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甲殻の翼  作者: 月弓 陽
セントラル編
131/148

時計塔の略奪者

 広大な森の中に寸分の狂いもない曲線を描く石の壁が立ちはだかっている。

 人工物であることを主張するかのような段差のない壁はグランノルン王都を取り巻く街壁がいへきよりも高く、巨大な木々さえ鳴りを潜めてその高さはビルにして十階建てほど。巨樹の頭上10メートルくらいで円形の石壁が空を水平に切り分けている。近づいて見ると壁というよりはダムに見えた。一定の間隔をおいて滝を吐き出す壁の内側には深い森が延々と続き、その中心部に黒い物体が建っているが見える。雄大な大自然の中心に御わす不自然な直線。

 あれが神殿か。

 外壁に目を戻すと要所々々に一際ひときわ高い監視塔がそびえ立つ。『時計塔』とベルンダンティアや水龍が呼んだ建築物の頂上には赤い飛龍が鎮座し、上空にはワイバーンの群れが旋回している。

 時計塔と呼ばれてはいても実際に機械仕掛けの時計があるわけでもない。二頭のワイバーンが降りてきて検閲するようにハルト達の周囲を飛んだ。

「水龍に話を通してある割りに様子が可怪おかしい。わらわが良いと言うまでは何があっても動くでないぞ」

 三頭の白狼を引き連れた金狼が高度を上げた。誘導するようにワイバーンが先頭に立ち、飛龍の大きさを実感する位置までハルト達も上昇する。

 でかい。

 水龍ほどではないにせよ圧倒的な飛龍の体躯はハルトを畏怖させるに十分だ。

 猛禽類を彷彿させる足の爪はアバターシュの倍はある。翼を畳んではいても全高もアバターシュの倍、十四,五メートルというところか。硬そうな赤い皮に護られた重厚な筋肉質の体躯。四倍の体積とその重さが動くことを想像するとぞっとする。

 ワイバーンとアバターシュなら何とかやり合える気もするけど、こんな飛龍にブレスを吐かれたらワンパンだろうな。

「誉れ高きいにしえの……」から、丁寧に挨拶を終えたラフィーが飛龍からの返答を待つ。しばらく間があってから重みのある飛龍の声がハルトの脳内にも響いてきた。

「水龍からは話は聞いている。狼と蟲の殻に乗る人間よ。お前たちは無益な殺生をしてはいない。今のところは」

「これからもするつもりはない」

 ラフィーは敬意をもって応じながらも威厳を失わず、あらためて生命いのちついえた竜の骨を蟲の侵攻を阻む手段として利用させて欲しいと、そして神殿の状態を見させて欲しいとも請うた。飛龍の対応にラグがあるのは思念伝達のラグなのか、それとも反応速度が遅いのかとハルトは思案したが飛龍は深く何かを考えているようだ。しばしの間があってからゆっくりと飛竜の声が届いた。

「竜の骨を蟲の侵攻を食い止めるのに使う、と。その巨人がそうだな。中にどんな人間が乗っている?」

「ハルト、ここに来てハッチを開けてやれ」

 不安そうなノーラや綾乃を置いてオーディーンを分離。飛龍の前に出た。

「ここにいるほとんどの人間が異世界の魂を抱く者だ。悪人でないことは妾が保障しよう」

 ハルトに向けて頷いたラフィーを見て、第一、第二装甲と胸のハッチ開いてゆく。コクピットを覆う第三装甲は透明な物質でできている。

 アバターシュの挙動及び制動はパイロットの意思とリンクする形式の為コントロール系は多くない。精々ガトリングやパイルバンカーを撃つ際のトリガーが在るくらいだ。コクピットに何も無いのは手持ち無沙汰だから、と、敢えて設置したトリガーと武装パージのスイッチ類だけが着いたコントロールバーのトリガーから指を外して両手を開放した。前後にもある程度の可動域があるバーが座席両際の壁面にゆっくりと立ち上がってゆく。

 人は何かを触っていると落ち着くものだ。しかしハルトの体の前には何も無くなり丸裸にされた気分になる。

 液化マナを通じて直接見る、光を粘膜に反射する飛龍の眼球。黄色い光彩と黒い瞳孔どうこうがコクピットの中を覗き込んで来る。赤い皮膚はゴツゴツとした爬虫類のそれだ。

「確かに、悪意は抱いていないようだ」

 ハルトを見定めるような眼球がハッチの上に消えると鋭い牙が並ぶ口元が視界に入ってきた。畏怖の念が恐怖に変わる。

「よかろう。壁の中に入ることを許可しよう」

「感謝する」

「その前にひとつ相談がある」

「龍が相談とは希覯きこうじゃな。何があった?」

「お前たちの他にこの島に上陸した者があるのを知っているか?」

「知らぬ」そう応じたラフィーに飛龍は意外なことを告げ始めた。「空飛ぶ蟲の殻を伴った大掛かりな船団が二つ先の時計塔の監視区域に上陸した。やはり竜の骨を持ち去ろうとしてる。それが伝わって来てからその砦を守る若き二頭の飛龍と連絡が取れないのだ」そう言った飛龍は、これから私はそこに向かおうと思うだが付いて来て欲しいという。どこの国の人間なのか見当をつけたい、と。

 飛竜は絶対に時計塔を離れることはない。そう聞いていた。かなりの非常事態だということが分かる。

 飛龍の声をキャッチしていた仲間達と同時に同意すると、ワイバーンに残るように告げた飛龍が翼を開いた。身長を優に倍を越える翼。翼竜というよりも骨格が複雑で構造としては蝙蝠こうもりのそれに近い。太く長い尾でバランスを取る巨大な翼には中央部に五本の鉤爪がある。怒涛の風厚に蹌踉よろめいたサジウスにアバターシュを降ろして飛龍の後を追った。

「ハルト、ハロルドに連絡を取っておいてくれ。少しでも情報が欲しい」

 ラフィーの指示にコンソールをTバードモードに入れて通信を試みたが応答がない。音声メッセージを残しておいた。ちなみにコンソールとは例えでアバターシュの操縦系視覚映像は網膜に直なのでAR表示に視覚制御のアイコンタクトでの操作になる。聴覚は耳元で鳴っている感覚がする。精神感応度を上げる液化したマナに包まれていても特に不自由は感じない。

 次の時計塔には飛龍はおらず、ワイバーンが空席の見張り台を守護していた。「この砦を守る飛龍は古参なのだ」飛龍に導かれてさらに飛ぶ。しばらくしてハロルドから通信が入った。

「取れるかハルト」

「はい、感度良好、共有モードにしました。どうぞ」

『わしらは今セントラルを東にまわった沿岸におる。大型の帆船が船団を組んでセントラルを離れとる。水竜が止めようと何頭か出てたが奴らは水の色が変わる毒を撒いとる。水竜は近づけんようじゃ。珠絵がこっそり確認しにいったら、死んだ魚の腹まみれだったそうじゃ。ワイバーンが加勢に来たが見たこともない飛甲機が爆発するデカイ弾を撃ってワイバーンの首を飛ばしとる』

「射撃してるってことですか?」

『おそらくヘビトンボとかいう奴じゃ。サジウスよりデカイのが撃っとる。もうひとつ理解できんのが小型の飛龍がワイバーンを攻撃しとる。尋常じゃないぞこれは。ちょっと待て』

『――飛龍に人が乗っとる。アントナーラに蟲をけしかけた連中によう似とるぞ」

「操られてる可能性があるってことですね』

『そうじゃ。わしらは船を隠して陸の上から監視を続ける。珠絵のカニはもう一度近くまで寄ってみるそうじゃ』

「了解。珠絵に気をつけるように言って下さい」


 付近を飛行する胤月からマルチチャンネルで通信が入った。

『ヘビトンボはイーシャに生息する種よ。大きい割に動きが早くてクワガタみたいな牙をもった蟲。可燃性の毒を出すわよ』

『みんな、あれ』

 ノーラの声と共に次の時計塔が見えてきた。壁の外側上空でワイバーンと飛甲機群が乱戦になっている。大型で黒いトンボ型の飛甲機から火線が走り、ワイバーンの首が破裂した。キリモミしながら森に落下していく。後方から一体の小柄な飛龍がワイバーンに向かってブレスを吹いた。双方あわせて約40の飛行体が入り乱れている。

 大型の飛龍とアバターシュの姿を見た乱戦中の小型飛龍はワイバーンとそう変わらない体躯を湖の方面に向けて離脱してゆく。

「正体が見えてきたな。戦闘の用意を! 白狼どもは前へっ」

 ラフィーの号令に飛龍の声が響いた。

「ほう、狼と人が我らに加勢するか」

「奴らを許すわけではなかろう?」

「違いない。――われは砦を守ろう。他の塔からもたらされる声に耳を傾けよう」

 

 赤い飛龍が塔頂に着地し、三機のアバターシュが空中で分離した。

 塔を背にヒトヒトサンマルからマルフタに展開する敵機は18。

『マサルだ。すでに乱戦になってる。煙幕は使うな。敵味方の識別ができなくなる』

「了解。ハルトより各位。敵の飛龍が逃げた今は飛甲機だけだ。数が多い。各個撃破で行こう。サポート機は綾乃、ノエル、ソフィーを壁の上に降ろして。カッツェは冷却ライフルも降ろしていい」

「「「了解」」」

 緩やかに円を描く壁の上部にサポート機が降りた。

「壁に降りた人間と妖精は塔の中に入りなさい。時計塔はマナで守らている」

 同乗者とライフルを降ろした二機のザジウスとヴァハールが離陸した。ラフィーと白狼は獣神といえども万能ではない。空中戦は分が悪い。サポート機と共に三機のヘビトンボ型に対応する。

 綾乃たちが塔の中に入ったのを後方視認モニタで確認したハルトはガトリングに眠りの粉の弾倉を装着し終えている。

 まずはロッキ型からだ。

 一番数が多い四つ目の黒いロッキ型はハルト達が開発した初期のものと遜色ない。キャノピーが前方にしか無くパイロットの体がむき出しになっている。顔に肌色が見ているので即効性の麻酔薬である眠りの粉を浴びれば墜ちる。射程を考慮した武装選択の優先の意外にも最多数のロッキ型を先に狙う理由はある。機体下のランディング・ギアに装着されたブレードが頭部前方まで湾曲して延び、ワイバーンの翼に突っ込んでは切り割いているのだ。揚力を失ったワイバーンは浮かび上がってこない。ロッキ型以外には中大型機といっていいヘビトカゲ型が大型砲を発射し、クワガタのような顎でワイバーンの首を掴んで叩き落としている。これに同数となるサジウス二機とヴァハールが取り付いていて牽制を始めた。もう一種類、見慣れない鋭角的なシルエットを持った小型の機体がかなりの高速で飛行している。体格が細く長い黄色と黒の虎ジマのボディ。頭部のすぐ後ろから狭長きょうちょうな四枚(はね)が伸びた如何にも機動性が高いシルエット。臀部でんぶからは体長の倍くらいの三本の線が後方に伸びている。しかし飛び道具は視認できずブレードを武器にした近接型戦闘型のようだ。このタイプはオールレンジキャノピーにパイロットが包まれている。これが四機。

 速いっ、あいつは冷却ライフルを使わないと落とせない。

「ロッキ型優先を継続」

 翅の付け根を狙い的確にロッキ型をガトリングで落としてゆくアバターシュチーム。

「うおっ」

 オーディーンに突貫してきたロッキ型が盾の前で自爆した。

 動きを止めたオーディーンに高速型の細長い機体が斬りかかる。咄嗟に左手袖下の射出口から煙幕代わりに眠りの粉を放出しガトリングを撃つ。火線は回避されマルチキャノピーに守られたパイロットに薬剤は効かない。

 胤月から通信。『早いのはホシナガバチよ。三本の体より長い尻尾は卵管だけど神経毒も吐くわ。サポート機は特に注意して』

 二機のサジウスとヴィマーナには後部キャノピーが常設されていない。甲板の一部を立ち上げてコクピットを隔離、密閉したサポート機がヘビトンボに連射している。すきを狙って狼神たちが喰らいつこうとするが長い体をひねってくうを噛ませ、直撃弾が白狼の巨躯を襲う。血飛沫ちしぶきをあげて白い巨体が森の中に落下してゆく。「フュールっ!」金狼とシンが追い、二頭の狼が白狼の体を咥えて壁の中に入った。残るラングが怒り狂い、咆哮をあげて攻撃に出る。

 まずいな。

 ハルトは高度を上げ戦闘区域全体の管制に入った。高速型の動きをマサルと焚哉に随時伝える。

「マサル、深追いしすぎだ。ラインを下げてくれ」

『お前はやっぱそのポジションが似合うよ。指示をくれ』

 マサルが言う通り、オーディーンが抜けた戦力減退よりも的確な管制が功を奏した。

 確実にロッキを叩くオーレイと高速型を追う高機動型のインドラ。管制を悟られたのかヘビトンボ型が一機オーディーンにむけて高度を上げてきた。閃光が走り脊髄反射で盾を掲げる。盾の上部が吹き飛んだ。次弾が顔をかすめる。二本の顎の牙をかわして頭部に取り付きパイルバンカーを打ち込む。離脱の際に足の爪を開いてて蹴り堕とす。

 大型の炸裂弾だ。やばかった。外部モニタ機能は問題ないな。

 大型弾頭は単発装填のようだ。二門を撃ち尽くすと攻撃してこない。状況を確認するとロッキ型の数が数えられるようになっていった。

「ロッキはあと三機だ。焚哉はヘビトンボへ」


 ガトリングをパージしたインドラが三節棍を接続して長槍の形態を取りながらヘビトンボに向かう。肩に防具を備えているインドラは盾を持たない。しかし柄の長い大千鳥十文字槍おおちどりじゅうもんじやりは攻撃範囲が剣よりも長く突きの破壊力は高い。パイルバンカーを持たないインドラは機動力と攻守のスペックバランスを武装とそのスピードで取っている。


 ハルトがオーレイの方向にロッキ型を追い込んでマサルが撃破。「マサル、後方から高速型」ホシナガバチ型の長翅ちょうしをオーレイが抜いたカトラスが裂いた。

 速いのはあと二つ。

 盾を捨てたオーディーンも日本刀型のカトラスを抜く、ガトリングを連射しながらすれ違いざまにロッキの翅を落とした。

 背後を意識すると視覚の中の後部モニタが拡大される。長槍をクワガタの顎に掴まれたインドラがヘビトンボと絡みあっている。脚を残した形状のヘビトンボ型に急速接近するゴホンツノカブト型に乗る胤月が怒号を上げる。

「焚哉、下がれ」

 ハルトの呼びかけに槍を手放したインドラが離脱。その周囲では高速で飛び回るホシナガバチ型を二機のサジウスが追う。しかしスピード機動力で負けている。集中して見ると三本の長い尾を自在にしならせて制動を取っているのが解る。ホシナガの長い尾もそうだが、ヘビトンボには自在に動く脚がある。まるで生きているかのように動く、ということはパイロットの制御技術が高いと共にハルト達が知らない製造方があるということだ。

 カッツェがノーラに下がるように指示を出した。冷静に戦局を把握している。オーディーンとオーレイの手が空くことを見据えた指示だ。

 さすがだな。カッツェ。

 オーレイが側面からヘビトンボ型に急速接近。その刹那、体側の気功から煙幕が放たれた。この戦闘で初めて使われた煙幕だったとはいえ迂闊な接近。マサルはエースとして称賛に値する戦果を上げるのだが猪突猛進になるところがある。それが裏目に出た。

 高度を下げさせたい。

 ハルトがそう思った刹那、ヘビトンボの眼前をザジウス・ツーが身を呈して通過、低空に釣りだした。

「ナイスだ、ノーラ」

 フルスロットルのオーディーンが後方から重力に乗せて加速する。ヘビトンボの四枚翅のうち一枚を落とすとバランスを崩して回転しながら落下してゆく。

 怒りに燃えたラングが高速型を捉えてコクピットごと噛み砕いた。

 高速型は後ひとつ。赤い星が二つのパーソナルマーク。あれは多分エースだ。

『次がくるよ!』

 マルチ回線から入ったノーラの声に遠方に焦点を合わせる。海岸の方角に敵軍増援十数機の機影。機種は混在。戦況がリセットされる状況。

 船団の護衛を諦めたか、終わったってことだ。

「体制を立て直すぞ」

 ハルトの指示に焚哉はインドラを時計塔近くの壁の上に降ろした。ハッチを開いて塔の中から様子を伺っていた綾乃の声をかける。

「綾乃ちゃん! 代わってもらえるかな。物理的な武器がないんだ」

 ガトリングの弾づまりと近接武器喪失が重なった機体でも『神気』とノーラが呼んだフォルマージュと同じ機能を綾乃が使えば弓矢を出せる。そう判断した焚哉の選択だった。

 既にパイロットスーツに着替えている綾乃が壁の上を駆ける。咄嗟にパイロットスーツを降ろす指示を出したノエルの判断が役に立っている。

「やばい、高速型に抜けられた」

 ボディに大小の赤い星が二つ並んだパーソナルマークの機体が抜けて行った。

 蒼いアバターシュが振り向いた先は時計塔付近。生身の焚哉と綾乃が姿を晒している。

 空中で急制動をかけたホシナガが後尾に伸びる長い管を向ける。

「その人型を持って投降すれば殺しはしない。優遇する。こちらに来ないか?」

 綾乃は見向きもせずコクピットに登る。卵管の先端が狙いを定める。


 毒が。

 綾乃に毒が。


「そうはさせないわよ」

 ヴァハールが突貫した。敵機と接触した衝撃で空中に投げ出された胤月が森の中に落下してゆく。妖精の光がそれを追った。

 空中を滑空するヴァハールにオーレイが触接。豪引ごういんに不時着させた。

 機体を立て直した高速型が旋回してハルトに向かってくる。

 カトラスを構える。脇を抜けられた。その勇気と操縦技術はオーブ・アントナーラに匹敵するものだった。さらに旋回してスピードを乗せて突っ込んでくる。

 うおっ、

 思わず出したオーディーンの右腕に傷を残し、赤星二つが視界から消えた。


『綾乃よ。何本かなら打てるわ』

『カッツェだ。ハルト、ノエルがライフルを装填してる。一回ならすぐ撃てる。使うか?』

いにしえの飛龍、ワイバーンを下げさせられますか」

「承ろう」

「ラフィー様、ラングも下げて下さい」

 オーディーンがライフルが用意された壁に接近する。

 前衛にオーレイが立ち高速型を索敵、その後方で綾乃が操るインドラが光の弓を引く。

『ハルト下だ!』

 直感的に両足の爪を広げる。壁に接近し綾乃が乗るインドラに機体を寄せつつあったオーディーンに上向けた高速型の軌道が変わる。蒼凛そうりんな人型と交差した赤星二つは上昇を続け壁の向こうに消えてゆく。

 インドラの野太い鉤爪を覆う足元から麗美な光の翅を伸ばし、射勢を安定させた紅のアバターシュが瞑眩めいげんたる光の矢を放つ。編隊中心に位置するヘビトンボが墜ちた。

「ライフルを使う、全員退避」

 ハルトの前の空間が開ける。射線が空く。

 白きダイアモンドダストが空中に放たれる。駆動系が生物由来の飛甲機は冷気で動きを止める。しかし距離がありすぎた。幾分か動きの遅くなった敵飛甲機群はまだ空中を漂っている。数機の高速型が森に急降下して消えた。

「遠過ぎたか。この暑さだとすぐに回復する。次弾装填には時間がかかる」

 報告して。

 もう一度接近戦に出るか。ロッキ型中心なら怖くない。

 逡巡するハルト。

「ほう」

 飛龍の声がした。

「冷気を放ったのか。蟲の動きが静まった。ここは任せてもらおう。」

 壁の上部からでもかなり距離がある時計台の頂上から風圧がきた。

 上空に舞った飛龍が、鋭い牙が並ぶ口腔こうくうを開き喉元に光がにじむ。

 視界が潰れた。

 閃光が去り、あおと濃緑に切り分けられた景色が戻ってくると飛甲機群が消えていた。

 機体数と同じ数の煙柱えんちゅうが森の中から立ち上がっている

 その煙も余波で発火した森の炎に埋もれてゆく。

「時間があれば火を消せるのだろう。頼めるか。木を倒して火が回るのをおさえるのはしのびびない」

 次弾装填を終えたアバターシュが冷却ライフルを持って炎上する森の上空から冷気を放った。

 驚いたことに二機のホシナガバチが護衛するヘビトンボ型が首のないワイバーンの胴体を抱えて森の中から飛び出てきた。戦闘開始前から吊り込み作業をしていたのだろう。鈍い動きながらも全速で海岸方面に離脱しようとする。

「我らに挑むばかりでなく亡骸さえ持ち去ろうとするか」

 飛龍が飛んだ。その巨体からは信じられないスピードを出し、ヘビトンボを片足でひねり潰すとブレスを放った。ハルトはもう一度冷気のチャージに壁に戻らねばならなかった。


「これ以上の侵攻はない」

 飛龍に告げられて。ハルト達は森の中に捜索に入った。まだ生きているワイバーンを誘導し、何体もの遺体をみつけた。インドラの槍やパージしたガトリングも回収しつつ、墜ちた敵の飛甲機を調べると機体の残骸からは人の血の臭いがする赤い液体が滲み出ていた。兵士の亡骸の胸と肩には赤地に黄色い星が円を作るイーシャの徽章がある。生存者は森に逃げ込んだようだ。ほどなくして年老いた至極色いごくいろの飛龍の亡骸が森の中に横たわっているのをノーラが発見して、そこに集まった。森の木々の枝を折りながら赤き飛龍が降下して来る。

 遺体はワイバーンしか居なかった時計塔の守護者だった。

 目を瞑る飛龍の横でハルトたちも黙祷を捧げた。

 若い飛龍にブレスを当てれたらしい焦げ目が痛々しい深い黒紫の胴体の上、地に横たわる口元からは泡が流れ出ている。

「最終的に毒を盛られたな」

 ラフィーの言葉に飛龍が頷く。

「この飛龍は最古参だった。我らをよく導いてくれた。――悔しかったであろうな。操られた同族の火に倒れるとは……お前達ならこの体を使って奴らに報いを与えられるか?」

 ノーラが答えた。

「その為に使わさせて下さい」

「ならば、連れて行ってやってくれ。その方が魂も喜ぶであろう。ワイバーンの亡骸も持ってゆくがよい」

 ワイバーンとはすなわち飛竜のことである。アバターシュとして再生させ、侵略には決して用いないこと、蟲やイーシャからの防衛にのみ使うことを飛龍に誓って王宮に輸送機の出動と湖上の哨戒依頼を出した。

 ハロルドたちは無事だった。新たな水竜の骨の在り処をワイバーンが示してくれて回収作業に入るという。

 本国から報告を受けたノーラは飛龍にグランノルン方面からの敵意を持った侵入は無いことを伝え、念話距離が長い種のワイバーンを湖上まで哨戒に出した飛龍からもこれ以上の侵攻はなさそうだと聞いた。

 日が暮れ始めると塔の頂上に陣取る飛竜から「今夜は時計塔に泊まるとよい」と脳内に声がした。

 一点の曇もなく磨き込まれたような冷んやりとした御影石の床に寝袋を敷いて、翌日の神殿探索に備えた。

 


きな臭い飛龍との出会い。見えてきた敵の本性。

次回「ルドラグシアの神殿」

明日の投稿になります。


ヘビトンボは実在します。

気になる方は、ヘビトンボ、四川、で検索してみて下さい。でかい。

一話が長いですね。ごめんなさい。

それとお気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、ひらがなに開いていた漢字を戻しつつあります。

重めの文体でもいいかな、と。できるだけルビを振るように心がけますね。

「達」については見栄えでハルト達、綾乃たち、などと使い分けてみましたが統一した方がいいかなぁ。むむむ……

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