそうで、バランスを考えると中央の方が良いかなぁ、と」
ハルト立ちは設計図にはない改良も加え始めていた。
「整備性と補給は後で考えよう」
「でもミック、位置を変えるとなると配管の取り回しや制御ケーブルまで全部やる直す事になる」
「一旦飛ぶものを作ることが先決じゃろうな。面倒じゃがそれから修正を繰り返してゆくしかあるまい」
トライアンドエラーを繰り返し、飛甲機を開発する日々が続く。
ハルトはノエルが写した資料を何度も読み返し、メモを付け加えながら新しい資料を作ってゆく。自分なりの改良案と失敗例を記入しながら資料を積み重ねた。
失敗の方が多いけど、こうやってノウハウは積み上がるんだ。めげてられない。
「ハルト、ここんだけど」
「あーコントローラーは石版に書いてある通りの位置で行こう」
「神経接続までやっていいか?」
「コントローラー側は大丈夫。中枢との接続は打ち合わせ通り全部まとめてやるからケーブルに余裕をもたせておいて」
「了解」」
「一番重要なコントローラーと中枢、ここを繋げば制動テストが見えてくるんだけどな」
資料の山に埋もれるハルトの机をノエルが整理してゆく。
「しかしノエル良く頑張ったな。この量」
ハルトは原本となった資料を取り上げた。
「わたしは作る作業は手伝う事くらいしか出来ないからね」
「いやー、でも大変だったろ。知らない文字を写しながら勉強するって」
「うーん、知らない事を知れるようになるのは嬉しいことだよ?それに……」
「それに?」
「ハルたちの役に立てるのはもっと嬉しいからね」
ノエルは屈託のない笑顔を向けハルトにお茶を入れに行った。
「初めての制動テストまでもう少しだ」
開発者全員が足場の上からミックの作業を見つめている。操縦を制御する丸い玉のコントローラーの裏に溶接されたケーブルを中枢付近に纏め、液体を循環させるパイプを中枢に接続させる作業を黙々と続けていたミックの手が止まった。
「出来ました」
ミックが顔を上げ足場に上がってくる。
「お前は筋がいいな。理解も早いし無口なとこが気に入った。どうじゃ、わしの弟子にならんか?年俸5百マナリーでどうじゃ?」
年収五百万!? 見習いなのに?
「爺さん、流石に引き抜きは困るんだけど」
応接室のソファーで寝泊まりするハロルドにハルトはすっかり敬語を使わなくなっている。
「ハロルド様は分かり難いんだ。ハルトがミックに払うべき報酬を肩代わりして下さるって言ってるんだよ」
カッツェの言葉にハロルドは「余計なことは言わんでええ」と言いながら人差し指を口に当てた。
ハルトとミックは足場を降り、薬品を担ぎ上げたりと中枢接続の準備を整えに動いた。
「先生、準備が出来ました」
「いよいよ、じゃな」
中枢と制御系を繋ぐ時が来た。
ジュノーは自らの手で磨き上げた機体に愛おしそうに触れた。
「問題ないよな。やれることは全部やったよな……」
「自分達のやって来た事を信じろ。坊主」
「はい」
「そんじゃ。やるとするか」
フィレーネが中枢部分のハッチの中を光石を翳す。
ハロルドが中枢の配線する部分に青薔薇から抽出した液体を落としてゆく。ロッキの殻の中で中枢の接続部分が青く光り輝く。遥斗が赤い活性液に浸けられたメインケーブルの先端を取り出してその部分に添えと、接合部分から小さな光の玉が浮かび、光玉が周囲に浮かぶ中でミックが溶接の火花を散らしてゆく。
「綺麗だな」
「ほんと、魔法みたい」
「わしも初めてみたわい」
ケーブルの接続が終わると遥斗は活性液を供給するパイプをケーブルに這わせて固定する。活性液が接続部分に供給されるシステムが組み上がり一通りの作業が終った。
黙々と片付けが行われ、皆が心待ちにするテストの準備が整えられる。
作業中にあった雑多な作業ケーブルや工具箱に道具類が片付けられ、ターンテーブルに乗った機体だけになった工房が広くなったように感じられた。
マリエールとマーガレットもジュノーに呼ばれて初の制動テストに合流した。
「――坊主、動かしてみろ」
ハルトはコクピットに昇りコントローラーに両手を添えた。
「やるよ」
「うむ」
皆が見守る中、飛甲機の翼が広がってゆく。
翅が振動を始め、風を巻きおこし唸り声を上げ始めた。
「行くよ!!」
機体が浮いた。
「「「おおーーー!!」」」
ハルトは機体を低空を保ったまま前後させ向きを変えた後に元の状態に戻して着地させた。
「一応、成功かな?」
初の制動テストを終えた。
「これが出来たら旅が出来るの」
「守り鴉でも旅は出来るでしょうに」
「あんなモンに乗って旅をしたら鳥の人だとバレちまうじゃろ。身分を隠して隠居の旅をするのが男のロマンじゃろうが」
黄門様かよ!?さしずめカクさんがアルフリードさんで、カッツェがスケさん、フェリーネがうっかり役だな。お色気担当はノエルか?
「家紋が入った箱とか持って来てないですよね?」
「タバコ入れのことか?」
そう言ってハロルドが袂から出した小箱には黒い漆塗りの中に三本の金色の羽を丸く囲った紋がしっかりと入っていた。
「黄金蝶の燐粉細工の一品じゃ」
カカカ、御老公は芝居ががった哄笑を発した。
ハロルドという師匠を得て初の制動テストまでこぎつけました。
次回「アリシアの協力」月曜日に投稿します。
良い週末をです☆




