それぞれができること
グランノルンの王城、政治の中枢を担う議会とは別のフロアに要人たちが集まっている。格式は高いがきらびやかさが抑えられた実務的な部屋の中で、マホガニーのテーブルを挟んで二つの国の代表と補佐官たちが並んでいる。卓上にはグランノルンとニンディタの小さな国旗が交わり、両国の徽章が彫り込まれた革のバインダーと人数分のグラスと水差しが置かれていた。
グランノルン連邦を統べる王と王妃、後継者候補の王女たちと向き合う人々の顔からは、前日の社交パーティーで見せた華やかさが失われていた。代表の席に座る人物が水差しからグラスに水を入れて口を潤す。水滴をしたたらせる水差しの水の減り具合が大きい。
対するグランノルン側は、第一王女アンナを中心に、騎士団総長である第二王女のキザイアが右側に、昨年の秋に成人を迎え、政治の世界に姿を表した第三王女エレオノーラが左側の席についている。それぞれの補佐官が隣に座り、娘たちの交渉を見守る王と王妃、幾人もの書記官が末席に並んでいるのためテーブルが横に長くつながれている。
口元から離したグラスを、焦げ茶色の天板の上に置いたニンディタの代表が口を開いた。
「では、同盟国である我が国から軍を引く、とおっしゃるのですね」
「あら、随分と率直なお言葉をお使いになりますのね。確かに大幅な人数削減にはなりますが、それと同等以上の価値のある体制でご協力させて頂く、と申し上げたまでなのですが」
にこやかに、軟らかい物言いで返したのはアンナだ。
ニンディタとの外交交渉がアンナを中心にして行われている。隣の席でキザイアが毅然として鎮座していることで、軍事協定の見直しがグランノルン全体の意思であること暗に伝えられる中、ニンディタの代表の額には真冬にもかかわらず玉の汗が浮かんでいた。いい歳をしたニンディタの男達が、年端もいかない王族の女性陣に翻弄されている。
ニンディタの国防体制はグランノルンからの派兵に依存している。自軍の兵を蟲からの防衛に割き、大国イーシャの侵攻を抑える国境警備をグランノルンの兵士に駐留してもらうことでイーシャとの軍事的均衡を保ってきた。その体制を変える、と告げられたのだ。
革のバインダーの中にまとめられている書類の内容は、蟲の動向に対応する奥森での防衛活動に飛甲機を中心にした航空部隊を派遣する。その代わりに国境区域に駐留する兵力を削減する、というものだ。
イーシャと対峙する国境に自軍を配備する、ということはニンディタにとって、イーシャとグランノルン、どちらにもいい顔をすることができなくなることを意味する。また蟲の侵攻防衛を他国に委ねることは喉元を押さえられるのと同義だ。
簡単に飲める事案ではない。
しかし駐留費のほとんどをグランノルンに賄ってもらっている状態で、同等以上の価値のある体制、と言われれば返答に窮するのも事実だった。代表が言葉を探しているうちにアンナが追い込んでいく。
「我が国では急激な技術革新により、軍備の再編が進んでいます。航空管制による奥森の哨戒と飛甲機を利用した結界維持は改革の中心になります。グランノルン全体の方針に従った体制変更であることにご理解を頂きたく存じます」
「と、言われましても、結界の維持はこれまで通り自国で行うのですよね。哨戒と結界維持を行う人員の移動に飛甲機を用いるだけでは非常時にどう対処するのですか。飛甲機のライセンス生産を認めて頂いて、我が国が国境警備の場においても運用すれば駐留費の削減も出来るのでは?」
「ニンディタにおける飛甲機の運用は、情報流出の観点からグランノルン騎士団の運用に限る。ライセンス生産も認めない。これは決定事項だ。非常時には大型の人員輸送機を送ることで対応する。状況によってはこちらの人員を乗せて派遣することで増援も可能だ。状況に即した対応を取ることで平時のコスト削減にもつながる」
キザイアの出方をうかがっていたニンディタ側は、キザイアの容赦のない通告を聞いて険しい表情をあらわにした。代表が一瞬、グランノルンの一部であるハシュタル領との関係が密である大使に厳しい視線を送った。
「では、ご提案を持ち帰り、新たな体制を整えるのにどれくらいの時間が必要か調査した後にご返答いたします」
「そのような悠長なことでは困るな。時間的な余裕は十分に取ってある。そちらの都合いかんにかかわらず、我々は我々のスケジュールに沿って進める。貴国の対応が遅れ、国境警備に穴が出来るような事態が起こらないことを望む」
「――理解いたしました」
苦々しい顔をしながらも了承した代表が付け加えた。
「ところでグランノルンは強力な決戦兵器を生み出されたと耳に挟みましたが、そちらの派遣はご検討頂けないのでしょうか」
試すような目つきで視線を送られたエレオノーラは、
「軍事機密になるため発言を控えさせていただきます。全ての軍事機器の運用権限は騎士団にあります。非常事態においてはやぶさかではないと思いますが状況発生時にあらためて総長とご相談下さい」
平時の協力をはっきりと断り、自身の方針を明らかにした。
外交交渉を終えた三人が補佐官達を残して隣室へ移動した。腰を落ち着け、丸テーブルに用意された紅茶にカップに手を伸ばすと、扉が閉められて会話が外に漏れない状態になったのを確認してキザイアが口を開いた。
「これでハシュタルの勢力を一歩退けられるな。本陣のニンディタに揺さぶりをかければ動揺してしっぽを出すだろう。大儀なくニンディタに与する姿勢を見せたら、それを突破口に本格的な排除にかかろう。しかし、エレオノーラが開発の指揮を取っていることを匂わせただけで露骨に食いついてきたな。笑いをこらえるのが大変だったぞ」
「飛甲機の供与とライセンス生産も断ってるのにフォルマージュやアバターシュの情報を渡すわけないのにね。でも疲れたぁ。直接会って話すって大変なんだね……」
「まぁまぁ、二人ともお行儀が悪いわよ。大きな山場だったことは否定しないけれど」
「エレオノーラは成人したとはいえ、まだ慣れないだろうからな」
「そうねぇ。でもキザイアの言う通り、慣れてくれば肝が据わるようになるわ。もう少しがんばりましょう」
「はーい。でも、二人ともありがとう」
「あなたの気持ちは分からないでもないけれど、今やっていることはグランノルン全体を見てのことでもあるのだから気にしなくていいわよ。帰化したニンディタ人が深くまで入り込んでいるハシュタル領の潜入工作は排除する必要があるわ」
「ハシュタル派閥の弱体化はハルトの復帰に繋がる。やることは同じだ」
「うん」
「それにね。ニンディタの国境から兵を引くのにも理由があるの。飛甲機は技術供与をしなくていずれ普及するわ。すでに他国が作ったと思われる機体が存在しているのだから。情報を管理しきれなかった悔しさはあるし、対応の強化もするけれど事実は受け入れないと」
「飛甲機の普及と兵の召還か。確かに蟲からの防御に人員を取られなくなったら、余った兵力を他国への侵攻に向けることは考えられる。ニンディタが寝返る可能性も捨てきれんし、イーシャの動向も見極めねばならん。グランノルン全体の防衛を根本的に練り直す必要がある。軍の再編もそうだが、まずは獅子身中の虫を取り除かねばな」
「ニンディタだけならば国力が小さいからそれほどの脅威にはならないけれど、ニンディタはイーシャと裏で繋がる可能性がありますからね。大きな戦の芽は早いうちに摘み取っておかないと」
「ニンディタが自軍をイーシャと対峙させると両国は揉めるだろうな。ニンディタは我々にとって緩衝区域として機能すればよい地域だ。それに見合う以上の援助もしてきてある。あとはニンディタがどう考えるかだ」
「一方的にニンディタがイーシャに睨まれることになるわね。その間にこちらも体制を整ええましょう」
「いざという場合は防衛ラインをキラナまで下げても構わん」
「――政治って複雑なんだね。戦争はいやだよ」
「私達だってそうよ。でもね、平和は均衡の上に成り立つの。国民が安全に、豊かに暮らしてゆくためには必要なことだからおろそかには出来ないわ」
「そうだね。わたしも頑張る」
「軍の再編は私が預かろう。姉上には本当なら飛甲機の平和利用の筋道を建ててもらい、国民の生活を豊かにする方向で才能を活かしてほしいところだが、もうしばらく防衛の観点からの政治と外交に注力してほしい。母上の権限も回復しつつある。姉妹で協力していこう」
三人は無言で見つめ合い、うなずいた。
「エレオノーラ、ハルトが出来るだけ早く戻ってこられるように私も努力を続ける。アバターシュの量産と敵勢力の飛甲機に対応する開発を頼んだぞ」
普段は厳しさがにじむ眼尻を意図的に下げたキザイアに向かって、ノーラはあらためて顎を引いて立ち上がった。部屋を出たノーラは警護を伴って開発工房に向かう。
一時はロダの村と守りの森に帰っていたノエル、守りの森から比較的早く戻ったハロルド、キラナから逃げるようにグランノルンに戻ってきた珠絵に声をかけ、第二開発工房の二階に足を運ぶ。警護を検問所に残して久しぶりに教室の扉を開いた。
「使われてない部屋の匂いがする」
窓際に近づいてカーテンを開けて窓を開いた。「寒っ」腕を抱いたノーラに冬の冷気が流れ込んでくる。窓から離れ、階下の工房で使われている炉の熱を伝えるコックを開いて暖房を入れた。
珠絵に続いてノエル、ハルドが教室に入ってきた。
ハルトが追放されて以来、学園活動は閉鎖されているが仲間達と気兼ねなく話すの教室はもってこいの空間だ。しかし人数が少ないとうすら寂しいものがある。何よりもどこかで心の拠り所になっていたハルトがいない寂しさを、集まった誰しもが感じているようだ。カッツェがハルトの元に向かってこの場にいないこともそれに拍車をかけている。四人は暖房の近くに机と椅子を寄せ合った。
ノーラからニンディタとの外交交渉の様子をはじめ、ハシュタルの勢力の動向など、内政状況が伝えられてゆく。ノーラは続いて開発について話し始めた。
「アバターシュの量産なんだけど、こないだ搬入された竜の骨は四機分あるんだよね」
ハルトが幽閉されている間に制作された新たなアバターシュはキザイアと黒騎士が運用する三機だけだ。それも比較的最近の話で、材料の発見が思わしくないのだ。念願の、と言ってもいい発見と搬入だった。
「フォルマージュも含めて各機体の予備を考えると四機が精一杯かなぁ。装甲なんかはもっと沢山作れるけど」
竜を筆頭にして魔獣の骨は貴重だ。ノエルが頭をひねっているのはアバターシュな量産体制を整えることである。一旦王都を出てロダ村と守りの森に帰っていたノエルだが、ノーラに王宮への帰還を請われ、ハルトがいない間は自分が開発を引っ張る覚悟で戻ってきている。ハロルドに教えを乞いながらノエルなりに奮闘する日々を送っていた。
「竜の骨なんぞは、なかなか手に入らんでの。特に飛竜は難しいじゃろうな。他の魔獣の骨で何とかならんか実験してみたが結果がかんばしくない。フレームの材料がなきゃつくりようがないわい」
「アルフリードさんやデニスさんがんばってくれてて、ラフィー様も協力してくれてるけど、なかなか見つからないね」
「そうじゃろうな……ときにノーラ、今日は少し時間をくれんか?」
ハロルドは大きめの封筒の中から書類の束を取り出して机の上に広げた。最後に封筒の中から出てきたのは竹と何種類かの植物の茎の薄くスライスしたものだった。
「胤月から送られてきたんじゃがの、この字には見覚えがあるじゃろう?」
「これ、先輩の字ですね」
「ハルトぅんが書いたものっぽいですね」
二人によってハルトが書いたものだと裏付けられた資料には図解と解説がびっちりと書き込まれている。
「気を使って名前を出さんかったんじゃろう。これを何の目的のために送ってきよったのかも書かれてはおらん。ところで、じゃ。これが何だか分かるか?」
ハロルドは資料の中にある図を示した。
「これは植物の維管束ですね」
「いかんそくってなに?」
理解している珠絵にノーラがたずねた。
「植物の水と栄養素の通り道のことですよ。この図は双葉の植物の茎の断面なんで、内側のこっちが導管、根っこから水や肥料を吸い上げる道で、外側に並んでるのが師管、葉っぱで光合成した栄養素を通す道ですね」
資料の中の図を差しながら説明する珠絵。聞きながらノーラは必死に何かを思い出そうとしている。
「えっとえっと、何だっけ。うーんと、ああ、ヴァスキュア・バンドルのことね」
「なにその格好いい言い方っ!」
「アメリカに戻ってたときに覚えたからさ。日本語でなんていうかなかなか出てこないんだよね。それにもともと理系は弱くて。へへへ」
「ほう、二人は分かっておるようじゃな。ノエルには説明したが、わしが思うに、ハルトはフレームの代替材料のアイデアとしてこれを送ってきたんじゃなかろうか、と思うておる。飛竜、水竜をはじめとした魔獣の骨がアバターシュのフレームの材料になっとるが、要はマナの通りがよくて強度がある、という特性を利用しておるわけじゃろ? じゃったらその特性をもった物を作るにはどうれば良いのか? を考えとるんじゃないかと思うんじゃ、あいつは」
「それでね。ノーラお姉ちゃんにお願いがあるの」
ノエルは一機分の魔獣の骨を実験用にまわしてもらいたい、と申し出た。フレームのパーツ自体から作り出す研究をしたいという。カミキリ系の蟲の触覚など、感度が高く細長いものを伝達物質に用いるアイデアがあり、フレームのパーツから作ることが可能になれば材料調達が容易になること、一機分の骨をパーツ単位で比較するために用いたいことを伝えた。新たなアバターシュの製造に関しては見本があるから同じものを作るのはそう難しいことではない、と説いた。
「もちろんアバターシュを作る技師さんの相談には乗るし、マナの流れの調整なんかはやるよ。どうかな?」
懇願の眼差しを向けるノエルにノーラはしばし目を泳がせなが考えていた。
「――そうだねぇ、いつ見つかるか分からない材料を待つよりも、研究にまわした方が有意義かもね。うん。お願いやってみて。それじゃ、次は飛甲機が敵に回った場合の対応なんだけど」
「はいはい。それは私がばっちり考えてありますよ。聞きたいですか?」
「聞かせてタマちゃん」
珠絵は待ってました、とばかりに話し出す。
「うほん。対抗策として飛甲機の増産と武装強化とが出てましたけれど、目には目を、じゃダメだと思うのです。敵機には対空砲です。いいですか? ここテストに出ますよ。敵機には対空砲です。――飛甲機の数を増やして対抗するよりも哨戒を徹底して防空体制を強化する方が現実的だと思うのです。レーダーが無いんでスクランブルをかけるより合理的ですよ?」
「あー、なるほど。飛甲機で立ち向かうんじゃなくて、来ても無駄だよ、って思わせられればいいんだ」
「そーゆーことです。砲の基礎設計は終わってて、材料があるのも確認済みです。まずは固定砲台を作って配備。移動式も考えたいですね。ちょっとアイデアがあるんで、それはまとまったら話します」
「遺跡を占拠された場所に出没した機体は、ニンディタとイーシャが作った物の可能性が高い。敵性を帯びた国家が作っとる可能性がある。ここまでは運良くあらわれておらんが、対策するにこしたことはない。砲の生産は任せてよいな、珠絵。わしはノエルとアバターシュのフレームの基礎研究をやる」
「了解です。相談ごとができたら行きます」
「うむ。では、わしとノエルは実験用材料の選定から入る。今日はここで失礼するぞ。ノーラ」
席を立ったハロルドを追うようにノエルが教室を出ていった。
扉が閉まるとノーラが机に突っ伏した。
「もうちょっと話したいことがあったんだけどなぁ……まぁいっか」
ノーラはため息をついて背伸びをした。眠そうな声で珠絵に続ける。
「タマちゃん、さっきの移動式砲台のアイデアってさぁ、」
ぐったりとした姿勢で話し始めたノーラに珠絵が割って入った。
「ノーラ、ちょっと休憩にしません。お茶持ってきますよ」
珠絵は席を立つと、全開にしっ放しだった窓を少しだけ残して閉めて、教室を出て行った。
トレーに湯気の立った紅茶のカップを二つ乗せて戻ってきた珠絵は、カップを机に乗せると深呼吸をしてからノーラと対面する席に着いた。
「ノーラ、大丈夫ですか?」
「えっと、どういうことかな?」
「――何か無理をしてませんか? 顔が疲れてますよ。それにいつもは大事な話をしてても冗談を交えたりしてみんなを明るくするのに。……今のノーラは何だかノーラじゃないみたいです」
言って、カップを口に運ぶ珠絵だが、視線はノーラから離さない。
「ちょっと心配になったのです。ノーラは今、楽しめてますか?」
「――楽しい、か……そう言われてみれば、楽しいっていうよりも、頑張ってる、感じかな」
ノーラにはいつもの明るさや覇気が見えない。
「ですよね。ノーラが置かれてる立場や、やらなければいけないことがあるのは分かります。でもそれはノーラの本意じゃないんじゃないですか? たまには息抜きしましょうよ。――身体、壊しちゃいますよ?」
憂いを含みながらも、強い光が芯にこもった珠絵の視線にノーラ目を伏せた。
「ごめん。ありがとう」
「いえ。私こそすいません。直球しか投げられなくて」
まぁ、どうぞ、珠絵はポケットから紙に包まれたクッキーを取り出して机の上をすべらせた。小さくなってポリポリとクッキーを齧るノーラが紅茶のカップを机から取ってぽつりとつぶやいた。
「ほんとは苦手なんだ。政治とか軍事とか。フォルマージュを作ってたときは、やったー、異世界だー、って無邪気に面白がってられたんだけど、今は状況がシンプルじゃないから……ラノベも読む気にもならないの。冒険したい! って思いながらこっちに来たのになにやってるんだろう? 的な」
「ですよね。はい、もっと食べていいですよ」
珠絵はポケットからさらにクッキーを取り出して勧める。
「どんだけ持ってんの!? 四次元ポケットなの?」
「おっ、いい突っ込みが出てきましたねぇ。ささ、どんどん食べて下さい。そして太ってぷにぷにになってしまうがいい。ふふふ」
「ひどいー」
「嘘ですよ。成人してからますます女らしい体型になったなぁ、と思ってしまう幼児体型の私の嫉妬です。私にドレスは似合いそうにないですもん。自分的には軍服とカーゴパンツを着たいんですけどね」
「タマちゃんも成人したんだもんねぇ。今度、前の世界っぽいアーミールックを作ってみるよ」
「ほんとですかっ! やった」
珠絵らしい張りのある声が響いた。ノーラの顔にも明るいものが戻ってくる。
「大事な女友達だもん。前の世界から一緒なのはあとは綾乃ちゃんだけだしね。綾乃ちゃんはまだ冗談を言える感じじゃないみたいだし……」
生徒たちに撒かれた不安の種は多く、雪解けの季節まではまだかかりそうだ。
「私にとってはもともと近寄りがたい人なんですけど、ノーラでもそう思うですね」
「タマちゃんも向こうの世界で夏休みに入る前に一緒に会ったでしょ。あのときは、昔の綾乃ちゃんのまんまでよかった、って思ったんだけど、部室で会おうかどうしようか、ってメッセのやり取りしてたときは何かしっくりしない感じだったんだよね。お家が厳しそうだから何かあったのかなぁ」
妖精の森での繭の色の変化と、悲痛な叫びを振りまくような不快な高周波や繭から出てきた綾乃の姿を見ている二人には、彼女が不安を抱え、心に傷を負っているのがなんとなく分かっている。
「私もこっちに来たばかりの頃はワケわかんなくてテンパってましたからね。そのうち落ち着くんじゃないですかね?」
「そうだよね。ノルンの時間はゆっくり流れるみたいだから……のんびり待つしかないよね」
「にしてもソフィーは凄かったですねぇ。懐き具合がパない感じでした」
アーヤノルンとなった綾乃は、一度ベルダンディアに連れられて王宮を訪ねている。ベルダンティアに「ゆっくり慣れてもらうから、またの機会にね」と、珠絵は遠くから挨拶を交わすに留まり、ノーラでさえ二言三言交わしただけだ。そんな中、ソフィーは「アーヤノルン様だー」と嬉しさいっぱいに飛びついていき、綾乃に懐いた。綾乃も満更でもないようでソフィーの頭を撫でて可愛がっていた。
「ソフィーちゃんはノルン様大好きっ娘だからね。底抜けに明るくて屈託もないし、綾乃ちゃんも嬉しかったんじゃないかな」
「そろそろ先輩のとこに着きましたかね。仕事熱心というか何と言うか……」
「綾乃ちゃんと会ってから、ウルデ様と一緒にオプシディスに行って、帰って来たと思ったらキラナに行ってきますっる、だもんね。將くんの状況を聞けたのはありがたかったけど。すんごい詳細に書いてくれてあったから詳しく分かったし。でも私の派閥を後援してくれてる大公さんが随分と心配してたよ。またすぐに出て行っちゃったから」
「エレオノーラ派の中心人物ですよね。先代の王様の弟さん。それって……」
「確証はないけどね。そうなんじゃないかなぁ、とは思うけど。王妃継承権が絡むと面倒なことになるからこのままの方がいいのかもしれない」
ガラガラガラ、突然開いた扉に二人は視線を向けた。
二人が顔を向けた先にはノエルの姿があった。
「お姉ちゃん。側使えさんが探してたからなんの用事か聞いたら、手紙を持って来たって。胤月さんからだよ」
足早に近づいたノエルから手紙を受け取ったノーラはその場で封を切った。
「はあっ!?」
「何かあったのですか?」
「――ハルトぅんがキラナからいなくなった、って。ニンディタに行った、だって」
「えー、なんでまた……」
「それしか書いてない……」
三人は手紙を中心に呆然とするしかなかった。
ハルトが幽閉されている間もそれぞれが動いていました。
ニンディタに向かったらしいハルト。
次回「要請」
週明け月曜日の投稿になります。
GWも通常通り投稿します。よろしくお願いします。




