支配の仕方
鱗雲を浮かべるグランノルンの空に、渡り鳥が作るようなV字編隊が舞っている。紺とグレーのアバターシュを乗せたサジウスを先頭に飛甲機の編隊が西の空に進む。
V字での編隊飛行は現実的に後続の機体の燃費効率を上げていた。気流の関係らしい。しかし事実があるだけでメカニズムはまだ解明されていない。
けど経験則というのは意外に馬鹿にできない。
職人として経験を積んでいるハルトはそう思う。現場を肌で感じるパイロットの意見をキザイアもしっかりと汲み取り、編隊飛行訓練の成果が現れていた。
「そろそろ第一目的地上空だ。小隊編隊に分離する」
オーブから僚機への指示に、オーディーンとアーヤノルンの前方、指揮官機に続くそれぞれ二機の戦闘機が速度を落としカッツェとカイラのサジウスの後方についた。先頭集団の後方に出来た二つのV字がお互いに距離を寄せてつつ速度を上げる。三つのV字が三角形を織りなし寸分たがわぬ距離を保ったまま編隊が飛行していく。
「すごいわね。ここから見ていても綺麗な動きなのが分かったわ」
『我々飛甲機のパイロットは手足を動かしたりと複雑な動きは求められませんから。その分正確な挙動に集中できます』
謙遜するカイラだが、サジウスのパイロットに選ばれたということはパイロットの中でもエリートなのだ。アバターシュのサポート機であるサジウスを操るにはアバターシュが乗騎中か否かの荷重変動に即時対応し、冷却ライフルや火炎放射機を腹に抱えた全長の長い機体を対流する大気の中で扱う技術が必要になる。飛甲機開発の極初期には既にハルトの側にいたユージンと編隊を組んでいるのは相当な努力を重ねてきた証だ。女性でも能力があれば登用するオーブのお陰だと彼女は言うが、それでも男所帯の騎士団の中で女性が頭角を表すのは並大抵ではない。過酷な飛行訓練で体を酷使する中で、いつアバターシュの武装の知識を覚えているか不思議なくらいだ。
ハルトはカイラが綾乃のサポート機のパイロットに就任したことに密かに安堵していた。
カイラにしてみれば飛甲機よりも一段上のアバターシュのパイロットを務める同姓のアヤノは憧れでもある。単なる上官以上の敬意を払うのも当然だった。
ハルトは視界にARコンソールを出してアバターシュ間の通信回線を視点制御のアイコンタクトで開いた。
「綾乃、心の準備はいい?」
『戦闘になるかもしれないってことよね?』
「それもあるけど。――人の遺体を見ることになるかもしれない」
『そうね……戦場ですものね……』
「アヤノ、ショックを受けるかもしれんが、まだ救える者は救う。そのために施術師を複座に乗せてきている。戦場ではこれからを見るんだ」
「分かりました」
要請を受けてから迅速に対応したとはいえ、辺境の街から領地の首都に伝令が走るタイムラグもある。アントナーラは主要都市やロダのような重要拠点に通信設備を置いたがハシュタでは敷設が遅れている。約一日おいての到着になった。
地上戦が行われたと思わる中央広場には地元警護団が使ったとおぼしき武器や武器になる農具が散らばっているだけだった。焼き討ちをされた家も見当たらない。その代わりに農家の家々からイーシャの軍服を着た男たちが空を見上げていた。
「どういうことだ?」
不審に思ったオーブが戦場を一回りし、近隣の森に戦闘が移動した痕跡を認めて森の中に偵察機を出した。二組のペアの戦闘機が森の中に入って行った。
しばらくして通信が入った。
『森の中で遺体を発見しました。どうやら敵は警護団と住民を森の中に誘い込み、一箇所にまとめて毒を放ったようです。住民の男性の数と匹敵する遺体の量です』
「民間人を狙ったのか。外道がっ!」
「生存者は確認できません。どうしましょう?」
「合流して次の街に向かうぞ」
次の街も似たような状況だった。農家の家々に敵の軍属が散っているだけだった。しかし、とある畑の中に、積み上げられた遺体の山があった。
男性と子供、年老いた女性の遺体が作る山。
コクピットを降りたハルトは綾乃に「なるべく見ない方がいい」と伝えながら近づく。
人だったものが積み上げられている。見せしめのように。無価値なものとして。無造作に。食卓に登る家畜に払われる敬意すら払われない人だった物の山。舞い踊る蝿の微かな葬送曲だけが収穫の終わった大地を騒がしている。
胃から酸っぱいものせり上がってくる。それを堪え、これ以上の戦闘が起こりそうにないことを確認して次の街に降りた。
やはり収穫の終わった麦畑。そこも同じ状況だった。
「騎士道もくそもないな」
冷たい風がカッツェの言葉を拐ってゆく。
この世界の戦とは騎士と騎士が誇りを賭けて戦い、民間人を巻き込む作戦を建てるのは外道畜生だとされている。「騎士様が負けたのだから」敗戦した住民が新たな支配者に屈することで農地と食料生産を担う人命は保障されてきた。無論農民も武器を持って戦うことはある。しかしその場合は軍属とみなされることを覚悟して出る。年端も行かない子供や年老いた女性が戦いに出たとは思えない。
「まるで動物ね……」
凄惨な状景に正気を失いそうな自分を嗤うように。冷たい声で綾乃がいう。
「確かに畜生の所業だな」
「いいえオーブ。そうではなくて……動物としてはあり得る行動だということです。自然界では一夫一妻の方がめずらしくて、ハーレムを形成する動物は新たなオスがリーダーになると周囲のオスとその集団の子供を全て殺します。自分の子供を作れる若いメスだけを残して。殺します」
「ちょっと待って、ということは」
信じられない、と暗に伝えるハルトはその先を考えたくもなかった。
「最初の街の、軍人がいた家にも若い女性しかいないでしょうね」
綾乃の理解。受け入れ難い現実の仮説。それは第一の街の上空に再び達すると証明された。家々の外に子供の遺体が転がっている。
「元の住民の女性がいるなら攻撃を掛けるわけにもいかない。一旦戻ろう」
激昂を抑え込んだオーブの言葉に編隊が帰路についた。
空が硬かった。
テロとも侵略ともつかぬ虐殺がハシュタルで続いた。イーシャは増やし過ぎた人口を逆手に取って新たな支配を強制的に進め、キラナの一部も被害にあった。キラナの女性は自決を選び、反攻作戦が実行され鎮圧された。
ハシュタルの村で見た光景が目に焼き付いて離れないハルトはロダの父ジュノーに手紙を書いた。押さえ切れない自分が行って守りたいという衝動と「もっと大きな視点で捉えろ」と諭すキザイアやオーブの言葉に葛藤しつつ、自分が何をすべきか考え続けた。
ハルトの葛藤を一喝したオーブ・アントナーラはフレーネを連れて妖精の森に向かう。妖精たちの支持を取り付けたオーブは妖精にアントナーラの村々にも散ってもらい、緊急事態発生時に光を立ててもらう体制を整えると同時に、不眠不休の監視体制を首都に敷いた。次第にキラナ、そして他の領地にも妖精が派遣されて行った。「妖精をノルン様の使いとして崇めよ」王からの直喩が出た妖精たちは、極上の蜜を与えられ優雅に各地の村で過ごすようになった。
妖精族が絶滅の危機に瀕していた折に我が身を削って守ったオーブの人望によって妖精が各領地の主要街や村にまで配置されていった。それと共に挑発に乗らないよう住民に指示が徹底されるにつれ、侵略という名の虐殺を未然に防ぐ成功率は上がっていった。
それと入れ替わるようにして、防空網を掻い潜った敵飛甲機が王都に姿を表すようになった。
フガス弾や焼夷弾を腹に抱えた飛甲機が王宮上空を飛び交う中、甲羅の上に高射砲を装備した有生多脚戦車が王宮内を闊歩し、指揮を取る珠絵自身が撃ちまくる。オプシディアで鉱脈が発見されてた火薬の残量を心配する必要はない。しかしハルトと珠絵の間には完全な溝ができている。二人の関係は冷え切ってしまっていた。それを振り払うように珠絵は撃つ。
「落ちろっ! 堕ちろっ!」
延焼機能性爆弾を投下し終えた高速型が機銃で狙ってくる。敵も戦闘機に装着する遠距離武装を実戦投入している。珠絵が防空壕に戦車を滑り込ませると、弾倉を抱えた整備兵がハンガーから駆け降りてマガジンの交換に入る。
「これ以上侵入させてはダメなのです。飛甲機の開発工房にナパームを落としてくれた落とし前をつけてやる」
勇んだ珠絵が外に出るとオーディーンの姿が上空にあった。
「先輩、邪魔です! 撃てません!」
珠絵のインカムに入ってきたのは「キザイア様から命令が出ている。こいつはエースだ。赤い星が二つあるパーソナルマーク。こいつだけは外に出す」事務的に伝えるハルトの声だった。
マサルとマティスの黒いアバターシュも防空圏から戻ってきた。グランノルンの戦闘機及びアバターシュ隊は後続の侵入阻止に王宮を離れている。分厚い防空戦域を抜けてきたパイロットの力量は珠絵も十分理解している。
防空壕に戻った珠絵は、青い甲羅の上にヘルメットとインカムを叩きつけて戦車を降りた。
綾乃のアバターシュ、白に赤ラインの機体、アーヤノルンも単独で王宮上空に還ってきた。
綾乃、わざわざ戻ってきたのか。また狙われるぞ。
赤星の高速型はアーヤノルンが神気を使うアバターシュだと知れてから執拗につけ狙う。一度アーヤの胸に取り付いて、神経毒を注入してコクピットをこじ開けようとしてからハルトは綾乃に「できるだけ奴の前には出ないで欲しい」と頼んでいるのだが「私にだってできることはある」と綾乃は聞き入れない。
オーディーンのガトリングを掻い潜り、高速型がアーヤに向かった。
「くっそ!」
急旋回するオーディーンの先で綾乃が「今よ、マサルくん」言うと同時。敵機側面から走る火線。上昇してオーレイの射線をかわした敵機がアーヤの頭上を越えて上空に消えた。
「あいつ速いな。射線を予測してやがる」
悔しがるマサルに綾乃は「次の機会を狙いましょう」と言い残し、王宮の外に向かって再びアーヤを飛ばす。敵機を排除した王宮の上空を離脱。再び防空戦域に合流し、敵機の撤退を確認してハルト達が基地に戻ったのは日が暮れてからだった。
「お疲れー」
「おおう」
マサルがノーラに返すのを素通りしてハルトはブリーフィングルームを越えて自分の控室への廊下を歩く。
ハルトは完全に空回っていた。綾乃を大切に思えば思うほど距離が広がっていく。女性のパートナーをすげ替える悪辣な敵。敵への憎悪と綾乃を失かもしれないという恐怖に取り憑かれている。しかし端から見れば丸分かりなことが本人には理解できていない。
格納庫にほど近い個室に入ったハルトは壁を殴り、脱いだパイロットスーツをランドリーボックスに投げ入れて簡易ベッドに腰を降ろした。
「俺はここまできて綾乃を守れないのか? 逆に守ってもらってる状態じゃねーか」
王宮上空を離れ、後続機の侵入阻止に応った空域での戦闘を思い出す。大型の爆弾を捨てようとしない二機目を空中で撃破した瞬間だった。「ハルトくんっ!、後ろっ!」綾乃の声に急上昇をかけた。振り返って確認する余裕はない。後部カメラからの視覚映像を確認することもなく、左右どちらから狙われているか分からない状態で一番回避率が高い方法を訓練で染み付いた無意識が取った。急上昇と同時に開いた足爪の下で自爆した敵機の風圧に姿勢を崩したオーディーンに二方面から火線が伸びた。二十ミリ機関砲の炸裂弾を大量に浴びればアバターシュの装甲はもたない。片方の射線が消えた。それで何とか躱すことができた。後方でアーヤノルンが神気の弓だけを持って空中に佇んでいた。「ハルト、お前らしくない。気をつけろ」マサルが援護に入って体制を立て直し、何とか防衛戦を終えたのだった。
一度落ち着いて反省し、部屋を出て綾乃とマサルに感謝を伝えるべきだと思った。しかし。それが出来ないまま。食事も取らずベッドに倒れ込んで寝てしまっていた。
その頃、アバターシュ隊のブリーフィングルームにほど近い、学園関係者しか入れない一室に綾乃とマサル、ノーラとソフィーの姿があった。
敵機が王宮近辺に現れるようになって学園の時間という悠長なことをしていられなくなり、緊急対応が必要なハルトたちに合わせてノーラが確保した空間だ。住居が遠くなり、アカシックレコードの解析を続けながらもノーラは何とかコミュニケーションを取ろうと奮闘していた。
王城を象徴する白い塔には無骨な対空砲と大型射出矢で覆われ、王族は離宮に居を移している。只でさえ皆との距離が物理的に遠くなる中、心理的には離れたくないとノーラが用意した新教室に集合することが多くなった。しかし珠絵はめったに顔を出さなくなり、今日はハルトの姿もない。
それでもノーラは明るく振る舞い、戦況を聞いたソフィーが熱心にメモを取っている。
「ノーラのおかげで視野が広くなった」というマサルをノーラは褒めた。
「マサルはすぐ熱くなるからね。俺が、じゃなくて全体をだよ」
「そうだな。もうグレースじゃないし小細工はしない。全体の利益を考えられる男になりたい」
「お姉さまはそういう男の子が好きだよ」
「よせやい」
「だってオーレイは王なんでしょ。順当にいったらキザイアお姉さまが王妃になるよ?」
「あら、そうなのマサルくん?」
「いや、領地のことなんかを考えるといろいろあってだな」
「ブー、そういうのはお姉さま的には減てーん」
「そうだよなぁ……」
分かりやすっ、ソフィーがマサルに聞こえない声でつぶやく。綾乃も優しい目でマサルを見ている。
「タマちゃん来ないねぇ……」
新教室前の廊下は戦車隊を構成するカニちゃん飼育場との連絡通路にも接している。地上に戻るにはエレベーターの乗り換えのために必ず前を通る位置にある。しかし敢えてこの部屋を確保したノーラの目論見はあまり機能していない。それでも彼女はめげない。
「それにしても綾乃ちゃんすごいね。今日は七機撃墜でしょ」
「本当は神気を使いたくないんだけれど」
「ありゃしょうがねぇよ。綾乃が援護しなかったらハルトは墜ちてた」
「ハルトぅん、大丈夫かな……」
「今はパイロットだけどスポーツやっててもそういう時期は誰にでもある。俺は信じてるよ」
「そうだよね」
ノーラは何気なくハルトの部屋の方向を見ながらつぶやいた。
地下の飼育場でカニちゃんたちとのコミュニケーションを堪能してから新教室を素通りして、兵装工廠に移動した珠絵は新造弾頭のチェックを始めた。今日使った弾頭は装甲貫通用の炸薬と神経毒を組み合わせたハイブリッドバイオ弾だ。ハロルドの許可を取って珠絵が生産開始を指示したのは完全な炸裂弾。ガトリングや機関砲に装填する二十ミリ弾は初速を考えるとこのサイズが限界なのは分かっている。大口径の弾を撃つにも飛距離を伸ばすにも薬莢の中に炸薬を詰めた薬莢と鉛に近い素材の弾頭が必要だ。火薬はある。珠絵は密かに実験を始め調合を調整してゆく。
「これならば」
珠絵は封印してあった資料を引き出しから取り出し眺める。
それから徐ろに立ち上がってキザイアの執務室に向かった。
身に染み入るような寒さが日増し厳しくなってゆく。
ガラスの螺旋に囲まれた白い王城にそびえる第二の搭ではニンディタに潜入中の情報局員からの伝達内容を受け取ったマティアスがキザイアの執務室に入った。ニンディタの首都ソマルにイーシャが大量の兵を進め、飛甲機駐屯基地の整地を終えたとキザイアに報告がなされた。本格的な侵攻作戦の兆候を掴んだキザイアはキラナに完成した前線基地への戦力移動を命じた。
常識が変わってゆく世界。
ハルトの環境も移り変わって行きます。
次回 「前線基地」
明日17時の投稿です。




