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甲殻の翼  作者: 月弓 陽
第2章 ロダ村編
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マナ食い虫と依頼

 秋風がそよぐ中、牧草地の納屋の前でハルトとノエル、マーガレットが荷車に乾燥を終えたヒナギクの束を積み込んでいる。麦の収穫を始める農家に虫除けとして届けにゆくのだ。

「お兄ちゃん、もっと丁寧に積んでよ。マーの汗と涙の結晶なんだよ」

「大げさだなぁ」

「大げさじゃないよ。正当な報酬として兄に甘味を要求する!」

「分かったよ。農家さんで何か分けて貰えないか聞いて来てやるよ」

「まいどありぃ」

 

 ハルトとノエルは伊右衛門とモモで荷車を引いて収穫の始まる麦畑に向かった。基本的に家族単位で営まれる麦農家は二週間ほどをかけて収穫をする。少人数で営めるように品種を変えて収穫時期をずらし、時間をかけて収穫されてゆくのだ。最初に収穫が始まる麦畑にハルトとノエルは向かった。

 

 稲刈りとか麦の収穫って集団でやるイメージがあるけど家族単位なんだな。そう出来るように品種改良が進んで来たってことか。

 

 端の方が刈られた麦で小山になった黄金色の麦畑が見えて来た。畑の中の農家さんは長袖長ズボンに手ぬぐいを頭から被り、露出しているのは目だけという物々しい姿だ。二人一組で、一人が刈り取りを、一人が火を点けたヒナギクの束を持って煙を振りまいている。

「何だか物々しいな。あれ何やってるの?」

「麦の収穫にはクチナガが出るからね」

「クチナガ?」

「小指の爪ぐらいの虫なんだけど口がニョキーって延びて服の上からも刺すの。刺されると凄く痒いんだけど、それよりクチナガはマナを吸い取っていくから」

「マナって人の中にあるんだ」

「成人した人は集めるようになるでしょ。集められる量は人によって決まってる。平民は大体一緒かな。貴族は沢山集められるみたい。働いたりして体や頭を使うとマナは消費されるんだけど自然に補給されて毎日少しづつ余るの。それを貯めておいて税として納めたり、お買い物に使ったりするんだよ」

「どれだけ溜まったかはどうやって調べんの?」

「カルドの残高で分かるよ。カルドの目盛りは本人と魔道具を持ってる人に見えるようになってる」

 なるほど。分かったような分かんないような……

「自分でカルドを使うようになったら自然と分かるようになると思うよ」

「ゆっくり覚えることにするわ」

「でね。クチナガにマナを吸い取られるとマナを使ったことになっちゃう。税は体に溜まったのマナの総量と仕事の収入で決まるから、吸われたマナの分は、仕事の収入、麦農家さんだったら麦を売った報酬だね、から補填しないといけなくなくなっちゃうの。クチナガ対策は農家さんにとっては凄く大事なことなんだよ」

「だから二人一組なのか。俺たちも吸われる?」

「畑に入ると吸われるよ。凄く痒いよ」

 話してたら何か痒くなってきた、とノエルはしっぽで背中をパシパシ叩いた。


「こんにちはー。虫除けを運んできましたぁ」

 ハルトとノエルが畑に着くとサッカルの試合で仲良くなったアベルが近づいてくる。

「お疲れ様、ありがとう。家の納屋に入れておいてくれるかな?」

「了解。それとこれ父さんからの預かりもん。頼まれてた鎌を研いでおいたから渡してこいって」

「助かるよ。ミズカマキリの刃は切れ味はいいけど上手く研がないと切れなくなっちゃうからさ。ジュノーさんは腕が良いって評判だしありがたい。研ぎ代は虫除けの支払いの時に一緒に払うように伝えとくな」

「父さんに伝えとくよ。それとあったらでいんだけど何か甘いものってあるかな?妹にねだれてさ」

「ザクロとブドウのフリッターなら大量にあるよ。収穫の時は疲れるから作り置きしてある。家で留守番してる妹に貰って」

「代金は燐貨で渡しとくな」

「それじゃ、よろしく」


 アベルの家は門構えのあるいいお宅だった。身なりのいい妹が荷車を納屋に案内する。

勝手に『農家さんの家は木造』のイメージだったハルトはちょっと面食らった。

 ヒナギクを納屋に入れてフリッターを分けて貰える?と聞くと「沢山作ったから10個持ってって。茶燐3でいいから」と包んでくれた紙袋を受け取った。

「悪いんだけど、出来てる虫除けと一緒に私を畑まで送ってくれるかな?これからお母さんの虫除け係をやらなきゃいけないの」

「帰り道だから全然いいよ。虫除け運ぶの手伝うよ」

 糸で棒状に束ねられ、虫除けとして完成されたヒナギクを積み込んで畑に戻り、アベルの妹と荷を下ろしてから家路についた。


「こっちの農家さんて裕福なんだな。きれいな服着てたし」

「普通な感じだよ、あそこの農家さんは。ハルトの世界の農家さんは貧しい感じなの?」

「俺の勝手なイメージなんだけど農家さんは苦労するイメージがあるからさ。収入的にも」

「ここの人達は基本的な生活の半分くらいはマナで何とかなるからね。蟲から人を守る分の税がなければ働かなくてもいいくらいらしいよ。働くのはお金を稼ぐためでもあるけど家業を続けて人の世に貢献するっていうのを大事にしてるからだよ。マナがあっても食料がなければ買えないから」

 

 もしかして蟲の対策の税が無かったらベーシックインカム制が成立してる?前の世界より進んでるんじゃん? 社会に貢献することが尊敬されてるならそれでもみんな働くんだろうな。むしろ、しょうがないから働くより効率よさそうな……。


「それと服は白羽大蚕しらはねおおかいこの養殖が盛んだから綺麗な糸が沢山採れるよ」

「それで綿よりも絹の方が普及してるのか」

「綿は高いよ。手間暇かかるもん」

 綿と絹の価値が逆転してるらしい。

「この世界は蟲の害もあるけど蟲に支えられてもいるんだな」

「そうだね。どの街も大体蟲の巣の跡を中心にして出来てるよ。ロダ村の領主様でもあるアントナーラの領主様の館は蟻の巣の上に建ってて地下室がいっぱいあるんだって。グランノルンの王都の王宮は女王雀蜂の巣の上に建ってるのは有名だよ。キラキラしてて凄く綺麗なお城みたい。人は昔、蟲の巣の跡に住んでて、段々周りに家が建って街が出来ていったんだってさ」

「ふーん、面白いね。王宮を見てみたいな」

「いつか一緒に見に行こうよ。約束だよ」

「ノエルはお姫様の物語が好きだからな。王都に行けるように頑張るよ」

 職人が王都に行くというのは結構大変なことだと聞いた遙斗は気合いを入れた。

 頑張らないと。約束は守りたい。


「でも虫除けに人手を半分取られるってかなり大変だよな」

「ハルトの世界では虫をどうしてたの?」

 虫除けと除虫菊。2つの言葉から連想するのは簡単だ。ハルトはキャンプで焚いた蚊取り線香を思い出していた。

「あれ作ってみるか」

「何?」

「蚊除け用のヒナギクと楠の木の粉が家にちょっとあったろ?試してみるよ。何をするかは出来てからのお楽しみ」

「頑張ってね!」


 家に戻って昼食を終えたジュノーにハルトは声をかけた。

「父さん、ちょっといいかな?相談したいことがあるんだ」

「何だ?」

「麦の収穫ってクチナガの虫除けが大変でしょ。何とかなりそうなアイデアがあるんだけど、しばらく仕事を休んで作ってみたいんだ。お願いできないかな。世の中の為になる物が作れないか挑戦してみたい」

「納期に少しは余裕はあるんだが……そうだな、ご先祖様もそれまで無かった物を作って認められたんだ。やってみなさい。馬車の仕事は臨時でケビンとミックに来てもらおう。俺も出来るだけ協力しよう」

「ありがとう!じゃあ、父さんはこういうの作れるかな?」

 ハルトは蚊取り線香の形状と携帯するケースの説明をしてケース作りを頼んだ。

「木箱の内側が燃えないように錆鱗粉を塗れば出来るな。真ん中に棒を通せば箱の中で渦状のお香を浮かすことも出来る。後は空気が入って煙が出るように穴を開けて網をつければいいんだな。幾つ作る?」

「取り敢えず5個お願い出来る?」

「明日までに作っておいてやる」

「ありがとう。俺はお香を作ってみるよ」



「ノエルー、何やってるのー?」

 マーガレットがヒナギクを干している牧草地の柵に歩いて来た。

「ハルが農家さんの虫除けに何かをしようとしてるみたいだから」

 柵の上で束になったヒナギクを下ろし、ほどいては良さそうな所を抜いてまた束ね直すノエル。

「こんなに沢山束ね直したの!?」

「出来るだけ良いところをって思ってやってたから。まだまだやるよお」

「……まだこんなにあるんだよ?」

 マーガレットは束のかかった柵の先を指差した。

「出来るだけいいところを探してあげたくて」

「しょうがないなぁ。マーも手伝う」

「ありがとう!マーちゃん!!」

 二人は屈んでは起き上がりを繰り返し、腰を叩きながら柵の先へ先へと進んでった。


「そろそろいいかな」

「疲れたぁ、腰が痛いよ」

「ありがとね、わたしは水車小屋に行って粉にしてくるね」

「えーー、まだやんのぉ!?」

「ハルのためなら頑張れるよ」

「ノエルは凄いよ、ほんと……」

「好きな人に尽くすのがわたし達一族の女の誇りだから」

「お兄ちゃんは幸せ者だわ」

「そうなるといいけどね。よいしょっ」

 ノエルは、ヒナギクの束を背負い込んで、汗を拭った。



 ハルトは楠の木の粉とヒナギクの粉を混ぜて蚊取り線香を作りにかかっていた。しかし蚊取り線香の形にねて炉の傍で乾かしても崩れてしまう。何とか形になった物もすぐに火が消えてしまった。固めるものが悪いのだろうか?油を入れて固めると柔らか過ぎてフニャンと曲がって形が固定しない。

「天日干しじゃないとダメなのかな?」

 何種類も配合や固着剤を変えて乾燥方法も何通りか試してみたが使えるものは出来なかった。ケースの方が先に出来てしまった。

「ヒナギクの粉無くなっちゃったな。そこから作るのかぁ~」


「ハル、お疲れ様」

 お盆にお茶を乗せたノエルが工房に入って来た。蚊取り線香にならなかった残骸を片付けてカップを置くスペースを作業台にハルトは作った。

「ありがとう」

「順調?」

「全然だめだわ。失敗だらけで材料無くなっちゃったよ。ヒナギクの粉から作らないと。はぁ、」

「粉なら作っといたよ」

「えっ?」

「ハルのことだもん。諦めないんでしょ?」

「――ありがとう、ノエル」


 ハルトは隠すのはやめて素直にノエルに聞いてみた。

「守りの森でお香焚いてたよな。けっこう煙が出てたやつ。あれどうやって作ったのか知ってる?村にはお香がないんだ」

「あれはね、火を吹く小さい虫の粉を混ぜてあるんだよ。今だったらヤキトンボなら採れるかも」

 小さい虫って事は俺的に普通サイズって事だな。なら何とかなるかも。


 二人はジュノーに相談に行った。

「ヤキトンボは小さい虫だと言っても火吹き山の麓の沼地に出る虫だろ?日帰りは無理だし、あの辺りは危険だと聞いたが」

「大きな蟲はいないけど、ヤキトンボを食べるハヤアシサンショウウオなんかが出るみたいですね。沼の周りにはビッグフロッグもいるみたい」

「二人で行くのは危険過ぎる。俺は仕事を休むわけにはいかんし……」

 しばし考えた後にジュノーはハルトに顔を向けた。

「工房から金を出してやる。明日街に行ってハンターを雇って来い。余裕を見て3日分用意してやろう。ついでに旅と採集に必要な物も街で買ってこい」

「やったぁ、街だぁ、旅だぁ、やっほー」

 ハルトよりもノリノリのノエルであった。


 ギルドへの警護依頼書に買い物のリスト、青燐貨15枚が入った革袋を持って騎乗の人となったハルトとノエルは伊右衛門とモモを駆って荒野の中の街道をひた走る。

 時折姿を現す背の高い草の群れ以外は見るべきものがない。

 その中にポツリと立つ古びた木板の標識に『至・アントナーラ 62号線』の文字が見えた。


「道って沢山あるんだな」

「グランノルンだけじゃなくて他の国の道も数に入ってるみたいだよ。もう使われてない道も多いんだって」

 アントナーラの街までは一本道で往復約半日だ。太陽が一番高くなる半分くらいで街を囲

う外壁が見えてきた。

 門番にハンターギルドに依頼をしに来たことを告げてジュノーが書いた依頼書を渡すと魔道具でチェックをされる。無事に審査が通って街の中に入れた。

 街の中は結構モダンで4、5階建ての建物が多い。大通りの一階はブティックやレストランの店構えが並び、街の中心に向かう石畳の道の先に領主様のちょっとした城のような館が見える。行き交う人々の服装はシックで、お洒落な帽子ハットを被ったバンツルックの女性や粋な装いの若者も多い。

「街、って感じだな」

「おしゃれしてる人が多いよね」

 ジュノーに渡された地図を頼りに古風な煉瓦色のハンターギルドの建物を見つけ、繋ぎ場にコボルを繋いで玄関のアーチをくぐった。

 受付で1泊2日の警護の依頼をすると張り紙が掲示板に張り出された。けれども反応がない。その前にギルドにハンターが居ない。ハルトが受付のお姉さんに尋ねると、隣町の鹿狩りにハンターが出払っているのだと教えてくれた。

「ついてないな」

「もうちょっと待ってみようよ」

「そうだな」


 半分諦めながら掲示板の前のテーブルで待っていると、掲示板を見た二人の女性がハルト達に近づいた。


「あんた達が警護の依頼主かい?」

「そうです」

 褐色肌で紫ががった銀髪のセクシーなお姉さんだった。もう一人はかなり小柄で色白の金髪の少女だ。いや幼女か。

「あたし達姉妹は昨日この街に着いたんだけど鹿狩りの依頼に間に合わなくて困ってるんだ。依頼を受けさせてくれないか?」

 姉妹?どう見ても姉妹に見えない。なんか怪しい。ハルトは二人を見比べる。

「あー、あたし達が姉妹に見えないって?あたし達は別腹なんだ。父親が亡くなったんで妹を連れ出して世の中を見て回ってる。これでも結構大きな石商会の娘だったんだ」

「だった、ですか?」

「妹の母親が結構なお嬢さまでさ。父が贅沢をさせて資産を食いつぶした上に石切の現場で事故にあって……妹は甘やかされて育った世間知らずだから世の中を見せてやろうと思って連れ出して来た。あたしは腕は確かだよ。受付嬢に聞いてみるといい」

 色んな人生があるんだなぁ。でもお姉さんその衣装やばくないですか?

 褐色の体にピッタリと張り付く黒い服の胸元は大きく開いてヘソの下まで開けている。金糸の刺繍が縁を彩ったその下は細身の黒いブーツまでおみ足を黒い模様が巻いた網タイツ。その上に申し訳程度のミニスカートが揺らいでいる。肩の金色の装飾が短いマントを留め、腰の剣の鞘と柄にも立派な玉虫色の装飾が輝いている。

 何かとギリギリで派手派手なお姉さんの姿にハルトが見入っていると金髪幼女がノエルに声をかけた。

「お主はもしやノエルではないか?ほれオデオ商会のベルーナじゃ。家族で赤い石を探しておるとやらで商会に来ておっただろう?」

「――お、思い出しました!あの時はお世話になりました!」

 二人を見定めるように見入っていたノエルは態度を変えて二人に頭を下げた。

「なんだ知り合いか。なら話しは早い。依頼を受けていいか?」

「あの、一人分しか謝礼を用意してないんですよ……」

「一人分で構わないさ。妹は見習いみたいなものだし此処で何もしなけりゃ宿代もかかる」

 ハルトはノーラに目配せをした。ノーラは頷いた。

「それじゃ、よろしくお願いします。俺はハルといいます」

「あたしはルシール、妹はベルーナだ。よろしくな」

 受付で手続きをして青2枚の手数料を納め、半金の青二枚をルシールに渡す。翌日の夜明け前に街を出るから午前中の早い時間にロダ村に着くと言うルシールと水車小屋で落ち合う約束を交わして二人と別れた。

 カフェ風のお店でサンドイッチの昼食を取ってから、日持ちのするパンや干し肉などの食料、ノエルの寝袋に耐火の虫取り網と装備の買い物をした。寝袋は羽毛の割に安かった。

 荷物をコボルのバックに詰め込んで二人は村に戻った。




ギリギリなお姉さんと金髪幼女の凸凹姉妹と採集に向かうことになったハルト。

次は、ヤキトンボの沼、です。

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