聖地
ハルトとノエルが洞窟を探索した翌々日、カッツェがロダの工房に戻った。ちょうど昼食の時間に現れたカッツェと共にハルトは再び洞窟に向かった。ハルトとカッツェを乗せたコボルの伊右衛門とキスカが森に入ると守り鴉のレーズに乗り換えて滝を下る。守り鴉を出来るだけ人目に晒さない、という配慮からだ。滝の裏の洞窟の入り口に立ち、内部の様子をハルトに聞いたカッツェは「道具を持って明日もう一度来よう」と提案し、その翌日再びロッキの巣に降りた
ハルト達が鎮めたロッキは動かなくなっていた。
「殻を大事に使わせて貰うな」
ハルトは祈りながら手を合わせた。
初めてこの世界に降りた時に襲われたロッキ。しかし自分に否がなかったとも言えない。そしてハルトの中では命を潰えたものに対する尊重が頭をもたげていた。
カッツェと二人で最初の広間の横穴を塞いでいた岩を調べ、石を挟んだ木の棒でテコの原理で転がして横穴に続く通路を広げた。崖の上からレーズの爪に鞍を掛けられた伊右衛門とキスカが順に洞窟に入り、マナの通っていないロッキの殻三体を滝の飛沫が入り込むギリギリまで男二人の後押しと共に引き摺り出した。それが終わると崩れた各部位一体分を運び出す。
「今日はここまでだな」
守りの森からの加勢を待ち、殻を解体することなく一気に工房まで運ぶ算段を整えた二人は洞窟を後にした。
「ロッキの殻を売ればこの状態から抜け出す道が見えてくる」ジュノーの言葉にあらためて安堵したハルトはその翌日、税を納めに向かうジュノーと共に教会に向かった。カッツェとノエルも同行している。家族で働く事が多い職人や農家は小さい子どもを連れて教会に行く事も多く二人が同行していても不自然ではない。ノエルとカッツェは神父と話したいことがあるのだと言う。
ハルトは頭の中にまだ残っている読み終えたこの世界のラノベ『青春蟲野郎は機械人形の夢を見るか?』を思い出しながら伊右衛門に揺られていた。
美少女人形に恋をした主人公が夢の中で恋が成就したと思ったらそれは現実だった、的な物語だったけど、この現が夢みたいに思える自分には結構来るものがあった。こっちだどシリアスなSFっぽいのが流行ってるみたいだけど元の世界の青春シリーズ好きだったなぁ。こっちではネットが普及してなくて情報の流通が発達してないからなのかSFっぽいのがまだ主流らしい。前の世界だと技術的な近未来ってもう見えちゃうようになってからな、それに、未来?どうせディストピアっしょ、な感じだったし。
果たして『知ること』と『幸せであること』とは一致するんだろうか?少なくとも想像の世界を狭めていたそれに真綿で首を締められるように息を塞がれていたような気がする。それに無意識に反抗するとか、それから逃げ込む場所としてノスタルジックな世界がエンタメの世界を席巻してたんじゃないのか?異世界っていう集合知のルールの上で面白さ競うゲームの実況を見るようにのめり込んで。でもソシャゲーだって誰かが書いたシナリオに乗ってるんだって思うといつの間にかのめり込めなく無くなっていた。あー、大人になんてなりたくない。そんな風に思ってたよな。
コボルに揺られながら取り留めのない夢想にふけるハルトをジュノーが戒めた。
「徴税はセルドの仕事だ。油断するなよ。また何か仕掛けて来るかも知れんし、セルドが監督する徴税官に当たったら大変だ」
ハルトは表情を引き締めた。
「大丈夫っすよ。右から2番めの列に列んで下さい。その列に神父さんがつくらしいです。昨日の夜、神父さんに事情を話して聞いときました」
カッツェって何気に良い仕事するよなぁ。俺もしっかりしなきゃ。
うろこ雲が浮かぶ秋晴れの空の下、4つの列がストーンサークルに出来ている。教会の中では手狭なため、天候に恵まれた場合は屋外で行われる徴税の審査を受ける村民達が作った列だ。前方の幕で仕切られた空間から人が出てくると次の村人が入れ替わりで入ってゆく。一旦列に並ぶと列を変えられず、どの徴税官に当たるか分からないようになっているのだ。「村長が監督している徴税官に当たらなければいいが」という小声が周囲から溢れてくる。炭焼き職人の次が順番だという農家の人々が列の後ろに付き始めた。
ジュノーとハルトが幕の中に入る4つの机が間を開けて横に列んでいた。目の前の机に座る徴税官の後ろに神父が立っている。その机に歩み寄ったジュノーとハルトを見て隣の机の後ろに立つセルドが悔しそうな顔をした。
提出した書類のチェックが無事に終わり、間仕切りされた幕から出たハルト達はサークルの外でカッツェとノエルと合流し教会に向かって歩き始めると空からフェリーネが降りて来た。
「おい、こんなに人が沢山集まるとこに出てきて大丈夫なのか?」
「ちょっと緊急だから聞いて」
何時になく真剣な表情でフェリーナが話し出す。
「カッツェ、アルフが来るのってまだ先だって言ってたよね?」
「冬支度が始まって教会に人が行かなくなる頃にって言ってたから早くても明日以降だ」
「だけど、もう近くまで来てる、気がする」
「はぁ?そんな事は聞いてないぞ」
「ほら鳥笛が聞こえない?」
「またぁ、悪戯には乗らないぞ」
「こんな物を着けてるからだよ!」
フィレーネは羽耳を隠すカッツェの耳当てを取ろうと引っ張っり足掻く。カッツェは耳当てを外して耳を立てた。
「確かに。微かに聞こえるな」
カッツェの顔つきが変わった。目を閉じたカッツェは何かを感じた様だ。
「アルフリード様が蟲を追ってる!他の騎士の笛も聞こえる。こっちに来るぞ」
「蟲が来るだと!」
ジュノーが声を荒げた。
「すぐに村人を避難させましょう。ノエル、神父さんに教会の中に村の人を誘導するように伝えて来い!俺はレーズを呼ぶ。伝えたらすぐ戻ってこい!!」
ノエルが駆け出した。カッツェは胸から取り出した笛を吹くが音は聞こえない。守り鴉を呼ぶ笛だ。笛を口から話したカッツェは村人に向かって叫んだ。
「みなさん!森から蟲が近づいて来ます!すぐに教会の中に避難を!!」
だがカッツェに顔を向けただけの村人は動かない。
「早く避難を!蟲が来ます!!」
村人は動揺するがそれでも動かない。騒ぎを聞きつけたらしいセルドが慌てて幕の中から出てきた。
「この者の言うことなど聞いてはならん!わしの一番大切な仕事を滅茶苦茶にして恥をかかせる気か!!」
「そんな事を言ってる場合じゃない。村人が危険だ、避難を指示しろ!お前はそれでも村長かっ!!」
「お前を拘束する。やれっ」
セルドの後ろ黒いローブの男たちが動く。カッツェは剣を鞘から抜き、腰の後ろで折り畳んでいた翼を広げ高く掲げた。
「鳥の人だ」
老人が声を上げた。
「鳥の人に従いなさい。避難を」
村人が動き出した。
「愚かものが!わしに従わん者は公務執行妨害で捕らえるぞっ!!」
セルドの言葉に足を止めた一人の村人が森の方を見つめて叫んだ。
「あれは何だっ!」
ストーンサークルの先に広がる森の上空に赤い光が天に向って伸びてゆく。
滝のあたりじゃないかあれ?
「あれは蟲が出す光だ!森で蟲が暴れてるぞ!早く教会の中へ!!」
炭焼き職人の声に村人達がセルドを押しのけて走り出す。混乱したサークルの上空から黒い影が舞降り更に混乱が増す。守り鴉の大きさに腰を抜かし石畳に尻をつけたセルドは「馬車を出せ!館に避難だ!」と声を荒げた。
人波に逆走してノエルが戻って来るとカッツェは直様次の指示を出す。
「レーズを貸す。ハルトの家から蟲除け弾と爆ぜ弾を持って来い。それと虫除けの草束も出来るだけ沢山。草束を教会の周りに撒いて煙を焚け」
ノエルが守り鴉に乗って飛び立った。
「ジュノーさんは神父さんに虫除けがないか聞いて、あったら教会入り口や窓の外でありったけ焚いてくれ」
「分かった」
「ハルト、お前は俺とここにいろ」
カッツェはストーンサークルの中心から少し離れた所に陣取った。
「ハルト、これを渡しておく。俺の背中について来て袋ごと蟲の顔に投げろ」
革袋の中の青い粉を薄い布の袋に移し変えた粉袋を渡されたハルトはカッツェに問う。
「ここに来るってこと?」
「蟲は聖なる場所に引き寄せられる。降りてくるとしたらここだ。アルフリード様も来る。俺達は慣れてる。大丈夫だ」
ハルトはこの状況で笑みを向けたカッツェを凄いと思った。
ノエルが乗った守り鴉が教会の脇に降り、レーズの爪から落とされたヒナギクの束に火を付けていく。ノエルも分かっているようでサークルに近い所の煙が厚い。教会とサークルの間に煙幕を張ったノエルはハルト達に合流すると、ハルトにパチンコと弾の入った皮袋に火付けを手渡した。ハルトは爆ぜ弾と虫除け弾の種類を分けて左右のポケットに移しパチンコを腰のベルトに挿した。ノエルの手にもパチンコが握られ、腰には弾の入ったバッグが二つとブーメランが下がっている。
森の上空の蟲の姿とそれを取り囲む守り鴉が大きくなってくる。
ロッキと別の姿の蟲を見たカッツェが舌打ちした。
「火炎蜂か。しかもありゃ7,8回は脱皮してるな。でかい。超でかい」
「火炎蜂は尻から火を吹くんだろ。どうすれば良い?」
「俺が合図をしたらハルトは粉袋を顔に向かって投げれば良い。ヤバイと思ったら虫除け弾をぶつけて横に飛べ。火炎蜂は自分の正面にしか火を吹かん」
ロッキより一回り大きい火炎蜂の姿がはっきりと見てとれるようになった。横幅1メートル2センチ、全長は4メートル弱の体は真紅と黒の縞模様で、胴体の前には肉食の顎を持った雀蜂の凶暴な顔が見える。足からは焼き切られた網が垂れていた。取り囲むように6羽の守り鴉に乗った鳥の人が旋回しつつ更に近づいてくる。火炎蜂の素早い上下左右の動きにアルフリード達も鎮めの粉をかけられない様だ。
アルフリードがカッツェに手信号を送った。カッツェは如何にも「了解」という感じのサインを送り返す。
「やっぱりここに降りてくる。俺が前に出る。ハルトが粉袋を当てたらノエルは虫除け弾に火をつけて放て。蟲が出来るだけ上に逃げるように仕向けろ」
サークルの中心の上空で停止した火炎蜂が真っ直ぐに降りてくる。地表擦れ擦れで止まった火炎蜂にカッツェは剣を向けながらハルトを背中ににじり寄る。二人の斜め後方でノエルが長い導火線に火をつけた虫除け弾を込めたパチンコを構えた。
肉食の顎を開け閉めする蜂の複眼がハルト達を見つめる。ハルトの喉が鳴る。
「今だ」
ハルトは粉袋を投げた。しかし軽い粉袋は火炎蜂には届かず、手前の地面に粉が舞う。
ノエルが撃った。虫除け弾は蟲の真下では爆ぜずに火炎蜂の後方で爆ぜた。それに押されるようにカッツェとハルトに突っ込む火炎蜂にカッツェが突き飛ばされ、ハルトは飛び退きながら虫除け弾を投げつけた。小さな虫除け弾だが触覚を震わせ高度を上げた火炎蜂がハルトの頭上を抜ける。火炎蜂の巨体が逃げるノエルの背中を前足で引っ掛けて教会に向かって滑空する。
「まずい!」
「ハル!爆ぜ弾を蜂の下に撃って!」
ハルトは爆ぜ弾を取り出し導火線の弾に近い部分に火を付けて撃った。それでも弾は蟲の腹の下を通過する。眼前で起こった爆音に慌てた蜂の体が上向きに変わると同時に火炎蜂の尻の針先から炎が伸びた。その火炎が地面に置かれたヒナギクの束を焼くと煙に阻まれた火炎蜂は上空に昇ってノエルを落とした。レーズが空中でノエルを受け止めて飛ぶ。
上空で待ち構えていた鳥の人から黄色い蟲除けの粉を周囲に撒かれた火炎蜂は行き場を失いストーンサークルの上空を旋回している。
「また来るぞ。虫除け弾の臭いを消したい。土を掛けよう」
ハルトとカッツェは石畳のサークルの外に出てカッツェが脱いだ上着の上に土を集める。
「粉袋に石を入れてもいいか?」
「届くように重しにするくらいなのならいい」
ハルトは石を幾つか拾って粉袋を重くした。
サークルに戻った二人は虫除け弾が爆ぜた辺りに土を撒いた。地上に降りたノエルもサークルに戻って来る。
サークルのセンター上空でホバリングした火炎蜂がゆっくりと高度を下げ始める。
「次はタイミングを任せる」
カッツェの後ろで火炎蜂に近づきながらハルトは粉袋を手の上で跳ねさせて重さと感覚を図る。火炎蜂との距離を測ってカッツェの背中から右に出て投げた。
粉袋が顔に当たった火炎蜂は触覚をくねらせ赤褐色の目から色が引いてゆく。
ノエルが撃った虫除け弾が蜂の下で爆ぜ、火炎蜂はゆっくりと上昇を始めた。
門構えの石と石の間を左右に飛んで石柱の上に立ったノエルがもう一発火炎蜂の腹の下に撃った。
上空で取り囲んだ鳥の人々が振りまいた青い粉に目の色彩が消えた火炎蜂は、アルフリードの手から流れる導きの煙を追って森に戻って行った。
「――何とか、なった、な」
「「はぁー」」
ハルトとカッツェは安堵の息をついた。
「ハル、大丈夫だった?」
「大丈夫。ノエルこそ大丈夫か?怪我は?」
「わたしも大丈夫だよ。ハルの作った武器が役に立った。ありがとね」
「おつかれー」
どこからともなく湧いたフェリーネがハルトの肩をポンポンと叩いた。
カッツェとハルト、ノエルは教会に入り、神父と調整官、村民達に蟲が去ったことを告げた。神父とカッツェが話しているところにアルフリードが入って来た。
「徴税官殿、後は我々が引き受ける。領主への報告を頼めるだろうか」
徴税官達はアルフリードに傅くと教会を出て行った。アルフリードは合流した6人の鳥の人に周囲の警戒と村人の帰宅支援を指示してゆく。
「神父殿には話しがある。執務室で話せるかな?ハルトにカッツェ、ノエルもついて来なさい」
神父の執務室に至る廊下の扉が開き、ハルトはアルフリードに背中に続いた。
聖地にハルトを向かわせる妖精と引き寄せられる蟲。
カッツェの活躍で何とか切り抜けたハルト。
次回「ロストテクノロジー」 水曜日に投稿します。
コボルや蟲のロッキや妖精フィレーネの解説を設定に投稿しました。
活動報告にもリンクを貼っておきますね。




