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甲殻の翼  作者: 月弓 陽
セントラル編
118/148

救出作戦

 ティムがアジトと呼ぶ建物は、穀物を扱う商会が使っていた三階建てだった。

 経済状況が厳しいニンディタでは小さな商会の夜逃げが多いとのことだ。

 荷車置き場と馬とコボルの繋ぎ場になっている一階から二階に上がると、リビングの他に大部屋が二つあった。三階が個室になっている。部屋割をハルトとカッツェ、ソフィー、源九郎と清右衛門せいえもんに別けて各自荷物を運び込んだ。

 ハルトとカッツェが荷物の整理を終えて二階のリビングに降りると、ティムが軽食を大皿に乗せ、柑橘系の甘い飲み物を煎れて待っていた。

 ソフィーに続いて清右衛門、源九郎が降りてきた。あらためて顔合わせとなった。

 全員がニンディタで一般的な白い服を着ているので異様な感じがした。しかし琴音が用意した服は高級過ぎず、みすぼらし過ぎずで目立つことはなさそうだ。

「よく似合ってるじゃねーか。用意した人間は分かってるみてーだな」

 フィレーネがハルトのポケットから飛び出し、柑橘系の蜜壺に飛びついた。ティムはあっけらかんと壺の蓋を開けてなめ始めた妖精に狼狽したが、ハルトたちが何食わぬ顔をしているのを見て自己紹介を始めた。

「あらためてよろしく、ティム・イーソンだ」

 ハルトから順に自己紹介が進んだ。最後に清右衛門が名乗ったがティムから差し出された手を取らず、握手は交わされなかった。緊張した空気が流れた。

「お侍さんは生粋きっすいのキラナの人だな」

 それだけ言うと、ティムは軽食が乗った大皿に自分のカップを乗せて持ち、「仕事部屋に行こう。時間がおしい。ついてきてくれ」と、扉を開いてリビングを出た。

 一番奥の部屋に入ると壁一面がコルクボードになっていた。地図や船の時刻表など、資料が所狭しと貼り込まれている。

「まぁ食べながら聞いてくれ。まずはここの体制と俺が把握してることから話す」

 ティムは軽食とお茶をテーブルに置いたまま話し始めた。

 デニスから派遣された捜査員でこの街にいるのはティムだけ。現地で雇った人員が四人いるが、この部屋にはティムとハルトたちしか入室を認めないことに続いて、施設が繁華街の外れにあること、今のところ転居する兆候はないこと、救出した後に脱出ルートになりうる経路などが話された。

「脱出ルートはまた後で話すとして、そちら側の話を聞いておきたい。おおよそのことはデニスさんから聞いてるが、本人に聞きたいこともあるんでな。源九郎から頼む」

 源九郎から拉致された経緯と施設の中の状況が詳細に話された。

「施設では両親とお姉さんとの接触はなかった、ってことだな」

「はい。大人が少ないみたいだったんで姉さんだけでもいないか、できるだけ気を配って見てたんですけど……」

 白髪の少年が悔しそうに視線を落とした。

「まぁそう気を落とすな。これまでの調べで大人や女がどんなルートでどこに連れていかれたのかは大体分かってる。他の区域で捜査に動いてる人間にもデニスさんから源九郎の情報が渡ってるはずだ。この件が片付いたらそっちに行きたきゃ紹介する。今はこの街での救出に力を貸して欲しい」

「わかっています。牢の中で親切にしてくれた子もいるんです。出来る限りのことをやります」

「で、お前お狐様だよな」

「はい」

「何が出来る?」

「――人には白狐しろぎつねと名乗っていますが、それは本性を隠すためです。私の一族、天狐あまぎつね()()は天と書きますが本来は雨なのです。雨乞いができます。と言っても私は未熟なので嵐や大雨を呼ぶことはできませんが……」

「それじゃあれか。作物の実りがよくないニンディタに雨を呼んで豊かにしようと移ってきたっていう天降巫狐あまふりのみこってお前らなのか」

「そうですね。母の初音は雨乞いをする狐人の中ではズバ抜けた力を持っています。姉の稲穂も力が強いです」

「そりゃご苦労さんだったな。けどニンディタの収穫が悪いのは天候のせいじゃない。文句を言うだけで働かない奴が多い。楽したい、でも金は欲しい、盗んだり、たかったりしても恥と思わない。挙句の果てに、これは権利だ、とぬかしやがる。そんな奴も多いからな」

「そうですね。僕たちも差別に会うんで普段は狐なのを隠して暮らしてました」

 源九郎はしっぽとキツネ耳を出した。銀髪の耳は艷やか、白くふくよかな尻尾も先が銀色で立派だ。

「けどそんな高位のお狐様の一族なら他にも何か出来るんじゃないのか?」

「――普段はキツネの耳やしっぽを隠すのに使ってるですが……その、少し、ですが、変幻へんげんの術が使えます」

 ソフィーが椅子の音をたてて立ち上がった。

「マジですかっ! うっきょーー。見せて見せて! ねぇ見せて!」

 ねぇねぇねぇ。ソフィーが壊れ気味である。

「おいソフィー、いいかんげんにしろ」

 (いさめようとしたハルトをティムが制した。

「いや、俺も見ておきたい。施設に潜入するときに役に立つかもしれん」

 みなに注目された源九郎はモジモジとした。

「すいません。あまりお役に立てないと思います。大男になって怪力を使うとかはできないんで……」

「何にならなれる?」

 源九郎はうつむいてしまい、顔を赤らめた。

「姉の姿になら……姉のように立派な雨乞いが出来るようになりたい、と思っていたら姿を真似られるようになって……」

「やってみてくれ」

「でも驚きませんか?」

 躊躇する源九郎にカッツェが身を乗り出した。

「大丈夫だ。俺たちはラフィー様っていう狼の神様をよく知ってる」

 獣神の金狼、ラフィーが人間の幼女の姿になるのはカッツェとハルトにとって身近な話だ。

「えっ、ラフィー様をご存知なんですか?」

 源九郎はカッツェの言葉に食いついた。モフりとした白いしっぽがフワフワと揺れている。

「俺もめったなことじゃ驚かないよ。源九郎が狐の姿になっても、そうなんだぁ、って思うだけだよ」

 ハルトの優しげな目線に源九郎はうなづき、「では」と、人指し指を伸ばして手を組んだ。

 ボロン、白い煙があがると、巫女装束を着た美少女狐の姿がそこにあった。

 巫女装束だと思わせるのは、長い袖口やえりに赤い飾り紐が点々と流れた上掛けによるところが大きい。着丈の長い純白の上着の足元にはトライバル模様が浮かんでいる。

 内掛けは着丈が短い白装束。やはり朱色の飾りが入ったミニスカ着物を黒と金色の帯で締めている。

 袴ではなく、紅色くれないいろのニーハイの上に素肌をあらわにした太ももが緩やかな線を描き、胸元を飾る赤いひとえには絹光沢の白い紋が浮かんでいた。

 着丈が短い装束に首元で襟巻えりまきをしているので、くノ一のが上着を羽織っているようにも見える。

 艶が流れる長い白銀髪。凛々しい切れ長の二重瞼(ふたえまぶたの下で強い光をたたえる赤い瞳。色白の顔に朱色の狐化粧を目尻や額に浮かべた天降巫狐あまふりのみこは妖艶な色香をまとい、好戦的でもあった。

 

「かっこいい……」

 騒がしかったソフィーがおとなしくなってしまった。

「こりゃノーラが見たら大騒ぎだな」

 唖然とする皆の前で源九郎は恥ずかしそうにモジモジしている。

「だがやはり目立ちすぎるな」

 ティムの言葉におずおずと源九郎が答えた。

「髪の色は割と自由になります。化粧も落とせますし、服はイメージできれば変えられます」

「ほんと!? じゃあさ、髪を明るい茶色にして全身黒くてピッタリした服にしてみて。胸元がはだけてる感じで」

「こうですか?」

 ソフィーの要求に变化へんげした姿にソフィーが飛び上がった。

「これこれー。潜入するときはこれでっする! 富士峰子ちゃーん」

 きゃっきゃっと飛び跳ねるソフィーにハルトは「ノーラに影響されすぎだ。一周回って直球になってるし……」と、頭を抱えた。しかしティムは真面目な顔をして見つめている。

「うん、悪くねーな。ニンディタの男は異国の美女に弱い。使えるかもしれん。それに名前を変えておくのもいい。源九郎の名は施設で知られてるかもしれんからな」

「でも、ミネコちゃんはちょっと……」

「だったらビッチ村本って呼ぶよ? どっちがいーい?」

 年が近いからなのかソフィーは源九郎に容赦がない。

 わけわかんねぇ。ノーラとソフィーはどんな話してんだよ。

「ビッチは嫌です……ミネコでいいです……」

 か弱い男子の敗北だった。

 ギクシャクした重い空気が吹っ飛んだからまぁいっか。

 ハルトと同じくティムの鋭い目つきもいくらか柔らかくなったようだ。

 ソフィーはいま一度、源九郎にニンディタ人の男が好みそうな服装を要望し、化けた姿に納得していた。

「あたしと源九郎くん、もとい、ミネコちゃんは街で芸をして情報を集めまっする。施設の中に入り込めるようになるといいんだけど。でも二人だと不安だから誰か一人ついてくれると嬉しいかなぁ」

「なら俺がつくよ。ニンディタ人ときゃっきゃっするのは清右衛門さんには荷が重いだろうし」

「カッツェさんなら話も上手いし、いいかもですね」

「あたしもそれやるー」

 フィレーネがハルトが運んできた蜜壺からフラフラと飛んでソフィーの肩に乗った。

「そうだな。施設の中の情報が欲しい。頼んでもいいか?」

「お任せあれです。ティムさん」

 ソフィーは小さな胸を叩いて、にしし、と笑う。

「それじゃ、脱出経路の話をしておこう」

 ハルトが初耳のルートも含めて幾つかの脱出経路が示された。翌日から現地を視察してからハルトに決めてもらいたいとティムは言う。救出作戦の指揮はハルトに委ねる、ということなのだが、ハルトはこれまでの話からティムの調査能力を認め、知識や年齢的にもティムが指揮を取るものだと思っていたことを告げた。

「俺を買ってくれてるのは嬉しい話だけどよ、俺がアタマ張ったらお前らを使い潰すことになりかねんぞ。雇い主のデニスさんが決めたことだ。文句はねぇ」

「そんじゃハルトがやるしかねーな」

 カッツェはティムの言葉遣いがもう移り始めている。適応力が高い。

「話してみて分かったが、兄ちゃんたちは優しすぎる。ここじゃグランノルンやキラナの常識は通用しねぇ。虚勢張ってでも上に立とうとしないと食われるぞ。まぁさすがに人は食わなないけど。ちなみに俺は犬の肉は食わんよ。――ということで船の手配なんかの交渉ごとは俺がやる。兄ちゃんは全体を見て作戦を決めてくれ」

「分かった」

 どちらが上官なのかわからない状態でその日は解散した。


 翌日からハルト、ティム、清右衛門のチームと、カッツェ、ソフィー、源九郎の二手に別れて動いた。

 ティムは施設の張り込みや情報収集に当たっている部下と救出チームを引き合わせなかった。救出作戦の打ち合わせをする部屋の鍵はティム自身が持つという徹底ぶりだ。その意味をハルトが尋ねると「情報管理を徹底したいっつーもあるが、どこで何が漏れるか分からんからな」と答えた。ティムの慎重さを表しているのか、自分の仲間を信用していないことを意味するのかを捉えかねたハルトは思い切って聞いた。子供たちの行く末が自分の判断にかかっている。大きく頼ることになるティムを理解しておきたかった。

「どっちだとは言えねぇな。どっちでもある。ただ救出に向けて動いてることは手下には伝えてない。施設の見張りについている奴はなんの目的で見張ってるのかも知らない。そういうことだ」

 清右衛門は相変わらず寡黙だ。しかし脱出ルートの要所に着くと、どこに危険が起こり得るかの把握に心を砕いていた。成果を誇張ぜす謙遜することが美徳の侍と、グイグイ前に出て物事を押し進めるティム。二人がぶつかるのは時間の問題だった。清右衛門はここは譲れないとなるとハルトに意見を出してきた。その多くは危険な状況に陥った場合の対処についてだ。ハルトは直接ぶつかることの無意味さを理解してる侍の我慢に助けられていた。


 ソフィーはどんな芸がウケるのかを試しつつ積極的に街に通った。街に馴染み、住民たちに気に入られるようになると徐々に行動範囲を広げて行った。

 そのうちに郊外にある施設に勤める人間が出入りする酒場に入り込むようになった。施設の内部情報を聞き出してくるのいいのだが、芸を披露した後にホステスのようなことをやっていると聞いてハルトは心配した。しかしカッツェは「俺が見てるから」と止めはしなかった。「いざとなったら俺が守る」黒服として店に入ったカッツェの判断に委ねた。


「街の情報に精通している部下から報告があった」

 ティムが朝のミーティングで伝えたのは、施設が移動する兆候だった。

 引っ越しと思われる数の荷馬車が手配された、ということだ。

 期日は十日後。

 ハルトは船の確保をティムに指示した。救出する人数はソフィーたちにより判明している。子供九人と大人二人だ。

 最盛期には三十人を越える子供と親が収容されていたようなのだが、十人以上が遺体として搬出されている。残りはイーシャに送られた可能性が高い。拉致された人の多くがイーシャに送られた形跡をティムは掴んでいる。

 施設は表向き医療施術研究所を名乗り、遺体が出ても怪しまれないのだが、近隣の住人は診療を受けたことがなく子供の遺体が出る施設に不信感を持っている。源九郎の家族の消息も施設には感じられずイーシャに送られた可能性が高い。しかし源九郎は目の前にある生命いのちを救うことに集中していた。

 脱出ルートが二つに絞られた。

 渡ってきた大橋の間を運行する貨物船での渡航をメインに据え、喫水が低く船底が平らな小舟をコボルで引いて沼底の浅い干潟を横断するルートがプランBに据えられた。

 果てなき泉に面した大都市の港で船を借りたり、密航するのはリスクが高すぎた。

 アジトに入る前に寄った港町に、ティムの部下が懇意にしている船商会があるのも理由のひとつになった。

 ハルトは清右衛門の意見を取り入れて、干潟の干潮満潮を考慮しつつ決行日を絞った。天候をみて最終的に決めるというハルトの判断にティムは異を唱えなかった。ティムは船の手配には自らが向かい、馬車を乗り捨てることを想定して偽名で荷馬車を借りることを告げた。

 しかしその時点では施設内部の地下牢に続く職員が使う階段の位置が分かっていなかった。表階段は玄関のすぐ近くにあって目立つ。源九郎が牢から出されたときには目隠しをされていて裏口までの経路が分からない。

 二階に住み込みの職員がいる中で、秘密裏に拉致された人々を連れ出す必要がある。

 鍵が玄関脇の守衛室にあることと、一階の大まかな間取りは判明している。しかし侵入してから地下への経路を探すとなると作戦自体が大掛かりなものになってしまう。警備員の巡回のスキをついて裏口から密かに連れ出す仮の作戦を変更して、制圧すべき領域を広げるには人数が足りない。騒ぎが大きくなると街に駐留する治安軍に追われることになる。

 

 ハルトはデニスに現段階の状況と、直前に決行日を決めて通信を入れることを書いて鳩を飛ばした。強力な眠りの粉は潤沢に用意してある。ハルトは偵察と作戦立案の間に吹き矢式の簡易射出機を作った。フィレーネが使える極小サイズも用意した。


 翌々日、デニスから小切手の入った返信が届いた。ティムが小切手を換金し、施設に出入りする掃除夫から職員が使う階段の位置を聞き出してきた。

 決行予定日の前日、源九郎が儀式を行い雨を降らせた。小船の滑りをよくするために干潟の水かさを少しでも上げようと源九郎は奮起した。


 新月の夜、星の光も雲に隠れた闇に紛れて、ほろ付き荷馬車とコボルに乗ったハルトたちがアジトを出た。


闇夜に紛れて作戦決行です。

次回「逃避行」 月曜日の投稿になります。

GWもいつも通り投稿します☆

章管理を変更して114話からをセントラル編にしました。

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