湖畔の記憶
珠絵視点になります。
オーブやデニスと談笑するハルトを珠絵が見守っている。
珠絵はここに至るまでの記憶を思い出す。
◆◇◆◇◆◇
デニスさんが突然王宮に戻ってきたのは四日前のことでした。移動砲台の架台として何かの生き物に乗せられないか? と常々考えていた私は、キラナで海運を営む商会が大きな蟹を使役していることを聞いて、興味を唆られて調べてもらっていたのです。
アバターシュの武装を開発して先輩やみんなの役に立つ喜びを知ったのですけれど……
でも自分が撃ちたいという衝動はあって。
だがしかし、ですね、アバターシュのパイロットへの道は遠いわけで、みんなの役に立ちつつ自分も撃つにはどうしたらいいのか、自分らしく射撃特化でガンガン撃つにはどうしたらいいのか、そんなことを考えてたら、自然とアイデアが湧いてきたのです。
戦車を作りたい。
対空防御に特化した。
ハロちゃんさんも必要性を説いている。
なんとかならないかなぁ。
けれどエンジンがない。車がない。当然キャタピラもない。はてさて……どうしたものか。
そんなことを考えていたところで、思い出したのです。こっちの世界にくるちょっと前に調べたことがあるものを。
多脚戦車。
ならもしかして。
有名なのはAIが進化した公安9課のですけど、わりかし登場するのですよ、アニメや小説なんかには。転移してくる前に、戦車道に登場する戦車を調べているうちに、蟹のボディの上にWWⅡの戦の砲塔を載せちゃた系の画像にたどり着いて、なんじゃこりゃ、でもすごくかっこいい、と思ったことがあったのです。たぶん蟹の剥製みたいなのとスケールモデルを融合させたものだったはず。
この世界の蟹は大きい。
足の輪切りステーキがビックリハンバーグより大きいのです。
問題は人の言うことを聞く蟹がいるのか、ということ。
ハロちゃんさんに聞くと、なんと蟹を使役する民族があるらしいというではありませんか。「デニスに調べてもらえばよいのじゃないか」相談したらデニスさんは快く引き受けてくれました。先輩がニンディタに行ったと聞いて、なんでだろ?と思ったりしてたのですが、デニスさんの話を聞いて、また無茶するなぁ、と心配したりして。
デニスさんは蟹を使っているキラナの海運商会が、元いた商会の親戚筋だからと訪ねてくれて、でも取り合ってくれなかっと聞いてヘコんだりもして。けど「ニンディタに行ったハルトさんの役に立つかもしれないので、これから一緒に行きましょう」と言われて、その場でコクコクうなずいちゃって。
その日のうちに、デニスさんを乗せて古宮島に飛びました。本山では狐島って言うらしいですけど、そこで会った狐人の女将さんが何だかとても良くしてくれて、あなたにはなんちゃらの力が宿っているから、と、儀式をしてくれて。その間にもう一度商会に行っていたデニスさんはやっぱりダメで。
古宮島からまた二人で飛甲機に乗って行った先は、そんなに遠くない湖畔にポツンとある小さなお屋敷だったのです。
国的にはグランノルンになる、とても綺麗な所。
白樺の林に囲まれて、果てなき泉の水平線が見える景観の中にポツンと建つ、白い壁と煉瓦色の屋根お屋敷。
年配のメイドさんに通された応接室で誰かと話しに行ったデニスさんを待っていると、高級そうな焦げ茶色の木の壁に飾ってある絵が気になったのです。
ノーラのおかげで王宮暮らしが長いからなのか、その絵の額縁がすごく高価なモノなのも分かりました。なのに絵の中に描かれているのが飛甲機だったから余計に気になったのです。
「あれ、零号機だ」
一度だけ見たことがある、先輩が最初に作ったオレンジ色の飛甲機。
立ち上がって絵に近づいたら、その下にはフォトフレームみたいな小さい絵が。
「先輩と神宮路先輩?」
違う、そっくりだけど、この人はたぶんアリシアさんって人だ。
その絵を手に取ろうとしたときに扉が開いて、ちょっとびっくりして飛甲機の絵を見上げてごまかしたりして。デニスさんの後ろから入ってきた女の人はヘアスタイルが変わっていたけれど、絵の中の人だってすぐに分かりました。
肩の上で切りそろえられた髪型にも絵の中にある気品が漂っていたし、艶のあるまっすぐな濃い紫色の髪と、端正に整った小顔。悔しいぐらいの美人さんは絵の中の人そのものでした。神宮路先輩がショートにしたらこうなるんだろうな、的な。くりそつです。
「飛甲機にご興味がおありなのかしら」
「はい。知り合い、というか親しい仲間が作ったものなので。はじめまして、花家珠絵といいます。あれ? タマエルって名乗った方がいいんですかね? デニスさん」
「ごめんなさいっ、久しぶりに人とお会いしたのですから、つい。アリシア・パッカードといいます。タマエさん」
やっぱり、この人がそうなんだ。
先輩がこの世界にきて婚約してた人。
神宮路先輩の魂が入るはずだった人。
胸が痛い。
どう接していいのか分からなかったです。正直。
「ハルトさんはお元気かしら」
「しばらく会えてないですけど、元気だと思いますよ。また無茶してるみたいなんで心配してるところです」
アリシアさんはなにやらしばらく考えていたのですが、「庭に出てお話しませんか?」っていわれて助かりました。メイドさんが庭のテーブルに、花柄のティーカップと紅茶が入ったガラスのポットを置いていくと、二人だけになりました。
「ハルトさんの前の世界からのお友達、なのですよね?」
「知ってるんですね……」
「もしよければ、なんですけれど、前の世界でのハルトさんのことをお聞きしてもいいかしら?」
「私の知ってることで良ければ」
思い出しながら話しました。
学校のこと、部活のこと、撃たせてくれたこと、車を作る会社のお嬢様をよく見ていたこと、その人と幼馴染みだったこと、ピンクの髪をした妹みたいな幼なじみがいること、何かに悩んでたみたいだけどいつも前を向こうとして、人の世話をよく焼いて。
ついつい喋り過ぎた気もしたけれど、アリシアさんに話しているうちに自分の気持ちに気がついたような気がしました。
憧れてたんだ。
そう思ったのです。
でも言葉が出てこなくなっちゃいました。
「今度はアリシアさんの番ですよ? こっちに来てからの先輩の話を聞かせてもらえませんか?」
「私の知っていることでよければ」
二人で、ちょっと笑ったのでした。
ポツリ、ポツリ、端正な口元から言葉が出てくる度に、アリシアさんの顔から暗いものが消えていく気がします。
あー、この人ホントに好きなんだな、って思わされちゃいました。アリシアさんは話し続けました。饒舌に、とどまることなく、鮮やかに、劇的に。そう、まるで劇を見てるみたいにイメージが浮かんでくる。カウンターに並んでハンバーガーを食べたのがそんなに嬉しかったのですか?って思うくらいに。
けれど、結末にむかうにつれて話が重くなっていったのです。離れる決心をした? なんで? なんで? 一方的に別れた? 何も言わずに置いてきた? はぁ!?
ぶっちゃけムカついた。
ええーい、いいや、どうせ直球しか投げられないのです。私はそういう人なのです。
「あなたは随分と自分勝手な人なんですね?」
言っちゃった。でもここは思ったことを言うところ。
「辛いことがあったのは分かります。拐われたりしたら怖いでしょう。死にそうになって怖かったでしょうよ。でもだからって。……私は納得できませんね」
「でも……私はもう……」
婚約を解消した理由を聞きました。衝撃的を受けました。けど。
「でもなんでそれを先輩に言わなかったのですか。ずるいですよ。一方的です、そんなの」
「でもハルトさんのことを思えばこそ!!」
けっこう取り乱してます。けど。
「思えばこそ? 姑息ですね。笑かさないでください。先輩の気持ちを考えたことあるんですか? 先輩がかわいそうです。それにあなた自身はどうなんです? このまま誰にも会わないで、誰も来ないこの湖畔で思い出に浸ったまま、死ぬまで引きこもるつもりなんですか?」
彼女は黙ってしまったけれど、そのまま捲し立てました。
「さっきだって私と、先輩を知ってる私の話をあんなに嬉しそうな顔をして聞いてたくせに。今でも先輩をすんごい好きそうな顔して話してたじゃないですかっ」
バンッ、紅茶がこぼれちゃいましたけど気にしません。
「なんなんですか? お嬢ですか? 甘々ですか? ただ逃げかっただけじゃないですか」
「私に誰にも話したことがないことを話したのだって、どこかで先輩に伝わってほしい、と思ったからじゃないのですか? ズルいですよ」
ジッとアリシアさんを見つめて。
「――先輩と自分が大切じゃないのですか?」
「……自分が?」
一呼吸ついて、落ち着いて。
「先輩のことが大切だと思うなら、また会いたいと思うんなら、先輩が笑ってるところを見たいんなら」
「――自分を大切にしてください」
我ながらこっ恥ずかしいことを、と思いながら、真っ直ぐに、ストレートに、この人に届くように。
「自分がやりたい、と思うことをそのままやって、アリシアさんの笑顔を見せてあげましょうよ。先輩がいちばん喜ぶのはそれです。たぶん」
なんでこんな簡単なことが分からないんだろう? アホなのですか?
あっ――神宮路先輩もそうなんだ。なんかこじらせてんだ、あの人も。――自分で勝手に決めつけちゃって勝手に悩んでるんじゃないのですか?
うわー、ちょー突っつきてーーー!
たぶんそうだ。絶対そうだ。先輩とノーラはこっちの体の人とおんなじような経験をしたりして共有するって言ってました。
運命とか信じないですけどね、私は。
運命ちゃんが来たら撃ってやりますよ? ピンポイントで。
自分の道は自分で作るのです。
しかしアリシアさん黙りこくってます。
やっちまったくさいです。
またやっちゃった。あーあー。
もういいですよ。知ってます。私はこういうやつなのです。しょうがないのです。
だから私はいつもひとりだったのです。慣れっこです。
でもやっぱり気持ち悪いなぁ、この感じ。
どうやってこの場から出たらいいのでしょうか?
「どうもありがとう」
「へっ?」
「思ったことをそのまま私に言ってくれた人なんてハルトさん以来なの。沢山の人に会っていたとしても、きっとそうだったと思うわ。あらためて私とお友達になってもらえないかしら? タマエさん」
「べべ別にいいですよ? ――こんな私でよければ」
なんなんですか? てっきり嫌われたと思ったのに。
こういうとこに育ちの良さって出るんですかねぇ。
その後、アリシアさんは紹介状を書いてくれたのでした。デニスさんが何度も行ってみた商会への。
また会う約束をして、
そのまま商会に飛んだのです。
降りたのはでっかい港でした。いかにも海の男、みたいな人が沢山いました。湖だけど。
デニスさんにくっついて、ビルちっくな建物に入って、通された部屋はいちばん偉い人のやっぱり海の男な部屋で、
「アリシアからの手紙なんて久しぶりだ」
喜んでくれたようなので、とにかくアピりました。蟹が祀られてる聖地に祝福されてる、とかいってちょっと盛ったりして。でも聖地の祝福? が効いたみたいで、カニちゃんに会えることになったのでした。
ジュリアンさんの船に乗って沖合の島にレッツらゴー。
水深の浅い湖岸を喫水の低い高瀬船ですすみます。
見えてきた出島は大きな船で運ぶ荷物を仕分けるところらしいです。
山のように荷物が積まれています。
早々に、上陸する前にすでにカニちゃんを見つけました。
カニが荷物を運んでる!!
陸に上がると、荷物を運んでいた真っ青なカニちゃんが止まってこっちを見たのです。
愛くるしい目をゆっくりまわして、口からブクブクと泡を出して。甲羅の上に乗ったオジサンがきょとんとしてました。
「才能あるな」
ジュリアンさんに言われ、倉庫に入って、別のカニちゃんに会って。
やっぱり青い。
人の言葉を理解するカニちゃんはみんな青い。聖なる色でしたっけ? ハロちゃんさんが授業で言ってた気がします。
ほとんどのカニちゃんが私を見ると止まり、ジュリアンさんが甲羅の上に乗っている人たちの親方っぽい人に声をかけて、一緒に別の建物に行ったのです。
「乗ってみろ」
いきなり言われても……でもカニちゃんがこっちをジッとみているのです。
とてもかいわいい。
階段を昇って、甲羅の上に降りるハシゴを降りて、足元に気をつけて。
「思ったより滑らないのです」
ゴツゴツした甲羅は真っ青で、真ん中にある座席的な何かにむかって慎重に慎重に。慎重にそおーっと座席に座って前かがみになって、甲羅に付いた二つの取っ手を握ってみたら身長が足りませんでした。海の男は大きいのでね。不可抗力です。お尻を前にずらしてペシペシと甲羅を叩いて親愛を伝えるとカニちゃんが動き出しました。
「カニちゃん、行っくよー、ゆっくりねぇ」
伝わりました! 伝わりましたよ! 伝わりましたとも! ゆっくりとカニちゃんが前に出て、アバターシュのハンガーみたいな基地から前進すると横に動きたそうです。
「横でもいいですよ?」
回転式の鞍を回して横にしたら私が前を向いた方に動きました。
横歩きは早い早い。
カニちゃんは私の言うことをよく聞いてくれます。
とてもかわいい。
基地に戻って甲羅を撫でてからハシゴを昇るとジュリアンさんが待っていました。
「話をしようか」
デニスさんと部屋に戻って話が始まって。
次の日、丸一日カニちゃんと遊んで、完全に仲良くなると、カニちゃんと一緒に古宮島に向かって出陣。古宮島からほど近い沼沼したところで待機していると、琴音さんの乗ったカッツェの守り鴉が飛んできて、追いかけていったら、先輩やっぱり危ないことしてるし。
でも役に立ててよかった。
ノーラもきっと喜ぶでしょう。
アリシアさんと先輩がまた会えたらいいのに……
「先輩」
「どうした? 珠絵」
「やっぱいいです」
「はあ?」
やっぱりやめときましょう。アリシアさんが自分で会いにいくまでは。きっとその方が先輩も嬉しい。
「何だよ? ニヤニヤして」
「なんでもないですよ?」
「珠絵さん、なんですか? なんなんですかー? そういえば珠絵さん、あのカニちゃん、なんですか?」
「ふふふ、これからは私をカニちゃんテイマーと呼ぶのです。ソフィー」
「やっぱ意思疎通できんだ。すげぇな」
「まだまだこれからですよ。カニちゃんと私には大きな野望があるのです」
「でもカニちゃんでいいの? 名前つけてやれば?」
「うーん。ノーラは、蟹とタッグを組むならぜひアクタガワに! って言ってましたけど……」
「なんだそりゃ。わけわからん」
「でしょでしょう。名前はゆっくり考えます」
いいですね。これからの話をするっていうのは。
オーブ・アントナーラとマティスさんに呼ばれて行ってしまった先輩。
早くグランノルンに戻ってこられるといいのですけど。
◆◇◆◇◆◇◆◇
軍用のテントに入ったハルトはテーブルについた。
オーブとマティスと向き合っている。
救出した全員の健康状態が良好だと聞いて、ほっとした顔を二人に見せる。
「ご苦労だったな、ハルト。」
結果的にハルトの今の境遇を利用するようなことになってしまった、とオーブは詫びた。しかし正規の軍人が表立ってできることではない。
「国際問題になりかねないでしょうし」
返すハルトにオーブはあらためて謝意を示しながら「これで事態は大きく進展する。アントナーラ襲撃事件からグランノルン、キラナでの拉致事件まで繋がった」と、手応えを噛みしめている。オーブがやけに感慨深そうにするわけをマティアスが告げた。
拉致の目的が判明した、と。
監禁されていた人たちの事情聴取から判明した拉致の目的。
「人口マナの研究と材料にされていようだな」
人口マナ? 禍々(まかまが)しい感じがする。
「成人前の子供の血を使って生成しているのではないか? と考えられる。しかし本丸はイーシャだろう。ニンディタは人だけを送って自分たちに情報が降りてこないため、たどたどしいながら研究をしていた、というところだろうな」
大人の二人は、血縁関係者の血がどういう影響を及ぼすのか、の参考に必要だったらしい。
「イーシャは人民の平等を掲げてはいるが独裁国家だ。人の命は政権の為にある、と平然と思っている節がある。国力を底上げして何をしようとしているのかが気になる」
オーブはこれから何が起こるのかに不安を募らせていた。
しかし優しげな顔をしたマティアスが言った。
「今回のハルトの働きは王宮内部の勢力図に相当な影響を及えるだろう。本山で待機していなさい。戻ったら即刻ハルトを王都に戻すようにキザイア様に進言しよう」
「戻れるんですか!?」
「俺の領地から拐われたフーゴがな、ハシュタル上層部の関与を証言できる。そう時間はかかるまい」
「そういうことだ。準備をしておくとよい」
戻れるのか。清右衛門さんにお礼を言おう。琴音さんにも。
ハルトは席を立ちテントの外に出た。
春風が吹いていた。
久しぶりに登場のアリシアでした。
カニちゃんかわいい。
そして子供に血を使った人口マナの存在が判明。
しかしハルトに取って長かった冬の時代が終わりを告げます。
次回「ひらり」
明日も早い時間に投稿しますね。
カニちゃん戦車はイワシ金属化様の模型に触発されました。カニ戦車の画像検索でいろいろ見れます。




