天使の館
扉の先には、白い壁の廊下が続いていた。
カッツェを先頭にアルフリードに挟まれて進む遙斗の周りを、フェリーネがフラフラと飛びまわっている。
「フェリーネ、痺れキノコの粉をどのくらい振ったのだ?」
「これくらい」
フェリーネが小さな手に山を描いた。アルフリードが俯き額に指を当ててる。
「適量の10倍はあるではないか。適量でも精神的な負荷が高いというのに……ハルト、よく耐えたな」
「かなり怖い思いをしましたけど」
「であろうな。発狂して魂が体に戻れなくてもおかしくない」
「おい!」
「大丈夫だよ。半分くらいしかかからなかったし」
「大丈夫じゃなかったってばよ!」
「だって沢山かけた方が効くと思ったんだもーん」
「いたずら好きな妖精さんじゃ済まないぞ!マジで。すんげー怖かったんだから」
「痺れキノコでも赤いものは人の目に滅多に触れるものではない。その上イクリスの日にしか傘を開かぬ。その傘が降らす粉の事はよく解っておらぬ」
「もっとヤバいモノだったかもしれないってことですか?」
「ここから先は天使様のところで話そう」
歩き出すと左の足首が痛んだ。
しかし、この状況に待ったをかける訳にはいかない遥斗は痛みを押して歩いた。
廊下の突き当たり、格子の扉の両側に立つ二人の騎士にカッツェが手を上げると、騎士達は互いに向き合って格子を開けた。
人が四人入ると一杯になりそうな箱に入ると格子が閉められ案の上に動き出した。
エレベーターあるんだ。中世ヨーロッパな世界じゃないってこと?
格子といえば鉄のイメージだけどこれ半分透き通ってるな。何で出来てるんだ?
結構な時間を乗ると目の前が明るくなって止まった。
随分と雰囲気が違うが、そこもまた廊下だった。
木の壁には彫刻が施され、レースのカーテンか掛けられた窓から明かりが差し込んでいる。厚手の絨毯が敷かれている廊下を進むと一番近い部屋の扉が開けられた。
部屋に入りかけた遥斗がふと、廊下の突き当たりの曲がり角を見ると桃色の髪の女の子がを壁から顔を出して三人を伺っている。
ノーラとよく似た子だな。でもちょっと幼いか。
「ここで暫し待て、天使様の元に向かう前に癒しを行う」
一人取り残された部屋にはベッドとテーブルが一つと椅子が2つ。カーテンを開けると窓ガラスがあった。カーテンは絹のようで光沢がある。
ガラスはあるんだ。絹のカーテンって初めて見たかも。
ベッドに腰掛けて待っていると、白に青い刺繍のローブを纏った老人とカッツェ、フェリーネが入って来た。カッツェは扉を守る様に前に立った。
「時間が無いでの。とっととやるぞ。ほら寝た寝た」
ベッドに横たわるとお香が炊かれ、老人が手を組み歌うように呪文のような何かを唱えた。それが終わり、青い粉を振りまかれた遥斗の全身の痛みが嘘のように引いてゆく。
「起きて良いぞ。どうじゃ?まだ痛むところはあるか?」
ベッドに腰掛けると痛みがほとんど消えていた。
「ありがとうございます。えっと、ほとんど大丈夫なんですけど、足首が」
左の足首を指すと老人は手を翳した。
「こいつはかなり強い毒をかけられたな。ロッキにしては珍しい。これは今すぐには無理じゃ。時間がかかる」
「そうなんですか」
「こんなの簡単じゃん。えい」
フェリーネが両手を出すとぽわっと患部が光かって痛みが引いた。
「お前、結構凄いんだな。ありがとう」
「う~ん、あんま治んないなぁ。これだと半月もすればまたおかしくなるよ。その前にまた直してあげるけどね」
フェリーネはウィンクをして遊覧飛行に戻った。自由な妖精だ。
「ハロルド様、終わりましたか?」
「もう良いぞ」
「ハルト、教会に向かうぞ」
カッツェが開けた扉の先にはアルフリードが控えていた。
黒く短い上着の胸に鮮やかな青で羽の装飾が入っている。
荘厳な刺繍が縁取る青が煌めきを増していた。
フードが無くなって晒された耳は羽だった。
羽耳?またマニアックな……
「カッツェ、其方を連れてゆく、直ぐに着替えて来い」
「はっ!」
「随分と若いのを連れてゆくんじゃな」
「少し思うところがありまして」
「今はもうお前に全ての判断を委ねておる。わしは口出しせぬよ。しっかりやりなさい」
「はい」
「ハルト、ついて来なさい」
アルフリードの腰からは黒い羽が燕尾服のように垂れている。暫く歩くと外に出た。
最初の部屋は地下だったのか。
夜は明けてるけど大きな木の梢で遮られていて時間はよくわからないな。
振り返ると出てきた建物だと思っていたものは幹が視界に入り切らなくらいの巨大な木だった。
森の中切り開かれた前庭のような芝生の上に、美しい彫刻が隙間なく施された白いドーム立っている。
ステンドグラスで出来た大きな扉の前で一行は止まった。
扉の両脇に控えている生成りのローブの男の片方が何かを書き始めた。
入場記録でも取ってるのか?ペンも羽ペンとかじゃなくて普通のペンみたいだな。
巨木の扉から出てきた正装らしき服装に着替えたカッツェがハルト達に走り寄る。服装はアルフリードとは色違いで、薄いグレーの生地に濃いグレーの羽の模様だ。
三人が並ぶとステンドグラスの扉が開いた。中に入ると荘厳な音楽が流れ始める。
白い羽耳の女性達が奏でるバイオリンの中を三人と妖精が進む。
バイオリンっぽいけど音がもっと豊かな気がするな。弦を巻く所が倍くらいある。二本の弦でワンセットな感じか。
伸びやかな音色の中を飛ぶフィレーネもご機嫌な様子。
香炉から紫の煙が立ち昇る祭壇に着くとアルフリードが片膝を付いて手を組み、目を閉じて祈るような姿勢になった。
「振りでもいいから俺を真似て」
同じ姿勢を取るカッツェを真似て遥斗は膝を折って目を瞑った。
音楽が佳境になると緩やかになって消えた。
静寂の時間が続く。
「では参ろう」
アルフリードの声に遥斗が目を開けると祭壇は無くなっていて、その先の扉が開いていた。 中に青白い空間が見える。
「ビエラ」
アルフリードが呼ぶと首が青いあの鳥が3人の後ろに降り立った。
「ハルトはビエラに乗りなさい。大丈夫だビエラが乗せてくれる。其方は何もしなくてよい」
ビエラは片翼を下げて「早く乗れば」という瞳を向けた。
遙斗が翼に足をかけると投げられた。
「ちょっ!」
なんとか首に座って手綱を握る。
座り心地は良い。モフモフだ。
「では征くぞ」
横並びで扉をくぐるといきなり落ちた。
「えっ!?」
扉の中は空だった。
青い空の中、白い雲を目指してビエラが翼を広げて上昇する。
腰の翼を広げた二人の鳥の人が前に出て、ビエラがそれに続く。
遠くにはいくつか島が浮かんでいて木の根っこが見えている。
「あれ桃髪メイドが主人公の名前呼ぶと崩壊するな。多分」
フィレーネが楽しそうにアクロバティックに飛びまわり、島々の森や岩を見下ろして更に上がると白い島が見えてきた。
白い木々が茂る島の真ん中に洗練された外見の館が見える。
一行は高度を下げ正面のバルコニーになっている玄関口に降りた。
出迎えてくれたのは、背中に大きな白い羽をたずさえた天使様。
白地に金色の刺繍が施された服をまとい、シンプルなティアラが額にある。優しそうな大きな青い瞳がかわいらしい。その後ろにはまだ少女という雰囲気の白い羽の女の子たちが並んで三人を出迎えた。
「ベルダンティア様、お久しゅうございます」
「ご無沙汰ですね。元気でしたか?」
ニコッと笑い声をかける天使様。
「はい、この度はお騒がせして申し訳ございません」
「とんでもない。助かりましたよアルフ」
「あなたがハルトさんですね。別の世界からやって来たとか」
「――どうやらそのようなんですが、よくわからないことが多くて……」
「きっと大変ですよね。私たちに分かることなら教えられます。私のお友達も呼んだので何か力になれると良いのですけど」
「よろしくお願いします」
「天使さまって女神さまじゃん。女神さまこんにちは」
「こんにちわ。フィレーネでしたね」
「そうだよ。よろしくね」
自由な妖精である。
「では入りましょうか」
二人の少女天使に付き添われたベルダンティアに三人が続くと後ろから少女天使たちが続いてくる。
天国か!ってホントに天界みたいなんだけど。
天使様は女神様らしいし。それに白い御影石かと思っていた壁もよく見るとうっすらと透けてて石自体が発光してるな。
「カッツェさん、天使様と女神様はどう違うんですか?」
「そうだなぁ、何と言ったらいいのか……」
「この世界では私たちは主神に仕えるノルンと呼ばれる存在なんですよ。種族やその関わり方によって天使様、とか女神様って呼ばれ方が変わってくるんです」
気さくな天使さまだ。それにその衣装ちょっとやばいんですけど。
白に金色の刺繍の上着は腰丈でフレアのミニスカートの下に白いニーハイに繋がるガータベルトが見え隠れしている。
初めてこの世界に好感持てたかも!
中世の宮殿のような部屋に入ると、クラシカルな赤いビロードのソファーにベルダンティアが座ると対面のソファーを勧めた。
「失礼します」
腰を下ろすアルフリードに遥斗は続く。
カッツェはソファーの後ろに立ち、向かいのベルダンティアの後ろにも少女天使が二人控える。
三人の少女天使がお茶と果物をテーブルに並べ終えると出て行った。
「では頂きましょう、まずは寛いで下さいね」
ベルダンティアに勧められ遥斗はカップを取って飲むと、フルーティーな紅茶風のお茶だった。
あー和むわぁ。久しぶりに落ち着いた気がする。
遥斗はベルダンティアに微笑んで感謝を伝えた。
「うわっ、この蜜美味しい」
フィリーネは活けられた花の蜜を舐めている。
「では、始めましょうか。アルフが聞いたことは伝え聞いています。アルフからハルトさんに伝えることがありますね」
「ハルト、其方はロダ村の蟲殻加工職人ジュノー・ブロックとマリエールの息子のハルで今年十五歳になる。ジュノーはブロックの家名持ちだが貴族ではない。過去に何か功績を残した者がいるのであろう。此方では15歳になると秋の成人の式典で真名を授かのだが、其方はハルベルトという名を授かることになっている。それとマーガレットという妹がいる。これが其方の家族だ」
「はい?」
「先ほどの教会の門番の一人がロダ村で暮らしていたことがあって確認が取れた。その為に立たせたのだが間違いないとのことだ」
「その、いまいち理解出来ないんですけども」
「そうですね。何と言えば良いでしょうか?ええと……こちらの世界のハルとハルトさんの魂が入れ替わった、と言えば分かりやすいでしょうか?赤いキノコが出す粉は魂を別の世界と繋ぐことがあるのです」
「転移した。ということでしょうか?」
「大雑把に言うとそうなりますね。こちらでは成人式の前のイクリスは特別な日なのです。イクリスの日に神々の祝福を受け、マナを集める力を授かるのです。祝福を受ける者をイクリストと言います。大人に生まれ変わる儀式の日と言えば分かりますか?」
「なんとなく分かります」
少数民族の伝統的な成人の通過儀礼のようなものだと思えばいいか。
「そしてもう一つ、今年のイクリスは月の全てが欠ける特別なイクリスだったのです。そこにフィレーネが更に大きな力をかけた。行ったのはフィレーネですが望んだのは女神です。何らかの神の意思があった、と考えられます」
「なんとなくですが理解はしました。マナというのはどうものなんでしょう?」
知ってはいるけど聞いとかなきゃな。元々はハワイの言葉だっけ?
「マナとは世界に流れる聖なる力のことです。使い方を間違えば呼び方も変わりますけれど。少し込み入った事になるので後でゆっくりアルフや守りの森、アルフのが治めている森ですね、その森に住まう人に教えて貰えば良いでしょう。今はもう少し核心に近いところを話し会っておきたいのですが良いですか?」
「はい」
「ハルトさんがこちらに来る直前の状況を教えて貰えますか?」
ハルトは部室での状況を話す。幾何学模様について訪ねられ絵に描き起こした。浮かんで変化した模様を大まかにだったがベルダンティアは納得したようだ。もう一枚、ホログラムの背景に出した模様を描き出すとベルダンティアは興味を示した。
「ここには『生命の樹』が隠れていますね」
ベルダンティアが円を幾つか塗って繋ぐと、六角形の下に菱形のある模様になった。
「この模様が魂の繋がりを強めたのでしょう」
「本来ならハルベルトにハルトさんの記憶が宿り、此方の世界に何らかの変化を起すというパターンの方が考え易いのですが、ハルトさんの魂そのものがこちらに来てしまったのも頷けますね。もちろんフィレーネがかけた粉が多すぎたことが大きいですけど」
あの模様にそんな力があったのか。
それが無自覚な自分の落ち度だとしてもやっぱりあの妖精!
遥斗テーブルで果物を頬張るフィレーネを睨むとフィレーネはヤバイとばかりに素知らぬ顔で部屋の隅に逃げた。
テーブルに置かれた誰も触っていないベルがカラン、カラン、と鳴った。
「アストレイアが来たようです」
ベルダンティアが立ち上がった。
天使様は遥斗にとって馴染みのある女神様でした。
生命の樹はこの世界にある模様です。興味のある方は画像検索してみて下さい。
次は、アストレイアとの話しでこの世界の素性が明らかになってゆきます。
天使の館 後編、です。
明日は日曜日なので朝10時に更新しますね。よろしくお願いします☆




