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甲殻の翼  作者: 月弓 陽
セントラル編
127/148

閑話 カニちゃんと秘湯

一人称珠絵視点になります。

 穏やかだった春の光が力強くなって、湖面がキラキラして眩しいのです。

 飛甲機が少し寄り道をして陸地の中に入っていきます。

「いい季節ですな。生命いのちが芽吹いてます」

 操縦席にいるのはグランノルン武装工廠(こうしょう)の偉い人です。私の上司? みたいな役職の人で騎士団に所属するおじさんは私をキラナ、正確には古宮島に運んでくれています。

 陸地では田植えが終わり、鮮やかな緑色が水の上でぐんぐん育っています。

 春になる前に、ニンディタに潜入した先輩に加勢するためにキラナに入ったときは色がなくて、土色だらけの寒々しい景色だったのが嘘のようです。


 私は古宮島を経由してキラナの船商会、ジュリアンさんのところに向かっています。カニちゃんに会いに行くのが目的です。果てなき泉の湖岸はもちろん、内陸部でも動けるカニちゃんを戦車の架台にするアイデアは、密かにキザイア先生の承認が降りてお仕事としてほぼ毎週来ています。

 今乗っているロッキ型の飛甲機は複座の戦闘機タイプ。新型のガトリングの試射を終えてそのままグランノルンから飛んできました。連射速度は上がっています。私もちゃんと仕事してるんですよ?

  パイロットのおじさんは私がカニちゃんと遊んでいる間に本山に行って、キラナからカニちゃんを譲ってもらったり、連合海軍創設を話し合いに行く偉い人なのです。事前交渉というやつらしいです。なんでも政治には根回しが大切なのだとか。そういうメンドクサイことはタクヤンがやっているので私はカニちゃんと遊んで仲良くなればいいのです。役得です。

 いつもは直接ジュリアンさんのところに行くのですが、今日は古宮島に降りるのです。何やらジュリアンさんのところに運び込む船があるので乗って行って欲しいとのこと。ある意味カニちゃんとの縁をつないでくれた狐人きつねびと琴音(ことね)さんの頼みを断る理由はありません。その後にカニちゃんの仲間を探しに沿岸調査にも行けるのですから。コトヒラかにという種類の私の言葉を理解するカニちゃんはそんじょそこらにはいないのでまだ仲間を見つけられていません。戦車団を組織するにはせめて十二頭くらいは仲間が欲しいのですが。

 多脚戦車師団、うーん、いい響きなのです。リアルにカニですけど。

 本当はドカーンと大口径の戦車砲をぶっ放したいところなのですが、この世界では圧縮空気を利用して射出するのでその夢はまだ叶っていません。敵性国家が飛甲機を作り始めたので高射機関砲搭載が現実的なのです。蟲を使ったテロ対策を進める意味でも私の提案は予算が通りやすい、とキザイア先生は言っていました。ともかく私はカニちゃんと会えるのでノー問題です。銃がなくてサバゲーもできないので、休日は暇ですからやることができて嬉しいのです。

 最近、学園のみんなは運命という言葉をよく使います。それと一緒によく出てくるのが、自分の意思とこの世界。深層心理がどうとかの話になりがちなのですが以前の私は「そんなことどうでもいいのでは?」と思っていました。

 だって撃てなかったし。

 撃てない、と思いながら転移してきた私が撃てない世界を作ってしまったなんてヘコむどころじゃないのです。全否定された気分です。前の世界でもボッチだったのに、世界そのものに否定られた気がして胸くそが悪くなるのです……。

 けれど、カニちゃんと出会ったことに関してはそうなのかもしれない。

 転移してくる前、先輩がひっかき回して急に人間関係が近くなった工学部で同級生が戦車のラジコンの写真を見せてくれてたことがありました。ずっとボッチだった私に同級生の男子がですよ? へえ、こんなとこにもミリタリーに興味がある人がいたんだぁ、やっぱりちょっと嬉しくて。密かに戦車のことを調べまくったのでした。

 その中でたどり着いたある画像。リアルなカニの体に戦車砲や防壁が搭載された模型の写真はかなりのインパクトで結構印象に残りました。まぁ実際はコロッと忘れちゃってたわけですれども。

 けど、もしかしたら。

 その深層心理が甲殻類が祭られていたという聖地と私との繋がりなのかもしれない。

 そう思った瞬間。目の前が突然クリアになって、根拠もないのに確信として降ってきたのです。それ以来みんなの話も前より真剣に聞くようになりました。難しい話が多いので基本スルーですけど。

 私には世界がどうこうより「撃つ」ことこそが大事なのです。


 古宮島の大きな朱い鳥居が見えてきました。島の裏側には船が繋がれています。乗って行く船とはあれでしょうか?

 よく手入れされた皐月ツツジが咲いている本殿前で降ろしてもらうと琴音さんが出迎えてくれました。

 デニスさんに古宮島に連れてこられたときに、慌ただしく儀式をしてくれたお陰でカニちゃんと意思を通わせることができるようになった恩人です。ちゃんとご挨拶をしなければ。

「琴音さん、ご無沙汰しています」

「ご足労をおかけします。珠絵様」

 琴音さんは私に何だかとてもよくしてくれる狐人族の偉い人なのです。狐耳としっぽがあります。いつも銀髪をみごとに結い上げていて和服の着こなしにも品のある女性なのです。今日は落ちついた色合いの巫女服を着ています。赤色が渋くて大人な感じです。「赤が渋くてかっこいいのです」と言ったら、くれないの八塩、という色だと教えてくれました。

 さっそく、島の裏側に移動します。キラナの沿岸部は水深が浅く、古宮島と本土ならカニちゃんなら歩いて渡れるかもしれません。カニちゃんは私を乗せて泳ぐこともできますけど走った方が断然早いのです。ジュリアンさんが管理している出島もそうですど、キラナの沿岸はある一定の距離でグンと水深が深くなるようです。そういえば先輩に加勢しに行ったとこは水がほとんどありませんでしたね。琴音さんに聞いてみましょう。

「河口付近は干潟になっていますからね。もう少し上流にのぼったところで地下に水が流れていくのです。けれど昔からそうだったというわけではなくて、(いにしえ)の時代に聖なる巫女がやって来て大洪水からキラナを守るために地下の道を開いた、という伝説が残っているのですよ」

 どうやら琴音さんは私とその聖女に何らかの繋がりがあるのではないか? と考えているようです。タクヤンが聖地を調べに古宮島に来た時に、私のこの世界の詳しい生い立ちを聞いてピンとくるものがあったのだそうです。キナラはお坊さん文化と江戸時代が合体したような国なのですが、神道系の文化も混在していてキラナの本山では古宮島のことを狐島と呼びます。聖地の概念も本山と狐島で違うところがあるとタクヤンは言っていました。私は規律大好きで線香臭い本山より琴音さん達の方が好きなので古宮島と呼ぶことにしています。先輩もそう呼んでますし。

 しかし琴音さんと私は喋り方が被りますよね? 私はけっこう独特な話し方をするのですが、どうやらそれも琴音さんにとって好ましいことのようです。ともかく琴音さんは私をかわいがってくれていて、今日も古宮島が大切に保管している船を出島に運ぶのに同乗してもらいたいとのこと。私が乗ると縁起がよいのだそうで。

「おおー」

 船を見て感心してしまいました。立派な船なのです。船の上に金閣寺が乗ってるんですけど! みたいな。キラナの職人のすいを集めました的な木の船です。

 既に準備は出来ていたようで船に帆が張られて出航です。琴音さんは上司のおじさんと話があるらしく島に残りました。水夫さんは島の人とジュリアンさんの商会の人が半々くらい。私を除いて十二人が乗り込んでいます。新しい船に改造するために出島に回航するとのことでした。

 ジュリアンさんの商会が荷物を仕分けて大型船に積み込む出島まではそう遠くはありません。ほどなくして出島の港が見えてきました。いつもは陸地に近い側の浅瀬でカニちゃんと遊ぶので、逆側の港から出島に入るのは始めてです。樽廻船たるかいせんと呼ばれるお酒を運ぶ船や弁財船べんざいせんと呼ばれる大きな船が停泊しています。いわゆる千石船せんごくぶねというやつですね。千石ちゃん、と呼んだらおこられましたけど。

 ともかく港に入ります。この船は千石船より二回りは小さいのですが、小さな金閣寺を乗せたような白木の船は目立ちます。しかも、神様に捧げるお祭りのとき以外は使われていない『しらさぎ丸』はぴっかぴかなのです。注目の的です。

 港にはジュリアンさんの他にもうひとり、私の知り合いが待っていました。

 私と出会って以来、外に出るようになったアリシアです。

 陸に上がるとアリシアが近づいて来ました。ちょくちょくアリシアの家に遊びに行くのも私がキラナに通う理由のひとつなのですが外で会うのは初めてです。アリシアの家から出島はそう遠くありませんし、ジュリアンさんはアリシアの従兄妹いとこなのです。

 しらさぎ丸が造船所に回航されていきます。アリシアは何かを企んでいるようです。

「まだやれるかどうかわからないから、目処がついたら話すわね」

 どうやらキラナ本山、グランノルン騎士団、古宮島を巻き込んでいるようで詳しくは教えてもらえませんでしたけど、アリシアが生き生きとしていて、どんよりとしていた頃から随分と変わったのでまぁいいでしょう。

 そういえば神宮路先輩もちょっと良くなってる感じなのです。世界線を隔てて生まれた双子みたいな二人は共鳴したりするんですかね? 私としては突っ込みどころを見つけられなくてちょっと残念です。爆発しそうだったら突っついてみようと思ってたのに……へくしゅっ。誰かが私の噂してるかな?

 まぁ天使になった神宮路先輩を怒らせてもヤバいのでやめときましょう。世界が終わっちゃうかもしれないので。相当ヤバかった、って妖精の森でウルデ先生が言ってましたし。何なんですか? あの人。天使ですけど。

 でもアバターシュでフォルマージュみたいに自由に自分がイメージした武器を出せるのはズルいです。しかし弓矢とか古風ですよね。私だったら銃を出すのに。弓道部だったからでしょうか?

 まぁ趣味は人それぞれなので、私は私の野望、多脚戦車団創設にむけてカニちゃんと遊ぶのです。

 アリシアとジュリアンさんと別れて、カニちゃんのいる飼育施設に向かいます。

「元気にしてましたか?」

 でっかいカニちゃんは私が行くと喜びます。口から泡を出して喜びます。私には分かります

 真っ青なゴツゴツした甲羅の窪みで黒くて丸いつぶらな瞳がくるくると回ります。今日もかわいいこのカニちゃんは右手のハサミが異常に大きくて左手がちっちゃい私が初めて乗ったカニちゃんです。パンサーくんと呼んでいます。多脚戦車構想はまだ秘密なので王都では隠している名前ですが。

 背伸びをして頬を撫でてやって甲羅に乗ります。嬉しがったパンサーくんが興奮して甲羅が揺れるのでペタペタと這うように移動して座席に乗って出発です。

 出島から浅瀬を渡って沿岸部へ。喫水が低い底が平らな高瀬船が荷物を出島に運んでいくのと逆行して進みます。普段は出島の荷捌き場で働いているカニちゃんが外に出ているのでびっくりしている船頭さんもいます。パンサーくんは外に出られてとても喜んでいます。私には分かります。

 砂浜を渡ったり岩場や洞窟に入ったりしてコトヒラ蟹の仲間を探します。もうパンサーくんには自由自在に乗れます。大分遊んだので琴音さんが持たせてくれたおにぎりをあげます。泡を吹きながら左手のハサミを器用に使って食べる姿もとてもかわいいのです。

 けれど今日もお仲間は見つかりませんでした。コトヒラ蟹は貴重種なのでしょうがないですね。

 だけれども。

 意外な収穫がありました。

 岩場に湧いている天然温泉に行ってみると、なんと! ハロちゃんさんとウルデ様が水着で混浴しているではあーりませんか。

 温泉仲間とは聞いていましたがマニアック過ぎでしょ。崖の下に湧いているこの温泉は湖岸を船で渡ってくるとか、飛甲機で降りてくるかしないと入れないのです。

「貸し切りで何やってるんですかね?」

 岩陰にそっと隠れて観察です。ウルデ先生ってスタイルいいなぁ。おへそにピアスしちゃってるんですね、あの天使様。私も短めの茶髪をもっと伸ばして色を明るくしたらいい女になれますかね? まぁ幼児体形なんで無理なんですけど。ウルデ先生はスタイル抜群すぎなのです。腰がきゅっと締まってボイン、ボインな褐色ナイスバディーです。

 ハロちゃんさんはお酒飲みすぎ、顔が赤すぎ、目尻垂れすぎ、デレデレしすぎ。日本酒でしょあれ? いや、あのデレ具合はお酒じゃないな。緩みきったスケベなオスの顔をしています。いい年して何やってんですかね? あのお爺ちゃん。

 密かに観察を続けていると、腰元の黒い翼を広げたウルデ先生がハロちゃんさんに手を差し出して、ハロちゃんさんも腰から青い翼を開いて空を飛んで帰って行きました。「天使様の祝福があれば空を飛べるようになる」って同じ種族のカッツェが言ってましたっけ。

 温泉クラブの秘密を握った私は、いつか使えるカードになるだろうと秘湯で見た光景を心に仕舞っておくのでした。


タイトルを少しいじりました。

キラナでは何やら動いている模様。

ハロルドとウルデの混浴というカードを珠絵は手に入れた。でした。

次回はノーラ視点です。

「ノーラの休日」明日17時の投稿になります。


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