何のために
オーディーンが騎乗するサジウスが王都の湖上、離発着空域で待機姿勢を取っている。
四角く岩盤がくり抜かれた洞窟から量産型アバターシュが出てきた。左肩に「GR-01」とマーキングされた機体が敬礼のポーズをハルト達に取って上がってゆく。続いて「GR-26」「GR-27」の機体が脇目も振らず上空に上がり、続いてミヤマ型とカナブン型のサポート機が進発して来た。
新人の訓練だろうな。量産型の隊長も大変だ。
ハルト達に着陸許可が降りる前にアーヤを乗せたサジウスが離着陸空域に入ってきた。
マツスガ基地よりもイセハマ駐屯地の方が距離的に若干近い。予定通りの同着だった。
カイラのサジウスがライトを点滅させてモールスを送ってくる。
『お・つ・か・れ・さま・です』
離発着空域での無線使用は緊急事態以外禁じられている。
オーディーンに着陸許可が下りた。
湖上から立ち上がる絶壁の中に分離したオーディーンが吸い込まれ、カッツェのサジウスも格納基地に着陸した。
懐かしいな。
4カ月ぶりの格納庫。その思いを大きくしているのはハンガーの下に出迎えに来ていたノーラとソフィーの姿だった。
「お帰りー、ハルトぅん」
ぶんぶんと元気に手を降るノーラに屈託はない。
「おにーさんお帰りぃ。カッツェさんも」
「俺は、も、かよ」
えー、そんなことないでっする。きゃっきゃっするソフィーの頭を撫でてカッツェはノーラに向いた。
「27号機とすれ違ったよ。量産型、増えたな」
「次にロールアウトするのは32号機だよ。同盟国に出すのは別ロットだからもっと作ってる」
順調に増えてるな。生産体制も拡大してるみたいだ。心配なこともあるけど。
「予算は大丈夫なのか?」
「戦時国債出しまくってるからねぇ。頭が痛いよお」
こうなったら経済学者に破綻しない理論を考えてもらうしかないっ、それでオッケー! あくまでノーラは前向きだ。経済的なことは第一王女アンナに全振りする気満々である。
全く動揺していないノーラに頼もしさすら感じたハルトはあたりを見回す。もうひとりのそっくりさんが見当たらない。「ノエルは忙しいのか?」と聞いた。
「ノエルはイスガンジスに行ってるよ」
「イスガンジス? 何でまた?」
「キザイアお姉さまが伝えといてって言ってたから話しちゃうけど、魔道具の受け取りに行ってるんだよ。世界に三つしかないんだって。ルッシアが一個持っててイスガンジスは二つ持ってるの。イスガンジスには飛甲機の技術供与をして量産型も贈ったしね。高官達と一緒だから心配しなくていいよ。あっ、綾乃ちゃんお帰りー」
桃色の髪を揺らしながら手を降るノーラに、サジウスから降りた珠絵が近づいて来た。
「まったく、出迎えを一緒にしたいから私をサジウスに乗せたのですか?」
「そうだよ。新教室に行こうよ。マサルは出世して大隊長さんになったからしょうがないけどさ。それに焚哉くんは大僧正を継いだんだもんねぇ。王様だよ。王様。大出世だねぇ」
良い部分だけをピックアップして話すノーラに連れられて、教室という名の気兼ねなく話ができる部屋に入る。王宮らしい焼き菓子と紅茶が用意されていた。アヤノの巫女服スーツの袂から出たフィレーネは薔薇の蜂蜜、ローズハニーにさっそく飛びつきご満悦。
「キラナでのお勤めお疲れさまでしたー――ほんとみんな生きてて良かったよ」
「あんまり出来ないかもですけど、また学園の時間に一緒に楽しみましょうね!」
そっか、ノーラやソフィーはこうやって気を使ってくれてたんだ。「でしょう?」とでも言いたげにフィレーネがハルトにウィンクをして飛んだ。
「イスガンジスに量産型を送ったんだな」
「六機送ったよ。国境が定まってなくて、いっつもドンパチやってる区域にイーシャのアバターシュが出たんだって。飛甲機も強いのいるし、ずっこいよね」
「飛甲機は蟲の種類によるからな」
「イーシャを挟撃する形になればこちらも少し楽になるかもしれないわね」
「そういえば前の世界の綾乃っちの会社もそんな感じでしたね」
「そうねぇ、共産国よりもカレーの国と仲良くしてたわね」
ぽんっ、ノーラが手を打った。
「カレーいいねぇ。ノエルに香辛料頼んどいたからさ。帰ってきたらカレーパーティーしようよ」
パーティーだよー。明るさ全開のノーラ。
いつもは「アホか」と思ってたけどノーラなりのやり方なんだな。環境が変わって見えるようになった気がする。
ハルトは蜂蜜をティーソーサーに取ってフィレーネに出してやった。
「めずらしいじゃん、雨でも降るんじゃないの?」
みんな笑うなよな。俺ってそんな鈍感なのかなぁ。
その言葉を心にとめておいたのは正解だった。ノーラが真面目な顔になって口を開いた。
「みんなに少しでも早く伝えたかったのはね。ルトドラクシアの神殿にあった詩が、なんでわたしたちがこの世界に来たのか? を示してるように思えたからなの――まだ分からないことも多いんだけど、みんなと話したくて」
とても重要のなことだと思うから、付け加えていつになく真剣な眼差しを向けた。
しかしすぐに出頭しなくてはならない時間になって、そうゆっくりはできなかった。
帰還した5人でキザイアの執務室に帰還の挨拶に向かうと、多忙なキザイアには形式的な挨拶をするに留まり、側近のマティスから隣室で状況説明を受けた。
戦況は落ちついているという。ニンディタに兵力を進行させるなど、大掛かりな進行の予兆はないということだ。デニスが諜報活動に活躍し、正式な情報将校としてグランノルン騎士団付きとなっていた。連邦軍ではなくキザイアの懐刀ということだ。ティムも再びニンディタに潜入しているとのこと。
それから部下を失ったハルトに、
「量産型アバターシュのナンバリングだが撃墜されたナンバーは欠番になる。抜けた番号を自覚し、哀悼の意を忘れないためにも」
金髪碧眼の整った顔をハルトに向け、キザイア側近の黒騎士マティスではなく、一騎士でありハルトの師であるマティアスとしての顔を見せながら告げる。そして「王都でのハルトは開発者としての時間が増える配属になっている。戦闘から意識を戻して少しゆっくりするといい。――それとアヤノは戦車隊と連携を取る護岸防衛隊に配属される予定だ」と告げられた。
ハルトは帰り際、キザイアがひとりなのを見て残った。
「どうした。アヤノの配属に不満か?」
図星だった。
「敵が拉致を宣言してるんですよ」
「だから下げろ、と」
卓上で手を組んだキザイアがハルトを見上げる。
「正式な進言と受け取っていいのか?」
「――はい」
組んだ手をそのままにキザイアはしばし視線を下げた。はっきりと物を言うキザイアの眼差しがハルトを向き直した。
「進言は預かっておこう。しかしハルト、私も女だ。私はいつでも命を捨てる覚悟が出来ている」
「この世界の王族と僕達がいた世界の価値観は違います」
「本人の意思は確認したのか?」
言葉に詰まったハルトにキザイアは続ける。
「自分の価値観を他人に押し付けるな。それとな」
個人的な意見だが、そう付け加えてから静かに言った。
「私は、お前はエレオノーラと一緒になるべきだと思うぞ。その方が活きる人材だとも」と。
「……」
「今の言葉は妹を思いやる姉の立場で言ってはいない。上司として、友として言った。――ハルト、お前は何のためにこの世界で何をする? 今一度よく考える時間を作れ。お前はもっといい男になれるはずだ。――マツスガ基地での任務ご苦労だった」
それ以上議論する気がないことを示されてハルトは下がった。
第二開発工房の執務室では自分が何をすればいいのかを考える時間がほとんどを占めた。有りていに言えば迷ったのだ。思考がまとまらず、次の開発のアイデアも沸いてこない。
もっと大局的に見ろってことなのか? 確かにアバターシュは開発段階を終えて改良は技師達が進めてる。俺は何のために何すればいい。
ノーラは、何のためにこの世界に来たのか? って言ってたけど、未来を司る天使スクルディア様は何も語ってくれないらしいし、俺には想像もつかない。
俺は何をすればいい?
考え始めると迷路にハマる悪い癖が出て、口数が減った。そんな時に戦時の王都で学園の時間は週一回に減り時間も大幅に短縮された。講義を行う教師も忙しい。ハロルド、ウルデ、胤月、オーブ、焚哉にマサルも王都におらず、相談相手がいないハルトをソフィーやノーラが学園の時間でもないのに呼び出しては教室に連れ出した。
そんな中、ノエルが帰って来た。カレーパーティーを待たずにハルトはノエルが持ち帰った魔道具の実験に呼ばれた。ボタンが並ぶ操作盤や手術台のような椅子が設置された元ハロルドの研究室に入る。何本も配線のついたヘッドギアを渡されたのだが、それを被る前にノエルに聞いてみた。
「なぁ、ノエルは何のためにここまで精力的に動けるんだ?」
「んー、やっぱり貴石の魔法を復活させたいんだよ。それにこの世界の人がなんで忘れちゃったのかも知りたいかな。貴石の魔法復活はお父さんの夢でもあるからね」
父親の夢か。そういえば前世の父さんは疲れてたイメージしかないな。ジュノー父さんは自分の生き方と哲学を持ってる。けど、俺はそれを蹴って村を出てきたんだ。
「ねぇ、ハル。また思考の迷宮に入ってるでしょ。やめた方がいいよ。そういうときのハルはあまりいい方向に行かないから」
そうなのか。考えるのをやめた方がいいのかなぁ。
煮え切らないハルト。そんな時は空回っているのを自覚するのは何かをやらかしてしまった後なのだ。その前に何とかしたいと思うのだが、やればやるほどドツボにハマる。
思い切って流れを止めるのもありなのかな?
「やりたいことが出てきたらアイデアなんてどんどん出てくるって。ハルそういうタイプだよ。はいこれ被って」
ノエルにヘッドギアを装着されて傾いた背もたれに体を預ける。
「これはね。思ってることを読み取って絵にしたりグラフにして表示する魔道具なの。しばらく基本的なテストをやっていんだけど、慣れてきたら貴石を持ったり身につけらどうなるか実験したいんだぁ」
脳波測定器ってことか。ヘッドギア自体にもモニターついてるしVRっぽいな。ちょっと面白そうかも。
実験ではハルトが思っていた以上の経験をした。心理テストのような質問をノエルから受けると、絵や図形がモニタ上の視覚に浮かんでくる。森の中に湖が横たわる景色、抽象的な図形、花のアップに動物。鹿、兎、クマ、イノシシ、狼。ショコラが浮かんだこともあった。そして時折人の顔がモニターの中に浮かんだ。この世界の母、マリエールの顔を忘れかけていたことに自分でも驚き、いつも心配してくれていたことを思い出す。
質問が抽象的なことになると図形が浮かんだ。動画映像として動く図形が変化しグラフを描く。
何やってるかはわかんないけど面白いな。宇宙世紀の人の革新研究っぽい。
遊び心を思い出したハルトは実験を終えると、思念で動く無線制御武装の話をノエルにした流れで『ぼくの考えた最強のアバターシュ』談義に花を咲かせた。
しばらくノエルと話してからハルトが執務室に戻ると、やけに手の込んだカレーパーティーの招待状が机の上に置かれていた。
学園開催日のその日、教室に入る前からカレーの臭いが廊下に漂っている。
夕食の時間に合わせて開催されるカレーパティー会場の教室に入ると、繋いで並べられた机にはテーブルクロスが掛けられ、四方の壁もビロードのカーテンで埋められたいた。燭台式のシャンデリアまで導入される気合いの入りようだ。
ガラムマサラに赤いビーンズカレーやグリーンカレーのスープ。タンドリーチキンにマンゴラッシー。英国風ロイヤルカレーに昭和の和風甘口カレーまでもが用意されていた。
「これが美味しい!」辛いものが苦手で猫舌のノエルは日本のお母さんカレーがお気に入りのようだ。サフランライスや焼きたてのナンを頬張りながら、他愛のない会話が続く日常の風景。
だが綾乃のハルトに対する態度がいつになくそっけない。やけに綾乃にくっついているソフィーが何かをごまかすように冗談をとばしている。
何かあるな。一度ちゃんと話さないといけないかも。
カレパ主催者のノーラが懐中時計を見て教室の出入り口に向かった。
「今日はゲストをお呼びしました!」
にこにこノーラが「どうぞ!」と、扉を開けるとキラナの狐人稲穂と源九郎が入ってきた。
「きゃー、源九郎だー、久しぶりー」
ソフィーは大喜びだ。カッツェも歓迎している。珠絵は稲穂に「来ましたね」と悪巧みを思いついたような顔をし、綾乃は尊敬を込めた目をむけつつも口の端を上げて稲穂を迎えた。
ハルトは皆に混じった巫女服と神主衣装の二人を見つつノーラに聞いた。
「なぁ、学園に呼んじゃってよかったの?」
「稲穂ちゃん、琴音さんの跡を継いで古宮島の宗主になったんだよ。琴音さんから色々聞いてて薄々感づいてるから話しちゃった。弱みを握ってるから他には話さないよ」
女って怖いな……
「冗談だよ。日サロの秘密と髪の毛クルリンパを教えてあげるって言ったら、命にかえても口外しません! だってさ。フィレーネは局部麻酔できるからへそピーもなんとかなるんじゃないかな」
「そんなんでいいのか……」
「わかってないなぁ。女の子には切実な問題なのっ」
ちょっと違う気もしつつ、取り敢えずそこで納めておいた。
当の稲穂は「これが一番高級で美味しいわね」お母さんカレーにご執心だ。古宮島宗主となった稲穂は本山中枢にも立場を得て、焚哉と共に新しいキラナを立ち上げようとしていた。しかし古宮島の本尊である鏡について分からないことがあるらしく、綾乃に相談したいのもあって王宮を訪ねて来たようだ。
夜も更けて。酒に顔を赤らめた稲穂は「胤月さまって素敵よねぇ。お肌ツルツルだし」と、バレバレのガールズトークを炸裂させた。
「お姉言葉で焚哉ラブの胤月さんは難しいんじゃないのか?」
言ったハルトに稲穂は「障害が大きい方が燃えるじゃない。あんたはつまんない男ねぇ」と毒づき、源九郎がすいません、すいません、といつまでも謝っていた。
帰り道、一人になったところで稲穂に呼び止められた。
これは大事な話だから、ちゃんと聞いて。と前置きがあり。
「ハルトさんは本山でよく戦ってくれたわ。お礼を言います。ありがとう。でもタクヤル様は思うところがあるみたい」
「――焚哉は何を気にしてるんだ?」
「人には見せないけれど、本山を守れなかったことをこの人壊れちゃうじゃないかって思うくらい悔しがってるの。奥歯を噛み砕いちゃうんじゃないかと怖くなったとこともあったわ。――聞いた話だけど、ハルトさんあの時、本山の守りよりも敵のアバターシュと戦うことを優先してなかった? ――もっと言うと、アーヤ様のことを聞き出すのに夢中になってなかったかしら?」
「……そうかもしれない」
「タクヤル様と会ったら今の話を思い出して欲しいの。私に出来ることはこれぐらいだわ」
それじゃ、お休みなさい。ハルトを残して稲穂は足早に去っていった。
ハルトは翌日、綾乃に時間を作ってもらった。綾乃が指定した場所は湖面に面した飛甲機離発着場にほど近い外壁の上だった。
月夜の下、崖にぽっかりと空いた滑走路に次々と戦闘機や哨戒機が吸い込まれてゆく。新たな哨戒機が吐き出された。
「ムソルグスキーの禿山の一夜みたいね」
これはハルトにも分かった。夏至の日に魔王の元に魔物達が集まって一夜を騒ぐ物語だ。ハルトが知っているのは砂漠エリアの戦闘機乗りが岩山の基地に移った時のマンガのエピソードからだ。
綾乃はネタで言ってるのか? いや、綾乃が戦闘機乗りの戦争マンガを読んでるわけない。でもこの景色を見たらそう言いたくなる気持ちも分かるかも。
夜風が綾乃の長い髪を拐った。視線を定めずハルトに向けた綾乃の表情は硬い。
「ハルトくんが何を言いたいかは分かってるわ。私を心配してくれているのは嬉しいけれど、私が何のために戦うのかも考えて欲しい。私はだってハルトくんを守りたいもの」
「でも、拉致を宣言されてるんだぞ」
「それでも私は戦うわよ。私にだって意思はあるの。そうやって生きて行くって決めたの。織物ではなく武神に仕える巫女でありたいの」
「でも……」
「キザイア様に進言したんですってね。なぜ私を飛び越えてそんなことをするの。なぜ私の意思を尊重してくれないの?」
何も言えなくなったハルトを残して、綾乃は階段の下に消えていった。
それから綾乃と二人で話す機会は持てなかった。体が硬くなる冬が去ったというのに開放的な気分にはなれない。
キラナに残されたイーシャの人型が検分され、人の臓器、具体的には子供の心臓が人工マナ発生機関として組み込まれていたのが判明したのもある。一機に付き八個の心臓が物として組み込まれていた。また敵機の中には火薬式の機関砲を装備した機体も有り、大型の不発弾から王宮爆撃の可能性も指摘されている。キラナ本山とは違い不燃性の石やガラス、蟲殻が建築物の素材となってはいても予断を許さない状況に追い込まれていた。
防城体制の強化がなされ、防戦時の砲兵射撃体制が議論された。作戦としての状況別段階的な運用の議論を終えてハルトは訓練に出る。
開戦により延期されていたフォルマージュ順応訓練が再開されているのだ。
フォルマージュはフレームだけの機体に意思を流し込み、マナを物質化して装甲を纏った上で稼働させる。
思っていた以上の負荷だった。
体の中から奪い取られるように流出するエネルギー。奔流となったマナが流れ出ていく感覚にごっそりと体力を持っていかれる。少しでも集中が途切れると意識を持っていかれそうになる。精神的には試練ほではないにしても頻繁に目眩や頭痛に襲われるのだ。少しでも慣れた機体で対応しようとアバターシュ・オーディーンをイメージした。骨組みに装甲が生まれる。
基本動作だけでもこれだ。武器を出して戦うってどれだけ強い意思をもって動かしてるんだ?
ハルトが乗っている機体はフォルマージュ・マティス。黒い装甲に赤い装飾の機体だったものに蒼い装甲が物質化している。細部のシルエットも別物で見た目には完全に別の機体だ。
キザイアの機体。フォルマージュ・イリスはノエルによって改修に入り物質装甲が装着され始めているのと、グレースの機体とは相性がよくないのがマティスで順応訓練に臨む理由だ。フォルマージュ・グレースはハルトに恨みをもって拒絶している感覚がした。
キザイア様が吐血するわけだ。どれだけ強い意思をもって生きてるんだあの人は。
奥森での遺跡奪還戦で見せた非常識な物理化を思い出すと身震いがした。しかし改装されるフォリマージュイリスは燃費効率を優先して常識的な範囲内での物質化機能になるという。
常識的にっていうか、あんな戦い方してたら体が持たない。今の俺だってこんなにキツイのに。
厳しい訓練の救いは指導教官がマティスだということだった。試練を共に越えた師弟の絆がそこにはあった。ハルトにと取ってキザイアの側近として多忙を極めるマティスをマティアス師匠と呼べる時間は貴重だった。
訓練を終えコクピットを出たハルトは師匠に悩みを打ち明けた。
「何のためにか。……ハルトはここに至るまで経緯が特殊だからな。そうだな。自分の名に恥じないことを意識すれば良いのではないか? 前世からのハルト。この世界でのハルベルト、そして神の神具を打ったブロックの名を持っているのだ。自分のルーツを思い返してみるの良いのでは? 自信とはそういうところから生まれるものだと私は思うが」
マティアスのアドバイスはハルトに新鮮な風を送り出す。人は大切にしているものが皆違う。あらためてそう思った。
「実は私からも相談したいことがあるのだ」
超多忙なマティアスがわざわざ時間を作ってハルトを自身の執務室に呼んだ。
「これを見てくれ」
ハルトが手に取った書類は葬儀の数を地域別、年度別に記した統計表だった。
「何ですかこれ? 男性の死亡者数がこれまでと比べものにならない。しかも働きざかりの年代が多い。男性が居なくなったに近い村も沢山ありますね」
「そうなのだ。しかもハシュタルから男性の大量死が北上している。そこで、さらに細かく区域を割って集計しなおしたのがこれだ」
農村地区と商業都市で時期的な差異が生じていた。
何だ? 銃、鉄、病原菌のない世界なのに。銃はもうすぐ出来そうだけど、疫病が流行った歴史がないんだよな? 魔術的な施術師の医療が早くから発達してるのもあるんだろうけど。
「男性だけ、っていうのが気になりますね」
「そうだな、人為的な可能性が高いと思う。デニスを招集した。彼とも話して貰えるか?」
「分かりました」
表向き、軍事的な動きはなくても何かが進行している。確信を持ったハルトはデニスを交えた会談に臨んだ。
試練の日々が続くなか、わが道をゆくノエルに救われ、師マティアスからはアドバイスとともに不穏な情報が。
次回「本土防衛戦ー魔の翼ー」
明日の投稿になります。




