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甲殻の翼  作者: 月弓 陽
セントラル編
146/148

七色の光

昨日は失礼しましたm(_ _)m 今朝予約投稿のミスに気がついて投稿しました。


 厄災の光が走る前、戦端が開かれた海岸にほど近い湿地帯では戦闘区域が東に移動していた。

「隊長そろそろ潮時ではないでしょうか?」

 戦車隊は分散し、残機が少なくなった戦域で珠絵たまえは撃ち続けていた。

 二機目の龍翼タイプ確認の報告を上げたのは、灌木の森の中を移動していた珠絵だった。敵も森の中に姿を隠しながら移動していたのだ。泥にまみれた天然迷彩状態の戦車隊は身を潜めてやり過ごし、接触はなかった。

 龍翼が空に上がっていく。観測機の誘導に従うワイバーンとの共闘作戦は続いている。しかし効果が薄れているのも確かだ。何度も下から砲撃を浴びれば警戒もされる。龍翼が率いる部隊の参入で戦力を増強した敵軍に対しグランノルン側も第三陣が参戦。全戦力が揃ってのガチのぶつかり合になる。しかしこれまでの優位性は活かせるだろう。敵の武装の3分の2を無効化した連邦軍の方が撃墜数は多い。


 珠絵は部下の進言を受け入れて神殿方面への移動を決意した。

 空から丸見えの湿地帯の横断に入る。灌木が途切れる沼の端で上空の様子を伺う。味方の飛甲機が敵の注意をそらしてくれている。

「行きますよ」

 珠絵は後ろに続く二個小隊の残存、三機のカニ戦車を振り返った。半数以上が帰らぬ人とかにになってしまった。

 その時、強烈な光が空を走った。標高の高い岩山を溶かして進む光に戦闘が止まる。

「考えるのは後で! 行きますよ!」

 灌木の森を出る。泥にまみながらできる限り足場の良いところを探しながら急ぐ。

「隊長っ!」

 珠絵に向けて上空から火線が走った。パンサーくんと珠絵が呼ぶコトヒラ蟹は右手の巨大なハサミを珠絵の体にかざす。小柄な珠絵の横に着弾痕が流れてゆく。青い甲羅の破片が珠絵の頬を撫でて血線を走らせた。それでもパンサーは走り続け、湿地を渡り切った。

 灌木地帯に身を潜めた途端、足が止まった。

 珠絵は出会って初めて乗ったカニちゃんから降りて向き合う。もう胴体が浮いていない。左手の小さなハサミを黒い玉の目元にあてたパンサーが珠絵の前に何かを差し出した。

 真珠の玉を受け取った珠絵は動かなくなったコトヒラ蟹に手を添える。

「神殿に急げ、と言うのですね」

 珠絵は通信を入れ、飛甲機での移動を願った。


 黒い翼を腰から広げたウルデに先導されてアカシック・レコードの円盤に戻ったハルトはソフィー、ナターシャと地下への階段を降りる。手()りのない螺旋階段の下にはカッツェが床に寝かされている。フィレーネとノエルが癒やしの光を当て続けている。

 サジウスから飛び降りたカッツェは階段の入り口に滑り込み、勢い余って階段で留まることが出来ずに50メートル近く落下したのだ。翼を開いていなければ即死だった。

「ルドラの厄災、発動しちゃったね……」

 力なくノーラがハルトに言った。

「おーい、居るか? 今から焚哉と降りるぞー」

 マサル声が上から聞こえた。

 珠絵を除いた転移組が神殿の地下に集まると、ソフィーがもう待ちきれない、とでも言いたげに息巻きながらハルトに訊いた。

「お兄さん。最初に会ったクロスロードでおばあちゃんが語った物語を覚えてますか?」

「――えっと確か、星の神様がやってきて、自分が作ったものが原因で戦が起こって、天使が舞い降りてくる……あ……」

 ハルトは気づいた。今の自分と全く同じ状況であることを。天使が降りてきて授けた言葉も内容も同じだ。

「そんな古い話が伝わっていたとはな」長い銀髪をなびかせてウルデが近づき語り始める。

「ナターシャの話に出てくる天使はベルダンティアだ。最初の文明末期の話だ。この世界は同ようなことを繰り返している」

「実話なのですか……」

 唖然とするナターシャの横で、ハルトは天使達が過ごしてきた悠久の時間を思う。

 ひとつの文明でも1万2千年を越えている。しかも今回で三度目だ。インターバルはもっと長いはずだ。人と天使の間の存在、アルフリードはどれくらい生きるのだろうか、という思いが頭をよぎった。

「ウルデ様は昔ハーレムを作ったっていう勇者を始末したって言ってましたよね?」

「私が転移して来たその人間を殺したのは二度目の文明の末期だ。ハーレムを作ったのは理由の一部なんだ。そいつは別の世界の知識を生かしてこの世界を自分の支配下に置こうとした。けれど結局ルドラの厄災は発動し人の世は滅んだ。別の人間が転移して来て最初の時と同じくこの神殿に集まったのだ。二度目が他よりもいくらか長いのはそれが理由だ。現在を司るベルダンティアが最初に、二回目は私が、三度目の今回はスクルディアが神の意思、運命といってもいいかな、それにあらがった、ということになるのだろうな」

「えっ、期限は延びるんですか」

 ノーラは「そんな記述はなかったれど」と言いながら生き証人の(げん)に耳を傾ける。

「前回までは終末時計はなかったからな。期限自体を把握していなかった」

「姉さん。いけませんよ」頭上から声がした。

 背中の翼を広げた二人の天使と金狼が舞い降りてくる。乳白の天使ベルダンティアと妹のスクルディアがアカシックレコードの底に降り立つと開口一番ウルデに

「戻って来たのか」と言われた。

「私達はこの世界の住人ですから。それより姉さん、終末阻止に関することは教えてはならない掟でしょう?」

「私は生徒達に聞かれた過去の一般教養を話しているだけだ」

「あー、その手があったかぁ」

 未来を司る小柄な天使、スクルディアが過去を司る黒い天使ウルデの横腹をツンツンしている。ラフィーは「わらわは飛甲機が出来てセントラルの森が荒らされるのを見ておれなんだだけじゃし」とそそくさとひとりごちる。

 天使や獣神は事情を知っていて、けれどもハルト達に離すことができない立場だったようだ。何とかしてハルト達をセントラルに導きたかったのだが、ハルトを遠巻きながら誘導し、ノーラの興味を引いてキザイアの先見の銘に頼ることで昨年の調査に繋がったということだった。

 しかしベルダンティアとスクルディア、ラフィーには詩の正確な意味は伝えられていない。ここから先は自分達で何とかしなければならない。

 神殿の様子で他にこれまでと違うところはないかノーラがウルデに尋ねた。

「そうだな。二度目の時はルドラの指輪は回っていなかった。黒いパンゲアと赤いアガルタが合体した後にひとつの物体として回転しながら光を放ち続けて大地を焼き尽くしたのだ。今回は上の黒い部分、パンゲアが動いてない。さっきの光もそれほど広範囲に渡っていない」


 ノエルがカッツェ癒やしを止めて近づいてきた。カッツェ何とか一命を取り留めたようだ。

「ちょっと話が戻るけど、ナターシャさんの物語の結末に今回もなるってことなのかな?」

 ナターシャが語った物語の結末。それは自分に失望した星の神様が元いた星に帰る、という話だったとノエルは皆に伝えた。沈黙する皆の前にナターシャが出る。

「あの物語には語られていないことがあるのです。自分の星に戻った神様が目を覚ますと全てが夢だったという結末で、夢の中の出来事を神様は忘れてしまうのです」

「夢となりて異物は帰る。はそういうことか……まぁ物語としては夢オチは聞き手がサガるもんね……」

 ノーラはアガルタの先端が位置していたマーブルドーナツの床に向かって歩く。赤い三角錐の先端で今も空中に回っているルドラの指輪と同じ貴石が並んだドーナツ状の白い床。その中心部分には緑色の光が生命の樹の模様を描きだしている。透けて見えるその先には星が瞬く空間がある。ハルトが転移した時に見た宇宙が広がっていた。

「どうする? みんな?」

 見渡すノーラに向かってハルトが訊いた。

「ノーラは夢オチって許せるのか?」

「夢オチとかありえないでしょ。ハルトぅんもだよね」

「夢オチも全滅エンドも俺は嫌だ。この世界で過ごした時間を失いたくない。全部無かったことにして、この世界の人たちを見捨てて戻るのはナイ」

 お前を殺さなくてよかったよ、ウルデは物騒なことを言いながら、神殿に集った二度目の人間は、ゲーム感覚だし、と言いながら帰って行ったと言った。

「それじゃわたしも残るよ。ハルトぅんのいない世界に帰って意味ないし」

「私も残るわ」

「綾乃」

「あの時のまま、あの状態であっちの世界に戻ってもきっと私は病む。それにこんなに親しい友達が沢山できたのよ。こっちで乗り越えたことを忘れたくないわ。もう逃げたくないから」

「俺もごめんだ。貧乏はいやだ」

 それに負けるのが目に見えてるのに向こうの俺は気がつかないまま突っ走りそうだし……マサルはハルトに聞こえるようにひとりごちる。

「私が言うのも何だが、この世界と心中することになるかもしれないんだぞ。よく考えた方がいい」

 ウルデの忠告をひとまず置いてノーラは続ける。

「焚哉くんはどうする?」

「んー、珠絵は何て言うかなぁ?」

 焚哉が珠絵を待ちたいと言うので待つことにした。ノーラはその間も資料に目を落として諦めない姿勢を見せる。「7が大事なんだけど」と、つぶやいたノーラに綾乃が「7ねぇ」と反応した。

「一週間は七で七人の神様がいるでしょ。でも貴石の種類は8個あるし、この神殿や時計塔も含めて八が魔術的な何かだとすると七人だと足りないだよねぇ……」


「誰か足りないのですか?」

 顔にこびりついた泥をぬぐいながら珠絵が螺旋階段を降りてくる。キザイアとアリシアも一緒だ。ここまでの事情を聞いた珠絵は泥だらけの迷彩ジャケットの胸ポケットから真珠を取り出した。

「どうしたらいいですかね。カニちゃん――そうですか」

「珠絵さん、それは何なんですか?」

「カニちゃんが最後に私にくれたお守りなのですよ、ソフィー」

 それからも珠絵はまだしばらく考えていた。みなが珠絵を見守る中で声を出したのは綾乃だった。

「お守り、えっ……あ……ちょっと待ってっ!!」

 めったなことでは取り乱すことのない綾乃は皆が注目を気にもせず、メモ帳を出して円を書いて何かを説明しようとする。しかし書いて説明するのが難しいらしくメモ帳を閉じると突然ハルトの手を取った。

 ハルトのパイロットスーツの袖をまくると綾乃が編んだ組紐(くみひも)のお守りが手首にある。

「ソフィー、ハサミ持ってたわよね!?」

「あ、あります」

 ハサミを受け取った綾乃は脇目も振らずにノートの表紙を切り始めた。丸く厚紙を切り抜き、中心に穴を開けると外側に八つの切れ目を入れて番号を振った。次に綾乃はハルトの手首に巻き付いているお守りにハサミを入れようとする。

「ちょっ、綾乃」

「また編んであげるから」

 容赦なく組紐の端を切った。

 女の子座りをして組紐を解いてゆく綾乃。糸の束に戻された(ひも)を丸い厚紙の中心に据えるとバラバラになった糸を一本一本外側の切れ目に掛けてゆく。糸は七本。七本編みは組紐の編みかたの基本形だという。

「いいかしら。みんなよく見て。組紐はこうやって編むの。この数列の最初の列を見ながら見ていて」

 綾乃はメモ帳を床に置く。

『38.63.16.41.74.27.52.85=30.63.16.41.74.27.52.05=30

 30×7>0』

 綾乃は3番の糸を空席になっている8番にもっていく。次に、空席になった3番に6番の糸を、空席になった6番に1番を、4番を1番に。それを繰り返してゆくと8番が空席の最初の状態に戻った。慣れた手付きで円をまわしながら組紐を編んでゆく綾乃。組み上がった紐を取り外すと、絡み合って模様をなし強靭な一本の紐に戻った組紐があった。

「これ実はすごく簡単なの。空席から数えて右に三つ目にある糸を空いているところに持っていくだけだから。それが3.0を表すんだわ。最初の列は番号を1から8で振った場合。二番目のは最初の空席を0にして0から7の番号を振った場合の編み方なのよ。螺旋を描いて無に向かへ、絡みあいて絆を繋げはこれだわ」

 そう言われればそれ以外の解釈が無いような気がした。

「で?」

 天然っぷりを無発揮するマサルを置いて綾乃はマーブルドーナツに皆を集める。

「貴石の種類は八つあるけど色は七色なのよ。叩けよさらば見つからん」

 綾乃が腰を落として床の赤い貴石をコンと打った。直径45センチほどの貴石が床から浮かび上がった。

 円盤型の貴石が位置を変えないまま赤い光を引きながら浮かび上がってくる。貴石は立ち上がった綾乃の目線より少し下で止まった。ちょうどルドラの指輪があった位置だ。円盤の下にはマナのような光が床と繋がっている。ような、というのはマナの光は青だとされているからだ。赤い光はフィレーネが時折立てたり聖地やセントラルからも立ったことがある。

「じゃあやっぱり」

 ノーラは何かに確信を持ったようだ。

「ハルトくん、青いのを叩いてみて」

 ハルトが青い貴石を拳の裏で叩くと同じように円盤が浮かび上がってゆく。光の色は見慣れた青だ。白いドーナツとルドラの指輪に配置されている貴石は透明なダイヤモンド以外の七色。赤、オレンジ、黄色、グリーン、ブルー、ダークブルー、紫。この順で配置されている。

 ノーラはピンクに近いからとオレンジを選んだ、

「やっぱりあったんだね。ノエル。初めて見る色の光だよ」

 ノーラはマナの光は青だけではなく他にもあるはずだと考えていた。この世界でマナと呼ばれるエネルギーは魔力と呼ぶ方がしっくりくると主張してきた。ノエルもそれに気が付き始めていた。

 綾乃、ハルト、ノーラまでは順調だったのだがマサルが黒に近いからとダークブルーを叩いても反応がなかった。マサルに反応したのはグリーンだった。焚哉が法衣の色と同じ紫で、珠絵がダークブルー。転移者六人の色が決まった。黄色が残った。

「分け合う魂、混じりて集え、だから多分」ノーラが促して、ノエルが叩いたが反応しない。敢えて着てきたというセーラー服姿のアリシアにも反応がない。

「二人で一緒に叩いてみれば」

 それでも反応しなかった。

 カッツェがノエルを呼ぶ声を出した。何とか起き上がってノエルに肩を預けたまま歩いてくる。

 三人が同時に叩くと黄色い貴石の円盤が浮上した。

「これと同じ直径の貴石がルドラの指輪にもあったわよね」

 綾乃は赤い円盤におもむろに手をかけると淡い光が手を包んだ。両手で持ち上げると床に繋がる光が伸びる。手を離すと貴石は元の位置に戻って安定した。綾乃が長い白指で広げたメモ帳を指す。

「この光を七回絡めてルドラの指輪に繋げばいいだと思う。『30×7>0』だから」


 綾乃につられて皆が遥か上空を見上げた。


 デルタ六面体、二つの正三角錐が組合わさった厄災が黒と赤の上下でズレ始めている。下部の赤い貴石の三角錐、アガルタがゆっくりと右に回転を始めてる。このままでは六芒星が出来てしまう。

 それがこの世界の終末の時だとハルトも確信した。

 厄災の最下部でルドラの指輪は左回転をしている。アガルタの回転と逆方向に回転する指輪につなぎとめる力が宿れば。

「これをアバターシュで持って繋げましょう」

 目線の高さに浮かぶ円盤を見つめながら綾乃が言う。

「オーディーンを取りに行ってくる」

 螺旋階段を駆け上がるハルト。ほどなくしてオーディーンがマーブルドーナツの前に降り立った。青い円盤は無事に持つことが出来た。しかし他の色は持つこと出来ない。綾乃、マサル、焚哉もそれぞれのアバターシュを取りに地上に上がる。

 キザイアはアバターシュ。イリスをアカシック・レコードに下ろす指示を出しつつオーブ・アントナーラに連絡を取った。オーブの機体は珠絵が乗ったことがある機体だ。

「ノエル達はどうしよう? お姉さま」

「それも手配した。だがこれ以上カスタムを下ろすは難しい。外で戦闘が再開し始めている。もう一機の龍翼もこちらに向かっている。オーブ・アントナーラがサジウスと量産型を持ってくるからそれで試してみてくれ。私はフォルマージュで出る。――グレース頼んだぞ。白と金はグランノルンの色だ。二つを繋げてこの世界を守ってくれ」

 キザイアに「お前に世界を託す」と言われたマサルは「了解しました」と、気合の入った敬礼をしつつ、

「本当はキザイア様をお守りしたいのですが」

 別れを惜しむように加えた。

「……これが終わったら、その、様を取ってもいいんだぞ……」

 顔を赤らめたキザイアにマサルはぽかんとしている。

「マサルのボクネン人。お姉さまは結婚しましょう。って言ってるんだよ」

 えっ!? えっ?と動揺するマサルのお尻をノーラが叩く

「――分かったキザイア。俺にまかせろ」

 顔を真っ赤にしたキザイアはモジモジとするばかりだ。

 まさかのキャラ崩壊。ってゆうかツンデレ完成形のキザイア様かわいいんですけど!

「うほん。では武運を祈る。状況を全軍に伝える。イーシャとの戦闘は私達に任せろ」

 巻き髪を揺らして背筋を伸ばし、一度も振り返らずにキザイアは階段を昇っていった。

「よかったねマサル。次の王様だよ。大借金国家だけどがんばってねぇ~」

「はぁ、俺の貧乏はやっぱ運命なのか……」

「けど幸せの時も時間が流れ続けないと来ないよ。もうひと頑張りしようね」

「そうだな」

 そんなマサルとノーラのやりとりを見つつウルデも一旦外に出ると腰から翼を広げた。一緒に飛ぼうとするベルダンティアにノーラが近づく。

「天使様、お願いがあります」

「何かしら?」

「わたし達がこの世界の続きを作れたら、わたし達六人と魂を分けた三人のお願いをひとつずつ叶えて欲しいんです。ベルダンティア様の良識の範囲でかまいません」

「わかったわ」

「みんな。天使様に何を願うのかを考えておいてね。楽しみがあれば頑張れるでしょ?」

 そう言って、ノーラは皆に笑ってみせた。


 巨大なシリンダーに微かな駆動音が響く。アバターシュとサジウスが降りてくる。濃紺のボディに薄いグレー、黄色いラインが入ったアバターシュ・アントナーラがサジウスに乗った量産型を連れて垂直に高度を下げてくる。

 サジウスにはミックが、黄色い右肩をした量産型にはジョナサンが乗っていた。

「戦力を頂いてしまってすいません」ハルトがカッツェに肩を貸しながらアントナーラ騎士団を統べるジョナサンに言うと、

「重要な任務に使ってくれれば嬉しい。この機体はユージンが乗るはずだった機体だ」ノエルとフィレーネが癒やしの光を当て続けるカッツェが量産型のコクピットに収まった。 


 息も絶え絶えのカッツェは自力ではまだ動けず、パイロットスーツも着ていない。ノエルとアリシアが肩を抱いてコクピットに座らせた。左肩にはGR-26のマーキング。ハルトとカッツェがマツスガ基地から戻った時に出会った機体をノエルとアリシアがサジウスで上空まで運ぶので精一杯だろう。それでもサジウスから降りた量産型は前かがみになって黄色い円盤を手に取り腰の予備弾倉のホルダーに装着した。

 機体を譲ったオーブ達は「頼んだぞ」と言い残して階段を駆け上がってゆく。

 残るは珠絵である。しかしパイロットスーツがない。ドロドロの珠絵はできれば着替えたいと言う。それを聞いたノーラが焚哉に「あれ、持ってるんでしょ」と目配せをする。焚哉はインドラの座席の下から取り出したものをノーラに渡した。

「はい、タマちゃん」

「何ですかこれは!? スクール水着じゃないですか!?」

 紺色のスク水にはご丁寧に「1-A ハナウチ」と名札が縫い付けてある。昨年の合宿で切るのを拒否した水着を何故か焚哉が持っていた。

「パイロットスーツはね、糸を魔導具に通してコーティング的な加工をした布で出来てるだけど、伸縮性、撥水性、発色が良くなってるだけなの。ただそれだけなんだよ。要は化学繊維的な素材の服ってだけ。魔術的にマナを云々ていう機能はないんだ。魔術は深層心理のなかに隠れてるものと自分をつなぐものなんだよ。パイロットスーツに機能があるとすればこれを着ればアバターシュとリンクするんだっていう自己暗示のスイッチかな。だからね、要は何でもいいんだよ。この素材を使ってるのだってすぐ乾いて便利だし、色がビビッドでカッコいい、とかそんな理由」

「プラシーボ効果だったの……」

 綾乃が頭を抱えている。

「おいノーラ、それ最初からそうだったのか?」

 マサルの憤したような疑問にもノーラはそれが何? という感じだ。

「そうだよ。フォルマージュのときからそう」

「じゃあ俺が黒い全身スーツ着て、キザイア様が水着みたいに手足を露出してたのって」

「わたしがそれが似合うと思ったからだよ」

 はぁ、と体から力が抜けてゆくマサル。

「だって真相を秘密にした方が信じるんだもん。人はね、なにかに頼った方が力を発揮できるものなんだよ。深層心理に働きかけるのが魔術の真理なんだし」

「おい、ノーラ。お前その魔術の真理をどこで知った?」

 ノーラはきっぱりと答える。

「そんなの帝国魔術学園のグレン先生に決まってんじゃん。ハルトぅんも病院のベッドで読んででしょ。白猫かわいいー、とか言って――あー今ラノベかよ、って思ったでしょう?――けどね、わたしが見てて今までこの法則から外れた事例がないんだよ。やっぱりこの世界にはわたしたちの意思や心理が反映されてるんだと思う」

「私も納得できるわ」そう言う綾乃に「僕も賛成だね」焚哉が続いた。その焚哉を珠絵がジッと見ている。

「ところで何でタクヤンが私の水着を持っているのですか?」

「いやぁ、女性の下着はお守りになるって聞いて。へへへ」

「それはあれでしょ、言わないですけど、この変態!!」

「だってお前、生えてんの?」

「うるさいわいっ!――まぁ、泥と汗で気持ち悪いんで着替えてきます」

 すごすごとサジウスの陰で着替える小柄でロリ体型の珠絵。スク水とよく似た色の紺色のアバターシュのコクピットに向かう。

 フィレーネがベルダンティアに元に飛んだ。

「ねぇ女神さま。私達は手伝ってもいいんだよね?」

「それは問題ないわよ」

 フィレーネはそのまま外に向かって飛び去った。


 綾乃を中心にしてフォーメーションを相談する。戦闘になった場合の対応と注意点も話しておいた。

 その間にもカチ、カチ、と、時計の針が進むように厄災の三角形が六芒星に向かって進みつつある。

「今夜は満月だからな。あまり時間はないと思う」

 そう言うハルトにマサルは全体の指揮を委ねた。

「キザイア様にはああ言ったけど、ここはハルトに任せる。全体を見れるのはお前だ。俺を動かせ」


 「そろそろ行こうか?」

 ノーラが言ったタイミングでウルデが戻ってきた。青と黒の翼を腰から伸ばして舞うアルフリードも一緒だ。

「ハロルドを菩提樹の木の下に埋葬してきた」

「ハルト、行ってきなさい。頼んだぞ」

「はい」


 コクピットに入ったハルトが通信を入れる。

 それぞれのコクピットで六人と三人がうなずいた。

 七色の光を引いて、八つの機体が世界の中心を飛び立った。


時間停止の解決策をみつけて飛ぶアバターシュ。

クライマックスに向かいます。

次回「悲しみを越えて」

明日17時の投稿になります。


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