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甲殻の翼  作者: 月弓 陽
第2章 ロダ村編
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飛行機とドローンの間

「ハルト、デニスさんが帰るぞ」

 カーテンの閉じらた応接室の扉からジュノーが顔を出し、ハルトはデニスを見送りに出た。

「デニスさん、ありがとうございました。これで僕も新しい物の開発に手をつけられます」

「新しい物ですか。期待していますよ」

 何も問わないデニスにハルトは答える。

「ある程度の目処が付いたらお知らせします。今はまだ雲を掴むような話しなので」

「何が出てくるのか楽しみにしています」

 笑みを向けたデニスを玄関先で見送りハルトとジュノーは工房に入った。


 デニスと祝杯を上げたジュノーだったが、純粋に祝いの杯だったらしく酔っている雰囲気はない。それよりも久しぶりの手仕事に腕がなる、という空気を醸し出していた。

「ハルト、それミックも、どこから手を付ける」

「ミックと相談したんだけど、内部を見られるようにハッチ、窓を切るところから始めようと思う」

「中枢器官まわりと翅を動かす腱の状態の確認からですかね」

「人が乗るのは胴体部分なんだな」

 ジュノーは設計図を見ながら全体の工程を頭に描いているようだ。

「正確には腹部だね。胸部までは翅と足に繋がってるから何かと複雑だし、マナで飛ぶから消化器官は必要ない」

「零号機はメスだから産卵管は外さないとな。ロッキは生態はアブに近いがセミ型の蟲だ。腹の中は鳴き声を反響させるようにほぼ空洞だ。胸と切り離して断面から腱の状態を見てみるか?」

「その前に一度中枢を開けて完全体のままテストしてみましょう。飛ばせはしないだろうけど翅を動かす事くらいは出来そうだ」


 ミックの案が採用され、翅を広げられるスペースが工房に作られる。車なら5,6台は入る工房もかなり手狭になったようにハルトは感じた。

 中央にターンテーブル式に回転可能な台車が置かれ、今一度滑車で吊り上げられた試験機、零号機を降ろしてハルトとミックが慎重に翅を広げてゆく。ジュノーは翅の付け根を注視している。

「大丈夫だ。そのまま広げきれ。よし、次は後ろ翅だ」


 4枚の翅が広げられロッキの飛行形態が顕になった。


「やっぱデカイなぁ」

「翅はほとんど透明だから気をつけなろよ」

「ジュノーさん、仮で翅を支えておく支柱と防護柵があった方が良いかもしれませんね」

「そうだな。俺はそれををやろう。ミック、バーナーでハッチを開けてくれ。その前に足場を組むところからだが。ハルト、足場は動かせるように車輪が付いたタイプで組もう」

 頭部を開口する移動式の足場を組み上げる頃にはジュノーは支柱の据え付けを終え防護柵を周りに張り巡らせていた。ジュノーは滑りにくいゴムが靴底の足袋のような靴を履いて背中に上がり足場のハルトとミックと向き合った。


「中枢は頭部と胸部の境目付近の中央だ。関節から離れると殻が薄くなるから関節側から切り出して感覚を掴むんだ」

 ジュノーのアドバイスを聞き終えたミックが火炎蜂のガスが入ったバーナーに火を点けた。

 ハルトが引いたチョークの線にそってバーナーの火が入る。前面の一辺を残した所で仮止めを施して、最後の一辺が切られるとハルトが蝶板を3つ取り付けて開閉出来るように加工してゆく。

 頭部に空いたハッチを胸部の背中にまわったハルトが確認する。

「大丈夫そうだ。テストしてみよう」

 防護柵が広げられ、支柱が取り外された。ハルトは頭部の正面に立ち翅の動きを見つめる。


「ミック動かしてみてくれ」


 ミックが少しずつマナを流すと翅が振動を始める。

「もっと流してみて」

 振動が大きくなりスローモーションで翅が上下に動きながら横軸を中心にして旋回し始めた。

「回転運動が入ってるんだ」

 ハルトのサインでより早く動き出した翅が気流を生み始める。

 天然の濃い茶髪をなびかせながらハルトはターンテーブルを降り、翅の動きを間近に見るために近づいた。

「空気が渦を巻いてるな」

 ハルトがカトーリを焚いて空気の流れに色をつけると上下運動する翼の先端の空気の渦も上下しながら移動している。

 これって、翼は揚力を得る為っていうよりドローンの動きに近いのか。翅の回転運動で翅はしなって上昇気流が生まれてる。後ろ翅は尾翼の役割って感じだな。生まれた現代の世界でもバイオテクノロジーが将来的に注目されるようになるって言われてたけど、それを今まさに体感してる感じだ。

「オッケーだ、一旦止めよう」

 


 動きの止まった翅の幾何学的な模様を見つめるハルト。

 空気の渦と翅の幾何学模様。部室で最後に見た光はこれを示してたのか?このことばっかりじゃないんだろうけど、繋がりを感じずにはいられない。

 こいつは飛ぶ。

 根拠のない確信だったが確固たるものがハルトの中に生まれていた。

 

 ミックに代わりハルトが赤いトライバル模様が映える胸部に登り中枢に手を翳してマナを送る。

 翅はハルトのマナでも動いた。「手は人の中で一番よく動く繊細な部位だ、<動かす>という意思を伝えるのに最も適した部位でもある」と言っていたアルフリードの言葉を実感した。

 そういえば癒やしをするのも手だよな。元の世界でも手当って言ってたくらいだし。違った角度でも気が付くこともあるな。

 気づきを交えながら開発計画を頭の中で思い描くハルトはハッチを閉じて降りた。


「父さん、胸部と腹部の分離はやめて腹部に人が乗れるスペースを作れるかな?裁断面から胸の筋肉の状態を見られるようにハッチを開けつつ、翅の付け根にもハッチを開けようと思う。どう?ミック」

「俺もその方向で良いと思う。ただし翅の付け根に空けるハッチは殻の強度に影響しない場所を探そう」

 「よし、俺は腹部を少しずつ開口しよう。それに外殻を全部磨き上げてやる」


 三人の作業が始まった工房に活気が戻って来た。実験と加工の試行錯誤を繰り返す日々が続いた。



 だが核心部分が謎のままだ。

 制御中枢と触覚を用いたコントローラーを繋ぐ時に何をどうすれば良いのか、<花>というヒントから前に進まない。ハルトはデニスから届いた花の本を隅から隅まで読み見込んでみたが答えになりそうなアイデアは浮かばなかった。

 ここから先に進むには中枢との接続を試すしかない。でも……。

 途方に暮れたハルトは守りの森を通じて天使様のベルダンティアに相談出来ないかをアルフリードに問うた。


「その前にハロルド様に相談してみなさい。動植物全般に造詣の深いお方だ。詳しい本も持っておられるから一度守りの森に足を運ぶと良い」

 返事を受け取ったハルトはカッツェと共に守りの森に飛んだ。


 到着した守りの森の前庭にはノエルの兄のジルが二人を出迎えに出て来ていた。

「ノエルは元気にしてるかい?」

「はい、それにとても頼りしています」

「それは良かった」

 にこやかに微笑むジルにハルトは尋ねた。

「蟲の毒を受けたと聞きましたけど体調はどうですか?ノエルが気にしてましたよ」

「ハロルド様が癒して下さってるから大丈夫だ。問題ない。それに自分でも癒しの呪術の研究もしている。もしかしたら完治出来るのではないか?という呪術も体得しつつあるんだ。もしかしたらだが何とかなるかもしれない。でもノエルには黙っておいてくれよ。余計な期待はさせたくないし、出来た時に自慢してやるのだから」

 晴れ晴れとした顔でそう答えたジルにハルトは笑顔で頷いた。


 ハルトはハロルドの執務室ではなく、プライベートな実験室だという部屋に随分と長い階段を昇って案内された。案内を務めたジルと扉の前で別れ実験室に入ると、いかにも怪しいものだと主張する様々な色の液体が入ったビーカーやガラスの試験管が長いテーブルに並んいる。

 ご多分に漏れずアルコールランプのみたいなものまでちゃんとあるし。そうか! 蒸留っていう可能性もあるのか。マナを使って花をどうこうとか、こっちの世界なら魔術的な何かだろうって勝手に考えてた。考え過ぎだったかも。


「ご無沙汰しています。その節は大変お世話になりました」

 マッドサイエンティストっぽいけど、ちゃんと挨拶しとこうっと。挨拶これで合ってんのかな?ソンケー語とかケンジョー語とかは使うのは止めとこう。うん。


 白衣を着たハロルドは実験室の奥まった所で書籍を読んでいた。丸い老眼鏡を外してハロルドが手を上げる。

「おう坊主。元気そうじゃな」

「お陰様で。今日は相談があってお邪魔しました」

「そうかしこまらんでもええよ。苦しゅうない。申してみよ」

 そんな言い方されたら余計畏まるつーの。

「――複雑な制御をマナで伝える時に何かの花が必要みたいなんです。調べられるだけ調べてはみたんですけど、答えにたどり着けなくて」

「花の何を調べたんじゃ?」

「植生とか効能とかですね」

「お前は何をその花に求める?」

「うーん……ざっくりですけど、不可能を可能にする?みたいな感じですかね」

「――ほれ、そこの本棚の上から2段めに花言葉の辞典がある。持ってって読んで見ろ」

 

 ハルトは自由に使って良いと言われた初めて守りの森に来た時に寝た部屋に降り、花のカラーイラストのついた辞典のページをめくってゆく。花言葉の意味からは辿たどれないので虱潰しらみつぶしに読んで行くしかない。


「辞典読めって言われてもどこから読めばいいの、って話しだよな。――あっこれ、綾乃と見た花の花言葉だ。青いサルビアの花言葉、尊敬、知恵って今思えば俺が綾乃に抱いてた想いそのまんまだ。綾乃は燃えるように何を想ってたんだろう?」

 脇道に逸れながらもページを辛抱強くめくり続けるハルト。

 あーもう、全部読むって何日かかるんだろこれ?


 分厚い辞典を机に置いて、ふとめくった薔薇科のページの花言葉の文字列の中から『夢叶う。不可能を可能にする奇跡』という言葉が目に飛び込んで来た。その後に『神の祝福』と書かれている。

 これだ!

 直感が反応していた。

 

 ハルトはハロルドの実験室に走って戻った。

「多分、見つけました」

 息を切らせながら実験室に入るなり言葉を発したハルトにハロルドは

「なんじゃ、もうたどり着いたのか。つまらん」

 そう言いながらも白い髭を触りながら笑っていた。

「で、何の花だと思う?」


「青い薔薇」 

 ハロルドは黙って頷くと、ついて来い、とハルトを奥の階段へ手招きした。


 階段を上がると実験室の上はドーム状のガラス張りの温室になっていた。ガラスで仕切られた部屋ごとに、ツツジにひまわり、コスモスが同時に咲き、四季の花が咲き乱れて季節感が狂っている。

 季節が無いって変な感じなんだな。

 温室の中央、一段高いところに据えられた白い杯。その白い植木鉢に青い薔薇が咲き誇っていた。

「いつか誰かが使うじゃろ、と思って増やしておいたものじゃが、まさか坊主がこれを取りに来るとはな」

ゆずって貰えるんですか?」

「天使様のお導きなんじゃろ?持ってけどろぼー」

「どろぼーじゃないですから!」

「なら礼をよこせ」

「えっと……何がお望みですか?」


「わしを飛甲機の開発に参加させてはくれぬか?」


 悪戯小僧のような笑みと視線をハロルドはハルトに向けた。



バイオテクノロジーな開発が続きます。

守の森の前の長であるハロルド爺さんも参戦したいと申し出が。

次は金曜日に投稿します。

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