始動
まずは父さんに事情を説明しないと。それと誰にどこまで話すかだな。ここは慎重に考えないといけない。
ハルトは聖地の地下から家に戻る前に、水車小屋の前で伊右衛門を止めた。ノエルのモモ、カッツェのキスカのコボル二羽が伊右衛門に近寄ると、フィレーネがハルトの胸ポケットから出て来た。
「ちょっと、こんなとこで何すんのよ?」
「誰にどう話すか相談しときたいんだ。みんな水車小屋でちょっといいか?」
教会での火炎蜂の騒動をまだ警戒している村民は誰しもが家の中だろう。人気が全くない夕暮れ時の水車小屋にハルトは近づき、人の背丈くらいの小川の落差を利用して回る水車が据え付けられた小屋の扉を開けた。小屋の中は粉挽きの臼を動かす歯車に繋がれていない水車の軸が空回りしてるだけだ。微かな摩擦音の中で、普段は声の大きなおばちゃん達の井戸端会議で使われる椅子を寄せて三人と妖精が顔を寄せ合う。
カトーリはもう作れないけど、ここから再出発だ。
ハルトはノエルが汗を流して虫除けの粉を挽いてくれていた臼を見ながら話し始める。その気持をノエルも解っているように顔を寄せた。
「父さんに話す許可はアルフリードさんには貰ったけど、誰にどこまで話したもんかな?それとロッキの殻を運び込む算段も相談しておきたい」
「マナが通ってる殻が4体、通常の殻が2体、内1体は細かい部位に別れてガラス化してる。どれを優先する?それによって守りの森から手伝いに来て貰う人数が変わってくる」
「卵もあるでしょ。滝に近い所の卵はこれから孵るから置いとくとしても随分数があるよ」
「卵は教会からの通路で運べるからデニスさんと相談だな。マナの通ってない殻1体とパーツは工房には入れないでデニスさんに引き取って貰おう。マナの通ってる飛甲機の素材は作業をすることを考えると3体が精一杯だ。2体を吊るしておいて1体を作業する感じになるな。羽を広げると工房には2体並べるのがやっとな位だし」
「ロッキは蝉みたいな体してるから羽広げると胴体より長いからな」
「でも色々調べたりするのにも3体は工房に置いておきたいんだ。保存状態の良し悪しと大きさにも個体差があるし、どれを優先したら良いのかを決めるのにフィレーネ、もう一回一緒に行ってくれるか?」
「いいよん」
「ハル、また卵の話しで悪いんだけど、マナの通った卵だって貴重な物だよ。売ることばかりじゃなくて何か使い道があるかも知れない。ミックは魔道具に詳しいんだから聞いてみたら?デニスさんに来てもらう前に」
「そうだな。教会で見かけたけど話してないし、カトーリの事もまだ謝れてない。一度訪ねてみるよ」
相談を終え、家に戻ったハルトはジュノーに事情を話した。「お前の好きにやってみなさい。冬支度の干し肉と燻製作りは半分買うから全力でやってみろ」と後押しを貰った。
明くる朝、ハルトとノエルは聖地の地下に入ってハルトは石版を読み込み、ノエルに優先して写して欲しい石版を伝えてから午後は家族でバザールに向かった。コボルを扱う商人にデニスと商談がしたい、と連絡を頼み、ロッキの殻が手に入ったことで安心した家族は冬支度の買い物を楽しんだ。
ミックの家族は見当たらないな。明日行ってみるか。
翌朝、石版を写しに行くノエルと警護のカッツェと玄関先で別れるとハルトはミックの家にコボルを走らせた。
ケビンとカールは街に働く口を見つけたみたいだし無理だろうな。せめてちゃんと謝りたかったけど。
ミックの家に着いてドア・ノッカーを叩くとミックの姉らしき女性が出てきた。「ミハエル、ハルが来たわよー」とミックを呼ぶ姉は「そういえば、もうハルベルトになったんだったわね。ごめんなさいね」と微笑みをむけた。
階段を降りてきたミックにハルトは両手を膝につけて出来る限り深く頭を下げた。
「カトーリの件は本当に申し訳ありませんでした」
「もう済んだことだしいいよ。それに教会に蟲が出た時にハルが何をしたのか窓から姉さんと見てたよ。今日はわざわざ謝りに来たのか?」
「それもあるんだけど相談したい事があって」
「まぁ、上がれよ」
くせっ毛の金髪の前髪に隠れがちな青い瞳がハルトを家の中に導いた。
飾り気がなく几帳面なミックの人柄をそのまま表したような部屋は魔術具とマナの扱いに関する本が壁面を埋めていた。机には実験道具とマナを計測する道具が中央に置かれている。それもまた芯のブレないミックを表しているようでハルトは妙に納得してしまった。
姉が差し入れた温かいお茶を飲みながらハルトはミックと向き合い、マナの通ったロッキの卵を手に入れたことを伝え、活用法を尋ねた。
「どの程度のマナが通ってるかにもよるから見てみないと何とも言えないな。どういう状況で採集された卵なんだ?蟲狩りが捕獲したものなのか?」
「いや、2種類あるんだ。まだ孵っていない卵とロッキの全身ごとマナが通ったまま残ってる卵。随分古い物だと思う」
「まだ孵っていない卵とマナの通った全身だって!?」
ミックと共に飛甲機開発を行う事を決め兼ねていたハルトは、その反応に俄然やる気を感じミックを誘う事に決めた。
「そこは俺が行けるような場所か?通ってるマナの量を計測したい」
普段は無口で大人しいミックの目が血走っている。だがまだハルトは詳しい場所と飛甲機の件までは教えていない。
「一応、鳥の人の長に聞いてみてからで良いかな?これから伝書鳩を飛ばせば明日には答えが帰ってくる」
「分かった。マナの通った蟲の卵について調べられるだけ調べておこう」
卵だけでこの反応だ。飛甲機の事を話したら興奮して卒倒するかも。
ハルトは家に寄って三人分のお昼のサンドイッチを持って教会に向かい、聖地の地下でカッツェの警護を受けながら黙々と写本するノエルと合流した。光石の光を水の入ったガラスコップで拡散させた部屋の中でノエルが顔を上げる。
スマホのライトに水を入れたペットボトルを乗せて簡易ランタンにする作戦、光石でも使えるな。
「仲直り出来て良かったね。ハル」
「うん、ケビンとカールにも謝りたいけど街で働いてるみたいだから」
「次に街に行く機会に訪ねてみようよ」
「そうだな」
ノエルは俺が飛甲機に夢中で気が付かない所をフォローしてくれる。確かに人との関係を疎かにしてたらこの先困ることになる。
少しずつ好転する状況をノエルもまた作っている事を実感しつつ、ハルトはカッツェを交えて運搬の相談を始めた。
「伝書鳩を出すなら俺も運搬の相談を守りの森と始めるよ。ミックがマナの計測をするならどの順で運び出せば良いのかその場で決まりそうだしな」
カッツェと共に家に戻り伝書鳩を飛ばした後、夕方の六時を懐中時計が知らせるまでハルトも聖地の地下で写本を手伝った。ノエルは読めない単語を一字一句逃さないように写本し、分からない言葉を自分のメモ帳に写しながら勉強していた。ハルトはノエルが読めない部分の意味を教えたりしていたが、飲み込みの早いノエルは段々と意味の予測が出来るようになりつつあった。
「さすがは本が大好きなだけのことはあるな」
「でも削れちゃってる部分はどうしようも無いね……」
「そこまで行く前にまだまだやる事がある。アルフリードさんの翻訳も読んでみないと。解釈が違う部分もあるかもしれないし。まだ写す石版の量があるけど頼むな」
「まっかせてよ!」
ノエルは、ぽよんと柔らかく揺れる大きな胸を叩いて笑った。
地下室から祭壇に繋がる階段を上がって天井を叩くと神父の執務机と化した祭壇が動いた。
「すいません。お手数を掛けて」
「女神様に導かれてのハルベルト達の仕事だ。ここに居ることが今の私の仕事なのだから気にすることはないよ」
丸メガネの奥の優しい瞳に迎えられて教会の中に戻り、祭壇に祈りを捧げて家に戻った。
玄関を開けると肉を焼く美味しそうな匂いが漂ってくる。二階のリビングから母と妹の笑い声が聞こえ、ノエルはしっぽを立ててフリフリしている。
こういう感じも久しぶりだな。腹減った!
ハルトは階段を駆け登った。
翌日、守りの森から伝書鳩が戻ってくると、アルフリードの参加許可が降りたミックの元へハルトは走り、飛甲機の話に興奮しっぱなしでコボルの背中にマナの計測器を積んだミックと共に教会に向かった。ミックもまた卵のマナの計測をそっちのけで飛甲機の説明図と設計図にのめり込んだ。
「あの~、運搬の手筈もあるから、どの殻から運べばいいか決めて欲しいんだけど……」
堪りかねたカッツェの言葉にミックとハルトは長い通路を歩いて洞窟に入る。カッツェが松明を持って先導した。
「フィレーネいないけど、まっいっか」
明るい崖の入り口に辿り着くと運んであったマナの通った4つのロッキの殻を1つ1つ計測してゆく。
「状態はどれも良いな。多分全部使える。でも工房に運び込めるのは3つだよな?」
「広さ的に考えるとね」
「だったら1つは元の場所に戻そう。マナを定期的に通さないと少しずつだけど劣化するから。開発するのにもマナを使う。保存の為に無駄にマナを使わない方が良い}
「えー、また戻すのかよ……」
「カッツェ頼む。またコボルを降ろさないとだけど」
「殻を工房に運搬する時で良いか?人手が多い時の方が楽だ」
「何時くらいになる?」
ミックの厳しい目線にカッツェも押され気味だ。
「デニスさんとの話し次第だけど一週間はかからんと思うよ。鳥の人とは話しができてるし」
「それだったら問題ない」
ホッと胸を撫で下ろしたカッツェと卵の計測に向かい、幾つかの卵は状態が非常に良く、中身を飛甲機の中枢との接続に使えるかもしれないとミックは判断を下した。
「マナの通った卵の殻だけでも結構良い値段で売れると思う。状態の良い物は飛甲機開発の為に取っておこう。売ってしまってから買い戻す方が金がかかるぞ」
運搬と売却物の選別を終えたハルトとミックは『飛甲機の間』と名付けた広間に戻り、ハルトが石版を読んでミックが作業用の資料を作ってゆく。物理的な接続や配線の取り回しについてはロボット工学の知識のあるハルトのアイデアにミックが目を見張る場面もあった。
良いコンビになれそうだ。
そう思うハルトとミックをノエルが嬉しそうに見つめていた。
そんな日が3日ほど続き、昼休みにしようと教会の中に戻るとマリエールが四人を待っていた。
「デニスさんがいらっしゃったわよ」
その言葉に家に戻ろうと言うハルトにノエルは異を唱えた。
「わたしは写本を続けるね。ハル達はデニスさんとお話ししてくればいいよ」
「でもカッツェも戻るし一人になるぞ」
「大丈夫、だと、思う……」
何となく不安げなノエルにカッツェが声をかけた。
「俺も残るよ。ハルト、デニスさんに売る殻を運ぶ商人との予定が決まったら教えて欲しいと伝えてくれ」
「分かった。じゃあ俺とミックはデニスさんと話してくる」
工房の応接室でジュノーとハルト達を待っていたデニスの前には伝書鳩が入った鳥かごが置かれていた。
「これからは直接連絡が取れた方が良いかと思いましてね」
マナの通っていないロッキの殻の売却を引き受けたデニスは、次にマナの通った卵の売却についてミックと話し合う。
「長い間マナが通ったままの殻は貴重です。まだ知られていない活用法があるかもしれない」
「王都の商会に打診すると共に蟲狩りにも話しを流してみましょう。何か情報を持っているかも知れない」
卵の話しが済むと「詳しい話しはまだ出来ませんけど」というハルトの前置きにも関わらずケーブルと花に関する本の注文をデニスは快く引き受け、明後日には届けさせると約束を交わた。「代金はロッキの殻の手付けから引いておくので結構ですよ」と言うデニスの言葉にハルトは甘えた。
3日後の早朝と決まったロッキの殻の売却に合わせてカッツェは運搬要員の応援を守りの森に出し、新たな三体のロッキの完全体を受け入れる工房をジュノーが整える。その片隅で「これからもっと増えるかも知れないからね」と、マーガレットが慣れない手付きでトンカンと伝書鳩の鳥小屋を作る音が響いていた。
仲間たちと共に飛甲機開発を始動させたハルト。
次回は月曜日の投稿になります。良い週末をです☆




