アリシア・パッカード
正装を着込んたジュノー、ハルト、カッツェは馬車に乗り込み、商人ギルドに向かっていた。少しでも意気込みを見せようというジュノーの提案によるものだ。
商業ギルドの前で馬車を降りると、ギルドの玄関に続く階段を登る紳士と淑女、それに続く執事服を着た白髪の男が見える。
「ジェルマン・パッカード様だ。ここからは様付けで呼ぶぞ。連れておられるのは奥様ではないな。ジェルマン様は後添えを貰われたのだが若すぎる。ご息女のアリシア様か?今年成人されたから連れて来られたのかもしれんな」
「今年成人された?」
「街の方が成人式が早い。街の成人式が終わってから周囲の村を神官が回って来週ロダ村に来るからな」
ハルトは少し離れたその位置から、長い髪が深い紫色に艶めく女性を見つめた。この世界では珍しいストレートの髪が揺れて何かを気にするように女性が振り向いた。
綾乃……
ハルトは直感的にそう思った。
前髪が切り揃えられた髪型も中学までの綾乃と同じだ。
「ハル、お前はパッカード商会が職人を呼んで開かれた慰安会でアリシア様と会っただろ?」
大きな池の畔で髪の長い女の子と赤い花を見た記憶。その時のハルの感情が流れ込んでくる。尊敬と憧れに混じる恋心。
分かるよ。俺が綾乃に抱いていた気持ちと同じだから。
「アリシア様だね。間違いない」
「面会までにまだ時間がある。先にカトーリの権利の申請をしておこう」
階段を登り商人ギルドに入る。
一階で申請書を貰い、二階の申請室でジュノーが書類に書き込んで、カッツェも後見人の欄にサインを入れる。ハルトがハルベルト・ブロックのサインを書き終わると書類を提出した。審査は成人式の後になるので真名でサインする方が良いのだそうだ。
「カッツェも名持ちなんだね」
「サラノルンはノルンに仕える者って意味だからアルフリード様が公式の書類にはそう書けってさ」
「セルドは蹴ったが鳥の人の力は大きい。カッツェ、心より感謝する」
頭を下げるジュノーに「もう、やめて下さいよ」といつもの調子のカッツェを見て、緊張の続くハルトは少し和んだ。
エレベーターで五階の上がり、待合室では重く静かな時間が流れた。その終わりと告げるノックが鳴り「ジュノー・ブロック様はいらっしゃいますか?」という呼びかけにジュノーが立ち上がり、ハルトとカッツェにも立つように目で合図送った。三人は案内された奥から二番目の部屋に入った。
「本日は急なお願いをお聞き入れ下さりありがとうございます。心よりお礼申し上げます。ジュノー・ブロックと息子のハルベルト・ブロックでございます。それとハルベルトの後見人、カッツェ・サラノルンにございます」
「ようこそいらっしゃいました。アリシア・パッカードと申します。若輩者ですが宜しくお願い致します。本日はパッカードの執務を纏めておりますステュアートとお話を伺わせて頂きます」
「ジュノー・ブロック様、ご無沙汰致しております。平素はパッカードに多大なご貢献を頂きありがとうございます。本日はギルド長の補佐としてアリシア様とお話を伺わせて頂きます。宜しければお掛け下さい」
テーブルを囲う椅子を示されて席についた。
ステュアートはアリシアの横に座る。ステュアートの後ろに立つ若者は紹介されなかった。
「本日は新しい権利とそれに纏わるご相談ということでしたね」
「はい。少々込み入ってしまうのですが宜しいでしょうか」
ジュノーはカトーリをハルトが作り出したことを語り、その用途、効果、農家の反応、権利の登録を勧められたことを話してゆく。
「それは素晴らしいものをお作りになりましたね。これは農業を営む人々に対して大きな貢献となることでしょう。ハルベルト様は私と同い年でしたよね。宜しくお願い致します」
美しい所作でお辞儀をするところもそっくりだ。
顔を上げてから少し傾けるその角度、それから緩める細い腕。指先の仕草。細かいところを上げればきりがない。
「この様な場に慣れておりませんので失礼があればお許し下さい。こちらこそ宜しくお願い申し上げます」
「あら、十分お出来になるではありませんか」
ふふふ、アリシアの顔が緩む。
「この権利は大きくなる可能性がありますね。私からジェルマンに進言致しましょう」
「ありがとうございます。――ここから先が本題なのですが……大変言い難いことなのですが宜しいでしょうか?」
「お気になさらないで下さい。ブロックの方々にはパッカードとして代々お世話になっていますもの。ご遠慮なさらずにお話し下さい」
ジュノーはセルドの物言いを包み隠さずに話した。
「それは困りましたね……」
予想以上に真剣に考えてくれるアリシアにハルトの心が動く。
「私達も貴族ではありませんから如何ともし難いことなのですが……それと……これは私個人としても重要なことになりそうです。ステュアート、デニスを呼んでも良いかしら?」
「はい、テオ、デニスを呼んで来なさい」
スチュアートの後ろに控えていた若者が出て行った。
「デニスは私の直属で、この街や周辺の村々や王都の様子を集めてさせているのです。庶民の方々の話しも聞き集めていますので一度状況を確認させて頂きたいと思います。しばしお待ち下さい」
沈黙の時間が流れる。こういう時間は苦手だ。カッツェは慣れているか緊張していないようでハルトにニカッ、と笑いかけた。
「失礼します」
テオの後ろから中肉中背の男が入ってきた。
身なりは良いけど、どことなく野暮ったくて何処にでも居そうな感じだな。情報収集する人って感じだ。女装は無理そうだけど。
デニスはステュアートの隣の席を引いて座った。
「デニス。カトーリというものを知っていますか?」
「もちろん存じておりますよ。この秋の私的大事件でしたから」
デニスはハルト達三人に顔を向けた。
「それにギルドに権利を登録するようにジュノーさんに勧めて欲しいとアデルに吹き込んだのは他ならぬ私なのですから」
なんですと! はぁ? ハルトとジュノーは驚きの表情を隠せない。
「審査の方にも話は通してあります。何事も無く審査は通るでしょう」
「――それはお心遣いありがとうございます」
ジュノーは頭を下げた。
「大丈夫ですよジュノーさん。それに私はハルベルトさんが鳥の人の庇護下にあることも知っています。カッツェさんがロダ村に赴任したのにもきっと訳があるのでしょう?ノエルさんのことも存じておりますよ」
パッカードの情報網恐るべし。貴族とかも情報戦なんだろうなぁ、きっと。
「デニス、ではセルド公とスネイル様についてはどうですか?」
「良い話しは聞きませんな。彼らにとって良い話しというのは恣意的に流された噂の類くらいのものです。個人的にはあのような者が公職についている事が許せません」
「あなたの個人的な意見は聞いておりません。この件についてのお話をお願いします」
「申し訳ありません、話しが逸れましたな。今回の件のセルドの発言は完全に虚偽だと思われます。ハルベルトさんとジュノーさんに否はありません」
「分かりました。下がって下さい」
「失礼致します」
「お客様の前で大変失礼を致しました。状況は理解致しました。少々お時間を頂けますか?ジェルマンと話しをして参ります。スチュアート、ここをお願いします」
「かしこまりました」
スチュアートが見守るような視線で出ていくアリシアを見ているのがハルトには解った。それが祖父が綾乃を見てるようで少し嬉しかった。
「そう緊張なさらずとも大丈夫ですよ。アリシア様が良しなに取りなして下さるでしょう。今の内にテオを紹介しておきましょう。これから先ご連絡にロダ村に向かわせることがあるかもしれません」
「パッカード商会のテオと申します。以後お見知りおき下さいますようお願い申し上げます」
胸に手を当てて礼をするテオに俺と同い年位なのにしっかりしてるなぁ、と思いながらもジュノーとカッツェに続いてハルトも答えた。
「それと、これは個人的なお願いなのですが、この先アリシア様はパッカード商会の一員として働いてゆくことになります。皆様のお力添えを頂けますようお願いをさせて頂いても宜しいでしょうか?」
優しい爺やという目をするスチュアートに増々綾乃を見る神主さんを思い出す。「もちろんでございます」と答えるジュノーの横で、ハルトは微笑みながら頷くことで心の中に湧く温かい気持ちを伝えた。その気持は伝わったと思えた。
アリシアが戻って来た。
「ジェルマン・パッカードが皆様をお連れするようにと申しております。隣室になりますがご移動願えますでしょうか」
アリシアに導かれ4人は最奥の部屋に向かう。アリシアがノックをして扉を開けた。
豪気な執務室の中に男性が一人、黒檀の執務机に座っている。
「お連れ致しました」
「ご苦労様、アリシアお前は下がりなさい。ジュノー・ブロックよく来てくれました。三人ともお入り下さい」
アリシアが、失礼します、と扉を締めると立ち上がったジェルマンにソファーを勧められた。
「大変恐縮なのですが、この後商会に戻らなければならないのです。あまり時間が取れないことをお許し下さい」
「滅相もございません。此方こそ急なお願いに応えて頂いて感謝しております」
「この度の件はアリシアから聞きました。私の方で判断して進めましょう」
申請室で提出した申請書にジェルマンが目を落とす。疲れ気味な顔をして額に指を当てる姿に、きっと御多忙なんだろうな、とハルトは思う。
「本日の午後、あらためてギルドに来て頂いても良いでしょうか?今日の内に権利の審査を通しましょう。しかしハルベルトさんはまだ未成年なので成人の犠を終えるまで此方で権利を預かる形で審査を通します。特殊な事例になるので書類をもう一枚用意しておきます。ご確認の上ハルベルトさんのサインをお願い出来ますか?」
「何時にお伺いすれば宜しいでしょうか?」
「3時までには用意が整っているでしょう。それ以降であればご自由にして頂いてかまいません。申請室に話しを通しておきますからそちらでお願いします」
「分かりました」
「それと、セルド公についてなのですが……」
その先が中々出てこない。
貴族のセルドを何とかすることは大商人でも難しいことなのだろうか、そう思うハルトは苦渋の表情のジェルマンを固唾を飲んで見守った。
「この件はこちらで対応します。差し当たり明日どうこうという事にはならないように手をを打ちます。落ち着いたら工房に使者を送りましょう」
「ありがとうございます!」
ジュノーとハルトは座ったまま頭を下げ、良かった、と顔を見合わせた。
「本日はこれで宜しいでしょうか?」
「はい」
立ち上がるジュノーに続いてハルトとカッツェも立ち上がった。
「「ありがとうございました」」
感謝の念を抱きながらも、疲れを隠しきれていない様子のジェルマンを心配しながらハルトは部屋を出た。
エレベーターホールに向かって廊下を歩いているとホールから若い男性に続いて年若い淑女が歩いて来る。ジュノーが足を止めて壁側に寄り、廊下に向かって頭を垂れるのにハルトとカッツェも倣った。
エレベーターの中でハルトは尋ねた。
「さっきの女性は誰なの?」
「ジェルマンさんの新しい奥様だ、ギルドにまで来るんだな」
それ以上ジュノーは言葉を発しなかった。
宿に戻って着替えチェックアウトを済ませると、ジュノーは家が気になるから先に戻りたいと二人に持ちかけた。家で待つ女性陣のことを考えると理解が出来たハルトは「カッツェもいるし大丈夫だよ」とジュノーを送り出した。
残った二人は街を散策し、昼食を取ってから買い物をして時間を潰した。
ハルトはマーガレットやノエルが喜びそうな本に母が好きそうな鉢植えを買った。荷物をコボルのバッグに入れに行っても時間はまだ余り、ギルドのフロントで3時を待つことにした。
時間になり、申請室で名前を告げると申請書にもう一枚書類が付けられていた。
上の部分が先の申請書を同じか確認し一番下の文言を確認してからサインをして提出するように言われた。
ハルトは申請台に書類を乗せ、見比べながらカッツェと確認してゆく。同じ文章であることを確認し、書き加えられた文章に目を通す。
『ハルベルト・ブロックが成人の儀を終えるまでの期間、カトーリの権利はパッカード商会に属するものとし、ハルベルト・ブロックに付与するものとする』
ハルトはその部分を指でなぞりながらカッツェに向って読み上げた。
「大丈夫だよね?」
「問題ないんじゃないか?」
「そうだよね。権利を実際に使うの来年の収穫の前だろうし」
ハルトはサインをして書類を提出しギルドの玄関を出た。
玄関先には金色のパッカードのロゴの入った黒塗りの馬車が停まっていた。中からアリシアとステュアートが出てきた。
「アリシア様、本日はありがとうございました」
「無事に終わりましたか?」
「はい無事に終わりました。あの、本当にありがとうございました!」
勢いのついたハルトのお辞儀にアリシアは笑みを零した。
「ジュノーさんはブロックの名に恥じない仕事でパッカードに貢献して下さっているとステュアートから聞いています。私とハルベルトさんはパッカードの馬車に関わる仲間です。それに同い年なのに世の中に貢献する物を生み出すハルベルトさんを尊敬します。これからも宜しくお願いしますね」
柔らかな笑顔のアリシアにハルトの胸が高鳴る。前の世界の出来たらいいな、が現実になった!その喜びが尽きることなく湧いてくる。
「それでは、またお会いしましょう。ご機嫌よう」
「またお会い出来ることを楽しみにしています」
ハルトが少し勇気を出して言った言葉にアリシアは笑顔で答えた。
体が宙に浮いたような感覚でハルトは伊右衛門を走らせて村に戻った。
この世界での、綾乃、アリシアの登場。思いがけず前世の希望を叶えて浮足立つハルト。
週末は投稿をお休みします。台風にお気をつけ下さい。被害が大きくならない事を祈ります。
来週から、月、水、金の週三回の投稿に固定したいと思います。時間は同じく17時に投稿します。
来週の月曜日は祝日ですが投稿しますね。
よろしくお願いします☆




