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甲殻の翼  作者: 月弓 陽
第2章 ロダ村編
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相棒

「明日はいよいよ運搬だな」

 ハルト、ミック、ノエルはカッツェの警護の元、聖地の地下で石版の写本と解読に勤しんでいた。

「守りの森から三人応援が来る。完全体も分解せずに運べるし特に問題はなさそうだ。強いて言えば情報秘匿に不安はあるけど、工房の裏庭まで森の中を迂回しして出来るだけ低空で運べば大丈夫だろう」

「木の先端にぶつけないでくれよ」

「大丈夫だよミック。カッツェはおっちょこちょいなトコがあるけど、やる時はやる頼りになる男だから」

「おっちょこちょいは余計だって……」

 ははは、ノエルも含めて笑いが起こったところで飛甲機の間の扉をコツコツと叩く音がした。

「誰だ?」

 カッツェが剣を抜きつつ扉に向かう。

「誰だ」

「私だって!!」

 カッツェが扉を開け切らないうちにフィレーネが舞い込んで来た、

 光石のランタンに七色のトンボの様な羽を輝かせて飛ぶフィレーネはハルトの頭に乗ると「こらっ!」と言いながらコツンとその小さな拳を振り下ろした。

「私に頼んどいて、ロッキの殻を運び出すのを勝手に決めちゃうってどういうことよ!?」

「ごめん、ごめん。でもフィレーネいなかったし」

「私もこう見えて暇じゃないんだからね。ぷんすかぁ」

「例えば?」

「この季節にしか吸えない花の蜜があるの!!」

「……それ大事なこと?」

「ちょー大事!今吸っとかないと吸えないじゃん!」

「……」

「フィレーネ、冬を人里で越すのに必要なことって言ってあげないとハルも分かんないと思うよ」

 ノエルの助太刀にやっと納得したハルトは素直にフィレーネに謝った。

「悪かったよ。ごめんな。だけど、フィレーネは言葉足りなすぎ。もうちょっと、く・わ・し・く、を心がけてな。頼むから」

「分かったわよ。でも分かんない時はちゃんと聞いてね」

 分かったのか分かっていないのか微妙なフィレーネはミックの元に飛んだ。

「ミックがマナを測ったんだって?」

「そうだ」

「何を測ったの?」

「ロッキの殻に通ってるマナの量だ」

「だーかーらー、今通ってる量なのか、一番たくさん通わせられる量なのか?って事!!」

「――今通ってるマナの量を測った」

「マナを測る器械を取りに行ってきて。やり直し!」

「フィレーネ、説明してくれ、俺もミックも今の話しだけじゃ分からない」

 ハルトの言葉にフィレーネは積み上げられた石版の上に舞い降り、足を組み、両腕も組み抱えてハルトとミックに向かい合った。

「この石版のどこに書かれてるかは分かんないけど、飛甲機はマナの力で飛ぶんでしょ。素材になる殻は洞窟に自然に流れてるマナに守られてただけ。それより大事なのはロッキが生きていた時の生命力の大きさがどれ位で、マナの量をどれだけ受け入れられるか?の方が大事だと思うんだけど。個体差があるからそれを優先して決めた方が良いと思うよ」

「飛ぶ時に供給出来るマナの最大値ってことか」

「確かにマナを過剰に供給すると腱や細胞が熱を持つことがある。分かった。直ぐに取ってくる」

 教会への通路に向かったミックを待って、運搬する殻の再検討をする事になった。



 教会から聖地の地下までは10分ちょっとだが、聖地の地下から巣窟を抜け崖の入り口に辿り着くまでは小一時間程歩かねばならない。

 ノエルは写本を続け「今日はハルとカッツェはちょっと遅くなる、ってマリーお母さんに伝えるね」と飛甲機の間に残った。2時間ほどの後、ハルト、ミック、カッツェ、フィレーネは崖の入口に辿り着いた。


「カッツェ、ロッキの殻にマナを流して。私が良いって言うまで」

「何でカッツェなんだ?」

「俺の方がハルトよりマナに余裕があるからな。それに俺は守の森所属だからアントナーラの税制が適用されない」

「そうなのか。カッツェってどれくらいマナを貯められるの?」

「本当は人に言っちゃいけないんだけど、中級騎士位はあるぞ」

 飛甲機の開発を決意してから、ハルトの貯められるマナの量は10%程増えていた。平民が貯められる量を超え、下級貴族見習いに入ったばかりといった量だ。

 下級貴族の最低値が平民の二倍。中級騎士ってことは更にその10倍。俺とは20倍近い差があるって事だ。

「カッツェってやっぱ凄いんだな」

「おいおい。これでも女神様直属の警護騎士だぞ」

「そうだよな。いつもフランクな感じだからついつい。もっと尊敬しようか?」

「やめてくれよ、。俺らは俺らっぽくていいんじゃね?」

「そうだな」

「無駄口叩いてないで早くマナ流す」

「はいはい」

「ミックは私が『今だよ』って言ったところのマナ量を覚えといてね」

「了解」


 ミックがロッキの頭部の両側に聴診器型の接点を取り付けケーブルを計測器に繋ぐと、カッツェはロッキの正面に立ち、6つの目の中央上部にある正三角形の3つの小さな目に向って手を翳す。

 トライバル模様に囲まれたマナを感じ取る正三角形の器官が青く光り、カッツェの放ったマナを吸い込んでゆく。蝉の体を模したようなロッキの体全体が淡く光り関節が赤く染まってゆく。

 羽の光が強くなり始め、胸部の背中に閃光が立ち始めた。

「今だね」

 ミックが計測器を読んで書き留めてゆく。ミックはその状態以外も克明に記し、各段階でマナの量を記録していた。

 4つの殻の計測が終わると結果を記したミックの手元に全員の視線が集まる。

「それほど大きく違わないけど、3番めが一番小さい。どうする?」

「三番目を実験機として最初に運ぶ組に入れよう。最初から全部成功するとは限らない。ノウハウを積んだ時点でポテンシャルの高い物が残っていた方が良い」

 ハルトの判断で工房に運び込まれる殻が決まった。



「そろそろだな」

 ジュノーの言葉に夜が空けたばかりの裏庭でハルトは手旗信号の旗を両手に持った。

 裏庭には前後を違えた荷車が3組並べられている。2つは工房とブロック家の物だが4つはジュノーが農家から借り受けて来たものだ。荷車は角材で連結され、丸太の枕木が並べられている。最初に運び込まれる荷車にはジュノーとマリエールのコボルが繋がれ待機。洞窟に降り慣れている伊右衛門とモモ、カッツェのキスカは洞窟内の運搬で従事しているはずだ。

 先駆けのフィレーネが森から姿を現した。

「もうすぐ来るよ」

 森の上空の低い位置から姿を現した4羽の守り鴉が蝉型の蟲、ロッキの胸部の前後に回された二組のロープから伸びる4本のロープを足の爪でしっかりと掴んで裏庭に下降する。

 ハルトはカッツェから指導された手旗信号を送って右端の荷車に誘導し、両手を同時に振り降ろして降下を促した。 

 荷車に殻が着地する寸前で「もうちょい右」ハルトの声と「こっちはオーケーだ」と言う荷車の脇のミックの声が張り上げられ、三号機となる素体が荷車に乗せられた。守り鴉からロープが話され地上に落ちる。

 ハルト、ジュノー、マリエール、ノエルに拾い上げられたロープが巻かれ荷車に乗せられる。

「工房に運びこんで吊り上げるぞ」

ジュノーの声にコボルが荷車を引き、ハルトはコボルに付き添いながら「次を頼む!」とカッツェに声を掛けた。運搬隊は時間を惜しむように再び洞窟に舞い戻った。

 工房の中では保管用に吊り下げられる三号機用のロープが滑車から垂れ下がり、先端のフックが胴回りに回されたロープに掛けられてゆく。一旦吊られた素体の下に木製のパレットが敷かれ、その上に降ろされた素体を固定しパレットごと吊り上げてゆく。定位置に収まったパレットに二階の廊下から足場が渡されマナの補給を行なう体制を整えてゆく。

「次の素材は右側の奥だな」

「そうだね。これは羽を広げられなくて良い。とりあえず内部を見る為の外殻の加工からだから」

「台車の上に乗せるから移動は出来ると言っても一苦労だからな。殻全体を加工するなんて初めてだ」

 腕がなる。と言いたげなジュノーと共に裏庭に戻り、三機分の素体を無事に工房に収めた。

 工房に運び込まれた素体の位置出しを終える頃にはマナの通っていない完全体の殻が裏庭に戻された荷車に降ろされ、パーツに別れた殻が収まった箱も無事に降ろされた。ここまで約二時間。無事に秘密裏に工房までの運搬が終わった。マリエールの手料理に応援の鳥の人を交えての遅い朝食を終える頃にデニスが運搬商人を連れてやってきた。

 時間通りだ。遅くもなく早くもなく。流石だな。

 プロなのですから当たり前です。と言わんばかりのデニスから半金を受け取ったジュノーは、殻とパーツを馬車に積み込んだ商人を見送ったデニスに朝から酒を進め「大商いの祝いですからな」と受けたデニスと杯を交す。

 デニスと運搬商人との取引が行われている応接室を素通りして退出した鳥の人を見送ったハルトはデニスから花の本を受け取り、ケーブルのチェックをしたいと言うミックにケーブルの納品を任せて花の本の目次を追った。

「八冊も読むのか」

「この中に正解があれば良いんだけど」

「その前にやれることをやろう」

 工房内でミックと頷きあったハルトにノエルはお茶を差し入れながら「ほどほどにね。周りが見えなくならない程度に」と微笑みかけつつも、お盆の下に隠れていた資料をテーブルに置いた。ノエルの手で一枚一枚千枚通しで丁寧に開けられた穴に紐が通されて綴られた資料だ。

「わたしは教会に卵のサンプルを取りに行ってくるね」

 ノエルはカッツェの守り鴉に乗って崖の上にコボルを迎えに行きつつデニスに委ねる卵を取りに向かった。

 工房に残ったハルトとミックは素体であるロッキの殻をあらためて見つめた。


 三体とも黒と深い茶色がベースだが頭部や中胸背版に浮かぶ模様の色が違う。零号機となる素体は赤く、工房に佇むもう一体はイエローグリーン、天井に吊り下げされた素体の模様はオレンジ色だ。


 ハルトとミックは翼の折り畳まれた零号機の素体に歩み寄った。

「これで飛ぶんだな」

 はねを支える枝である翅脈しみゃくに幾何学的に囲まれた透明のフィルムが窓から差し込む陽光を反射している。ハルトが素体の周囲を歩くと真珠のように光が色を変えてゆく。

「この幕の形の比率にもフィボナッチがありそうだな」

「フィボナッチ?」

 ハルトの独り言にミックが反応した。

「自然界にある綺麗な比率を表すものらしい。0.618とか0.382とか」

「ああ、それはマナを扱う魔道具の基礎理論に出てくる比率だ。0.236もそうだろ」

「それもあるんだ」

「0.618と0.382のほうがついになっててよく使うけどな。神秘の比率って言われてる」

 こっちの世界でもそうなんだな。美しさは普遍ってことか。

「でも蟲の翅脈は人の指紋と同じで1つとして同じものが無いんだそうだ。それなのにどんな個体もちゃんと飛ぶって凄いよな」

「へぇ、そうなんだ」

 ちょっとしたトリビアだな、とハルトは思う。

「それに翅脈には神経が通ってる。体液も流れていて代謝するから慎重に扱おう」

「馬車じゃ翅を扱ったことはないからな。間違いがないように保護を考えよう」

「俺は中枢と翅を動かす筋肉の状態を確認したい。開け閉めできる窓を切らないと」

「それ、ハッチって呼ぶことにしない?」

「ハッチ?不思議な言葉を使うんだな」

「簡単な言い回しの方が整備する時にも使い勝手が良いだろ。窓じゃ混乱しそうだし。整備用のはメンテナンス・ハッチって呼ぼう」

「オーケーだ。ハッチ、だな」


 ハルトとミックは道具を整備しながらジュノーが降りてくるのを待った。



飛甲機の開発が始まります。サブタイトルを変更しました。

次回は水曜日17時の投稿です。

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