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甲殻の翼  作者: 月弓 陽
第一部・第一章 プロローグ
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綾乃とノーラと

遥斗と綾乃と三年ぶりに再会したノーラ。転入する同じ高校から初下校です。

 

 ノーラの騒動に集まった野次馬の2年生の面々も各々(それぞれ)の教室に入り始めた。


 階段に差し掛かったノーラと珠絵に階段から上がってきた如何にも運動部という体格の男がすれ違う。


「あっまさるだー。久しぶりー」

「おおう、ってノーラか!何やってんだ……」

 えへへへ、と笑いながらのノーラはかくん、かくん、と階段の下に消えていった。


「あれ?大石君と遥斗兄さんって中学違うよね?」

「小学校一緒だったんだ。てか兄さん言うな」

 俺はお笑い芸人かよ。そう言いながらも遥斗は將に思いを巡らせる。

 

 大石將。サッカー部のエースにして次期キャプテン。

 サッカーが盛んな県下で名門校も多い中、進学校の松浜西高サッカー部を県大会ベスト8までは確実に連れていくだろうと期待される男。

 將は親友だった。今でもそうだ。と將は言ってくれるかもしれない。

 けれど自分からはそう言いづらくなってしまった。今では。


 

 クラスの皆が席に着くと午後の授業が始まる。クラスメイトの視線が痛い。特に男子。目をギラつかせた肉食獣に囲まれた気分。帰ってくる期末テストの話しなんて全然耳に入らない。

 

 はぁー、高校入ってから出来るだけ目立たないようにやってきたのに……

 

 何とかしないと。ノーラに学校ではおとなしくしてろって言ってもあの天真爛漫天然娘には意味なさそうだしなぁ。事情を話す?何をどうやって?とにかく明日を切り抜ければ夏休みに入る。今日はできるだけ早く帰りつつノーラと話そう。



「それじゃ明日は終業式だ。遅刻しないように」

 挨拶が終わるか終わらないかのタイミングで教室の扉を開けてダッシュ。1段飛ばしで階段を降りつつ昇降口へ。

 早く来いよ。こんなとこ見られたら「彼女待ってるんだって?」なんて噂に尾ひれがつきそうだ。

 幸いにもノーラば割と直ぐにやって来た。珠絵と一緒だ。正直二人だけで帰るのを人目に晒されるのは厳しいから助かる。

「お待たしぇー」

 ノーラも黙ってれば美少女なのに……。


 外靴に履き替えて玄関ホールを出ると黒塗りの高級車が停まっていた。

 綾乃を送り迎えする車のドアを開けた運転手さんの隣に綾乃が立っている。


「あっ綾乃ちゃん!」

 とてとてと小走りに近づいてゆくノーラ。

「ちょっと待て!」

 だが時既に遅し。

「あらノーラ!帰ってきたのね。入学おめでとう!」

 綾乃がノーラを抱きしめた。珠絵が信じられないものを見た、という顔で固まっている。 同じような表情をした焚哉もいつの間にか隣にいる。


「ありがとう。綾乃ちゃん。本格的には二学期からだけど今日は挨拶に来たんだよ」

「そうだったの、あなたも国際特進クラスなのよね?私の後輩になるわね。うふふ」

 綾乃が頬をゆるめた。


「え、うそ、神宮路さんがあんなに親しそうに……」

「なんなのあの転校生」

 通りがかりの生徒達が奇異なものでも見るようにささやいている。

「制服似合ってるね。あの子かわいい」

 といった声も聞こえてくる。良かった、面倒なことになりそうな反応ばかりでもない。

 綾乃は白い手袋をした運転手さんに何かを伝えると振り向いた。振る舞いの一つ一つが美しい。


「ノーラ少しだけどお話ししましょう」

「うん。ハルトゥん、綾乃ちゃんが一緒に帰ろって、ほらほら」

 無下に断るのも不自然だ。歩き始めた二人に遥斗は並んだ。焚哉と珠絵は遠慮がちに少し離れて後ろを歩き始める。女帝バリアが三人の周りに空白を作っていた。

 

 あー目立ってるよ。超目立ってる。夏休みが明けたら学校の七不思議に加えられちゃってるレベル……まぁこんなことでドギマギしてたら綾乃とお付き合いするなんて到底無理なわけだけど。


「綾乃ちゃん、お迎えの車が来るんだね。乗ってかなくて大丈夫なの?」

「校門まで歩くからそこで乗ります、と伝えたから大丈夫よ。あまり一緒にいられなくてごめんなさい」

 この高校は丘の上にある。校舎の中央にある前庭から長い坂を下ってやっと校門だ。

 まだちょっと時間ありそうだな。綾乃と話せるかもしれない。

 通学バッグにつけている遥斗にとって『お守り』の組紐のブレスレットをチラっと見た。


「1ーAの担任の先生は大熊先生だったわね。気さくな先生でよかったわね」

「うん、何も心配することないぞ、がはははって言ってくれたよ」

「気さくだけど熱血先生だから油断するなよ。空手柔道の授業大変なんだから」

「ハルトゥんは空手と柔道やってるの?」

「週一の選択授業だけどな。大熊先生って柔道部の顧問で柔道一直線!な感じで空手は型をちょっとやるくらいでほぼ柔道の組手ばっかりで厳しいんだよ」

 お陰でペアを組んでる焚哉とビターン、ビターン、と背負投げの組手が出来るようにはなったけど。


「綾乃ちゃんは何やってるの?」

「選択体育は剣道だけど部活は弓道部よ」

「あー納得。その髪型も弓道着に似合いそうだね。、肩のとこでも一段出来て大人っぽくなったね」

「高校生になる時に少し雰囲気を変えたくてね。似合うかしら?」

「似合う似合う。日本美人!って感じ」

 ん?中学の卒業式にはもう今の髪型だったけど。

 中3の秋から学校に来なかった綾乃が卒業式に姿を現して周囲を驚かせた時に、髪型が変わっていたのを綾乃が気になる遥斗はしっかりと覚えてる。


「ところで、こちらで住むところは決まったの?一人暮らしをするのでしょう?」

「まだ決めてないんだぁ。ってあれ?一人暮らしするのハルトゥん綾乃ちゃんに言った?楠木のお父さんにしか話してないはずなんだけど」

「いや、言ってないよ」


 そもそも綾乃と挨拶以外で言葉を交わすこと自体が入学式の日以来だし。今日もまだ喋れてないけど。


「私のお祖父様が西高のOBで理事長なのよ。一人暮らしをしてまで西高で学びたいとアメリカから転入生が来る、と喜んでらしたもの。それがノーラだと分かった時は私も嬉しかったわ。お祖父様ったらわざと隠して私を驚かせたのよ」

「ああ、あの神社のおじいちゃんだね。優しそうな人だよねぇ」

 神宮路の本家は天羽あまはね神社という神社で綾乃の祖父が神主を勤めている。遥斗の家族も節目に必ずお参りに行くその神社で『お守り』もそこで貰ったものだ。

 神主さん西高の理事長だったのか。ってことは俺の成績とか綾乃に筒抜けっぽい?やばい。


「お祖父様は私がこの高校に合格した時に『綾乃という名前には、丘の上ではたを織る、という意味があるんだよ。綾乃が西ヶ丘でどんな高校生活を織るのか楽しみだ』と祝ってくださったのよ。私に綾乃という名前を付けて下さったのはお祖父様なの」

「綾乃ちゃん神社また行きたいなぁ。機織はたおりの機械も綾乃ちゃんの秘密基地のお部屋も素敵だった。ハルトゥんも見せて貰ったでしょ。また行きたいなぁ」

「そうだな。機会があったらな」

 ナイスアシストだノーラ。神社の裏でノーラと三人の中で見せた綾乃の柔らかい笑顔を思い出した。


「落ち着いたらまた一緒に行きましょう。お祖父様も喜ぶわ。ところでお家はまだ決まっていないのでしょう?管理のしっかりした安全なところだと良いのだけれど。お願いする不動産屋さんは決めているの?」

「うん、前に家族で日本に住んでた時にお世話になった不動産屋さんにお父さんがメールで話してくれてる。早くいいところが見つかるといいんだけど……」

「井上不動産さんね。なら家も懇意にしているから私からもお願いしてみましょうか?」

「ホント!ありがと!私アパートメント、こっちで言うマンションだね、を決めたら東京に行ってから一旦カリフォルニアに戻らなきゃだから早く見つかると助かるんだ。明日も朝からお部屋探しなんだよ」

「では今日のうちによろしくお願いしますって伝えておくわね」

「何だか楽しくなって来たー」


 きゃっきゃうふふにノーラがなった所で校門が近づいて来ていた。

「神宮路、色々ありがとうな」

「あらノーラは私にとっても妹みたいなものだもの。またよろしくね。楠木君」

 よし!思わず『お守り』をなぞる。それに気がついた綾乃の目元が少し緩んだ気がした。


「もー、三人で居る時は『綾乃』と『遥斗くん』じゃなきゃ寂しいよ?ハルトゥんも何だか大人ぶちゃってさ。ぷんぷん」

 おい、けっこうな爆弾落としてくれるな。もう子供の頃とはち違うんだぞ。綾乃も困ってるっぽいし。

「そ、そうね。三人の時は、ね」


 もうすぐ校門というところで車が坂を下ってくる。生徒が両脇の桜の木に寄って道を空けている。校門を抜けた狭い道で車が止まり、出てきた運転手が急いでドアを開けた。


「それではね。ノーラ、とハ、ハルトくん……」

「うん、ありがとね」

「またな」


「皆様、ご迷惑をおかけ致しました」


 綾乃は周囲に綺麗なお辞儀をして車に乗り込んだ。


 よっしゃあああ。遥斗は心の中で盛大にガッツポーズを決めた。

早くも変化の兆しを感じて、よっしゃあああ、な遥斗でした。

次回ノーラと珠絵が友達になります。


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