尊厳
ハルトは工房で汗をかいている。
仕事にも大分慣れてきたけど、まだまだだ。
今作ってるモノは全部馬車の部品で、馬車はどれも特注だけど今回のは上級貴族の為の特別なもので、なんとエアコンも装備するらしい。
「父さん、今作ってる部品を使った馬車が出来たら幾らぐらいになるんだろう?」
「さぁ見当もつかんが3万マナリーくらいじゃないか」
「マジですか!」
あら~、3億円ですってよ、奥さま。ロールスかよ!? まぁ全部がワンオフだし、そんなもんなのかな? まだ金銭感覚がよく分かってないけど、庶民が馬車を持てないのは分かった。
ミックが蟲の管を溶かして溶接している。
ガスはホースで繋がった火を吐く蟲の器官から出ていて、ガスの出し入れはマナを使って蟲の器官から出し入れするからタンクにつけたミックの左手がちょくちょく光る。
魔術具を作ったり修理したりする魔導師という職業を目指しているミックだが、門戸は狭く、少しでもマナの扱いを練習したいと工房を手伝いに来ている。
ハルトに与えられた午後一の仕事は包帯のような細長い布に鱗粉をサンドイッチにした断熱テープを作ることだった。エアコンのパイプに撒くものだ。丁寧に出来るだけ均一に糊を塗った布の上にハルトは青い燐粉をフルイを使って落としてゆく。
「その燐粉は50マナリーする高級品だ。無駄にするなよ」
はい!50万の材料なんて無駄にできません!緊張させないでよもー。
無事に断熱テープが出来た。これから3日間陰干しだ。ハルトはピンと張った断熱テープを木の板に固定し天井の滑車から垂れているロープを使って吊り上げる。
これでよし、と。そう言えば燐粉って燐窟ってとこで採れるんだっけ。
「父さん、あの燐粉も燐窟で採れたもの?」
「いや、あれは蟲狩りが狩った極楽蝶の燐粉だ。狩る時に犯罪奴隷が大分やられたらしい」
「蟲狩りって奴隷なの?」
「蟲狩りはそうではないが燐窟で働く犯罪奴隷を待遇改善を報酬に連れてゆくそうだ。燐窟の中は毒の霧が出る。その中で採掘するから犯罪奴隷はどの道長生きはせん。それでも蟲狩りに行くとは大したもんだよ。俺たちがやる鹿狩りとは訳が違う。そう言えばそろそろ鏃を研いでおかんとな。鹿狩りはもうすぐだ」
鹿狩りがある。多分弓や槍で狩る。銃はないらしい。心にメモメモと。
「父さんは今何を作ってるの?」
「空調機のガスに圧を掛けたり下げたりするシリンダーと弁だ。これはかなり精密なモノを作らなといけないから研磨に時間がかかりそうだ」
エアコンの一点ものを作るって大変だなぁ。そう言えばエアコンの室外機ってファン回ってるよな。羽は蟲のを使うんだろうけどどうやって回すんだろ?電気ないしやっぱマナかな。
「ファンはどうやって回すの?」
「マナだ。マナを通した細胞は生きている時のように動く。動く素材は蟲が死んだ直後からマナを通し続けて保存してあるマナ食い虫だ。触媒のガスを圧縮したりするのにはもっと大量のマナを使うだろう。贅沢なことだがそこは魔道具屋の領分だ。それより精密加工は職人の腕の見せどころだからな。時間はかかるがやりがいはある」
精密な加工は手間暇かければ出来るけど鋳造がないから大量生産はやっぱり無理だよな。銃がないのも頷ける。火薬はないのかな?
「父さん 火薬ってないの?」
「また訳のわからんことを。鳥の人にでも聞いたのか?」
「えっと、昔そういうものがあったって聞いたんだけど」
「どんなもんだ」
「粉だったり、固めてあったりするんだけど火を付けると爆発するもの」
「それなら火炎蜂のガスが入った官を火に焼べるば済む話だ。そろそろ手を動かせ」
「わかった」
さて冷却の触媒は氷結ゾウ蟲のガスだったな。独り言を言いながらジュノーは持ち場に戻っていった。ハルトはフェンダー加工の準備を始めて取り掛かる。次にジュノーの眼鏡に叶う加工が出来たのは翌々日だった。
サッカルの試合の日になった。
運動場で準備運動をしていると農家のせがれチームがやって来た。みんな真っ黒に日焼けしている。ハルトにとって初めての試合だ。
試合前の緊張感って気持ち良いな。久しぶりだ。
今日はあまり気張らずに楽しもう。
そろそろ試合を始めようか?という所に黒いローブを着た集団がコートに近づいて来た。
高価そうな指輪をジャラジャラとつけたスネイルとその取り巻きがコートに入って来る。
取り巻き達の揃いのローブには、左胸に赤いラインの星が染められ、皆フードを被っている。嫌な感じだ。
「ここは俺達が使う。お前達は下がれ」
「俺達、ちゃんと予約を取ってあるんだけど」
「それが何だ。役所の記録など父上に言えばどうにでもなる。早くどけ」
「いくらなんでも無茶苦茶だ」
「「そーだ!」」
非難の声が上がるもスネイルは気にする様子もない。
「農民のせがれども、今年の税が重くならないといいな」
スネイルの脅しに農家のせがれ達は押し黙ってしまった。
最悪だ。父親の権力を笠に着る最低の男だ。
ここは引けない。前の世界と同じ轍を踏む訳にはいかない
でも無闇に楯突いても埒が明かなそうだな。
ハルトは丁寧な口調でスネイルに声をかけた。
「あのスネイルさん。でしたら俺たち職人チームとひと試合お願い出来ないでしょうか?ハーフでもいいです。負けたら引きます」
「こちらには大人の奴隷もいる。お前らごときに付き合う必要はない」
「俺達が負けるとでも?俺達が勝ったら農家チームと試合させて貰いますよ。あなたは俺達に負けるのが怖くて無理やりコートを取るんですか?」
「無礼な。その鼻っ柱を叩き折ってくれるわ。ハーフで十分だ。やってやろう」
煽るだけ煽って試合にこぎつけたハルトは円陣を組んだ。
「練習してきた作戦をやろう。春の大会には別のアイデアもある。今日はあいつらに勝ちたい、付き合ってくれ」
「やってやろうぜ」
「パスを回して誘き出したらミックに出すから敵を引きつけて俺にパスを下げて。裏に出すからケビンはサイドへ、カールは囮で逆サイドへ。ケビンが走ったらノエルはゴール下へ急いで」
ハルトの作戦を確認して皆で手を重ねた。
「行くぞ!」
「「オウ!!」」
農家チームに審判を頼んで両チームがセンターラインに並んだ。スタートはバスケスタイルだ。ジャンパーポジションにスネイルとノエルがつく
「獣人のメスごときが汚らわしいな。お前だな父上に話も通さず派手な買い物をしたのは」
「あんたの父親に許可をもらわないと買い物できないなんて聞いたことないんだけど」
ノエルも怒り心頭だ。しっぽが逆だっている。
指笛が鳴りボールが上がった。本気で飛んだノエルの跳躍はボールを超えた。マジで!?
そこから先は一方的だった。パス回しに翻弄されたスネイルチームに面白いように点が入る。ゴールを狙われてもノエルの跳躍がカット。15分のハーフが終わると12-1の圧勝だった。
ノエルが駆け寄ってハルトに飛び込む。ハルトはそれを両手で受け止めた。
ハイタッチで喜に合う職人チームに農家のせがれチームも加わり「覚えていろ」と捨て台詞を残してスゴスゴと帰るスネイル達に、二度と来んなバーカ!、声の主がわからない罵声が飛んだ。
今度は自分とみんなの尊厳を守った。
そう思えたことにハルトは誇りを感じていた。
その思いがスネイルの「覚えていろ」という言葉を只の捨て台詞だと思わせていた。
理不尽な村長の息子を撃退し、尊厳を守った事を誇るハルト。
しかしまだ終わりでもないようです。
次は、狩りと武器と星空と、です。
週末は投稿をお休みします。月曜日から投稿を再開します。




