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甲殻の翼  作者: 月弓 陽
王都編
107/148

嬢王蜂

「キザイア様」

 重心を下げた白銀のフォルマージュが右腕を振るう。

 長いむちが繰り出された。

 黄金の装飾に彩らた袖口から伸びる鞭が眼前のカミキリムシの外骨格を砕き紫色の体液が飛び散った。

「鞭の装備なんてあるんですか」

「私の遠距離武器だ。模擬戦で使うと騎士を殺してしまいそうだったので使わなかったがな」

 この人絶対07Bカスタムが似合う人だわ……。

 分断されたアルビノのトビムカデの頭と胴体が降ってくる。

 上空ではサジウス・ワンに乗って上昇した黒いフォルマージュ・マティスが大鎌を次のムカデに向かっている。地上に激突する白いムカデの巨体が土埃を上げた。

「ハルト、この状況にアバターシュが先行できたのは僥倖ぎょうこうだった。しかし命令違反は見逃せんぞ。後でこってり絞ってやる。覚悟しておけっ」

 続いてマティスからの通信が入った。

「キザイア様はお厳しいぞ。鞭打ちぐらいは覚悟しておけよ」

「今のを見せられて鞭打ちとか言われると、死ぬ気しかしないんですけど……」

 個別回線が割り込んできた。

「えー、キザイア先生の鞭打ちとかご褒美でしかないじゃん。やっぱ黒いレザーのレオタードに網タイツだよぇ。そんで細っそいヒールの先で踏まれちゃうの。やったね。ハルト」

「俺にそんな趣味はないっつーの! 変態焚哉」

 言いながらハルトは冷却ライフルを拾い上げる。アバターシュの足元後方では珠絵を守るために飛甲機のボディーを珠絵の前に出した焚哉の飛甲機がホバリングしていた。

「まとめて蟲の動きを止めます。指示を出したら放射範囲外に退避して下さい。飛甲機隊もいいですか!?」

「間一髪だったな。中衛航空部隊は戻るぞ」

 オーブからの通信に一斉にきびすを返す飛甲機群。

「ハルト、装填が終わるまで私の盾が絶対的にここを守る。落ち着いてやれ」

 自信に満ちたキザイアの言葉は大袈裟ではなかった。二百メートル近い結界の切れ目イリスはその場を動くことなくカバーし、火炎蜂かえんばちが放つ火線やトビムカデが振りまく毒液を防いでみせた。無尽蔵に横に伸びる盾の大きさに限界など無いようだ。ピンポイントで盾を出したかと思うと、時には巨大という言葉すら当てはまらない非常識な範囲に盾を出しては消す。

 絶対的な防御を遺憾なく発揮するフォルマージュの底力は敬服を越えて畏怖の念を抱かせた。

 また、常識が……マナのある限りいくらでも大きく出来て、どこにでも出せるっていうのか? 確かにそんなチートなフォルマージュ・イリスの横にいる俺は安全だわ。

 上空ではサジウス・ツーを駆る黒の騎士、フォルマージュ・グレースが投擲斧を蟲に向かって投げ込み、サジウス・ワンから飛翔して両手で大鎌を振るう、漆黒のボディに赤い装飾がきらめくフォルマージュ・マティスが再び乗機。絶妙なコンビネーションを見せる。グレースは蟲をおびき出すだけではなく、すきあらば機上で剣を握りサジウスを突貫させる。青と黄色が縦縞たてじまになった火炎蜂の胴が割れた。

 マティアスさんすっげ。グレースさんは空中戦ではローラーを使う必要がないから剣を使うことにしたのか。

「お前の設計思想が役に立ったな。空中戦をこなすフォルマージュはどうだ」

「練度の上がりっぷりに驚きますよ。グレースさんは剣使ってるし」

「次はお前の番だ。準備はどうだ」

「そろそろOKです。――アバターシュより後衛各位、冷却ライフルを使います。退避を開始して下さい」

「カッツェだ。上空から状況を確認する」

「よろしく」

 先程とは打って変って冷静に状況を見極める。最後まで牽制を続けていたグレースが射線上から離脱した。

「行きます!」

 アバターシュの全長を遥かに超える砲塔の先端から放たれる白い輝き。大気すらも凍らせそうな射線が後衛一面の蟲の動きを止めた。比較的至近距離にいた火炎蜂は完全に凍りつき微動だにせず地上に落下した。触覚の先の氷が日差しを反射している。空全体を覆っていた灰色の雲が途切れ、晴れ間がのぞき始めた。動きが緩慢になった蟲達に鳥の人が取り付き止めを刺す。誘導するほどの余裕はまだない。

「アルフリード、こちらは任せた。ファルマージューとアバターシュは中衛に上がるぞ。戦線を上げる」

「キザイア様いいんですか? アバターシュだけでも最終ラインに残ったほうがいいんじゃ」

「私達と共に着いた専門チームが遺跡に取り憑いている。結界が回復するのは時間の問題だ。今は押しこまれた防衛ラインを上げるタイミングだ。ゆくぞハルト」

「はいっ」

 コーカサスを素体にしたイカルスに接近する。跳躍して乗機したフォルマージュ・イリスに続いてアバターシューがマナの光をほとばしらせて飛ぶ。中衛にたどりたどり着いたときハルトはキザイアの判断が正しかったことを知った。ラフィーと白狼たちの獣神と飛甲機群が中衛の優勢を取り戻していたのだが、奥森から危険度の高い蟲が集団で出くるのが見えたのだ。中心には巨躯を誇る蟲たちの中でもひときわ大きい、ひと目みてボスだと分かるスズメバチが大量の蟲に囲まれて君臨している。女王の風格をまとったスズメバチの体は赤と黒の縞模様が崩れて一部がまだらになっている。孵化か脱皮をしたばかりなのかもしれない。

「いかにもボスって感じですね」

「大きいがまだ若いようじゃな。わらわといい勝負じゃ。女王スズメバチというより姫君、嬢王蜂といったところじゃな」

「若い個体は節度を知らん。総員、十分に注意しろ」

「「はっ」」

 オーブの経験則がハルトを含めた若いパイロットたちに伝わり気が引きしまる。

「嬢王スズメバチは可能なら鹵獲ろかくしたい。出来るだけ殺すな」

 マジですか……つってもどうすりゃいいんだ? キザイア様ってどんだけ自信家なんだよ。グランノルンの王宮になってるガラスの巣を作る蟲だから興味があるのは分かるけど。

「女王スズメバチ自体はよほどのことがない限り自ら攻撃してはこん。けしかけてくる周囲の蟲から始末する。ゆくぞ白狼はくろうども」

 そういうことか。

 金狼ラフィーが大地を蹴り、空中を駆ける。三頭の白狼がそれに続く。

 ハルトは群れの中央上空に飛ぶ。ロッキが牽制けんせい出てきたが盾で流して蟲が嫌う成分を含んだ煙幕を投下。蟲の編隊が離散する。

「航空隊は火炎蜂に対処する。トビムカデを頼みます。キザイア様」

 飛甲機隊が散開し個々に火炎蜂への対応を開始する。大きいものは二十五メートル近いトビムカデの長い巨体を相手にしなければ体格的に同格の火炎蜂に立ち向かうのはそう難しくない。二騎の黒いフォルマージュがタッグを組みトビムカデをおびき出しは切り捨てる。アバターシュはマティスが切り残したムカデの体側にある黄色い換気口を狙って鎮めの粉の弾頭を的確に打ち込んでゆく。戦闘の意思を失ったムカデは高度を上げて森に帰ってゆく。

 中衛での乱戦が続いた。グレースはキザイアの警護に気を使いつつムカデを離反させる。マティスは淡々と任務をこなすように的確に位置を変え、切り慣れてきたムカデのはねを落としてゆく。

 後衛の蟲の処理が片付いたのか、守りがらすたちが飛甲隊の鎮めた火炎蜂を誘導して上空に上げはじめた。毒を使わないのは余裕が出てきた証だ。鳥の人はできる限り蟲を殺そうとはしない。アバターシュがガトリングを撃ち尽くすと嬢王蜂を取り巻くムカデの数は片手で数えられるほどになっていた。地上にはフォルマージュに切り刻まれたアカズトビムカデだったものの残骸が散乱している。

「遺跡を奪還し結界が回復しました。取り敢えず一段落です」

 ベンヤミンの通信にほっと胸をなで下ろすハルト。しかし太陽はすでに真南の位置にいる。一日の半分が過ぎていた。

「ハルト、女王をなんとかしないとここは収まらん。付いてこい」

 キザイアのフォルーマージュを乗せたイカルスに追随するアバターシュ。嬢王蜂の眷属のように並走するトビムカデの最後一匹の頭部をマティスが切り落とした。嬢王蜂の複眼に怒りの色がともる。

「私の盾でアバターシュをガードしたまま突っ込む。寸前で盾を消す。胸の側面を狙え、胸の筋肉を断てば落ちる。殺すなよ」

 キザイアはコクピットの中でアバターシュに向かって唇の端をあげてみせた。

 ハルトはガトリングをパージしたアバターシュの右腕を、リライアブルソードの収まる右肩のさやにむけた。引き抜いた剣は切れ味の鋭い薄刃の刀、カトラスだ。

 一回使うだけなら折れることはないだろう。

 綾乃を救うために温存してきたカトラスを抜き、イリスの盾の影から気合を入れる。

「行けっ!」

 視界が開けた。

「うぉおおおおおおおおおお」

 ハルトの咆哮ほうこうが蟲にも届きそうだ。赤と黒の縞模様の嬢王蜂がアバターシュを見下ろす。艶めいた複眼に幾つものアバターシュが映り込む。

 嬢王蜂が瞬時に回避。高度を取ってアバターシュから離れると180度回頭した。全速力で逃げるように100メートルを超す巨木がひしめき合う奥森の中に消えて行った。戦闘職状態に入った赤い目をした蟲からは予想できない行動だ。

「取り逃がしたか」

 悔しがるキザイアのフォルマージュから装甲が消える。コクピットのキザイアは吐血していた。かなりの無理をしたことが分かる。しかし冷徹な美貌が血にまみれていることを気にも留めていないようだ。フレーム状態に戻った黒騎士マティスがサジウスに指示を出しキザイア機に接触した。しかし通信はなく、何も聞こえてこない。

「皆の者。よくやった。一件落着じゃ。他にもやることがある、一旦いったん引くぞ」

 ラフィーの言葉に全機が後退し復活した結界の外に出た。


 結界で守られた人の地の森にアバターシュを降ろす。液状のマナが気化するとコクピットのハッチを開く。左膝を地につけたアバターシュの右膝に乗って大地に降りた。アントナーラ騎士たちと再会したハルトは続々と集まってくる騎士たちに囲まれ、数え切れないほどの礼を述べられた。握手を交わすパイロットスーツ姿のハルトの周りで、騎士たちは畏敬の念を込めてアバターシュを見上げる。オーブの呼びかけに答えてハルトはモスグリーンの本部テントに入った。

 

 本部では敵飛甲機の情報が伝えられ、この戦域の事後対応と妖精の森に向かう編成が話し合われた。

「わしからは敵飛甲機の情報じゃ」

 白く長いあごひげを触るハロルドから伝えられたのは、敵飛甲機の方が出力が高かった理由だった。

「全部がわしらの飛甲機より高性能なわけでもなさそうじゃ。落ちた機体のうち二機はひどいもんじゃ。なんとか真似をして作った、という感じじゃな。あれでは飛ぶのが精一杯、しかもそう長く使えるものでもないじゃろう。それ以外の機体はまぁまともじゃったが使われておる液体に出力が高い秘密がありそうじゃった」

「劣化コピーだけど活性液が違うってことですか」

「うむ。活性液を配給するくだに入っておった液体は、筋組織を活性させるだけのものではないかもしらん。詳しいことはまだ分からんが、花の成分というよりもまるで人の血のような液体じゃ。物理的にははねを動かす筋肉の摩耗がひどい。強制的に限界を越えて動かしたからじゃと思われる。胤月からも話があるな」

「はい。性能の低い二機の飛甲機の素体になっているロッキはニンディタの近辺でよく見かけられる種だわ。それ以外の目が四つしかないロッキはもっと奥、イーシャやその先の国に生息している種だと思います」

「飛甲機の製造方が他国に漏洩していた、ということだな」

 オーブに向けてハロルドがうなずいた。

「そうじゃろうな。今のところ他国に鹵獲された機体はないのじゃから。作りはひどいが構造的には同じものじゃ」

「それにしてもなぜ他国がここを狙ったのでしょう?」

 ベンヤミンの問いに答えたのはキザイアだ。

「理由は分からんが、妖精の森に蟲が強く惹かれていることは防衛情報として同盟国には通達してある。これを利用された可能性があるな。ニンディタは()()()同盟国だが隣の大国であるイーシャと裏で結びついている可能性は否めん。限りなく黒に近いが今は状況証拠があるだけだ」

 議論が止まった。

「――妾の思い過ごしじゃと良いのじゃが……いま我々がやっていることは神の意思に背いているような気がしておる。何故じゃかはわからんが。しかしそれでも妾は妖精の森を守らねばならん気がするのじゃ」

 幼女の姿で本部に入っているラフィーの表情は冴えない。

「ラフィー様もそう思うんならすぐにでも妖精の森に行きましょう」

 焦りを隠そうとしないハルトをハロルドがたしなめた。

「そう焦るな。この現場の体制も整えねばならん。結界が復活したとはいえ、興奮して結界を抜けようとする蟲がまだ出るじゃろうて。部隊を再編するまでは学園チームは食事と休息をとっておれ。ここに残らんでも良い機体に加勢してもらおう。フィレーネはまだ間に合うと言うておるし、ウルデ様もじきに戻られる。妖精の森まではここからなら近い」

「爺さんとフィレーネがそう言うんなら……」

「ハルト、私も同行しよう」

「アルフリードさん」

 天使直属の守護隊である鳥の人の族長が同行を申し出た。

「ベルダンティア様も妖精の森に向かわれる。結界での対応に必要な人員を残して我々も同行する。食事を取って少し休むと良い」

「分かりました」

「では軍事関係者で割り振りを考えよう。ハルトと胤月はもう良いぞ」

「キラナの胤月さん、でしたね。兵の救護をありがとうございました」

 胤月に歩み寄ったオーブ・アントナーラが両足を揃え、腰を折って頭を下げた。「あら嫌だわ、頭をお上げ下さいオーブ・アントナーラ。仲間として当然のことをしたまでですから」受け答え始めた胤月を置いてハルトは本部を出た。

 陽光が差し込む待機場にはカッツェやノエルを始め、ノーラ、焚哉、珠絵、ソフィーにナターシャの学園メンバーに加えミックが待っていた。

「みんなお疲れさま」

 ハルトの言葉にミックが前に出る。

「ハルトもお疲れ。補給はまかせておけ。少し休むといい。ノエルと珠絵はもうちょっと付き合ってくれるか? アバターシュ本体と武装の状態をみておいて欲しい」

「アイアイサーです」

 敬礼をしてミックと歩きだした珠絵にノエルが続く。カッツェがノエルを追かけて、ねぎらいの言葉をかけながら兵士に優先して配られた飲み物を手渡した。戻ってきたカッツェが皆に声をかける。

「よし、まずは腹ごしらえをしようぜ。腹が減っては戦はできん、ってこの世界では言うんだぜ」

「あはは、それ、うちらの世界にもあったよ」

 ノーラにつられて笑い出す生徒たちの中で、ハルトだけが悶々(もんもん)としていた。

「ほら、ハルトぅんも行こっ。主役がそれじゃわたしたちも困っちゃうよ」

「そうですよ、お兄さん。元気出しましょうよ。なんなら歌でも歌いましょうか?」

「大丈夫だよ、ソフィー。そうだな、飯でも食ってちょっと休もう」

 糧食がまかなわれているテントに入るとジョナサンやユージンがすでに食事を始めていた。懐かしいアントナーラの面々にもみくちゃにされながら、まだ終わっていないことを告げると「これだけやって、まだ次があるのか……」驚かれたハルトたちは優先的に食事の席を空けられ、横になれるスペースを譲られた。ノーラはノエルと間違えられて、ノエルに癒やされた兵士達に礼を言われるのを困り顔をしながらも受け入れていた。アントナーラの兵士は第三王女の顔を見たことがないのだ。胤月が生徒たちに合流し「タクヤルちゃんの趣味が分かってよかったわ。帰ったら革のレオタードと黒い網タイツを用意しなくちゃ」焚哉に投げキッスを送る。「もっこりしたレオタードなんで見たくないんだよ!」邪険に返す焚哉を見て笑う生徒たちの中で、ハルトはフィレーネから聞いた妖精の森の話を思い出しているうちに意識が落ちていた。


 ノーラに起こされると妖精の森に向かう増援が決定されていた。フォルマージュはキザイアとマティスが残りグレースの同行が決まっていた。何かあったときにグレースならばアバターシュに乗れることが理由のひとつであり、命令違反を犯したハルトが暴走しないように王都騎士団からも見張りが必要だと判断されての編成だが、グレースはキザイアの元を離れてハルト達の一団に加わることに異を唱えてひと悶着あったらしい。ミックはアントナーラ航空隊の整備員として残ることになった。

 フォルマージュ・グレースを乗せたサジウス・ツーに二機のロッキ型の直掩機ちょくえんきが付き、アルフリードをはじめ三羽の守り鴉に乗った鳥の人の騎士、狼チームとウルデが加わった編隊が多くの声援に見送られて妖精の森に向かって飛び立った。

 太陽がすでに傾きはじめていた。


遺跡近辺での戦闘を終え、やっとのことで妖精の森にむかうハルト。 

次回「妖精の森」 金曜日の投稿になります。


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