天使の館 後編
ベルダンティアが立ち上がるとアルフリードも立ち上がり遥斗もそれに倣った。
部屋の前方、広く空いた空間の両側に少女天使が跪く。
ベルダンティアが目を瞑り印を結ぶと静かに唱えた。
「ナハト」
床に模様が現れた。
生命の樹だ。
遥斗が描いたシンプルなものではなく複雑な模様が浮かび上がる。六角形の部分に女性の姿が足元からあらわれてくる。
長い銀髪のアストレイアの全身があらわれると、ゆっくりとベルダンティアに向かって歩き出した。
漆黒のドレスが揺れる度に紫紺の光沢が流れ、星が瞬くような光の粒が幾つも生まれては消えてゆく。
「いらっしゃいアストレイア」
「お招きありがとうベルダンティア」
ふふ、と笑い合った二人がソファーに近づくとアルフリードが頭を垂れる。
アストレアの美しさに呆けていた遥斗も慌てて腰を曲げてお辞儀をした。
「二人ともお気遣いなく。ベルダンティア、座っても良いかしら?」
「あら、アストレイアこそお気遣いなく。座って座って」
おとっとりとして可愛い系のベルダンティア様に綺麗系のアストレイア様か。親しい間柄みたいだ。
アストレイアがベルダンティアの隣のソファーに座る。
コの字になった3つのソファーに四人が座り、各々のソファーの後ろに一人が控える。
よく物語で透明感のある肌とか透き通るような白い肌と書かれるがアストレイアは比喩ではなく本当に体が少し透けている。
仄かに光を纏っていて神々しいとは正にこのことだなと遥斗は思わずにはいられない。
「初めまして、ハルト・クスノキ。アストレイアと言います」
「初めまして。アストレイア様とお呼びすれば良いでしょうか?」
「では、それで」
この方も気さくな感じだな。この世界の神様ってみんなこうなのかな?
この部屋に入ってから話したことをベルダンティアがアストレイアに伝えた。
「この世界と別の世界の繋がりについてはアストレアの方が詳しいんです。アストレイア、ハルトさんに話してくれますか?」
「あまり前例のないことでどう話せばよいのか……この地は星の一部なのです。星々が集まって渦を巻いているのですが、分かりますか?」
「分かります」
「その渦が<次元>という見えない壁に沿って縦に積み重なっている、と考えて下さい。それぞれの渦には同じように時間が流れています。けれど全く同じように変化するのではなく、それぞれの世界が個性を持って時の流れを作ります。似て非なる世界が重なっているようなものですね。その渦と渦の間に魂を繋ぐ糸が出来た。と考えれば分かりますか?」
「何となくですが分かります」
死後の世界や完全な別世界じゃなくて並行世界に転移したと考えればいいか。世界が大分違うけど。
「平行世界に転移した。という考え方でいいですか?」
「理解が早くて助かるわ」
「でも世界観が違いすぎています。文化が違うっていうか……」
平行世界なら何で家族や名前や鎧とか今まで見た感じが西洋風なんだ?日本と西洋の違い、それをどう説明していいのか分からない。いわゆる転生ものの異世界っていうお約束な世界でもないらしい。それとも違う、ってどう話せばいいんだ?
アストレイアは遥斗の言葉を待った。
「すいません。上手く説明出来そうにないんで少し話を変えていいでしょうか?人の話なのですが、元の世界に居た人達がここに居る、ということで良いですか?家族にしても随分と違うようなので」
「私が知る限りですが世界観がかけ離れた転移があった場合は魂が宿った体の持ち主の記憶をある程度は持っているのです。ハルトがハルベルトの記憶を持っていない、というのが前例がない、ということなのです」
アストレイアは続ける。
「暮らしぶりやその環境に文化、人間関係などその魂を取り巻く状態が全く同じで、その時の状況だけが違う、という近い世界も存在するのです。その場合は困りませんよね?しかしハルトの場合は違っています。かなり離れた世界にやって来た、という事になります。違う所というより似ている所を探してみましょう。この世界と共通していることや似通っていることがあったら教えて下さい」
「えーと、そうですね。家族構成は同じで名前もよく似ています。父は淳で母は麻理恵でしたから。妹は真櫻で春の花ですしマーガレットと繋がるような気がします。歳は17歳だったので少し若くなっています。元の世界では20歳で成人式だったからそこは似て非なるというところでしょうか。いや18歳で成人に変わるということも決まっているので似ていると言えば似ているかもしれません。後はまだ話した人が少ないので何とも言えない……ですね」
「なるほど、やはり完全に別の世界という事ではなさそうですね」
「ということはあっちの世界で起こる事がここでも起こる、という事でしょうか?」
「同じ時間が流れていると言っても大きな流れの上での事なので、人の感じる時間において全く同じことが起こってゆく、という訳でもと思います。しかし運命というものは変わることはありません。何かしら似たようなことが起こる可能性はあります。時系列が前後することもあるかもしれませんね。ハルベルトに起こるはずだったことをハルトが既に経験していたり、その場合は2度経験することになります。逆の場合もあるでしょうけど」
「運命には逆らえない、という事ですか?」
「そんなことはありませんよ。その時々に何を選択してどう対処するかによって未来は変わります。それはどの世界でも同じことだと思います」
「わかりました」
他に似てることは……
「そう言えば、僕達の世界には神様の物語があって、物語として神々の世界は知っています。ベルダンディーという女神さまもいますよ」
「その方はどんな方なのでしょう?興味があるわ」
「僕が詳しく知っているのは神話ではないのですが……ベルダンディーは三姉妹の次女で良識人、ウルドという活発な姉とベルダンディーに懐いてるスクルドという妹が居ます。みんなとても可愛くて親しまれていますよ」
コスプレ方面の方々に特に、ですけど。それで読んだし。それはそうと北欧神話の女神さまだったよな。
「あら、ベルダンティアと一緒ね」
「そうね、面白いわね!私も三姉妹の次女なんですよ。ウルデという姉とスクルディアという妹がいます。ウルデは活発過ぎて困ってしまうくらい」
そのベルダンディーに会って見たいわ。うふふふと口に手を当てる。
「その、お話の中でのことで現実にいるわけではないんです。すいません」
「あら、世界は想いで出来ているのよ。想いが強ければ具現化してもおかしくないわ。私達も大きな心の一部ですから」
なんか焚哉に借りた本のインド哲学みたいな話しになってきたぞ。
「ハルトさんがまず私のところ来た。というところにヒントがありそうですね。私は現在を司ります。ハルトさんの思考が現在に反映されているのかもしれません。過去を司る姉さんはどこかに出掛けていますし、未来を司るスクルディアもしばらく行方が分からないんです。全く困ったものです。もう慣れましたけど」
そう言って笑うベルダンティア様。
不謹慎だけどマジでかわいい。
「しかし我々神々から人の世に直接干渉することは余程の事がない限り無いのです。ハルトの世界ではどうでしたか?」
「神様は祈りを捧げるもので直接的な繋がりは個人の心の中でというところでしょうか」
「ある意味正しい繋がり方ですね。好ましいです」
「人には干渉はしないとアストレイアは言いましたけど、このままではハルトさんも困るでしょう。お土産を用意しましょう。アルフ、ハロルドに渡して下さい。一部でしょうけどハルトさんにハルベルトの記憶が宿ると思います。それと文字の認識を合わせるものも渡しておきましょう」
ベルダンティアは後ろに控える少女天使に目線を送った。
ありがたい。さすがは天使様、マジ天使!
けどまだ一番大切なことを聞けてないんだよな。怖いけど聞いておかないと……。
「あの……これが僕に取って一番重要なことなんですけど、元の世界に戻る方法はあるんでしょうか?」
顔を見合わせる二人の表情が険しいものになった。
アストレイアが答えた。
「全く無い、ということは無いのかもしれませんが、今までそういった事例はありません。残念ですが」
「そうですか……」
そんな気はしてたけど言葉で聞いちゃうとやっば重いなぁ。
けど、どんな時でもやることは一緒だ。淡々と日常を積み重ねるんだ。そうすれば何かが見えてくるかもしれない。
「あの、色々と教えて頂いてありがとうございました。僕がこの世界に来た理由は分かりませんが僕なりに正しいと思う路を進みたいと思います」
「ハルトさんの意思を尊重します。困ったことがあったらまた来て下さい。そうだ、あれも渡して置きましょう」
ベルダンティアは振り向くと控えている少女に耳打ちをした。
「ハルト、後一つ聞きたいことがあるのですがいいですか?」
「はい」
「あなたの左腕についているものは何でしょう?そこから『力』を感じるのですが」
綾乃の組紐。
綾乃、お前の想いは神様に届いてたよ。
「神に仕える友人がお守りとしてくれたものです。前の世界の物で持っている物はこれだけです」
「そうですか……私が言うことではないのかもしれませんが、大切にして下さい」
「はい」
コンコンコンとノックが3つ鳴った。
ベルダンティアに控えていた少女天使が扉に向かう。
何事かを聞いた天使はすぐさま戻る。
「守りの森にヴォーグが来たとのことです。ラフィー様とその下僕と申しております」
「お通ししてちょうだい」
「はい」
少女天使は再び扉に戻る。
「今日は来客が多くて嬉しいわ。玄関に迎えに行きますが皆さんもどうですか?」
「私はここで失礼するわ。もう一つ訪ねたい所があるの」
「今日はありがとうアストレイア。会えて嬉しかったわ」
「私もよ」
「どうもありがとうございました」
アストレイアを見送って玄関に戻ると、遠くに見える4つの点が次第に大きくなってくる。
それは4頭の狼だった。
金狼を先頭に3頭の白狼が空を駆けて来る。
人と目線が同じくらいの大きな狼達が玄関前に降り立った。
精悍な白狼を控えさせた金狼が前に出る。
「久しいな、ベルダンティア。息災か」
「ええ、ラフィーもお変わりないようで嬉しいわ。今日はどのようなご用件で?」
「うむ、ロダの森でロッキが暴れたであろう。妾の下僕が何かが可怪しいと言うので出てみれば嗅ぎ慣れぬ匂いが守りの森に通じておったのでな。大方の話はハロルドから聞いた。それにそこまで来ておいてお主に挨拶をせぬ程不義理ではない」
「そうでしたの。ありがとう。それにしてもハルトさんはもう有名人ね」
ベルダンティアは遙斗に微笑んだ。
「そちが移り来し者か。名を名乗ることを許す」
「ハルト・クスノキと言います。よろしくお願いします。こちらではハルベルト・ブロックという名になるようですが」
「妾はラフィー・ラ・シュベールじゃ。ラフィーは狼の王、シュベールは森の宝石という意味を持つ。覚えておくが良い」
「はい、ありがとうございます」
口調と見た目の威厳の割に幼い声の金狼と名を交わした。盛りだくさんすぎないない?まぁ天界だしね。もう驚かないよ。
「邪魔をしたな。シン、フュール、ラング帰るぞ」
白狼達がむくりと起き上がり踵を返したラフィーに続いて飛び立った。
「あの方は相変わらずですね」
アルフリードがベルダンティアに零した。
「ラフィーは良く森を纏めているわ。ついこのあいだ200歳になったばかりだというのに」
早くこっちの常識に慣れないとな……驚かないを撤回しなきゃかも。
「ベルダンティア様、私達もそろそろお暇しようと思うのですが如何でしょうか?」
「そうですか、では」
ベルダンティアは遙斗に近づいた。
「これを授けましょう。私からの寵愛の証です。人間界で困った時に私を想いながら見せればハルトさんの助けになるでしょう。乱用はいけませんよ。ここぞという時に取っておいて下さいね」
柔らかい笑顔を遙斗に向けながらベルダンは羽の意匠が彫れた白い石のペンダントを首にかけた。
「ありがとうございます」
深くお辞儀をして胸元に服の中に入れた。
またお守りができたな。
アルフリードは少女天使から包みを受け取り、それを腰のベルトについた革の小物入れると音の聞こえない笛を吹いてビエラを呼んだ。
バルコニーの下から現れたビエラは玄関前に降りて片翼を下げる。
「それでは失礼致します。ベルダンティア様」
「ではまた。アルフ、カッツェ。ハルトさん、この世界で幸あらんことを」
「本当にどうもありがとうございました」
天使の館を後にした。
どうやら完全な異世界ではなく遠い並行世界のようです。解ったような解んないような遥斗。
次は、守りの森の幼なじみ、です。
お知らせしない限り毎日更新します。明日から平日は17時に更新しますね。




