ダークサイド・オブ・ザ・ムーン
遥斗が目覚めます。
長くなったので2話に分けました。
「…………ハル…………ハル!……」
誰かが呼ぶ声が聞こえる。瞼の間の光が大きくなる
「ハル!……しっかりしなさい!ハル!」
目を開けても視点が定まらず、視界いっぱいに女の人の顔が呼びかけているのがぼんやりと見える。
「気がついたか」
男の人の顔が割り込んで来た。
体の感覚はある。どうやらベッドに寝ているようだ。
遥斗は体を起こして俯き、こめかみを掴んで視界を塞ぐ。心の奥底にこびり着いて離れない、恐怖を吐き出すような荒い呼吸に肩が上がった。
「ハル、大丈夫か?」
男性の声に手を下ろすと精悍な青い目をした父親と同じ年くらいの男だった。その横で金髪を纏めた女性が心配そうに見つめている。
部屋を見渡すと木目の壁に木の板の床、知らない部屋だ。
その壁際で小学校高学年くらいの女の子が何かを追いかけてる。その何かは七色の虫の羽を瞬かせている手で握れそうなくらいの小さな女の子だった。
「――はぁ?」
「どうしたハル。本当に大丈夫か?」
「あっ、気がついたねぇ」
妖精らしきものがひらひらと飛んで来る。
えっ何? 何がどうなってんの?ここはどこ?この人達は誰?
ゴツン!! ゴゴツ!!
部屋の正面の引き戸の扉が揺れた。
「何だっ!」
バタン。男が振り向くと同時に2枚の引き戸が倒れた。
扉があった空間に入り切らない鬼のような顔がそこにあった。
六つの赤い目が硬い殻の中に並んでいる。まるで蝉の化け物だ。
赤い六つの半球にギョロリ、ギョロリと次々と瞳が現れ、それぞれが意思を持っているように辺りを見回す。
「うわっ」
遥斗は思わず後ずさった。
ジジジ、人の足ほどもある太い管が蟲の喉元からせり上がり、遙斗に狙いを定める。鋭い鈎爪が付いた虫の前足が床に食い込み、入口の壁を割って入ってこようと蟲が藻掻いて壁が揺れる。
半腰のままベッドの上を更に後ずさると遥斗の背中に壁がついた。しかしそれを感じたのは一瞬だった。窓が開いて背中から窓の外へ体が転がる。
膝の後ろが窓枠に引っかかって止まると、後頭部が石の壁にゴンッと音をたてて頭の中に閃光が走る。逆さ吊りになって宙を仰いだ。
夜空に細い三日月が浮かんでいる。
遥斗は慌てて首を捻ひねって下を見た。高さはニ階ぐらいだろうか、真下には雑草の生えた地面に何か黒い物がうごめいている。
「落ちる」
と思った時には窓から足が離れていた。
ボワン、と柔らかい物の上に落ち、そこから地面に転がり落ちた。無意識に取った受け身に救われる。
雑草の上で夜空を仰ぐ視界を塞いだのは巨大な嘴とインコのような舌だった。
「グェ、グェ」
嘴で顔を挟まれて舌で顔を転がされる。
「うわっ」
ベタついた顔を振り、嘴を押しのけて逃れると、ずんぐりとした鳥に見下されてた。
部室の壁に貼ってあった絶滅した飛べない鳥『ドードー』みたいなのが首を傾げている。人が乗れそうな大きさだ。
考えるより先に体が反応した。近くにあった柵を乗り越えて辺りを見渡す。
5,60メートル先に篝火が並んでいるのが見える。取り敢えず走った。
遥斗が走り出すとドードーも柵の向こうで走り出す。ドードーの頭から羽が立ち上がり、長いモヒカンを揺らして並走してくる。途中で直角に折れ曲がった柵に足止めをされたドードーがグェと嘶いた。遥斗はそのまま走り続けた。
篝火に着くとそこにも長い柵が横たわっていた。
隣家は見えない。柵の先は森だ。
振り返って出てきた家を見た。
暗闇に白い家がたたずんでいる。落ちた窓は2階の左端、家の真ん中は一段高くサイロのような円柱になっていて半球の天体観測のドームのような屋根が薄ら青く光っている。ドームは透明な青いもので出来てるらしく中で灯りが揺らめいていた。
「ウォンッ!!ウォンッ!」
明らかに大型犬の獰猛な鳴き声が柵沿いに近寄って来る。
「今度は犬かよ!」
遙斗は篝火の松明を抜いて柵を超えた。
木々の間を夢中で走ると犬の鳴き声は遠ざかっていった。
何から何処へ逃げているのかさえ分からないまま走り続けた。不安定な地面に足元が縒れ、折れた太い枝が腕を擦する度に痛みが走り、何かの棘が頬を裂いた。両脇に意識を向けて走ると木の根に躓づいて地面が体を強打した。痛みに痺れる肘を押さえながら起き上がると、走ることを諦めて肩で息をしながら足早に歩く。
どれくらい歩いただろうか。
「もう限界だ」
震える膝に手をついて辺りを見回すと木の根本が空いている。松明を大きな木の根に立て懸けて、腰を下ろした。
見上げた梢の隙間にはさっきより太くなった半月に近い月が冴えている。
「夢じゃ、ないんだよな」
着ている服は見たことのないもので見覚えのあるものは左の手首に着けている綾乃のお守りだけだった。組紐がこれは現実だと語っていた。
「どうなってんだ?何がどうなってる?」
考える。考えて。考えて。考えた。考える程に深まるのは混乱だけだった。
転生したってことか?ラノベじゃあるまいし。けど、そうとしか考えられない。
「まず何をどうすればいい?」
「喉が渇いたな。唾も出ない。水、探さないと」
「ウォンッ!!」
大型の茶色い犬が爛々と目を光らせて獣道に現れた。
「さっきのやつか?」
遥斗は松明を取って構える。
武器になる物はこれしかない。
お互いの動きが止まる。騒々しい心臓の音が早まる。
体が緊張に喉を鳴らそうとしたが飲み込む唾も出ない。
「み、ず」
微かな独り言が溢れた。
「ウォン!!」
犬が動いた。
遥斗にではなく、何故か遥斗に背を向けて走り出す。
すぐに立ち止まると振り向いた。しっぽが揺れている。
また少し進むと「来ないのか?」という風に振り返る。
犬に向けて歩みを出すと、犬は早く行こうと言わんばかりに走り出した。
犬に導かれて森を抜けると葦の妖野に腰が埋まる。足元に玉石が転がる頃には川の流れが見えていた。河原を歩いて川辺に屈み、手で水を掬って喉を潤す。
手の平に揺れる水面に映った月は満月だった。
「月食だった、ってことか」
遠くに梟の声の声が聞こえる。油が尽きたのか松明の炎が消えた。目を瞑って目を慣らすと水を飲み終えた犬が足元に寝そべっていた。
「ありがとうな」
頭を撫でるとハッハッと嬉しそうな息を吐いて尻尾を振った。
犬と一緒に月明かりの河原を川下に進むとその先で川が途切れ、崖の下が滝壺になっている。
空が白み始めていた。
取り敢えず少し休むかと森に向かって河原を横切り始めると犬が前に出て背を屈めて唸り出した。
何かが居る。
本能がそう言っている。
頬を伝う汗が冷え、集中力が視界をわずかに明るくする。
暗い森の木々に灯る幾つもの一対の目の光。
黒い影が吐き出す威嚇音が静かな森の中に木霊する。
それはまるで、これから何が起こるのかを予言する前奏曲のようだった。
続きます。
これまで現実世界のラブストーリーと思って読んで頂いていた方、すいません! m(_ _)m ほんとにごめんなさい。
ここまでの展開が生きる物語として、面白い話しになるように頑張りたいと思いますので引き続きお付き合い頂けると嬉しいです。
ジャンルをハイファンタジーに変更します。




