ノエルの想い
ハルトとその家族が成人式の行われる教会に向って出発した頃、カッツェの守り鴉で崖の下に降ろしてもらったノエルは、モモの鞍を掴んで降りてくる守り鴉のレーズとカッツェを見守っていた。
「モモちゃん良い子だったね。偉かったね」
空中で暴れることなく無事に降りて来たモモの首を撫でながら、ノエルはモモを褒めた。守りの森にも自分のコボルがいるカッツェと違い、初めての自分のコボルであるモモを守りの森に連れてゆくことにしたノエルはここでカッツェと別れて陸路を走ることになっていた。
レーズかから降りたカッツェがノエルを送り出そうとしている。
「カァーッ」
突然の事だった。レーズが嘶いた。ノエルが振り返り見たレーズの体の向こうに、何処から姿を現したのか空中で羽を震わせる蟲、ロッキの姿があった。飛び立ったレーズが足の爪をロッキの頭にぶつける。しかしそれと同時に、ロッキの口元から伸びた管から飛んだ毒液がノエルを襲った。モモが体を呈してノエルを庇うもノエルの足に毒が飛び散った。横に飛んで毒液を避けたノエルの左腕が河原に転がる倒木の枝に切り裂かれて血を流す。ロッキはレーズを追って上空に飛んだ。両者が上空を旋回する。ノエルはそれを見るとすぐにモモを連れて河に入り毒を洗い流した。秋も深まり身を切るような冷たい水が紫色の糸を引いてノエルとモモを清めてゆく。
ロッキの崖の上を旋回する動きが固定された。レーズがノエルを心配して見つめるカッツェの脇に降りてくる。カッツェを乗せに降りて来たのだ。
「ノエル、あそこの洞窟に隠れてろ!」
カッツェはレーズに飛び乗ると鎮めの粉の入った腰の皮袋に片手を入れつつ空に舞い上がった。
洞窟の入り口で入るのを一瞬躊躇したノエルはモモを先に入れて自分も続く。
暫くしてレーズとカッツェが地上に降りてくるのが見えてノエルは洞窟から出た。
「取り敢えず大丈夫だ」
カッツェの言葉にノエルが崖の上を見上げると崖の際に降りたロッキの後ろ姿が半分くらい見えている。
「守りの森まで動けそうか?」
「わたしもモモちゃんも多分大丈夫だと思うけど……あのロッキは何で襲って来たんだろう?わたし達何もしてないよね?」
「分からん、何かを守ってるような感じだな。近くに巣があるのかもしれない」
「わたしは残ってロッキの巣が何処にあるのか確かめる。ジルの様子は気になるけど……」
「ノエル、お前蟲に襲われて蟲が怖いんじゃなかったか?」
「怖いには怖いよ。でもこんな村の近くに人を襲うロッキがいるんじゃハルが襲われないとも限らない。多分ロッキの巣は崖の何処かだと思う。何でロッキが何もしない人を襲ったのかを調べたい」
「――もう蟲に怯えてるだけの自分でいたくないの」
そのノエルの言葉にカッツェは判断を下した。
「俺は守りの森に報告に向かう。ノエルは無理をしないで日が暮れるまでには村に戻れ。崖の上にロッキが居座っているからお前とコボルを崖の上に上げるのは無理だ。ここで別れるぞ。結構距離があるけど崖に沿って川下に走ればコボルなら何とか登れる所がある。分かるか?」
「分かるよ。洞窟からロッキを見張ってみる」
「お前、洞窟も苦手だったよな」
「大丈夫。ハルがくれた武器もあるし」
ノエルはカッツェに鎮めの粉を分けて貰い、血止めの薬草と蟲と動物が嫌う葉を摘めるだけ摘んでんでモモと洞窟に入った。
暗い洞窟に身を潜めると、三年前に結界の近くで蟲に襲われた時の丸ニ日間、暗い洞窟の中で蟲が去るのを待った記憶が蘇って来る。
あの時はわたしを庇って毒を受けたジルの横で震えてる事しかできなかった。
その洞窟では肉食猿の襲撃もあった。毒の痛みを押してジルは肉食猿からノエルを守った。近くの洞窟に潜んでいた両親からの声が届き、何とか洞窟を脱出して守りの森に辿り着いた時にはジルの毒を完全に解毒するには遅すぎた。ジルは守りの森から離れることが出来なくなった。ノエルの父が探す赤い貴石はマナを盾や剣に具現化することができるものだと言う。父が祖父から聞いたという先祖代々伝わる話しを「まるでおとぎ話ね」と言う母だったが、ハルから聞いた蟻の騎士が赤い魔石の力で大きくなり、マナの盾と剣で人間の姫を守る物語が大好きだったノエルの後押しが、貴石を探す旅に出る決断を家族にさせた。その旅先で家族に怪我をさせ、兄を守りの森から離れられなくさせてしまった罪の意識とハルの元に戻りたい気持ちがノエルの中でせめぎ合った三年間だった。
ロダ村に着く前は獣人と罵られ、差別を受けることもあった家族をブロックのお家は快く受け入れくれた。何よりもハルはわたしを可愛がってくれた。大好きなハルの為ならわたしはやれる。
「大丈夫、今は蟲の知識もハルの武器もある」
そう言い聞かせながらノエルは洞窟から崖を見上げてロッキが動くのを待った。
◇◆◇◆◇◆
ブロック工房の玄関で血の滲んだ腕を押さえるノエルの右足にも布が巻かれていた。
「何があったんだ!?」
「森でロッキに襲われたの。モモちゃんを休ませてあげて」
ハルトがモモを見ると翼の付け根から羽先にかけて、紫色に変色したラインが幾つか流れている。ハルトはジュノーとマリエールを呼んでノエルを預け、水を飲ませたモモを飼育小屋の藁に寝かせた。コボル達はモモに寄り添って、色が変わった翼を舐めたり顔を擦りつけてモモの心と体を癒やしていた。
リビングに駆け上がるとマリエールがノエルの包帯を巻き直していた。マリエールは「明日先生に癒して貰いに行きましょう、足の毒もそんなに染みてないわ、大丈夫よ」とノエルを安心させている。
「一体何があったんだ」
心配顔のジュノーの横で出したハルトの問いに、ノエルは出された痛み止めの薬を飲み終えて答えた。
「森入ってすぐの滝でロッキに襲われた」
あの滝か。
「ロッキってこっちから攻撃しないと襲われないんじゃなかった?」
「そうなんだけど、気が立ってたみたい」
「何ですぐに戻って来なかったんだ?カッツェはどうした?」
「カッツェは守りの森に報告に行ったよ。わたしは洞窟からロッキの巣が何処にあるか確かめてたの。洞窟に猿が入って来ようとしたけど蟲除け弾を撃ったら逃げてった。ハルのおかげで助かったよ」
ノエルは顔色は悪いが食欲はあるようでスープを飲み終えるとマーガレットの部屋とリビングの間にある部屋に寝かされた。
翌朝、伝書鳩を放ったノエルをマリエールが助手をしている先生のところで診てもらいに出ようとする二人に、声を掛けたハルトの顔には脂汗が浮いていた。
「俺も連れてってくれないかな?足が痛むんだ」
マリエールに左の足首を見せると「これは酷いわね一緒に行くわよ」と、即決したマリエールと三人でコボルに乗って医者に向った。
診療を終え眼鏡をかけた白衣の先生は、ノエルの腕の怪我は癒せるし足の毒も何とかなるがハルトが足に受けた毒は濃いのだと言う。
「これは私では応急手当てしかできない。痛みはそれなりに引くだろうけども」
それでも随分と楽になったハルトは礼を言って家に戻った。
家に戻るとハルトは話しがあると言うノエルと一緒に自室に入った。
「ロッキが攻撃をしない人を襲うのはおかしいよ。滝の裏に入って行ったから巣があるんだと思う。明日調べに行こうと思うんだけど」
「一人じゃ危険だ。止めとけ」
「ロッキの巣は多分滝の裏にある洞窟だろうし、カッツェから鎮めの粉を貰ったから何とかなると思う。巣を見つけたらTバードで連絡しろって。マナは守りの森のカルドを使うから心配しないで」
「ノエルを一人では行かせられない。俺も行きたいけど、この足じゃな。大分楽になったけど崖を降りたりは出来ないよ。コボルで大回りして行ったら日帰りは無理だろ?森の中で二人で夜を明かすのは危険だ」
ハルトに心配してもらって嬉しいような、二人で夜を明かせなくて残念なような表情がノエルの顔に浮かんだ。
「フィレーネを待つしか無いね」
「あいつホント何やってるんだろう?もう来てないとおかしいのに」
「そのうち来るよ、きっと」
ハルトがTバードを開いて書き込みを見ると、アルフが『ロダの森でロッキがロダ村に派遣した獣人を襲った。ロッキは巣に戻った様なので村に戻った獣人が調査を行なう手筈になっている。報告があり次第書き込む』と書き込みがあった。ファボマークに色がついていたので開くと、ラフィーとベルダンティア、黒い羽のアイコンのウルデのファボを見つけた。
天使様もツイッタやってるのか。ウルデ様はどんな天使なんだろ?やっぱ綺麗系かな?
アルフリードの書き込みの下にベルダンティアの書き込みがあった。
『フェアルのフィレーネが妖精達を閉じ込めた繭を見つけました。ノルンも一人閉じ込められています。迷いの魔法が濃いようでまた見つけることは困難なようです。対策を練ります』
フェリーネはベルダンティア様のところか。暫く来れないかもな。
意外なことに、その夜にフェリーネが姿を現した。ハルトの足を癒しノエルの足もほぼ完治した。フィレーネがモモを癒しに降りるとモモの翼も白くなって治ったようだ。嬉しそうに羽を広げるモモを見届けて三人はハルトの部屋に戻った。
「お前ベルダンティア様のところにいたんだろ?」
「よく知ってるねぇ」
「これ貰ったからな」
ハルトはTバードを立ち上げて見せた。新しい書き込みはない。
「そういうことかぁ。何処まで知ってるか知らないけどアルフに言われたことを話すね。繭の中の女神さまにハルトをロダの聖地の地下に連れてけって言われたの。アルフに聖地って何処よ?って聞いたら、教会の石が円く立ってるとこだってさ。聖地の地下に行くには教会の地下の扉を開けなきゃいけないから暫くしたらアルフがロダ村に来る事になってる。カッツェの方が先に村に来るよ。二人はそれまでにロッキの巣を調べておきなさい、だって。それでこれ預かってきた」
フェリーネは机に置かれた小さな皮袋を指差した。フィレーネが背負ってきたものだ。
「ロッキに一番効く鎮めの粉だって。それと光石も中に入ってるよ」
ハルトは碧い粉の中からゴルフボールくらいの石を取り出した。
「光れ、って唱えると光るよそれ」
「ところで繭の中の女神さまが誰だか聞かなかったのか?」
「忘れちゃった。てへっ」
フェリーネは頭をコツンと叩いてぺろっと舌を出した。
ハルトが探索の準備をする間、ジュノーに村の地図を借りたノエルは、地図を写し、森の地図を書き加えて準備を終えたハルトに見せた。
「滝と教会ってこんなに近かったのか」
滝と教会は意外な程近い位置にあることが見て取れた。聖地のストーンサークルの方が滝に近い位置にある。
洞窟があるなら地下で繋がってるかも知れない。
ハルトは光石を蓋のついた細い蟲の管の中に入れて懐中電灯を作り、洞窟が深く奥を探索する場合に備えた。
ハルトを心配して戻ってきたノエル。
ロダ村と周辺の森の地図を作ってみました。
素人ですいません(汗。アタタカイ目でみてやって下さい。笑
次は「ロッキの巣」。金曜日の投稿になります。




