もうひとつの幼なじみ
ノーラの初下校が続きます。
綾乃の乗った車が見えなくなるまでノーラは両手バイバイで見送っていた。
見送りが終わると住宅街の路地に入ってバス停までまた坂を下る。
狭い道をその可愛い制服を着たくて西高を目指す女子もいるという夏のセーラー服を来た生徒達が男子生徒に囲まれて下ってゆく。西高の男女比率的は3:7くらい。男子生徒の方が多い。そこに可愛い系の美少女のノーラの転入だ。注目されないわけがない。二人で歩くのは目立ち過ぎる。
遥斗は振り返って焚哉と珠絵に視線を送った。
焚哉と珠絵が横に並んで坂を下る。
「あっ新幹線だ」
外人て新幹線好きだよなぁ。そういえばアメリカって高速鉄道ないんだっけ。
住宅と住宅の間の狭い視界を一瞬で過ぎ去った車両の姿は既に無く、遠くに高架橋だけが見えている。
「ここでも結構高いですからね。今は両脇の住宅で切れてしまいますけど新幹線の窓からは校舎がそれなりの時間見えますよ」
この辺り一帯は校舎を頂点にした小高い丘になっていて、遥斗のお気に入りあの屋上、校舎と図書館棟の間にある二階建ての昇降口の屋上でも見晴らしは良い。南には少し遠くに海が煌めくのも見渡せる。何よりも綾乃の所属する西側の弓道場が見下ろせるところがお気に入りなわけだが。
「しかし女帝のあんなフランクな姿を見れるとは思いませんでした」
「ホントホントびっくりしたよ」
「じょてい?」
「神宮路先輩のあだ名ですよ。まぁ面と向かってそう呼ぶ人はいないでしょうけど」
「それはあんまりいい意味じゃないあだ名なの?」
「そういうわけではありませんけど、ちょっと近づき難いというか、貴いお方というか」
「あー綾乃ちゃん気品が溢れ出ちゃってるもんね」
「当然だけど二学期から生徒会長だしな」
「さすがは綾乃ちゃん!私のお姉さま!」
「えっ、ノーラちゃんってそういう趣味なの?」
「ん?――あはは違うよぉ。お姉さま、あーお姉さま!ってクンカクンカしたりはしないよ。仲良しのお姉ちゃん」
「どうやらノーラさんと神宮路先輩はそういう仲のようですね。でも気をつけた方が良いかもしれません」
「え、なにを?」
「今まで出来てた空気が変わるというか、妙な嫉妬というか、そういうことでメンドクサイことが起こるかもしれませんよ?」
「そうなの?でも私は気にしないよ。私こんなだけど一応空気読めないわけじゃないし。どっちかというと読んだ上でぶっ壊すタイプだから」
うふんと胸を張るノーラ。さすがは自己主張の国からお帰りの女子である。
「ノーラはノーラらしくやればいいよ。ノーラなら妙なことになっても笑って許してもらえるだろうしさ。俺に関わることは自重して欲しいけど」
「ひどーい、ハルトゥん」
「いいねいいね、アメリカンなその感じ!ところでノーラちゃん。僕バンドやっててさ、来月ライブやるんだけどよかったら来ない?」
「えっと8月の何日かな?」
「8月10日です!」
「ごめんね、わたしこの後東京行ってからカリフォルニアに一旦戻るんだ」
「そうなんだぁ。――それじゃまたの機会に、だね。カリフォルニアかぁ、音楽の聖地じゃん。開放的でいいなぁ。ノーラちゃん似合いそう、アメリカンって感じで」
「ありがと、でも私お父さんがノルウェーでお母さんがウクライナの人だからあんまりアメリカンな感じでもないと思うよ。カリフォルニアよりアキバが楽しみだし。ラノベは手にとって表紙の可愛い絵を愛でたいし、フィギュアもいっぱい見たい!そして買う!多分たくさん買う!!今まで買えなかった分を買いまくる!コミケにも行くよぉ。きゃー憧れのビックサイトだよ!レイヤーさんいっぱい居るかなぁ?」
うっしゃ!と気合を入れるノーラ。
まだよく分かっていない焚哉よ、思い知るがいい。ノーラは筋金入りのオタクコンテンツスキーなのだよ。ライブ?アニソンじゃないんだったらアニメ見てる、と直球返さないだけノーラも成長してるんだよ。
「そ、そうかぁ、でもさっき神社って言ってなかった?日本の文化が好きなの?うちお寺だからさ、そのもし良かったら遊びに……」
あー焚哉、飛ばしすぎて自爆してるわー。コケたら一旦撤退、たて直さないとはセオリーだろ。ちょっと助けるか。
「っていうか焚哉んち寺なの。初耳なんだけど。じゃ将来は住職?」
「まぁねぇ。でも坊主にはしないよ。どっちかっていうともっと髪伸ばして金髪にしたい」
「えー、お坊さんは坊主の方が本物っぽくて格好いいのにぃ。お坊さんの衣装には坊主が似合うよ。ゼッタイ」
ダメ出しのダメ押しである。
ククククと笑いを堪えきれない様子の珠絵。
「ノーラさんGJですよ。もっとタクヤンをやっちまって下さい!」
盛り上がりだした珠絵はうひゃひゃひゃと大笑いが止まらない。
「コレはただのスケベですから気にしなくていいですよ」
更に煽っていくスタイル。
「何だよウッチー」
「あ゛ーん。今言ってはいけないことを言いましたね?」
今度は喧嘩するほどなんとやらですか?
「焚哉と花家って仲いいのな。付き合ってんの?」
「「それはない!」」
「完璧なユニゾンだね!初号機と二号機だね!!」
古いけど名作だし許す。
「私達も同小同中なだけですよ。タクヤンの弟のアキオがわたしの天敵でして、小さい時に意地悪されたので、切れて、追いかけ回して、追い詰めて、銀玉をマシンガンで当てまくってやったのです。報復してきたのでエアガンで撃ち殺しました。全面降伏してザ・土下座をしてきたので頭を踏みつけてやりました。快感でした!その時に今のわたしの根源が形成されたのです!」
ちなみにゴーグルはちゃんとしてましたよ、珠絵は申し訳程度に付け加えた。
「コイツいっつも撃つ撃つ言ってるじゃん。で花家だからついたアダ名がウッチー。花家珠絵でアダ名つくなら普通ハナちゃんとかタマちゃんっしょ。珠絵は気に入らないみたいだけど僕と明緒の間では今でもウッチー」
「わたしがこんなのになったのはアキオせいなんですからね!アキオを撃ち殺しといてください」
「いや、あいつウッチーにお前殺しといて言われたって言ったら家出すんぞ」
今度は焚哉が腹を抱えている。
「やっぱり仲いいね」
「「ちがいますー!」」
もう付き合っちゃえよ。けど幼なじみが付き合うって相当なキッカケがないとだよなぁ。
「でも撃ち殺すとかあんまり言わない方がいいと思う。アメリカだと洒落にならないんだけど、ほんとに殺されちゃいそうで……日本では違うんだよね?」
「日本では本物の銃なんて見たくても見る機会もないですからね。私は撃ちたいですけど」
慎ましい胸を張る珠絵。
「わたし、多分まだ何かとズレてると思うからタマちゃん色々教えてね」
その珠絵にしなを作って寄りかかるノーラ。
「わかりました。協力して今井兄弟を撃破しましょう!」
拳を掲げる珠絵。
噛み合ってるのかこれ?焚哉も頭を抱えてる。ま、いっか。ノーラに同じクラスの友達が出来たわけだし。
「タマちゃんはゲームはやる?FPSとかやってそうだけど」
「やらないことはないですけど、ゲームだとドカーンと撃つ系の方が好きですね。サバゲーのチームには入ってますよ」
「鯖げー?」
「サバイバルゲームのことです。リアルにエアガンで撃ち合うんですよ。今度行きます?銃と軍服貸しますよ」
「タマちゃん似合いそうだねぇ。じゃあ私も色々コス用意するからから撮影会しよ!」
よくわからんトークを聞いているうちに下り坂の路地が平坦になった。開けていた景色も平凡なものになっている。
車の行き交う国道のバス停は遥斗達がバスを待つ間に他の生徒達で賑わうようになっていた。
「そういえば焚哉自転車は?」
たしか焚哉は自転車通学だったはずだ。
「学校に置いてきた」
ですよね。
「今日はバスで帰るよ。次の停留所で降りるけど」
「焚哉ん家ってそんな近いの?」
「またぁ、バスに乗っても方向的には戻る感じになるのにタクヤンはもう歩いて帰ったらどうですか?」
「いいんだよ。親交を深めるのも高校生の務めでしょ」
「女の子追いかけてるだけでしょ。あー童貞くさい」
珠絵は鼻を摘まんで手を振っている。
ちょうどバスが着いてよかった。ちょっと恥ずかしいんだけど。
バスが発車する頃にはいつものように満員になる。結局あまり話すことも出来ずに次の停留所で「またねー!」と焚哉が降り、次の停留所が近づくと
「では先輩、ノーラさんまた」
「ノーラでいいよ」
「ではノーラまた。先輩もタクヤンとも随分仲良くなったようですし、これからは珠絵でいいですよ……そう呼ん……そう呼ぶのを部活でも広げて下さいっ!ではっ」
と言い残して珠絵はパタパタと降りて行った。何だったんだ?
車内はほとんどが高校生の割に静かだ。生徒以外の乗客に迷惑をかけない様に気遣う事、と、生徒会から事あるごとに聞かされる注意が効いてる感じ。
ノーラの空気は読めるは本当らしく小声で話しかけてくる。
「駅ビルの本屋さんてまだあるよね」
「あるよ。新刊出てるだろうから俺も寄ろうかな」
「うん」
窓の外の風景が流れてゆく。
静かな車内に揺られながら頭の中に響くはさっきの「ハルトくん」と綾乃が呼ぶ声。綾乃は小学校に入ってから学校では楠木君だ。
綾乃の「ハルトくん」の記憶を手繰ると自然と浮かんでくるのは随分と昔のちょうど今頃のこと。殆ど喋らず目立たない子だった綾乃との出会い。
あの夏の思い出はいまだに灯り続けている。
遥斗とノーラに繋がり始める糸と意図。
ノーラはノルウェーとウクライナのハイブリットな日本大好きっ子でした。
次は、綾乃との思い出、です。




