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甲殻の翼  作者: 月弓 陽
セントラル編
140/148

キラナ炎上

 激昂が激闘になる。人型が舞う。

 高速で討っては離れ低空へ、土埃が上がる。猛襲、熾烈な剣が交わる。

 しかしハルトの頭は冴えていた。

 敵と会話することで情報を引き出そうと試み続けている。

 制圧を維持するに満たない戦力での本拠地攻撃は常套戦術ではない。ハルトは敵のパイロットに戦略的無意味を問うた。

「何故こんな無駄なことをする。一時的に本山を制圧しても無意味だ。恨みを買うだけだぞ」

「ふっ――戦闘行動時に戦略を聞くか。――なら教えてやる。国の指導者を殺すのは国を奪うのと同義だからだ」

「国は民のものだっ」

 何度目か分からない剣の火花が散る。オーディーンコクピットの内部、白い内部正面装甲に映る視覚情報を見る。至近距離で立ち会う敵機の胸元が大きく映る。赤い星が二つ連なるそれが誇るような。

「愚かな民衆は偉大なる指導者に導かれてこそ栄華を得られるのだ」

 腕の筋繊維を膨張させて強引にてた剣を押し込んでくる。その両腕には二門のガトリング。

 上空からパラシュートの雨が降る。上空で散開する補給物資に袖下から煙幕を放って撹乱。

「何が偉大なる指導者だ。他人ひとのもん盗んで作ってるだけだろ。自分で物を生み出してない奴に偉そうなことを言う資格はない」

「我々が作り出したものでこのズーサは動いている」

「それは外道だっつってんだよっ」

 オーディーンが龍の爪を起てて横蹴りを入れた。後退してショックを吸収されたが効いた感触はある。それでもズーサは天高く剣を掲げる。

「我々が世界を治めることこそ正義。我らがこの世の中心になればこそ人はより良く生きてゆける」

 敵は嗤う。

「論理が破綻してるぞ。独裁者が」

 ハルトの斬撃を流した敵が反転。ズーサは再び天守閣へ。追うハルト。過酷なGが痛覚に侵入してくる。

「白と赤の機体はどこに隠れている」

 アーヤのことか。

「なぜ執拗に狙う」

「あれは特殊な事例だ。研究対象になる」

「綾乃は実験動物じゃない」

「やはりあの時の女か。必ず手に入れてやる」

 回線が切られた。

 させるかよっ。

 再び高度を下げた敵を追う。滑空する赤星が下を撃った。過剰に投下された弾倉が爆発。轟音と衝撃が本丸施設の屋根瓦を撒き散らす。

 飛散する瓦礫と噴煙を掻い潜った先には天守閣が迫っていた。

 堅牢とは言い難い木造楼閣建築の天守閣をインドラが必死に守っている。二体二の空中での格闘はお互いに一機ずつが機能を停止し地に墜ちている。赤備えのインドラの槍と肉厚無骨な剣の格闘は間合いが長い槍が剣を制した。

 敵機の行動不能を確認することなくインドラは天守を振り返る。蟲の脚を残したヘビトンボ型が天守側面に取り付いていく。

 次々と天守に取り付くヘビトンボの背中。本丸に上がって来たアバターシュ・アントナーラが制御不能になったらしい右手を重力に預けたまま、剣を逆手に持った左手を振るう。しかし長い体躯の機体は離れようとはしない。オーブに加勢し槍を繰り出すインドラとミサポーtト機に騎乗しロングソードを振るうGK-03。

 壁一面に取り付いたヘビトンボから排出された可燃性の液体が壁を伝っていく。

 赤星のズーサが両腕のガトリングから炸裂弾を撃った。敵機を巻き込んで天守閣に火の手が上る。

 仲間に向かって撃つのかよ。

 のたくう蟲の飛甲機。長い姿態がパイロットを乗せたまま誘爆を始めた。

 またたく間に伸びる炎が天を衝く。傾斜を始めた天守閣の最上階。読経を続ける緋色の法衣を着た僧侶が炎の中に消えていった。


 キラナ本山陥落。


 天守閣から逃れた一機のヘビトンボ型が本丸に液体を撒き散らす。赤星のたった一発が火の手を上げる。弾倉が撒き散らされた本丸の地面をえぐる爆音の連鎖。その隙に上空に消える敵。

 見事な引き際だった。

 天守から離脱したのは赤星を乗せた一機のみ。戦闘機を捨て駒にしての逃走。

 マサルの隊が人型を抑えている隙に抜け出た航空機と合流しての逃走劇になった。追う友軍。しかし残弾のない機体も多い。新手のヘビトンボ型が街の上空から可燃性の毒を撒き、追随する戦闘機が焼夷弾を投下してゆく。門前の街に爆炎が上がった。それを合図に首都のあちこちから立ち登る火煙ひけむり


 キラナ本山と首都が炎に包まれてゆく。

 

 敵機は爆発物やガス管と可燃性物質を闇雲に投下しながらニンディタ方面に消えて行った。

 上空で炎上する街を見下ろすハルト、カッツェのサジウス、カナブン型に騎乗したGK-03が合流した。インドラとアントナーラ、胤月のヴァハールが空中で静止した。

 呆然とするアバターシュ隊。そこに毅然とした声が届いた。

『まだよ。まだ終わってない。火は消せます』

 綾乃の声だった。

 アバターシュの目を通じて視覚を遠距離に合わせる。街の中央広場にアーヤとサジウス、それを警護する航空隊の姿が見えた。

 降下するとすぐさま、綾乃が胤月に駆け寄った。

「お坊さんを集めて下さい。雨を呼んでもらいます」

 そう伝えた広場の中心には、正装の巫女装束に身を包んだ稲穂、琴音、源九郎が儀式に使う大麻おおぬさや神楽鈴を持って立っていた。神事を行う銀髪の狐人きつねびとの姿がそこにあった。

 綾乃の意図を理解した胤月が指示を出す。自らも飛び、焚哉もカナブン型を駆って寺から僧侶を連れに出た。

 その間にも儀式の準備は進む。広場中央に〆縄が大きな円を描いて聖域を創り出す、中心に篝火かがりびが炊かれ、あの世とこの世を繋ぐ円形に沿って白磁に立てられたさかきの枝が置かれてゆく。

 小雪の舞う寒空の下、上掛けを脱いでも背中を丸めることなく毅然とした稲穂が聖域に入って行く。キツネ化粧の巫女装束が舞を始める中、僧侶達が〆縄の内側に座禅を組んで円を描いてゆく。僧侶の円が繋がると稲穂の舞に琴音と源九郎が加わった。三人の舞になってからも僧侶の数は増えてゆく。円の密度は濃くなり続け読経が大きくなってゆく。焚哉が読経に加わると、胤月が輪に入る前にハルトに声を掛けた。

「ハルトちゃんの隊は街の人に『大雨が降るから動揺しないで対処して』と伝えてまわってちょうだい。言えば分かるわ」


 ハルトが受け持ちの地区にオーディンを降ろし、町中を歩いて胤月の言葉を伝えて回っていると、風呂敷に包んだ荷物を首から下げた人々や大八車を引いて道に出た家族が空を見上げた。

 黒く重い雲が生温かい風と共に湧いてくる。

 ポツリ、天から雫が落ちてきた。それは大粒の雨となり、いつしか力強い水の線になった。

 あちこちから鳴り響いていた半鐘が消え、ザー、音が潰れたノイズがキラナの首都を包み込んだ。

 手を叩いて喜ぶ町人達を押し分けながらアバターシュに戻って広場に飛んだ。

 

 広場では読経と舞が続いていた。

 中央の篝火が稲穂の舞に照応して炎を伸び縮みさせては燃えている。

 周囲で冷たい雨に晒される僧侶たち。その瞑目した顔に表情はない。読経を雨の音だけが鳴っている。

 上空から後部座席に僧侶を乗せた観測機が降りて来た。読経を続ける胤月に耳打ちがされると、胤月の調べに合わせて経がやんだ。カイラが差す番傘の下で巫女服スーツの綾乃が儀式を見つめている。

 聖域では大麻から神楽鈴に持ち替えられ、緩やかな舞になった。

 隣に寄ったハルトに綾乃はジッと儀式を見つめながら言う。

「今、神様に感謝を伝えてるんだと思うわ。最後に神界と繋げた道を閉じて終わるの――亡くなったお母さんに負けない。って言ってたわよ。稲穂ちゃん」

「そうだったのか……」

 

 シャン。

 ひとつ、鈴の音が鳴って。

 音が消えた。

 

 老齢の族長、琴音が濡れた地面に崩れ落ちた。

 聖域の外で待機していたフィレーネが飛ぶ。担架に乗せられ、運ばれてゆく琴音にフィレーネは光を当て続けている。キツネ化粧の稲穂がハルトと綾乃に近づいて来た。

「汚名返上かしら」

「すごいよ」

「アーヤ様が来てくれたから」

 綾乃と視線を交わすと、ちょこんと頭を下げた雨乞いの巫狐は用意された布椅子に倒れ込んだ。源九郎も肩を借りて歩いて来る。

「二時間くらいしたら止むわ。街の火の力も借りたから、雨脚は変わらないと思う」


 読経の輪に入っていた焚哉が腰を上げハルトと綾乃に近づいて来る。

「綾乃ちゃん、ありがとう」

「本山に行きましょう。まだ間に合う人がいるかもしれないのしょう」

「そうだね」


 胤月もマツスガ基地所属のアバターッシュ隊に協力を願った。崩壊した建物から生き残った人々を救出するのに人型が必要だと。機体の腕の過負荷に耐えきれず自身の腕の骨にも異常をきたしたオーブと敵機を追撃しているマサルの隊を除いてカスタム型アバターシュは本山へ移動、量産型は町中の人命救助を担当することになり、インドラ、オーディーン、アーヤノルンで本山に向かった。


 本山本丸階層の敷地では、天守は無論、小天守こてんしゅ月見櫓つきみやぐらに櫓門と、全ての建物が全焼、倒壊していた。木の葉一枚落ちていなかった敷地も見る影がない。はいたる所に撒かれた予備弾倉の誘爆痕と瓦礫で埋まり、歴史と伝統を湛えた天守閣は灰燼に帰し、瓦礫の山からはまだ白煙が上がっている。

 インドラが炭になった柱の踏んで中に入る。瓦礫の下から出てきた遺体を二の丸から上がってきた僧兵が白布に包んで運び出してゆく。

 天守に生存者はなく「三百人は居たはずだ」という本丸全体の生存者はわずか十三名。その誰しもが胤月の癒やしの力をもってしても命を繋げられるは分からない状態だった。

「タクヤルちゃん」

 雨が上がった本丸の地面に並ぶ遺体の一つを見下ろす胤月が焚哉を呼んだ。黒焦げた遺体の手首には大僧正の石の数珠が残っていた。

 ハルトと綾乃も黙祷を捧げる。

「タクヤルちゃん、いえ、タクヤル様。この国を導いて頂けませんか。生き残った本山の僧とキラナをまとめられるのはあなたしかいません」

「そうだね。――いいよ。僕がこの国の代表になろう。不幸中の幸いだけど町の被害は大きく無い。いちから出直そう」


 焚哉は焼け残った二の丸の御堂を本部に据え、怪我人や火傷をした僧の治療を行う体制を作り始めた。

 その中で、声高に。

「私がこの国、キラナを導く」

 焚哉の宣言が伝わった瞬間、その一瞬だけは生き残った僧達に活気が戻ったかのように見えた。ハルトも煤だらけになって遺体を運ぶ。雨が上がっても空は重いままだった。

 帰還命令を受けたハルトと綾乃はマツスガ基地へ帰還した。


 後日、厳粛な空気の中で戦死者の葬儀が取り行われた。

 ハルトが遺体のないユージンの花輪の前に立ち、敬礼を捧げ、花束をそなえる。

 マサルが花輪となった部下に敬礼を捧げている。

 ハルトにはユージンを失った現実感がいつまでもなかった。

 葬儀を終えてからゆっくりと、喪失感が湧いてきた。


 それ以降は時折小競り合いが起こる程度だった。戦闘機とペアを組んだ哨戒機が国境を越えて大型砲敷設の兆候を事前に捉え、爆撃隊が出撃する。重い砲塔を運ぶ荷馬車の歩みは遅い。河川敷に到着する前に叩き続けると敷設を試みること自体が少なくなった。

 アバターシュ隊は戦力の補充が行われ、一時的に予備戦力の機体が配属されたが機動部隊の主な任務は次第に武器弾薬兵糧等を輸送する兵站へいたん線の安全確保に移っていった。それに伴い綾乃の隊は珠絵の配属先であるイセハマ駐屯地に異動。フィレーネもついていった。

 残ったアバターシュ隊二個小隊と新規に配属された第三小隊はサポート機からの弾薬補給体制を見直し、サジウスも投下型への改修に入った。改修自体はそう時間は掛からなかったのだが、新たにサポート機能を担うことになった戦闘機との連携訓練には時間をかけねばならなかった。


 キラナに駐屯するアバターシュ隊の第二から第四小隊の隊長機が標準仕様のカスタム型に置き換えられ、ハルト、綾乃に連邦軍本部への異動命令が出たのは冬の厳しさが緩み始めた頃だった。

 マサルはキラナ方面連合軍アバターシュ隊隊長として18機を指揮する大隊長となる。


 ハルトがマツスガ基地を後にして暫くしてから通信が入った。オーディーン、サジウス間の閉鎖回線だ。

「なぁ、ハルト。アリシアさんを綾乃ちゃんに紹介しなくてよかったのか?」

「いや、タイミングを逃したっていうか、わざわざ会う必要もないんじゃないかっていうか……」

「それ、本人に聞いたのか?」

「いや、どっちにも話してない」

「そうか……」

 煮え切らない話はそこで途切れた。


 同じ頃、イセハマ駐屯地でも異動が始まっていた。

「タマエちゃーん、そろそろ時間よ」

「もうそんな時間ですか。すぐ行きますよ。綾乃っち」

 高射砲装備のカニちゃん軍団との別れを惜しむ珠絵が立ち上がる。

 巨大な倉庫に見える飼育小屋から出ると駐屯地を離陸したカナブン型が高度を上げていた。

「あれに乗ってる人達が新しい戦車の操縦士さんになるのよね」

「そうですね。王都の技師が反動を吸収する砲塔を作ってくれたんで。私はアイデアを出しただけですど。これで大口径の戦車らしい戦車が生まれます。綾乃っちも計算を手伝ってくれてありがとうでした。――そういえば()()()()は解けましたか?」

 珠絵はルドラクシア神殿の中心、アカシックレードにあった数式のことを言っている。

「考えれば考えるほど分からなくなるのよね。何なのかしらこれ」

 綾乃は常に持ち歩いているメモ帳を出して見入る。付箋が入ったページを綾乃が開くのは見慣れた光景だ。そのページには数字の列と記号しかない。地下で書き写した二つ数列から下は綾乃が考えるときに書き込んだ数式で埋まっている。しかしその全てに取り消し線が入っていた。

『38.63.16.41.74.27.52.85=30.63.16.41.74.27.52.05=30

 30×7>0』

「30×7>0はいいとして、上段の前二つは四文字で区切ると冒頭と末尾が必ず同数になるのだけれど……」

 いつものように考え込む綾乃。

「お互い大変ですねぇ」

 珠絵は、私にはわっかりません、という仕草で両手を肩まで上げてみせる。

「タマちゃんだって人材確保からなんて大変だったでしょう」

 戦車隊の操縦士は珠絵がカニ使いを説得して集めているのだ。

「死んじゃうかもしれませんよ? って正直に言ったんですけどね。本山襲撃で家族や親戚が亡くなった人もいて……力になれることがあるならやる、って言ってくれて。それに出島の荷捌にさばき場にはパワードワークマン倉庫型を入れてもらいましたからジュリアンさんも困らないです」

 二人が歩みを進める渡り廊下に水上軍の士官服を着た女性が待っていた。

「アリシア、見送りはいいって言ったのに」

「また会えるとうれしいわ。珠絵さん、綾乃さん」

 二人と握手を交わしたアリシアは「お守りに」と、真珠貝を磨き込んだブローチを残して行った。

「ほんとよく似てますよね、綾乃っちと」

「そうね。本当に」

「綾乃っちとアリシアはノーラとノエルみたいなもんですからね」

「でも、ハルトくんからちゃんと紹介して欲しかったな」

「――ほんとしょうがないですよね。あの鈍感男は」

「タマちゃんって言いたいことをはっきり言うわよね」すっかり珠絵と打ち解けている綾乃の言葉尻は軽い。

「でも嫌いじゃないんでしょ? トモダチっぽくて」

「まぁ、そうなんだけど。羨ましいなっていうか……」

「でも苦労もするのですよ。前の世界じゃボッチだったし。あ、それは綾乃っちもそうか」

「うるさいわよ」

 言いながらも綾乃の顔は笑っている。笑みを潜めた珠絵が言った。

「今回の帰還命令はノーラのお膳立てなんでしょ。何があるんですかね? 先輩だけ呼び戻せば有利なのに。恋愛レースとしては」

「……あなたって本当に……」

「いいじゃないですか。みんな分かってるんだし。綾乃っちも頑張るのですよ? 私は撃つ人生を突き進むことに決めましたから」

「カニちゃんもでしょ」

「そうでした。てへへ」


 イセハマ駐屯地カスタムアバターシュの格納庫には、カイラのサジウスの前に人だかりが出来ていた。

「隊長! お世話になりました!」

 もと荷捌き人足の戦車隊の男達が珠絵の見送りに集まっていたのだ。珠絵は独りでこなすのだが、砲手を軍人が務め架台操縦をコトヒラ蟹と意思疎通が出来る人間が担う戦車隊も絆が深い。今回の再編でペアの組み直しになる兵も多い中、戦車隊は珠絵の異動を寂しがった。

「みんな生き残ってよかったですよ? それにまた来ます。ここのカニちゃん達もかわいいんで」

「さすがは蟹使いの神様だ」

 胴上げされた珠絵が床に足をつけると「行ってらっしゃい」男どもの姿勢を正した敬礼。無言の返礼を終えた珠絵がサジウスに乗り込む。綾乃とフィレーネが乗り込んだアーヤのコクピットハッチが閉まりサジウスに騎乗した。

「アヤノ様、タマエ隊長、いいですか?」

 珠絵を横に乗せたカイラがサジウスを浮上させた。


キラナ陥落。

焚哉が代表に就任したキラナ防衛線からの帰還。

グランノルン本土防衛の任に就くハルト。

次回 「何のために」

明日の投稿になります。

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