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甲殻の翼  作者: 月弓 陽
セントラル編
135/148

戦時体制

 セントラルから帰投した翌朝。

 ラフィーを除いた合宿参加者が教室に集合している。

 学園開催時間は午後なのである意味異常な光景である。合宿の総括というよりもキザイアからの招集といった方が的確だろう。転移者との率直な会談をキザイアが求めたのだ。

 生徒達も制服ではなく、それぞれの所属に見合った服装。ハルトとマサルは軍の制服で臨んでいる。胤月、焚哉もキラナの正装である法衣を着ての集合となった。

「待たせたな」

 朝食後すぐに、という時間に集合したというのにキザイアは遅れることはなかったのだが、昨夜と同じ服、目の周りにできたクマを隠せていない。常にグランノルン騎士団総長と第二王女の威厳を失わないキザイアのなりふり構わない容姿に事の重大さを認識させられる。心なしか崩れた自慢の金髪縦巻きロールが壇上で揺れた。

「まずはセントラルでの調査・採集ご苦労だった。みなの素晴らしい成果は称賛に値する。竜の骨と数々の貴石の確保、強力な結界術式の資料、どれを取っても勲章ものだ。しかし今日は戦時非常事態という新たな状況について話し合わねばならん。まず経緯から話そう」

 イーシャからの宣戦布告があったとはいっても即時的に侵攻や戦闘が起こっているわけではなかった。宣戦布告の直接の要因はセントラルにおけるハルト達との戦闘を宣戦布告のない奇襲攻撃だとの非難とセットで行われたものだった。

「イーシャはセントラルの領有権を主張している。不法侵入による侵略行為だと非難してきた。だが安心しろ。セントラルが人の地でないのは国際世論の常識だ。しかし国家として喧嘩を売ってきたのだ。はいそうですか、と認めるわけにはいかない」

 開戦を宣言されたことに対して現実的な対応を取る決断をしたとキザイアは語る。マティスが黒板に報告と議題を箇条書きにしてゆく。


1、グランノルン連邦軍の創設

2、各人の所属

3、同盟強化と国際連合軍

4、キラナにおける前線基地の敷設


 議題

1、セントラルからの資材搬出による敵戦力の想定

2、キラナとの連邦水上軍の創設

3、新型弾頭について


「まずはグランノルン連邦軍の設立についてだ。各領地が独自に対応できる範疇を超えた戦闘になる可能性がある。現実的には領地を跨いだ混成部隊として対処することになるのだが現場での混乱を避けねばならん。戦略を練り作戦の実行を下す本部機能を設置し、その下に地域別統合戦闘軍を置いて領域を管理することになる。軍事に関しては統合軍になるということだ」

 戦力の分配は領地の規模と重要性を考慮してになるが、運用は連邦軍本部が掌握するということだった。アバターシュのパイロット任命権も本部が持つ。

「大規模な戦闘になれば各領地に言い分を聞いてどちらに指揮権があるのかをいちいち調整していられなくなる。各領地の首都と本部の間に通信基地をおいて無線で繋ぐ。用語の統一も必要だ。戦略、戦術の意味、戦闘単位の哨戒、機動、などの用語統一もそうだが制空権という言葉もこれから本格的に使われるようになるだろう。ハルトには用語設定についても尽力してもらいたい」

 ハルトが局地戦において便宜上使っていた言葉を公式採用するからまとめろ、ということだ。

「次にここにいる各人の所属だが、焚哉と胤月はいいとして、ハルト、グレースには統合本部に入ってもらう。カッツェ、ノエル、珠絵も正式に軍属とし裁量を与える。ハロルド様は特別顧問として参加して欲しい。そしてアーヤだが、我々に協力する意思はおありかな?」

 ここ結構大事だぞ。

 天使ノルンや神は人の世に直接手を出さない不文律は綾乃も知っている。綾乃の返答を気にするハルトをよそに綾乃は即答した。

「はい。私にできることがあればやりたいと思います。立場を頂けますか」

「よろしく頼む。守りの森所属としてアントナーラからの本部付きという形を取る。ハロルド様の直属という扱いにしよう」

「よろしくお願いしますのう。アヤノ」

「こちらこそ」

 腑抜けた挨拶をかわすハロルドに綾乃は爽やかな笑顔で応じた。

「まぁ、表向きの話しじゃろ?キザイア」

「私にとっては重要なのだ。軍の中でいちいち説明してられん」

「そりゃそうじゃ、かかか」

 にやり、キザイアの焦燥感を緩和させたハロルドをさすがだと思わざるをえない。気を引き締め直したキザイアはイーシャから本格的な侵攻が起こった場合、キラナが最前線になることを告げた。

 焚哉と胤月は理解していることを返し、キザイアはイーシャの逆側に位置するイスガンスと同盟を組み連合軍として挟撃体制を構築することで少しでも脅威度を下げる、と同盟国への配慮を見せた。

「キザイア様、ニンディタはどうなりますか?」

 ハルトの問いにキザイアは苦々しそうな顔をした。

「ニンディタを焦土にするのは簡単だ。奥森での結界敷設体制を把握している。しかしキラナに影響が出るの困るのでな。ニンディタはグランノルンとキラナからの経済援助が途切れれば自滅する。スパイによるキラナとグランノルンの離反工作への対処とテロの警戒が対処の中心になる」 「ということは」

「胤月、続けろ」

「はい、信用状の停止も行うということですね」

「話が早くて助かる」

 ニンディタの通貨には信用がなくキラナの信用状で経済が動いていた。信用状の停止はニンディタの実質的な経済的破綻を意味する。しかしそうなれば大量の難民が流れ込むことになる。それを阻止する意味でもキラナへの増援は必須だとキザイアは考えてる。焚哉と胤月にとっては渡りに船だった。現実的には渡し船の排除になるのだが。

 胤月は「難民を助けてあげても後で逆恨みするし、宣伝工作プロパガンダを展開して破壊工作活動をするから」と今後一切の入国を認めないと言い切った。キラナに忠誠を誓っての帰化も厳格化するという。

 その仕事に専念する為に聖人タクヤルの近衛を辞し政権中枢に戻る決意を、焚哉を含めた皆に伝えた。

 ニンディタに翻弄されて続けて来たハルトはニンディタの行く末を訊く。

「ニンディタはイーシャに併合される、ということになりますかね」

「いや、あんな異常に自尊心が強いだけの面倒な連中をイーシャも欲しがらんだろう。戦闘のクッションに使うだけだろうな」

「なるほど」

 妙に納得したハルトだった。

「報告は以上だ。詳しいことは各セクションで把握と協議をして貰いたい。今度はこちらから聞かせて貰おう」

 キザイアはまずハロルドにセントラルから持ち出された資材について問うた。

 ハロルドはイーシャ、グランノルンがそれぞれ持ち帰った竜の骨と貴石の量から推測される戦力をカスタム・アバターシュに概算して伝える。イーシャは海上で落としたワイバーンの遺体を曳航していったのだ。

「予備パーツをどう共有化するかじゃとか、飛龍の骨をどう扱うにもよるが……グランノルン15から20機、イーシャは40から50機といったところですかな。あくまで概算ですじゃが」

「船を出さなかったのが痛いな」

「じゃが既に稼働しとるアバターシュが7機ある。それに量産型が戦力に加わるようになればトントンかの。量産型はいくらでも作れる。時間が経たてば数としては有利にはなる。それまではパイロットの練度で優位性を保つのが賢明じゃろうな」

「量産型の製造体制構築が急務ということになるな。しかし飛甲機に関しては物量で負ける。多分な」

「イーシャの方が国土の大きさからみて資源的にも有利ですな。人材も掃いて捨てる程いる上に使い潰してくるじゃろうし」

 重い空気が漂う。これまでの延長線上での予想戦力比較が進む中、ノエルが別の可能性を示唆した。

「貴石に関してはイーシャの方が大きいものを持っていっています。なにか途方ものない物を作る可能性はあります」

「そこはそう心配しておらん。せいぜいアバターシュを作ってくるのがいいとこだろう。オリジナルを作り出してくるほど技術力は高くない。今の政権に都合の悪い書籍を焼き尽くし知識人も撲滅に近いところまで粛清したからな。しかしあの民族はたまに大きな発明をするのだ。新しい弾薬とかな。その話をする前に、ハロルド、制海権は問題ないか」

「取り合えずは大丈夫じゃろう。じゃがジェット推進の船もそのうち漏れるぞ。人に口に戸は立てられん、じゃったか、ハルト」

「それで合ってますよ。船もいずれは同じものが出てくるでしょうね。飛甲機だって作れたわけだし。それと果てなき泉の制空権を取るなら……」

「何だ」

「航空母艦がいるかも」

「どういうものだそれは」

「飛甲機の基地を船にしてうみに出すって言えば分かりやすいでしょうか」

「はぁっ…………途方もないことを考えるのだな。異世界の人間は」

「現実にあったんで」

「……そうなのか……」

 滑走路がいらないんだから甲板を駐機スペースにして整備施設を階下に置けばいい。実現不可能でもないかも。空母ができたら飛龍って名前にして貰おう。赤城さんと加賀さんには悪いけど。

「しかしそれは金がかかりそうだな……」

 頭を抱えたキザイアが復活すると今度は珠絵に顔を向けた。待ってましたとばかりに珠絵はイーシャが使った炸裂弾の構造予想図が書かれたノートを「予想ですが」と言いながら見せに立つ。

「射出は圧縮空気ですけど、中身はガスではありませんね。火薬を使ってるのだと思うのですよ。信管は簡単な魔道具で作れるんで、あとは火薬があれば作れますよ?」

 終末時計が、って話をセントラルでしたばっかなのに……。やっぱ避けて通れない道なのかな。

「グレース」

「はい」

 マサルは神妙な面持ちで席を立つ。

「燐屈を掘ろう。専用のパワードワークマンを回す。補助金を付けてな」

 謝意と尊念を込めた敬礼。領民に仕事を与えられる安堵を浮かべたマサルはキザイアへ熱い視線を送る。

 マサルを着席させたキザイアは珠絵も席に戻らせて皆を向いた。

「オプシディスでは赤色極楽蝶せきしょくごくらくちょうという羽から火を放つ蝶の化石が出たことがある。燐粉は活きていた。鉱脈があるはずだ。パワードワークマンに期待しよう」

「それまでは硝石をつくましょう。肥溜めやおトイレから材料を調達することになりますけど、炭はあるし硫黄を採取すれば出来ます。やってみせます!」

 席に戻っても俄然と火薬製造を推し続ける珠絵の勢いは止まらない。

「その研究チームには入りたくないわね……」

「臭そう……」

 女子には大不評だった。

 焼きトンボのデカイのとかいないかな? うーん、終末時計が気になる。まだ言うのは止めとこう。それに生きてる蟲を使うのは禁忌だし。マサルの領地で出たり、珠絵がやるならしょうがない。不可抗力だ。俺は俺のやり方で対抗しよう。

「キザイア様、炸裂弾だけが解決策ではないと思います。飛甲機とアバターシュは生物的機能、簡単に言うと蟲や竜の筋繊維で動いてます。だからバイオ弾、つまり毒性のあるものを内部に入れられれば飛甲機とアバターシュは堕ちます。俺はその方がいいと思います」

「先輩は炸裂弾や薬莢を実用化するのに反対なんですか? 敵が火薬を持ってるっていうのに?」

「できるだけ過激なものをこの世界に持ち込むのは控えた方がいい」

「――そんな……」

 珠絵は抗議を繰り返した。それでもハルトは火薬式射出武器の実用化に反対した。

「まぁまぁ、どっちにしろ火薬とかいう物はすぐには大量に用意は出来ん、まずは蟲の殻を破って薬剤が届く弾を作ればええ。差し当たっての脅威は敵の飛甲機じゃ」

「うむ、長期的な視点を持ちつつ、早急な対処をお願いしたい。ハロルド様よろしくお願いします」

「まったく、おもりをしながら作らねばんらんとはな。珠絵、取り合えずやるぞ。研究が禁じられたわけでもあるまいて」

「……はい……」

 意気消沈し、悔し涙を浮かべる珠絵をあやすように声をかけたハロルドが皆を見回す。

「現実的な対処もせねばならんが、神殿から得られた言葉や数列の解読も大切じゃ。もちろん結界の解析もな。奥森の結界が強固になればその分人との戦いに戦力をまわせる。ノーラ、ノエル、綾乃、頼んだぞ」

「はい」

「キザイア様、お願いがあるんじゃが、この教室を常に開放してもらえんじゃろうか? これからはもっと綿密に話し合う時間が生徒達には必要じゃ」

「いいでしょう。古文書など希少図書の持ち込みも許可する。食事もここで取れるように計らおう」

「やった、給食だ。タマちゃん、みんなで一緒に食べようね」

「分かりましたよ。前世ではボッチでしたから少しは進歩しましたかね」

「みんなもできるだけ来てね。制服は授業の時だけでいいから。みんなで協力しよーよ」

 しかし珠絵はいつまでも拗ね続けていた。


 連邦軍本部が王宮内に置かれた。王宮と軍本部は長期的には分離する計画だが差し当たって同時に防衛するメリットが優先されたのだ。組織の再編と共に大掛かりな王宮改修計画が実行に移された。洞窟を整地し飛甲機とアバターシュの格納庫を地下に移す計画優先されたのは空爆を予想してのことだ。またキラナ水上軍との共同運用を前提に軍港が整備され、駆逐艦と呼ばれることになった大型クルーザークラスのジェット推進船の他に大型艦の建造計画が立った。

 まだしばらくは敵の水上戦力は帆船のみだ。主要航路に配備された足の速い駆逐艦の存在は水上戦の勃発自体を牽制し大量の兵の運搬を阻止した。小型のジェット船はキラナとニンディタを隔てる河川での国境警備でも活躍し、新たな船が進水式を終えては果てなき泉に船体を浮かべて行った。大型飛甲機による輸送という新たな運搬手段は奥森に横たわる蟲の殻を延々とグランノルンとキラナに運び、硬く軽い素材が特需に湧く職人たちの手で艦船の船側や防空設備の盾となってゆく。

「新たな船を生み出せ」自国の利益を差し置いて密かにハロルドをキラナに出したキザイアの先見の明が活きていた。

 戦略上最も簡単な歩兵の大量移動はキラナとニンディタを隔てる河川を渡ることになる。キラナ河口部干潟上空も含めて哨戒機が空白を作らないローテーションで飛んだ。キラナとの信頼関係は揺らぐことなく同盟連合軍として大きな役割を果たすようになり、政治体制は違っても切っても切れないパートナーとなった。その証にアバターシュインドラがキラナ本山に寄贈された。


 宣戦布告からしばらく経っても大規模な戦闘は起こらなかった。それはグランノルンから攻勢に出なかったことにも一因がある。カスタム、量産型を問わずアバターシュと航空戦力を整えることに専念しつつ、グランノルンが力を注いだのはルドラクシアの神殿の結界の解析だった。外周の黒曜石の壁に埋め込まれた貴石の配置が蟲の結界にも有効なのが確認されエレオノーラから王と王妃に報告がなされた。遺跡と遺跡を繋ぐように結界を発生させていたのは各遺跡の地下の最奥に巧妙に秘匿されている貴石だと王と王妃は厳格な箝口体制を敷いた上でノーラに告げた。どの遺跡にもある結界を制御する部屋は操作盤だったのだ。遺跡は赤を中心に八色の貴石のどれかを抱いていた。配色の順番を整えると興奮した蟲でさえ結界を抜けることが困難になり防衛体制の大幅な変更に繋がった。

 グランノルン界隈の遺跡ごとの貴石の配置がどのようになっていたのが漏れるようならばどんな情報も漏れるだろう。王と王妃だけがそれを知る権利を有していたのだから。セントラル合宿を行った人間には固く箝口令が敷かれ、この件で学園参加者は意図せずして王と王妃に匹敵する重要人物となったのだった。

 しかしそれはノーラにとって喜ばしいことではなかった。

 存在感が増した第三王女として、世界の行く末を知る可能性を秘めたアカシックレコードの情報を解析する厳命を受け、公の場どころか学園に姿を現すことも困難になっていた。王族のが城の塔から離宮に転居ことも大きい。


 そんなノーラの想いを知ってから知らずか、ハルトとは日常を忙しく過ごしている。夏を終えたというのに特に変化を感じることなく。

 軍事用語の統一も常業務の延長線上でしかなかった。マティアスとの書類のやり取りで作成され、多忙なキザイアが承認する形が取られたからだ。

 ハルトが変化を感じたのは、アターシュ隊の部隊編制の変化だ。

 配属になったアバターシュ第二小隊には綾乃の他に見知った顔があった。

 王宮内の連邦軍本部にオーブ・アントナーラが赴任して来たのだ。アントナーラ以外の領地は騎士団副団長クラスが王宮住まいになったのだから領主が領地を離れたアントンーラが例外なのだが。 

 オーブはアバターシュ開発の中心人物がハルトとノエル、ハロルドというアントナーラに属する人間だということ、飛甲機生産の収益を王都に移譲してきた貸しを使ってアバターシュのアントナーラ陣営への早期配備をもぎ取っていた。珠絵が武装開発とカニちゃんに夢中なのもあり、飛甲機生産の功績に加えてパイロットとしても優秀かつ実戦経験豊富な上級騎士として認知されているオーブのパイロット採用をキザイアも認めざるを得なかった。インドラと共にキラナに戻った焚哉の穴を埋める形でオーブがアバターシュチームに編入されている。

 アントナーラ領の守護隊は他領に比べて屈強である。飛甲機生産を担う領地としては当然の対処で航空隊パイロットの練度も高い。それ故のオーブの本部赴任でもあった。

 キラナと国境を接するハシュタルは騎士団の上層部が一人、連絡員のごとく滞在するだけだ。

 内紛が乱立し、連邦軍に参入できる状態ではない。そのハシュタルからイーシャ軍の侵攻があったと出動要請が届いた。


 アバターシュのパイロットが招集された。急ピッチでアバターシュの増産が行われているが実戦に出られるのはパイロットの練度的にも開戦前とそう変わっていない。

 敵軍進行報告がキラナから通達されることなく起こったハシュタルへ侵攻は、同時多発的に発生していた。夜間に大型機を中心にした派兵部隊が同時に三か所に降り、兵士を置いていく、という不可解な作戦だった。

「わざわざ部隊を孤立させてどうするつもりなんだ?」

 オーブの疑念はもっともである。その区域を制圧しても周囲は敵だらけになる。しかも人口何万人という街ではなく、数百人クラスの辺境の街というか村と言った方が的確な地域を狙った目的も見えてこない。

「陽動の可能性はある。そこで三機のアバターシュに先行してもらう。各地二、三百人程度の地上軍だ。戦闘機一個小隊を各自が連れて飛んで欲しい」

 マティスからアントナーラにゆかりの深いアバターシュ第二小隊に進発命令が出た。出撃するパイロットはオーブ、ハルト、綾乃。それぞれのサポート機サジウスにはオーブにユージン、ハルトにカッツェ、そして綾乃にはアントナーラ初の女性飛行士カイラが付いた。

 


 地下に移設された格納庫のハンガーに収まるオーディーンの右隣。濃紺のボディに四肢は青みがかったグレーに塗装されたオーブのアバターシュが起動する。左肩の装甲にアントナーラの徽章が黄色でペイントされ、ボディ全体にも黄色いポイントが入っている。単眼に灯が入る。この機体は珠絵が順応訓練時に搭乗した機体だ。

「オーブ、本当に自分で出ちゃうんですね」

『ハシュタルはアントナーラの隣の領地だ。領土を接している。何が起こっているのか見極めるのは領主の務めだろう?』

 現場主義は変わんないなぁ。オーブのアバターシュが落ちるなんて想像できないから、ある意味一番生存率が高い、とも言えるんだけど。

 ハルトは左隣の巫女服を模した白地に赤いポイントラインが入った女性型アバターシュ、アーヤノルンを見て通信を入れる。

「綾乃も行けるか?」

『ええ、訓練はしてきてるから。標準武装だし神気を使わなくてもいけると思うわ』

『アヤノは初陣だ。無理をするな。カイラは優秀だ。現地につくまで任せていい』

『はい』

 三機のサジウスが格納庫から出て滑走路に並ぶ。滑走の必要はないのだが襲撃に備えて洞窟の奥まった部分に新たな格納庫が建設されている。

 ハンガーを出たアバターシュが滑走路脇で待機するサジウスに近寄った。

『アヤノ様、よろしくお願いします』

「こちらこそ」

 女性パイロットのカイラはアヤノのことを様付けで呼ぶ。半ノルンであることは告げられていない。だがカイラは守りの森の所属であるアヤノ様は畏敬に値すると公言している。

 綾乃はアーヤではなくアヤノの呼び方を公にした。アーヤノルンは綾乃が乗るアバターシュのパーソナルネームとなった。

『俺が先に出る。湖上で合流したら編隊を組んで向かうぞ』

「「了解」」

 オーブが駆るアバターシュが浮遊する。飛行ユニットにマナの光を集める。滑走路の誘導灯に光が灯った。

『一番機、発進どうぞ』

「アバターシュ・アントナーラ、出るぞ」

 オーブの機体が訓練通り最大戦速で加速する。出口での風の影響を抑えるためと戦時を想定して出た瞬間を狙われ基地の出入り口を塞がない機動を取る。「離発着は目を瞑っていてもできる」と豪語するオーブの軌道は、アントナーラの徽章がペイントされた巨大な盾を持ちながらもまったくブレなかった。

「オーディーン、行きます」

 ハルトも負けていない。直線を描いて湖上に出た。

 発進後の位置取りは正確に決まっている。今日は基本通り基地を出て右にアバターシュを旋回させてサジウスを待つ。洞窟はサポート機に騎乗して発進できる程の高さがない。

 アバターシュが出てきた洞窟から少し南に離れた発進孔はっしんこうからロッキ型の戦闘機が続々と出てくる。まるで果てなき泉からそそり立つ、切り立った断崖が何かを吐き出しているようだ。

 アーヤノルンに続いて横長の長方形の洞窟から出てきたサジウスに、頭上で戦闘機が旋回し哨戒活動を行う中でアバターシュが乗機してゆく。ユージンが駆るアバターシュ・アントナーラのサポート機が先行して高度を上げた。先陣を切るサジウスの左右に四機の戦闘機が追随してVの字を描く。戦闘機の最小編成はペアだ。これが二つで小隊となる。「常に連携を意識しろ」オーブに叩き込まれたアントナーラの思想が王都にも受け継がれ、戦闘機の単独行動はめったに見られない。三機のアバターシュとサジウス、十二機の戦闘機がブーメランを形作て西南西の空に消えた。


戦時下体制に移行するグランノルン。

綾乃がアバターシュ隊に加わり初出撃です。

次回 「支配の仕方」

明日17時の投稿です。


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