ハルベルトの記憶
目が覚めてカーテンを開けると眩しい光が遥斗に目に飛び込む。
忙しそうに教会に人が出入りしているが見える。テーブルにはベルが一つと紙が一枚。取り上げると四コマ漫画のような絵が書いてあった。
ノエルが書いたんだろうな。文字が読めないからありがたい。
「起きたらこれを鳴らせ、ってことか」
最後にデフォルメされたノエルの笑顔の似顔絵があった。
ベルを鳴らすとすぐに扉が開いてカッツェが入って来た。
「今、食事を運ばさせる。食べたらこれに着替えて待っててくれ」
ジルが運んで来たサラダが中心の朝食を取る。少し癖のあるミルクを飲み終えると着替えた。天使の館に行った時にアルフリードが着ていたものと良く似ているが羽の装飾は無くその分刺繍が豪華な薄紫色の着物だ。少し大きい着物を着終わると正装のハロルドとカッツェが部屋に入って来た。
「しかしよく寝たのお。もう昼じゃぞ。ちいとばかし眠りの粉を入れすぎたかな?」
どうやら睡眠薬が昨日の食事に入っていたようだ。
「これから儀式を行うでの。体力はあった方がええじゃろうからまぁ良い」
「あの、どんな儀式なんでしょうか?」
「ハルトとハルベルトの記憶を繋ぐ儀式じゃ。こんな儀式をわしが生きとるうちに出来るとは思わなんだ。でかしたぞ坊主!わしゃもうたまらんぞ!」
うひゃひゃひゃ~、遙斗の背中を叩たくマッドサイエンティストのようなハロルドに一抹の不安を掲げながら遙斗は部屋を出た。
教会に向かって外を歩いていると耳に花を飾ったフィレーネがフラフラと飛んで来る。
「お前はダメだ」
カッツェはフィレーネを捕まえると腰の皮袋に入れた。
「何すんのよー、せっかくお洒落してきたのにぃ!!」
籠もった声が聞こえる。
「気まぐれな妖精に邪魔されてはかなわんでの。今日は我慢しておれ」
教会の扉の前に着いて、カッツェがフィレーネの入った袋を門番に渡すと扉が開いた。
教会の中は暗く、窓という窓のステンドグラスの全てにカーテンが引かれていた。
扉のステンドグラスがカーテンで遮光されると教会の真ん中に円形の揺らめきが灯った。
何重にも丸く並べられた人の腰から胸ほどの、色とりどりの大きな蝋燭に火が灯されてゆく。
蝋燭の円陣の真ん中には寝台があり、寝台の周りに六角形に置かれた香炉から紫の煙が立ち登っている。蝋燭の外側には男性と女性が交互に立ち、男性の中には腰に太鼓を据えた者、女性の中には楽器を構えた楽師も見える。その中にアルフリードの姿もあった。カッツェはその環に加わった。
壮麗な雰囲気の中、寝台に遥斗を腰掛けさせたハロルドが静かに遥斗に語りかけた。
「では、始めるでの。始まったら横になりなさい。眠くなったら寝てしまってよい。そう緊張するな。この森を守る天使様の使いの名に懸けて悪いようにはせん。ここに居る皆がそう思うておる」
「よろしくお願いします」
ロハルドが紫の粉を遥斗に振り掛け、辺りを見回してから一つ頷くと、ドンッ!!と全員が同時に床を踏み鳴らした。
「オーディーン、ナムノルンウルデスラー、スクルスザー」
ハロルドが唱えると同じ言葉を歌うように男たちのテノールが続く。
その小節が終わると、ドン!と太鼓が一つ。
バイオリンの音色が緩やかに奏でられ、それに乗るように「オーーディーーー」と女性のソプラノが続いてゆく。
「ラームーンヴェールダンサーラーー……」
音楽と絡み合う歌声に揺れるように紫の煙が立ち登ってゆく。
その揺らぎに身を任せるように遥斗は夢の中に入って行った。
腰から黒い羽を広げた女性がシャフ度で手招きしている。
体のシルエットがはっきり分かる服と長い髪から女性だと分かるが逆光で顔は分からない。
導かれるままに進むと光が溢れ、緑豊かな景色になった。
そのまま遥斗は進んだ。
森が終わり草原の先にあの家が見える。
家に入ると若いジュノーとマリエールの優しい笑顔に迎えられ、幼いマーガレットがゲームやろうよ、お兄ちゃんと言っている。幼い姿のノエルを交えてボードゲームをする横でジュノーは熱心に何かを磨いて仕事をしている。
場面が次々と移り変わってゆく。
ドームの中から星空を眺め、食卓を囲い、マリエールが大切にしている植木鉢に水をやる。ハルベルトの感情が流れ込んでくる。どれも笑顔と温かい気持ちに包まれていた。草原で犬と一緒に羊を追い、池の畔で赤い花を長い髪の少女と眺めた。ジュノーに叱られながらも仕事を手伝い、充実感と未来に対する確かな希望と安心感に包まれていた。
俺はいったい何に怯えていたんだろう。何かを諦めて、何かを振り絞る様に前を向いて……俺だって恵まれていたんだ。
寝台に横たわる遥斗は涙を流していた。
その涙を誰かが拭った感触に遥斗は目を覚ました。ノエルの顔がそこにあった。
「ハル、大丈夫?」
「大丈夫だよ。ハルだったことを思い出した」
ぱあっとノエルの顔が明るくなる。
「思い出したようじゃな」
「ええ、この世界のことも色々と分かったような気がします。断片的にですけど」
「そりゃそうじゃ。その体に残っておる魂の残り香のようなものと繋がっただけじゃからな。それでもこんなものすんごい貴重な物を与えて下さった天使様に感謝せえよ。それに、これで終わりでもないと思うぞ。折に触れてまた何か思い出すこともあるじゃろうて」
「はい、天使様と皆様に感謝を」
自然に手を組んで、祈るような感謝を思った。
心にまた一つ何かが灯ったような気がした。
部屋に戻るとノエルが長い蝋燭に明かりを灯した。
ノエルとチェルトというチェスに似たゲームをして三回目に負けたノエルは指を咥えて悔しがった。
カブトムシが王を救う子供向けの本は読み慣れた日本語として認識できて普通に読めた。ノエルが語るこの世界の昔ばなしを聞き、お返しに日本の昔ばなしを語った。
日本フカシ話は無理だな。あんな高度な改変俺には出来んわ。
「こんなお話聞いたことない!やっぱりハルはハルだね」
「どっちでもある感じかなぁ」
「わたしに取ってのハルはわたしの知らない物語を話してくれる大切な人」
それは今のあなただよ。優しくハルトを見つめるノエル。
この世界でもやってけそうだな。
食事をノエルとジルと取り、ジルが食器を下げると、今度は勝つからね!もう一回しよ?とせがむノエルとまた対戦した。
得意になったり悔しがったりするノエルにいつの間にか遥斗の口から笑い声が漏れていた。
3本目の蝋燭が短くなった頃にアルフリードが部屋を訪れた。
「ハルト、両親も心配しているだろうから明日の朝早くに其方を村の近くまで送ろう。ノエルが一緒にゆく。ノエル、そのままハルトと暫く一緒にいなさい」
「ほんとですか!アルフリードさま大好き!」
ノエルはアルフリードに抱きついた。
ほんとそっくりだな。
「それとカッツェも同行させよう。カッツェは一度戻って来させるが此方の準備が整い次第カッツェもロダ村に送ろう」
ジルじゃないんだ?
ノエルは暗い顔をしている。
「ジルはこの森から離れられんのでな。良いなノエル」
「はい」
ノエルは頷いた。
「では夜明け前に呼びに来る。今日はもう休みなさい」
「お休みなさい、アルフリードさん、ノエルありがとうな」
「じゃまた明日ハル。お休み」
夜が明ける前に外に出ると篝火が炊かれていた。
遥斗は大勢の人に見送られてアルフリードの後ろにビエラに乗って守りの森を発った。カッツェの後ろには可愛らしいピンクと白の服を来たノエルが乗っている。
あの滝と崖を超えると森が途切れるのが見えてくる。2羽の守り鴉は森の端の池の畔に降りた。池から小川が流れている。
「水の流れに沿って歩きなさい。そのうち道に出る。そこから先はノエルが知っている」
「色々と本当にありがとうございました」
遥斗は腰を折って頭を下げた。出された手を取り握手を交わすとビエラがアルフリードを乗せて飛び立っ。あまり村を騒がす訳にはいかんからな、三人はカッツェの守り鴉を森に残して歩き始めた。
森を出て夜明けの川沿いを歩く。一緒に歩くとノエルはノーラより少し小さいのがよく分かる。13歳なのだそうだ。この年頃の成長は大きいからな。妙に納得した。
カッツェは薄手の少し汚れた生成りのローブとフードを被り、腰に剣とフォースが使える人みたいな格好をしている。
「俺、森を出て人と話すのあんま慣れてないけど大丈夫かな?」
「大丈夫だよカッツェ。ジュノーお父さんもマリーお母さんも優しい人だもん」
「ならまぁ大丈夫かな?ところでハルト、お前に森で何があったのかを家族にどう話すのか話しを合わせておこう。ハルベルトが別人になってロッキ攻撃して女神様に会ってきました!とは言えんだろ?アルフリード様にこういう事にしておきなさい、って言われてることがあるから伝えとくよ」
一連の出来事の設定を聞いているうちに小川の段差を利用した水車小屋が見えて来た。このまま進めば家に着く。ハルの記憶でもう分かっていた。
ウォン、ウォン!
あの茶色い犬が走ってくる。
もうお前の名前は知ってるよ。
「ショコラ!」
遥斗は両手を広げてショコラを迎えて抱き合った。
次はあの家でノエルとの暮らしが始まります、あたらしい家族、です。




