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甲殻の翼  作者: 月弓 陽
第2章 ロダ村編
31/148

成人式

 雨が降っている。

 

 ハルトが見る世界からまた色が消えようとしていた。

 ノエルやマーガーレットの服から、マリエールが食卓に飾った花から、本棚の背表紙から色が消えてゆく。

 「また感情のない世界に落ちていくんだな」

 窓の外の灰色の空と黒く佇む森を見ながら、ハルトはそれに抵抗するよりも流されている方が楽だ。そう思うようになっていた。

 

「ハルト、ちょっといいか?」 

 何もする気になれず寝ていることが多くなったハルトの部屋にカッツェが入って来る。

「こんな時に何なんだけど……、守りの森から帰還命令が出た。ノエルも連れて帰る」

「――そうなんだ。しょうがないよね」

 もうどうにでもなれ。そんな気分だった。

「訳も聞かないのか?大丈夫か?」

「だって俺がどうこう出来る話じゃないでしょ」

「お前にも出来ることがある。まぁ話を聞けよ」

 カッツェは「結界周辺の蟲の動きが怪しい」と話し始めた。

 


 馬車の部品が引き取られ、ジュノーが「少しでも金をつくらんとな」と蟲殻が売り払われたがらんとした工房にハルトの姿があった。

 作業台の上で使い道の無くなったカトーリの材料が丸められていく。導火線がついたパチンコで撃てる大きさのそれは、ヤキトンボの粉を丸めた爆ぜ弾と、それを芯に虫除けの粉で覆った蟲除け弾だ。

 爆ぜ弾と言っても蟲殻を砕けるほどの威力は無い。しかし蟲によっては音や光には反応しても敵意を感じなければ興奮することがない蟲もいる、とカッツェから聞いていた。

「家族を守れ。自分に出来ることを探せ」

 そうカッツェに活を入れられたハルトの手が動いている。

 今やれる事をやろう。前の世界であった事より深刻だけど。こっちの世界の方が厳しいけど。でもアストレイア様が時系列が前後するかもしれないって言ってたし、あっちの世界でも陥る事なのかもしれない。でも「どの世界でもその時の選択によって未来は変わる」って言ってたよな。やっぱり今出来る事を精一杯やろう。

 閃光弾は作れないし、そう言えばあの話しに蟲笛ってあったよな?蟲は音に反応しないんだろうか?

 意識が物を作る事に向かって、少しずつ粉をねるハルトの手に力が戻っていった。

 

 「レスルの時にお前がやった技を俺に教えてくれ」とカッツェに言われ、日課になった空手の型と柔道の組手が終わるとカッツェに作った弾の試し打ちを見てもらい「これなら使える場面があるかもしれない」とカッツェのオッケーが出た。ハルトは幾つかの弾を護身用に、とノエルに渡した。

 笑顔を浮かべるノエルの桃色の髪に色が戻り始めていた。

「カッツェ、ありがとう」

 カッツェにもパチンコと弾を渡した。

 

 ハルトはカトーリの材料が無くなると徹底的に工房を掃除した。

 それも済んでしまうと粉にする前のヒナギクを束にして納屋の中に積んだ。

 少しでもお金にならないものか?と思ってのことだった。


 マリエールとマーガレットが楽しみにしていた街での買い物は無くなり、翌日の成人式の祝いのの為に開かれたバザールにハルトたち家族の姿があった。

「どんな時だって家族のお祝いは大事よ。美味しいものを作らなきゃね」

 そう言うマリエールだったが財布の紐は硬い。マーガレットも今日はお菓子をねだらない。ハルトとノエルとマーガレットの三人で燐貨を出し合って漫画を一冊買った。


 その日の夜、ブロック一家の食卓にハルトの成人を祝う料理が並べられた。本来なら成人式の夜に行われる晩餐は、「ハルトの成人を一緒に祝いたい」と翌日の朝に森に戻るノエルとカッツェからの申し出を「一日早いけどみんなでお祝いした方がハルも嬉しいわよね」と快く受け入れたマリエールの一言で前日に行わることになった。

 丸く焼かれたピザには遥斗の似顔絵と祝いの言葉がソースとハーブの粉で描かれ、肉の質を落とさざるを得なかった肉料理も何の遜色なくノエルとマーガレットが工夫したソースで美味しいものに仕上がっていた。

「このキノコはお肉と絡めるととてもお肉が美味しくなるの。珍しいキノコとハーブを和えたからご馳走になったわね。ノエルが用意してくれたのよ」

「ノエル悪かったな、俺の為に。珍しい食材なら高かったんじゃないのか?」

「個人的なことに公費を使わせてくれるほど守りの森は甘くないよ、ハルト。これはノエルが森で採ってきたものだ」

「ノエルったら4日も森を歩いて探して来たのよ」

 危ないからと連れていって貰えなかったマーガレットが作ったソースでノエルとマーガレットがハルトの似顔絵を描いたというピザも絶品だった。

「みんなありがとう。俺がスネイルに迂闊なことをしたからこんな事になったっていうのに……」

「何を言ってるんだハルベルト。お前はサッカルの時は正しいことをした。レスルでも悪いことをしたわけじゃない。むしろ勝ったことに胸を張れ」

 そうジュノーの言われたハルトの瞳には悔しさとも嬉しさとも言えない涙が溜まっていた。ハルトは涙を堪えた。男の意地だった。

 

「ハルベルト、成人おめでとう」

 ジュノーが上質な紙で梱包された包をハルトに差し出した。包を解かれた箱の中には懐中時計が鎮座していた。鱗粉細工が美しい玉虫色に輝く懐中時計をハルトは箱から取り出して見つめる。

「こんな高価そうな物をいいの?」

「前から用意していたものよ。余計な心配はしなくていいわ」

「お兄ちゃんおめでとう」

 家族の愛情の籠もった時計を優しくハルトは握った。

「これは俺とノエルからだ。明日の式が終わってから開けてくれ」

 カッツェは指輪のケース一回り大きい、リボンがかかった木箱を差し出した。

「ノエルがアルフリード様に頼み込んで頂いたものだ。アルフリード様からの贈り物でもある」

 ノエルは祝いの笑みと寂しさが混ざったような顔をしてハルトを見つめた。

 ハルトはその桃色の瞳を忘れないようにと見つめ返して礼を言った。


 翌朝、ノエルとカッツェの見送りに門の前にハルトと家族が集まった。

 ノエルの後ろに森の入り口で守り鴉に乗り換えるカッツェを乗せたモモが立っている。

「お世話になりました。また来るとは思いますがありがとうございました」

「ノエル、元気でな。カッツェ、色々ありがとう」

「俺のコボルをよろしくな」

 家族で手を振って二人を見送った。ハルトはカッツェのコボルを飼育小屋に連れてゆき、コボル達に餌をあげて撫でてから部屋に戻った。



 雨の上がった教会の前のストーンサークルに正装をした若者が集まっている。

 6つの門構えの石柱に囲まれた円の外周で家族達が祝福の声と目線を送る中、成人を迎える13人の若者がサークルの中に設置された舞台の前に並んだ。その中にはスネイルとケビンの姿もあった。

 街から来た神官が舞台に立ち「今日この良き日に成人を迎える者達に神を祝福を。今後は公の場で真名を用いることを認められた成人としての自覚と責任を云々……」と、そこから先はまるで前の世界の校長先生の挨拶みたいだとハルトには思える言葉を綴ってゆく。神官は挨拶を終えるとカルドの入った箱を神父に渡して後ろにあつらえられた椅子に座った。

 スネイルベル・ゲ・スーノと真名を神父に呼ばれたスネイルが壇上に上がる。カルドを受け取り神父と包容を交わしたスネイルは舞台から降りるとハルトに近づいた。

「俺はパッカードの娘を娶ることになった。何やら立ち回ろうとしたらしいが無駄だったな。俺が商会を継いだら他の商会にも手を回してお前の工房を干してやる、今から荷物を纏めておくんだな。そうだな、工房は買い取ってやってもいいぞ。カトーリの権利で入ってくる金でな」

 薄ら笑いを浮かべてサークルの外のセルドとその一派に向かって歩いてゆくスネイルにハルトは俯く事しか出来なかった。


「ハルベルト・ブロック」

 名持ちから呼ばれるハルトが次に呼ばれて舞台に向かう。後10日こう呼ばれる日が早ければ、そう思わずにはいられなかった。

 ハルトは壇上に上がり、本人が登録して初めて動くというカルド上からナイフで切った左の親指の血を落とした。

 通過儀礼だって聞いててもやっぱ痛いのは痛い。転生した時の怖さに比べれば何てことないけど……。

 したたった血がカルドに吸い込まれる。Halbert Blockの文字が赤く浮かび上がった。その後H、a、l、t、の文字が青みがかった紫色に変色した。それを見た柔和な神父の顔が驚きとともに険しいものになった。ハルトと包容を交わす神父がハルトの耳元で囁いた。

「カルドを先ず両親に見せなさい。そしてどうすれば良いのか聞きなさい。それまでカルドを誰にも見せないように」

 神に捧げる歌を合唱し式が終わった。

 

 ハルトは家族の元に歩み、家族以外の人の目が無いことを確かめてからカルドを取り出した。

「父さん、母さん、これを見て」

 それを見たジュノーとマリエールの目が強ばる。

「ハルベルト、すぐにカルドをしまいなさい。後でゆっくり話す」



 教会から戻った家族がリビングに集まるとハルトはあらためてカルドを出した。じっくりとカルドを見るジュノーは、どういうことだ?と顎に手を当てている。

「何かの間違いじゃないよな?」

「どういうこと?父さん」

「名が赤く出るのは下級貴族のカルドだ。それに名の色が一部分だけ違うカルドなんて聞いたことがない」

「じゃぁこれは貴族の証ってこと?」

「貴族という言葉には2つの意味がある。一つは社会的な地位を表す身分、もう一つは体にマナを貯えて扱える量だ。地位を表す身分は貴族の推薦や金で買うことが来きるが、扱えるマナの量は貴族としての心構えをもって訓練しないと増えない。本来はマナを大量に使ってこの世を守る尊き存在を貴族と呼ぶんだ。村長みたいなのは貴族の風上にも置けない」

「えっと……」


「話しが逸れたな、つまり貴族と同じ量マナを扱えるカルドを持っていても領主様や王宮に認められなければ貴族の身分ではない、ということだ」


「そのカルドが使えるか試してみよう」

 ジュノーは皮ケースから自分のカルドを取り出してハルトのカルドに合わせた。

「1マナリー受け取る、と念じなさい」

 2枚のカルドがホワンと光った。

「送れたな。こっちの残高が減ってる。お前のカルドはどうだ?」

「下の方の青いゲージは半分を過ぎたくらい。赤い字で+1って出てる」

「逆に1マナリー送ると念じてみろ」

 合わせたカルドが光る。

「ゲージがちょうど半分になった。-1が出てる」

「ちゃんと使えるな」


 俺が貴族並にマナを集める体質なら金銭的な窮地は解決しそうだ。希望が出てきた。

「俺が集められるマナの量ってどれくらいなの?」

「ゲージが半分なら平民と同じだ。下級貴族は平民の倍マナを集める。下級貴族と同じの量をマナ扱えるが、今お前に自然に集まるマナの量は平民と同じということだろう」

 そう甘くはなかったか。

「マナが溜まる量は訓練やどれだけ人に貢献したかによっても変わるらしいが、最初は成人の年のイクリスの夜の祝福で決まる。平民は大体同じ量だ。お前の場合はまだ平民と同じ量しか集まらんが訓練次第でもっと集められるようになるということだろうな。あの夜、妖精がしたことに何か関係あるのかもしれん。怖い思いをしたようだしその試練に耐えた褒美かもしれんな」

「どんな訓練をすればマナを沢山集められようになるの?」

「それは貴族の秘密だ。知ってりゃみんなやってるさ」

「そりゃそうだよね」


「とにかく、成人おめでとう」

 家族にあらためて祝いの言葉をかけらた。

「そのカルドを使う時は人目に気をつけろ。それとカルドはむやみに使うなよ。使う度に手数料を取られるからな。カルドは大きな買い物や取引をする時に使うもんだ。年に一度王宮のマナを管理するマナバンコから明細が届く。来週、納税の日に教会に税を納めに行くんだが、その時にその書類を使う。来年明細が届いたらしっかり管理しろよ」

 税とか手数料とかマナに夢がないんですけど!!それは置いといて覚えるべきは、カルドはむやみに使えない、ってことだな。だから燐貨もあるのか。マナバンコは銀行みたいなもんだと思えばいいか。この世界のマナに幻想抱くのやめよ。貨幣価値のあるエネルギーって割り切った方が良いみたい……。


「父さん、それと母さんとマーガレットにも一つお願いがあるんだけどいいかな?」

「なんだ」

「これからは俺をハルトと呼んでほしい。カルドの字もそうなってたし、その方がしっくりする感じがするんだ」

「私はそうするつもりよ、ハルト」

「俺もこれからはハルトと呼ぼう」

「わたしはお兄ちゃんって呼ぶから変えなくていいよね?」

 食卓に久しぶりに笑い声が響いた。


 ハルトと呼ばれることに懐かしさを覚えながら夕食を終えると部屋に入った。

 ノエルとカッツェ、そしてアルフリードからの贈り物の箱を開くと中には四角い石と手紙が入っていた。ハルトは石を机において手紙を開く。

「なになに、これはTバードっていう手紙を見たり送ったりする魔道具だよ。手をかざして『さえずれ』って念じながら言ってみて」

 ノエルの女の子らしい筆跡を読んでハルトが唱えると、石の上に本くらいの大きさの淡い光が現れた。真ん中にクローバーを咥えた鳥のマークが出ている。ハルトが再び手紙に目を落とすと筆跡がカッツェものになっていた。

「ハルトが使えるように設定は済ませてある。オープンラインというところを押せば書き込みが見られる。書き込みの左のアイコンを押すとその人にメッセージが送れる。書き込みもメッセージも140文字まで送れることが出来る。取り敢えず開いて見てみろ」

 ツイッタかよ!?

 ハルトが四角い光の中のオープンラインのボタンらしきところを指で触ると画面が切り替わって文字列が現れた。空中ディスプレイとかこっちの方が進んでるんじゃん?

 ハルトは書き込みを指でスライドさせながら読んでいく。金色の可愛い狼のアイコンの横に『結界近くの蟲に不審な動きがある、と報告があった。これから調査に向かわせる』という書き込みがあった。書き込みの上に『森の宝石ラフィーちゃん』と出ている。根元が青く黒い羽のアイコンのアルフが『何か分かったら連絡を頂きたい」とレスしていた。

 こんな便利なもんがあるなら何で伝書鳩とか使ってるんだろう?そう思いながら手紙の続きに目を落とす。

「メッセージは送っても相手の許可がないと受け取られない。アルフリード様には送れるようになってる。書き込みもメッセージも一回10マナリーかかるマナ食い虫だが情報を得るにのは役に立つだろう。見るだけならマナの消費は微々たるもんだ。アルフリード様はハルトはTバードの情報は知っておいた方が良いだろうとおっしゃっていた。街でも領主様くらいしか持ってない凄く高価な魔道具だから次に会ったらちゃんとお礼を言えよ。それと緊急の場合はマナを借りてでもアルフリード様に連絡するように」

 ひえぇ、1送信10万円也とか無理だわぁ。それと領主様くらいしか持ってないって、俺が持っててもいいの?でも蟲が村の近くに出たりしたら分かるだろうし助かるかも。

「ハル、成人おめでとう。ハルの無事を願っています。また会える日を楽しみにしてるね」

ノエルが描いたらしいノエルとカッツェの似顔絵で手紙は締めくくられていた。


 部屋の引き戸の向こうから玄関のドア・ノッカーが鳴る音が聞こた。

 ハルトがTバードを落として階段を降り玄関を開けると、血の滲む左手を押さえたノエルが立っていた。


今週から月水金の投稿に固定します。

次回、「ノエルの想い」は16日、水曜日の17時になります。

二章の登場人物が増えてきたので登場人物紹介を作りました。

作者名か活動報告から飛べますのでご覧下さい。登場人物が多くてすいません(汗


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