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甲殻の翼  作者: 月弓 陽
第2章 ロダ村編
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鳥の人

 

 俺、何してんだっけ……


 白い石の天井に縄で吊るされた燭台しょくだい蝋燭ろうそくが三本揺らめいている。

 麻酔が効いているみたいな感じだ。体に力が入らない。口には猿ぐつわ?


 目を動かして部屋を見渡す。

 頭上には壁。左右の壁までは3メートルくらいか、結構広いな。

 一定の間隔で蝋燭が灯っているけど家具も窓も見えないな。

 倉庫?埃っぽい臭いに混じる微かな獣臭けものしゅう

 遥斗の体に力が戻ってくる。

 でも体が動かない。動かないんじゃなくて動けないんだ。拘束されてる?

 何でここに居るんだっけか?

 まだ夢の中なのか?

 

 夢と意識の境界線が曖昧だ。鈍重な思考に足音が割って入ってくる。


「目覚めたか」

 少し離れた所から兜を被った黒ずくめの鎧の男が二人遥斗を見下みおろした。

 手入れされた髭を蓄えた騎士がもう一人の若い騎士に視線を向けた。

「アルフリード様に伝令を」

「はっ」

 命じられた騎士が足元に消えた。扉が開く音と閉める音が2回鳴る。


 遥斗は天井を見つめ直して記憶の糸を手繰り寄せる。


 えーと、でかい蟲に襲われて鳥の騎士様に助けてもらって、眠って貰うと言われたのが最後か。多分あの指揮官がアルフリードって人で……でもそもそも何で森なんだ?あのでかい蟲とかあり得ないし、あの人達も鳥に乗ってたし。それに妖精っぽい羽のあるフィギュアみたいな女の子。しかも喋るとか何なの?

 森の前は知らない家にいたんだよな。

 目が覚めた時にハル!と呼んだ女の人に男の人。


 やっぱダメだ考えても全然分からん。


 あの部屋の前は……思い出そうとした瞬間、恐怖が黒い霧のように湧いて来た。

 思い出すのを心が拒絶してる。

 落ち着け、少なくと今はそんなに怖くない。その前を思い出せ。

 暗闇の中を勇気を振り絞って歩くように一歩また一歩と記憶をたどる。

 暗闇が球体になり、見てきた景色が元の形に戻ってゆく。


 月の輪っか、欠ける月、丸い教室、幾何学模様、放心したノーラ。

 そこまで思い出したところで扉をノックする音が聞こえた。

 髭の騎士が扉に向かう。

 フードが付いた濃紺のマントをまとった長身の男がゆっくりとした歩みで遙斗に近づく。フードから覗く青い髪と整った顔立ちからあの指揮官だと分かる。付き従った二人の騎士も再び遙斗の視界に入って来た。


 アルフリードさんでいいんだよな?

 両脇に並んだ二人が腰に据えられた剣のを握った。


「歯向かう意思はないな?喋れるか?」

 コクり、と頷いて、抵抗の意思が無いことを視線でも伝えた。


「背を起こしてくつわを解け」


 若い騎士が頭側に回る。ギギギという音と共に背中に当たった堅い板が起き上がった。介護ベッドの様なものらしい。


「痛っ」

 傷口の痛みに思わず出たうめき声も猿ぐつわで声にならない。

 上半身が起き上がると部屋が見渡せた。

 横幅より縦に長い部屋だ。

 扉以外は全部白い石で出来ていて窓はない。

 木目の扉には黒い鋳物ような取手が見える。 

 人の顔のあたりにある小さな窓には格子が据えられ木の板で塞がれている。

 覗き窓?まるで牢獄だ。


 若い騎士が耳元で結ばれた猿ぐつわを解く。

 遙斗は自由になった口を整えてゴクッと唾を飲み込みアルフリードを見上げた。


 マントだと思っていたのは足首まである丈の長いローブでフードを被っている姿はまるで昔の聖職者のようだ。ローブとフードの縁に玉虫色の装飾が入った立派なものだ。

 

 アルフリードと遙斗の視線が交差する。

 表情のない冷たい目をしたアルフリードの口が開いた。


其方そなたは何者だ?なぜイクリスの夜に森に入った?」

 イクリスの夜?何のことだ?

 それは何?って聞きたいとこだけど、この状況で質問に質問で返すのはさすがにまずい。


「楠木遥斗と言います。何故あそこに居たのは自分でも上手く説明出来ません。アルフリードさん、でいいんですよね?話を始める前に僕から一つ良いでしょうか?」

 アルフリードは表情を崩すことなく頷いた。

「アルフリードさんとそれからお二人も、助けて頂いてありがとうございました。今ここに居ない皆さんにも伝えて下さい」

 首から上を下げて感謝を伝えると、二人の騎士はふうと安堵の息を漏らした。

 若い騎士が剣に掛けた右手を上げてひたいぬぐった。


「謝意は受け取ろう。ではクスノキハルト、もう一度聞くが其方は何故蟲が活性化するイクリスの夜に森に入ったのだ?更にはロッキを怒らせ攻撃させるような愚かしい真似をした?」

「イクリスの夜がどういうことなのかを知りません」

 知らない事は知らないとしか答えようがない。騎士の二人は顔を見合わせて不思議そうな顔をしている。


「そもそも僕が何であんな化け物みたいなデカイ虫、ロッキと言うんですか? がいるような所に居たのか? まずそれが分からないんです。というかあんな非常識な存在がいる事自体が信じられない。でもあんなのが近づいて来たら取り敢えず身を護る何かしらの行動はするでしょう?普通」

 ロッキって六鬼ってことか?六ツ目だし。


「あそこが蟲の出る森であることを知らぬ筈がなかろう?イクリスの夜(ゆえ)に我らがあの森に警戒に出ていて手早く鎮めることが出来たのだ。其方はいったい何処から何をしに来たのだ?」


 口調は静かだけど明らかに罪を犯したことを咎められている感じだな。雲行きが怪しい。


「何処って言われても……目が覚めたら知らない人の家のベッドで寝ていて、そこには僕の名前を呼ぶ知らない男と女の人が居て……そのうちに部屋の扉が倒れて、あのデカイ蟲の顔がガーって寄ってきて。慌ててる内に窓から落ちて森の中に逃げたんです。そしたらまたあの化け物が出てきて、気がついたらここで縛り付けてられてるし、もう訳が分からない!こんなことはあり得いっ!!」

 言い終わって後悔した。

 取り乱そうが暴れようが状況は変わらない。

 流れを変えないと。深呼吸だ深呼吸。


「僕の常識では考えられない事ばかりなんです。夢を見てるみたいなんですよ。あの大きな蟲もそうだし、あなた達が乗っていた大きな黒い鳥とかも」

「我々が人の前に姿を表すことは少ない故、守りがらすや我々のことを知らぬのはまだ理解できる。だがこの世界で暮らしていて蟲を知らぬということは考えられぬことであろう?」

 人差し指を額に当てて考え込むアルフリードに遥斗は続ける。

「それとあの妖精みたいな羽の生えたちっちゃい女の子もです。あの子、目が覚めた部屋にいたんです」

 妖精なんてファンタジーの世界にしかいないでしょ?という言葉は飲み込んだ。

 今は迂闊なことは言わない方が良い。アタマオカシイと思われるかも。本当にオカシクなってる可能性もあるけど。

 しかし妖精という言葉にアルフリードは反応した。


「確かにフェアル、あの妖精のことだが、アレの姿を見るのは私も久方ひさかた振りのことだ」

 そう言うとアルフリードは若い騎士に顔を向けた。

「カッツェ、フェアルをここに連れてくるように」

「はっ」

 若い騎士が胸に拳を当てきびすを返して出ていった。訓練された動きだ。


 カッツェさんって言うのか。歳は俺よりちょっと上ぐらいか?

「話を続けよう。其方は覚める前は何処にいたのだ。其方は何処で生まれ何を営む者なのか分かる範囲でいいから話しなさい」


 遥斗は日本人であること。両親と妹と暮らしていたこと。高校生で部室にいたこと。思いつくままに話した。

 アルフリードは疑問を持ったような顔をすることが多いが話しを切らず聞くに徹している。

 遙斗は家族、ノーラ、綾乃、將、珠絵、焚哉、記憶の糸を辿りよせる度に遥か遠くに来てしまったような寂しさに包まれた。実際、遠いどころか物理的に常識が通用しない世界で思い出す元の世界に郷愁が募ってゆく。


 本気でどーしてこーなった!? だよ。どうやったら帰れるつーんだ。


 遥斗の感情がまた揺れる。


 けど先ずは信用してもらわないと。味方が居ないとことにはらちかあかない。

 取り敢えずアルフリードさん達から敵意が薄くなってきてる気がするのはありがたいか。


「其方の言うニホンという名の領土も、ガッコウやブカツという風習もよくわからぬ。更に根本に戻るがクスノキハルトという名も聞いたことがない」

 名?そりゃあ聞いたことがないのはわかるけど何でわざわざ聞くかな?

「名前は遙斗です。楠木は名字、ファミリーネームです」

「家名を持っているということは其方は貴族なのか?クスノキという貴族は知らぬが」

「いえ、只の一般人ですけど」


「――あの、僕の考えを話していいですか?」

「良かろう」

「多分、僕、転生したんじゃないかと。異世界、アルフリードさんから見て違う世界からこの世界に来てしまったような気がするんです」

「しかし、その様な事は……」

 コンコン、ノックが2つ鳴って扉が開いた。


 カッツェの後ろに鳥かごを持った生成きなりのローブの男が入ってくる。

 生成りといっても見すぼらしいものではなくアルフリードのマントと色違いで似た文様が緑色で入っている。アルフリードの隣に着くと片膝を立てて鳥籠を掲げた。


「まだ眠っているな。目覚めの粉を使う。吸い込まぬよう息を止めよ」

 アルフリードは袂から包を取り出し赤い粉を鳥籠に振りかけた。


「んんー、よく寝た」

 妖精があくびと背伸びをして起きた。

「あーちょっと何ぃ。尊きフェルンを籠に入れるなんて失礼しちゃうんですけど!」

「何、其方はフェアルではなくフェルンなのか?」

「そだよ。フェルンのフィレーネ。そんな事より早く出しなさいよぉ!信じてないの?だったらほら」

 えい!と妖精が両手を出すとアルフリードのローブの模様が青く光った。


「――確かにフェルンのようだな。カッツェ出してやりなさい」


 籠から出てきた妖精は部屋の中を嬉しそうに飛んでまわった。

 フェルンが種族でフィレーネが名前ってこと?ややこしい。


「フィレーネ。其方はハルトを知っているのか?」

「知らないよ。私は女神さまにイクリスの夜にロダに行って、青い目のあるお家のイクリスタに赤いしびれキノコの粉をかけなさい。って言われただけだもん」

 表情のなかったアルフリードの目が大きく見開いている。

「どの女神さまだ!?」

「女神さまは女神さまでしょ。女神さまとしか呼んだことないもん。私達ずっと白い糸の繭の中にいたんだよ。木の枝のとこに小さな隙間を見つけてやっと外に出れたぁ、って喜んでたら女神さまが降りてきて繭の中からそう言ったからそうしただけ」

「繭の中には他にも誰か居たのか?」

「フェアルとフェルンみんな居たよ。あの繭、入れるんだけど一度入ったら出れなくなっちゃうんだもん。抜け出した穴もすぐふさがちゃったし」


「何が起こっている?ローグ伝令を。天使様にお会いしにく。カッツェ、ハルトを解いて水を飲ませてあげなさい。」


「「はっ!」」


 髭の騎士が走って出てゆき、カッツェさんが拘束ベルトを外してくれた。

 けど謎が増えばかりの一方通行だ。


 天使様?


 俺どうなっちゃうんだろう……




訳がわからないまま天使様の所に連れて行かれることになった遥斗。

明日は、天使の館、です。17時に更新します。

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