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甲殻の翼  作者: 月弓 陽
セントラル編
123/148

キセキ

今週は平日毎日投稿しています。

「爺さん、これ、大腿だいたい部にいいんじゃないですかね」

 ハルトは量産型アバターシュのフレーム用新素材の実験データをハロルドに差し出した。

「マナの流通量、拡散浸透圧ともに基準値クリアしてるし、強度的にもたぶんいけそうな感じです」

「たぶんな感じ、じゃ、ダメじゃろ。太ももの骨が折れちまったら話にならん」

「フレームの設計を見直せば行けるんじゃないかな、と思って」

 バルトは何パターンかあるフレーム構造の設計図の一枚を取り出し、新たにサブフレームを赤で書き込んだ図面を見せた。

 人体の骨は206個のパーツで構成されている。しかし脊柱せきちゅうと肋骨、手足の指の複雑な構成を除けば意外とシンプルになる。荷重負荷が大きくかかる大腿部にサブフレームを設けることで強度を確保しようとハルトは提案しているのだ。

「強度が足らんで骨を二本にしようっちゅーのか。――この構造で作ってみて、強度を試したいから素材に余裕があるか? ということじゃな」

「そのとおりです」

「この素材を追加で作る。やってみてくれ」

「りょうかいー」

「現金なやつじゃの。じゃがこれが成功すれば問題は腹と胸の神経接続に移るの」 

「ノエルがコアの貴石からのマナの伝達を拡散する方法を見つけてますからね。胸部と腹部は内部装甲で強度を持たせて情報伝達は別系統で、って考えれば一番手に入りにくい竜の背骨を使わなくても作れるようになります」

 フォルマージュとファースト・アバターシュのコクピットとボディを支え、かつ柔軟な稼働が必要とされるまさに屋台骨となる背骨には、良質で比較的鮮度の高い竜の骨が使われている。しかしそう簡単に手に入るものではない。貴石の粉砕散布という関節接合がノエルによって発明された今、アバターシュの生産数は竜の骨の確保に左右されると言ってもいい。飛甲機での探索が進み、奥森に進出してもなかなか見つからないのだ。

 ファースト・アバターシュの開発時点で、人体でいう肋骨の部分はすでに内部装甲に置き換えられている。今回は腹部から胸部にかけてのコクピット全体をブロック化し、ブロックごとに稼働範囲を持たせることで竜の背骨と代替する方向で開発が進んでいる。強度を度外視してマナの伝達に特化して見れば、通量と拡散率の高い素材はあるのだ。コアになる貴石も奥森付近に散らばる遺跡の地下で発見されている。しかしこれまで確保されている貴石よりも小さく、システム的な改良を加える必要もある。フォルマージュとファースト・アバターシュに用いられているクラスの貴石は全部で10個しかない。

 今現在のハルトはノエルと相談しながら胴体ブロック化の設計を終えて一段落ついている。そこで腕や足などに用いる素材解析を手伝っているのだ。フレームを再設計することで、なかなか基準値をクリアできない部分をなんとかしようとしている。

 フォルマージュは、腕や足も魔獣の骨を削り出したパーツをふんだんに使ったボックストラス構造のフレームになっている。フレームだけの状態でも人型の外見が見て取れる構造だ。逆に言えば装甲を含めた外装を物質化していない状態ではフレームだけである。ふれの構造としては、骨と筋肉の発想で作られたファースト・アバターシュと、それに続くカスタムメイドのアバターシュでもかなりの簡素化に成功しているが、さらに生産性を高めた量産型を作ろうとしていのだ。

「ときにハルト、ちょっとええか」

「いいっすよ」

「お前が以前言うとった、浸水を防ぐ輪っかのことじゃが」

「ああ、Oリングのことですね」

 ハロルドがなぜ防水用の部品に興味を持ったのかは分からなかったが、ハルトは思いつく限りのアイデアを伝えた。

「なるほどの。摩耗を考慮して消耗品として考える、と」

「なので、型を作って流し込む形の製造方がいいと思います。でもネゴムヤシの樹脂ゴムだと熱膨張するからなぁ」

「蟲の粘液には低温になるほど融解し、常温で硬化するものもあるでな」

 そんな物質があるのか。固まったときに柔軟性があればシーリングに使えるかも。まだまだ面白いものがあるな。この世界。

 対空銃座の設置が一段落し、ハルト本格的に開発に戻っている。銃座の設置は対空機銃の生産が追いつかないので休日にまとめてやることにして、アバターシュを要望された土木作業は早朝に行うことにしている。

 ハルトが早朝作業と休日返上で働くのには理由わけがあった。まとまった休みを取って天使の館に向かうためだ。天使の館へは綾乃に会い行くのだが、そうそう転移の間が使えるわけではない。いい機会なのでアントナーラ、家族の暮らすロダ村、守りの森から天使の館へと、王宮にたどりつくまでの道筋を逆にさかのぼってみることにした。軌跡をたどるちょっとした小旅行である。

 ロダの家族にも心配かけただろうし、ここにいるとショコラにあまり構ってやれなくて可哀そうだ。ロダの家にはショコラの子供もいる。戻してやろう。

 

 王城にほど近いコロシアムには、王都とアントナーラを往復するカナブン型の定期便が着陸している。コロシアムは早朝や騎士たちの訓練の合間をぬって飛甲機の発着場になっていた。週に二回発着する定期便の就航は飛甲機産業の中核を担うアントナーラの重要性と、王都での優位性を象徴するものでもあった。ハシュタルの勢力は大きく後退し派閥は消滅したに近い。

 量産型アバターシュの大腿部の強度問題をクリアして、休暇を取ったハルトがショコラを連れて夜が明けたばかりの待機場で待っていると、つばが広めの帽子をかぶって、すっかり旅行気分のソフィーがボストンバッグを持ってやってきた。旅行大好き、アーヤノルン様大好き、しかも綾乃もお気に入りのソフィーに「一緒にいきまっする、ぜひに、ぜひに連れってて、お兄さん」と言われ、ノーラの承諾を持ってこられると断る理由がなかった。

 今回は危険が少ない旅行だし、ニンディタの救出作戦での恩もあるしな。

 二人と一匹の小旅行が始まった。 

 定期便のパイロットとキャビンアテンダントはアントナーラの男女で直々(じきじき)に挨拶にやってきた。飛甲機の産みの親であるハルトはアントナーラではちょっとしたした有名人になっているらしい。クッションが沢山置かれた一番後ろのベンチシートにはカーテンがかけられ、即席の個室ができていた。飲み物がこまめに運ばれ、お菓子は何が良いかとたずねられたり、ファーストクラスに乗った気分を味あわせてくれる。機内にトイレがないのでちょくちょくトイレ休憩に着陸をしながらの長距離バスの運行にも似たフライトだった。ドローンのように滑走路が必要なく騒音も激しくない飛甲機は簡単にどこにで降りることが可能で、他の機体との接触にさえ気をつければ、低空でも速度を上げて飛行できる。中間地点に作られたパーキングで昼食を終えたハルトとソフィーはいつの間にか大きめのベンチシートの上で横になって惰眠をむさぼっていた。


 夕暮れのアントナーラの街に着陸したのは、飛甲機の開発生産を行うクスノキ・パッカードの開発工房にほど近い一角だった。ハルトがいまだに所属している商会の中核が見下ろせた。ハッチが開いてステップを降りるとジェルマン・パッカードとステュアートが出迎えに来ていた。久しぶりの再会の握手を交わした。本来の馬車事業を甥に譲り、飛甲機の開発製造を主体とするクスノキ・パッカードの代表を勤めるアリシアの父、ジェルマンと片腕のステュアートは少し老けたように見えた。それくらいご無沙汰だったことを実感しつつ、アントナーラの飛甲機事業の発展がいかにアントナーラの領民の暮らしを豊かにしているのかを聞かされて、こそばゆい気持ちになった。ハルトはジェルマンにこれまで毎月欠かさず送られてきている小切手の礼を述べて馬車に乗った。

「王宮で使われている良い方の馬車ですねん」

 何気なく言ったソフィーに

「ジェルマンさんがパッカード商会の旦那様なんだよ」

 と教えてあげた。キラナでの馬車改良の評判を胤月から聞いていて自分が実際に乗った感想を告げると「何から何までお世話になって」とジェルマンが恐縮するので、ハルトはキラナの技術を尊重しつつ乗り心地を改良したジェルマンとステュアートの手腕を称えて照れくさいのをごまかした。

 ホテルの部屋に荷物を置いて、ソファーとジェルマンたちと連れだってレストランに入ると、懐かしい面々が待っていた。ジョナサンやユージンの航空隊、ミックにケビンとカールもきちんとした正装を着て席について背筋を伸ばしている。カジュアルに着崩したハルトといつものパンツルックのソフィーの方が恥ずかしいくらいだ。ミックに騎士団技術研究部入団と晴れて貴族になった祝いを述べると、「先生からは全然別方面の相談を受けているからそのうちまた一緒に仕事が出来そうだ」と言われた。ロダ村時代からの友達との再会は「約束を覚えててくれたんだな!」という包容になった。ニンディタで救出したフーゴはケビンとカールの友達なのだ。

 ディナーなのにブッフェ形式になっているのは貸し切りになっているからだった。少しでも多くの人と話せるようにと、ジェルマンがセッティングした会場で見知った顔や戦友たちとグラスを傾ける。ソフィーは食べることに夢中。領主であるオーブ・アントナーラとベンヤミン騎士団長が表れると一同が胸に拳を当てて敬礼をした。

「プライベートな場だ。無礼講でいこう。な、ハルト」

 豪快で屈強な戦士でもある領主、オーブ・アントナーラが茶目っ気たっぷりに片目をつむる。

「乾杯の音頭でもとるか?」冗談まじりに言われて全力で断った。「ここにいるのはハルトさんにゆかりのある人ばかりですが、参加を希望した人数は途方もありませんでした」ステュアートに言われ、今度からゆっくり来たいときはお忍びにしよう。と、密かに決心したハルトだった。


 翌日の午前中、オーブとの会合を前にハルトはとソフィーとショコラを連れて街に出た。王都には何でもあるから特に買うものもなかったのだが、ショコラを散歩させて街を歩いているとヤキトンボ採集の旅装の買い物をした店をみて懐かしさがこみ上げてきた。

 あの頃は街に来ただけで大興奮だったな。

 アリシアと入ったハンバーガーショップの前を通ると足を止めてしばらく見つめた。

 もう終わったことだ。アリシアが元気でいてくれればいいんだけど。

 依然いぜん連絡のないアリシアを思い出しながら領主の館に入り、オーブとの歓談をし、ひと仕切り話が終わるとハルトはふとあることをたずねた。

「そういえばオーブ、妖精と昔なにかありました?」

「あの時に聞いたのか。箝口令かんこうれいをしいてあるからそうなんだろ? なに大したことじゃない」

 あまり言いたくなさそうなのでそのまま引き下がった。

 

 二人と一匹は飛甲機開発工房に足を運んだ。視察ではなくオーブが気前よく飛甲機を貸し出してくれたのだ。Hの文字が丸く囲われたポート。懐かしい場所にオレンジ色の零号機が変わらない姿で鎮座していた。

 思えば俺っていつも何かに巻き込まれてるな。

 それも主観なのかもしれない。慌ただしく離着陸を繰り返した記憶が蘇ってくる離着陸ポートに着くと、清々しいくらいに晴れやかな顔をした管理官に迎えられた。

「資料館から出して万全の整備をしてあります。まだまだ現役ですよ。飛行服も用意してあるでのお着替えください」モコモコしたB-3を模した飛行服を着込んで、ソフィーとショコラを後部座席に乗せて浮上した。ゴーグルをしていても春光が眩しい。新緑の緑を見降ろしながらロダに向かった。


 ウォン!、自宅の裏庭が見えてくると後部座席でショコラが嬉しそうに吠えた。

 父さん、母さん、マーガレット。あんなに小さかった子犬が立派になって。

 ショコラと見間違いそうな茶色い大型犬がマーガレットの隣でしっぽを振りながら上空を見上げている。零号機が色鮮やかな緑の裏庭に着陸すると家族が駆け寄った。

「お帰り、ハルト」「お兄ちゃんお帰りー、ソフィーいらっしゃい」

 父さん、少し目元のシワが深くなったな。マーガレットは随分女らしくなってるし。

 ショコラと子供のスフレがじゃれ合う先の本宅と一体になった工房の隣には、プレハブ風の工房が増築されていた。「馬車の発注が増えて職人を五人雇っている」父ジュノーは胸を張って語る。工房に入ると「俺は先祖から受け継いだこの土地で、職人としての人生をまっとうするつもりだ、工房を大きくしたり、街で商会を立ち上げることもできるが腕を磨き続けたい。村の職人も頑張ってくれているしな」そう言いながら仕上がったばかりの馬車のスプリングをハルトに見せた。

「うわ、ほんとに精度が上がってる。かなわないな」

 ジュノーは心底得意げな顔をした。

 リビングに入ると雰囲気が大分変わっていた。燭台にロウソクが灯ることは無く、部屋の各所に取り付けられた光石ひかりいしのライトが淡いオレンジ色を発していた。マナの消費が極端に少ない光石の鉱脈が見つかったのだそうだ。これも飛甲機よる探索の結果だった。

「鉱脈が近いロダの村の人口も増えはじめている。こないだも照明のカバーを作りたいと街のガラス職人が来ていたな」

 ジュノーの話が一段落するとマーガレットがリビングを出てゆき、同い年くらいの男を連れて入ってきた。

「紹介するね。わたしの婚約者、エリックだよ」

「はあ!?」

「エリックはね、うちの工房で働いてる職人なの。街から来たんだよ。腕もいいんだから」

「マーガレットちん、おめでとーー」

「ありがとうソフィー」

「お、おめでとうマーガレット。成人式は来年だよな」

「エリックはまじめな男だ。俺としては申し分ない」

「だからお兄ちゃんは家のことは心配しないで好きなことやってればいいよ。たまには泊めてあげるから。またどっかに行っちゃわないでよね。心配したんだからね」

「まぁまぁ、帰ってきたんだからいいじゃない。それにハルト、ちゃんと王都に戻れたんでしょう?」

「うん、相変わらずしごかれてるよ。開発も頑張ってる」

「それならいい。エリック」

「はじめまして。エリックです。よろしくお願いします」

 良かった。お兄さん、って言われたら、兄と呼ぶのはまだ早いっ、とか言っちゃうそう。

「ハルトです。よろしく」

 しっかりした握手するなぁ。肝が座ってるわ。義理の弟になるのか。なんか複雑。

「さぁマーガレット、食事の準備をしましょう」

「お兄ちゃんが好きなパンケーキも焼くからね」


 夜も更け、出ていったときのままになっている自分の部屋に入った。ソフィーはリビングの隣のノエルがいた部屋に泊まる。エリックはノエルが小さいときに家族と暮らしていた、アントナーラ騎士団が警護についていたときには宿泊所になっていた近所の家に住んでいて、婚約を発表したらノエルの部屋に移るのだそうだ。

 いろいろ変わっていくんだな。

 マーガレットが婚約か。「しごきがいのある男だ」って父さんも言ってたし、ひとつところに地に足つけて生きていくのも幸せそうでかっこいい。

 懐かしい部屋の、懐かしい寝心地のベッドから、懐かしい匂いがした。誘われるようにあの頃によくみた夢をみた。汗をかきながら一生懸命に手を動かして、作ったものを父に見せて、認められる夢だった。


「行ってらっしゃーい」

 家族とエリックが手を降っている。昼休みに入っているので見送りに出てくれたのだ。ショコラが空を見て吠えた。

 零号機が森の上空に入り、守りの森への方向を示す岩肌が見えてくる。鹿の親子が岩陰から翅を震わせて飛ぶ飛甲機を見ていた。

 樹齢が何百年なのか分からない緑の中に、ひときわ背の高い大木が枝を伸ばしている。腰に翼を持つ鳥の人、翼人族が暮らす守りの森の本拠地。その中庭にオレンジ色の機体が舞い降りる。守りの森で暮らす獣人けものびと、ノエルの兄ジルと両親が出迎えてくれた。ノエルから預かっていたものと一緒に手土産を渡して、ノエルの近況を話しつつ、巨木そのものが住居になっている木の中に入る。階段を昇り、若き族長アルフリードの執務室の扉を叩いた。

「よく来た。ハルト」

 涼しげな眼差しに肩まで垂れる青い髪、瞳の色は髪と同じ深いブルー。端正な顔立ちで寡黙なアルフリードは初めて会った時と全く変わっていなかった。

「よろしくおねがいします」

 ちょこんとソフィーが頭を下げた。

「うむ、では参ろうか」

 飛行服はここに置いていってよい。アルフリードに言われて羽織っていたジャンバーをハンガーにかけて飛行服のズボンを脱ぐ。巨木を出て草地の中の石畳を渡む。ステンドグラスでできた教会の扉をくぐると、最初に来たときと同じく、楽器を持った女性の楽師たちが列をつくり尊厳な音楽を奏で始める。ソフィーは教えた通り無言で足を進めているが、きょろきょろと左右を見回し目が輝いている。

 祭壇の前にひざまずいて目を閉じた。音楽が止むと祭壇が消えているのも前と同じだ。そしてその奥にある扉が開いている。アルフリードの守り鴉、ビエラがやってきた。アルフリードの髪の色と同じブルーの首元に乗ってソフィーを引き上げる。艶のある黒い翼が開いた。

「うっきょーーー」

 やっぱそうなるよな。いきなり大空の真っ只中だもん。

 眼下はどこまでも青い空。上空には島が浮かんでいる。島の底に見える木の根を横ぎって高度を上げる。アルフリードが腰からまたたかせる青と黒の翼に先導されて浮島をいくつか越えてゆくと、森の中に白い館が建つ空中に浮かぶ島が見えてくる。高度を下げるて降りると館の前に天使達が出てくるのが見えた。

 玄関テラスにはベルダンティアと側近の少女天使の他にもうひとり、純白の天使が出迎えに出ていた。

「アーヤノルンさまー」

 トコトコと走っていって綾乃に抱きつくソフィー。

「いらっしゃいソフィー、ハルトくん」

 ソフィーの頭をなでながらハルトを見た綾乃は、随分と軟らかい笑顔を見せるようになっていた。


綾乃と再開したハルト。

次回「またあの頃のように」週明け月曜日に投稿します。

来週から投稿時間を17時に戻します。それと平日毎日投稿できそうなので

月曜日から金曜日の投稿にしたいと思います。よろしくお願いします☆

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