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甲殻の翼  作者: 月弓 陽
王都編
105/148

人間の敵

「よろしかったのですか? アルフリード様。雨が降ってきたら一羽でも多くの守りがらすが必要な時に」

「場の全体が混乱することを思えば、ハロルド様が抜けた穴をリカバーする方が容易たやすい。天候はこの分ならしばらくはもつ。降っても大雨にはならぬ」

 族長に声をかけた鳥の人の騎士は重い空を見上げ、風を感じる。秋の長雨を呼びそうな雲行きだが降っても雨脚は強くならなそうだ。

「どうやらそのようですね。それにハロルド様が怪我でもなさっては大変です」

「重要なポジションに就いた方がハロルド様は自分をおさえる。緊迫した状況になればなるほど無茶をなさるからな、ハロルド様は。この話はここまでだ。次の誘導に備えるぞ」

「はっ」

 ハロルドを送り出したアルフリードは使い果たした装備の補給に飛んだ。


 遺跡上空のアントナーラ航空部隊優勢を確認したハロルドは、消火活動を務めるノーラと焚哉に接近して励ますと、アントナーラ軍本部テント前に守り鴉を下ろした。隣には補給部隊が展開し野戦病院が併設されている。

 ハルドと顔見知りの警備兵がテントの入り口を開けると中には大型の通信機が並び、飛甲機からもたらされる情報を元に歩兵部隊の展開を指示するベンヤミン騎士団長の姿があった。つかつかと歩みよったハロルドが無粋に声をかける。

「ベンヤミン、鹵獲した敵の飛甲機はあるか?」

「ハロルド様、ご無沙汰しています。行動不能になった機体なら近辺に幾つかありますが」

「ちと気になることがあるので見ておきたい。その前に、敵の飛甲機の方が出力が大きい。違うか?」

「ご明察です。武装の優位性で落とせてはいますが、基本スペックは敵の方が高いようだとの報告が入っています」

「やはりか」

 考えているときの癖でハロルドが白く垂れる顎髭に手を伸ばす。遺跡の上を飛んでいる所属不明機にはガトリングなど長距離武装は装着されていない。しかしランディング・ギアにブレードを装備していることからハルトとグレースの戦い時点での情報が漏れていることは確実だ。

「我々も活性液や冷却機構を日々改善しておる。我々以上の技術とは何なのか? それが分かれば敵の正体が見えてくるやもしれん、と思うての。あれは素体の性能差ではない。一人貸せ。現物を見てくる」

「はい、状況を把握している伝令兵を一人おつけします」

 ハロルドは戦況把握をそっちのけにして情報収集に走った。


 結界内部では、原野を越えて奥森の中に入ったハルトとカッツェが敵飛甲機を探していた。巨大な木々が連なる暗く不気味な森の中をマナの光を流して甲殻の騎士が飛ぶ。突然、何者かに木々がなぎ倒されて開けた空間に出た。しかしそこもつるや苔むしたつたが光を遮り、明るい雰囲気ではない。

 人を寄せつけない原初の森。

 そこは見慣れない生物の命で溢れていた。

 人とたがわぬ大きさのコウモリ達が飛びまわり、大木を螺旋で飾るように光るキノコのまわりには芋虫がうごめいている。ここでは哺乳類は食物連鎖の下層にあるようだ。蟲に食い散らかされた大型動物の骨が肋骨の形のまま残り、頭蓋骨が散乱している。大木に寄生する大輪の花が空中で開き、巨大な蜘蛛の巣がその上で獲物が掛かるのをジッと待っている。

「おお、あの蜘蛛の巣の糸とかいい拘束網になりそうだなぁ」

「私は怖いですぅ。なんですかここ!? 気味が悪いですけど……」

 アバターシュの通信機にサジウスに乗るカッツェと珠絵の会話が入ってきた。

「確かに気持ち悪いけど役に立つこともあるんだぞ、タマエ」

「こんな気持ち悪いのが何の役に立つっていうんですか?」

「ハルトも良く見ろ、蟲の幼虫や怪鳥が意識してる方角がある。多分敵の飛甲機がそっちにいる」

「――ほんとだ。何となく生き物達が注目してる方向があるな」

「奴らは自分の生存を左右する情報に敏感だからな。ぬしとかボスとかの可能性もあるけど、この状況だと外から入ってきた異物に反応してる可能性が高い。少なくともやみくもに飛ぶよりはいい。行ってみよう」

「了解」

 ただでさえ暗い森の上空には雲がかかり、森の中には霧が出ている。視界が冴えない中を集中して飛ぶサジウスとアバターシュ。ハルトはふと生き物達の様子が変わったことに気が付いた。

「カッツェ、生き物が見てる方向が逆になった。こっちで合ってるのか?」

「こいつら何かから逃げようとしてる感じがするな。きっとこの先に何かあるぞ」

 カッツェの分析は正解だった。さらに進むと蟲々が地上を逆走し結界の方向に流れを作っていた。その先に赤い霧を振りまきながら二機の黒い飛甲機が飛んでいるのが見える。

「ちっ、外道どもが」

 めずらしくカッツェが感情をあらわにした。

「あれは何を撒いてるんだ?」

「蟲を興奮させて戦闘モードに入れてやがる。興奮した蟲は意識を共有する力が強まる。蟲を暴走させて結界の方にけしかけてるんだ」

 スピードを上げるサジウスに負けじと出力を開放したハルトは敵機に向けてガトリングを撃った。

「降伏しろ。さもなければここで落とす」

 ハルトの警告を無視して左右に展開する敵機。サジウスが左に舵を切った。ハルトは逆側、二時の方向に逃げた敵機を追う。敵機の上昇に追随して森の上空に抜けたアバターシュの右腕が敵機を捉えるとガトリングが咆哮を上げた。しかし絶妙な操縦で回避される。

「カッツェ、こいつら相当できるぞ。素人じゃない」

「そうみたいだな。こっちも手強い。しかも速い」

 二組のドッグファイトが続く。

 グランノルンのロッキ型より動きが速い。それを意識して狙わないと当たらない。

 照準の意識を変えるハルト。しかし動きに緩急をつけた操縦に翻弄される。ガトリングを撃ち尽くしたアバターシュが弾倉を換装する。

「うおっ」

 カッツェの声が届いた瞬間に爆発音が轟いた。発生した爆炎の中にサジウスが消えた。

「カッツェ! 珠絵!」

「大丈夫だ。自爆しやがった。道連れにされるところだった」

 ハルトの意識が逸れている間に、残った敵機は急降下して森の中に消えた。

 サジウスからフォルマージュの盾の原理を応用した防御用キャノピーが消えてゆく。速度を落としたサジウスにアバターシュを寄せるハルト。操縦席のカッツェが手の甲で額を拭っている。

「実験機で良かった。心配するな。被害は……特にない。コーカサスの装甲が厚いのも幸いした」

「あせった……」

 胸を撫で下ろしたハルトに通信が入る。

「ハルト、何だ今の爆発音は? やったか?」

「逆です、オーブ。一機がサジウスに自爆攻撃を仕掛けましたが俺達は無事です。もう一機は見失いました」

「そうか……まぁ一機減らせたと思えばいい。一旦戻ってくれ。こっちが手薄になってきた」

「了解です。森の中でも大量の蟲がそっちに向かってます。」

「――奥森の偵察に一機まわす」

 サジウスの背中にアバターシュを降下させてハルトは前線に戻った。


「ふむふむ。これだけ通信機が並んでおると現状の把握が楽じゃな」

 アントナーラ軍本部テントに戻ったハロルドの言葉だ。

「はい、目視と伝令兵に頼っていた頃とは雲泥の差です」

「しかし、ようこれだけの通信機を作ったの」

「オーブが私財を投入されまして。王都からの補助は飛甲機に関するものでしたから。しかし、これでベンに指揮を任せられるな、と、オーブが前線に出ていってしまう始末でして……通信に結構なマナを使うので私が追うことも出来ない状態なのです」

「これだけ動いとればの。しかしオーブらしいといえば、らしい判断じゃ。状況を把握できることは有益じゃ。ここを全体の本部にするぞ。後送状況は?」

「胤月さま、でしたか、キラナの協力により搬送先での回復は順調です。相当な腕の施術師だ、ということです。飛甲機による運搬の方が追いつかないという状況です」

「やりおるな、あの男も。よし、わしはウルデ様と連絡を取り、近辺一帯の状況把握に務める」

「了解しました」


 前線では本格的な戦闘が始まっていた。

「クソっ、ラチが明かない」

 飛甲機群が飛び交う中、アバターシュが大型の蟲の背中に降下し、盾の先端からパイルバンカーを打ち込んでは跳ねる。八艘飛び状態のハルトは補給を考えなければならない状況に追い込まれていた。別個対応をしているカッツェから通信が入る。

「蟲の動きには波がある。一旦引くときがあるはずだ。そのタイミングで補給に行くからもうちょっと頑張ってくれ」

 原野では三段構えの陣が敷かれている。前衛の飛甲機は奥森のきわに蟲除けの煙幕を張って蟲の数を減らし、中衛にアバターシュとサジウス、オーブ直属の飛甲隊がついている。結界のあった最終防衛ライン付近にはラフィーと三頭の白狼、地上部隊の騎士達が控え、戦闘モードを解除された蟲を誘導して現場から排除するが鳥の人の役割だ。地上軍は地を這ってくるイモムシ型の阻止も行っている。槍や矢の刺さったイモムシ型の死体が転がる中、金狼ラフィーと三頭の巨大な白狼は人の手に負えない種類の蟲を騎士達の手前で無残に殲滅してゆく。しかし中衛を抜けてゆく蟲の数が増え、後衛の戦線が徐々に押し下げられていた。

「このままだと消耗戦になるな。ハロルド爺さん、増援の状況はどうですか?」

「地上軍は第ニ便がさっき着いた。遺跡奪還の兵力と結界が機能しているところから抜けようとする蟲に対処する人員も増えてきておる。カナブン型の中型機が兵を運んで来よった。カナブン型はケビンとかいうお前に友達が職人をまとめて作った機体らしいぞ」

「あいつらも頑張ってるんだな。キザイア様の到着は?」

「フォルマージュを乗せたイカルス、サジウスが十二機の飛甲機をともなって向かっとるが、所属不明機と遭遇し戦闘になっておる。少し遅れる、とのことじゃが心配はしとらん。相手は狙撃機能のない飛甲機六機じゃから時間の問題じゃろう。場所もここからそう遠くない。そのうちに到着する。もう少しの辛抱じゃ、踏ん張れ」

「中衛を抜けられる蟲の数が増えてます。後衛が対処できなくなりそうになったら冷却ライフルを使ってまとめて凍らせます」

「戦況を把握しての判断はまかせる」

「三回しか使えないんで使い所を見極めて判断します」

 ザザ、通信にノイズが入り通信がマルチモードに入った。

「割り込み失礼します。緊急連絡のため共有チャンネルで伝えます。オーブ取れますか、どうぞ」

「ポールか。奥森で何かあったか?」

「敵飛甲機を発見しました。大きな六角形のガラスの巣に赤い粉をかけて何かをおびき出しています。それと呼応こおうするように危険度の高い蟲が集まり始めています。トビムカデなどの毒系の蟲が多い」

「ハロルドじゃ。女王スズメバチは他の蟲を従える。偵察機は即刻奥森から退避しろ。敵機は自滅を覚悟している」

「聞いたかポール。即刻退避だ」

「りょうか……うわぁぁぁ」

「ポール! どうしたポール!」

 ポールさん……。

 ハルトはアントナーラの街が蟲に襲撃されたときに、指揮官としてハルトに力を貸してくれたポールの身を案じたが、再び偵察機からの通信が入ることはなかった。


「ハロルド」

「ラフィー様、専用回線ですな」

「共有すると動揺が広がる可能性があるのでな。まず状況対応だがわらわ達と鳥の人は前線を上げる。毒系の蟲と女王バチだ。女王のつられて火炎蜂も大量に出てくるだろう。人の騎士では対処できん。オーブもこれくらいは分かっているだろう。話したいのは()()の状況になった場合のことだ」

「結界ラインを抜けられた場合に火を放つ、と」

「それしかあるまい。この森を焼き払う。妖精の森を守らねばならん」

「理解はしていますが……」

「妖精の森とこの辺り一帯の遺跡とは気脈で繋がっている。妖精の森に何かあった場合ここの遺跡だけでなくこの辺り一帯の結界が機能しなくなる。繭の異変が気がかりじゃ。ウルデから聞いたフィレーネの話から考えると、繭が破裂すれば妖精の森ごと消し飛ぶ可能性が高い。ここの状況がおもわしくない場合、結界ラインの森を焼き払いつつ、妖精の森への延焼を食い止めるために近辺の木々を倒さねばならん。その心構えもしておいて欲しい」

「しかし……」

「妾の可愛がってきた森じゃが……致し方あるまい」

「分かりました。しかしその前にやれることはまだありますじゃ。キザイアにこちらに向かうことを最優先するように伝えます」

「よろしく頼む。では戦線変更の指示を頼む」

「了解しました」


「そんなことになってるなんて……」

 ハロルドは背中からした声に振り向いた。

「ノーラ……聞かれてしもうたか。じゃがまだ終わったわけではない」

「わたしも前線に出ます。お姉さまの飛甲機は撃てますから」

「しかし」

「しかしもお菓子もないでしょう! 止めても行きますよ」

「頼んだ」

 ノーラがテントを出てゆき、前線への指示出しをベンヤミンに任せてハロルドはキザイアに通信回線を開いた。


「ハルト、蟲の流れが切れる。サジウスを一旦後衛に下げる。弾倉の補給をしつつライフルなんか装備を下ろしてくれ。終わったらサジウス自体の補給に行ってくる。ついでにタマエも置いてくるわ。ここから先は危険だ」

 戦況が一段落したカッツェからハルトへの通信だ。

「了解だ。珠絵を頼むカッツェ。それとノエルとフィレーネに伝えて欲しい。妖精の森の繭の根を切るのにどっちのブレードを残しておけばいいのか聞いてきてくれ」

「了解。俺が戻ってくるまで今までの武装で頑張ってくれ。でもやばかったら剣を使えよ。一度や二度切っても壊れるわけじゃないんだろ?」

「そうするよ。でも出来るだけ温存したい。俺にとってはここが本番じゃない」

「その余裕はいい方向に働くよ。切羽つまると判断を誤る」

「カッツェを見習うさ」

「言ってくれるねぇ」

 並走して飛ぶアバターシュとサジウスは後衛に向かって下がった。眼下には後送に勤しむ飛甲隊が重傷者の搬送に飛び交っていた。


 本部テント前の待機場には複数の飛甲機が降りている。ノーラが駆け戻って来たの見て焚哉がコクピットから声を降ろした。

「ノーラちゃん、どうしたの?」

「わたしも前線に出るよ。遺跡の消火が終わってやることないし、遺跡には催涙ガスとか罠が仕掛けられてて迂闊に入れないし。遺跡の奪還は専門の人に任せるしかない。厄介な種類の蟲が出てくるみたいだから手伝いに行く。お姉さまの機体だから少しは戦力になるから」

 飛行服を着たノーラがゴーグルを装着し、ガトリングと噴射機が装備された白地に金の装飾が施された攻撃特化型の飛甲機のタラップを昇る。

「じゃあ、僕も行くよ」

「焚哉くんは負傷者の搬送をお願い。その機体は搬送に有利な機体だから。それに……これから搬送の手が足りなくなると思う」

「厳しい状況なんだね」

「たぶんそうなる。ハロルドさんの、頼んだ、って言質は取ったから、わたしは前線に出るね。胤月さんもがんばってるみたいだから焚哉君は搬送をお願い」

「分かった。気をつけて」

「うん。また後で」


「ハルト荷降ろしは済んだか?」

「はい、ラフィー様」

 ハルトは一旦手を止めてラフィーの声に耳を傾けた。

「対処する蟲の優先順位を伝える。ロッキやハネアリは無視していい。結界ラインを越えられても対処できる。押さえるべきはトビムカデを中心にした毒系、特に足の赤いやつだな、こいつらに中衛を越えられると地上軍では対処が難しい。次に火炎蜂とカミキリムシ。奴らは木を倒して森の中に蟲が通る道を作る。そして出来れば女王スズメバチを仕留めたい。聞いた通り女王バチは他の蟲を従えて指示を出す。頭がいいから気をつけるんじゃぞ。他の種類の蟲が出てきたらその都度教える。ではゆくぞ」

「了解です」

 

 小競り合いが続く中、前衛と後衛が薄くなり中衛に戦力を集中させた原野の布陣が変化を終えると、奥森から大量の羽音が聞こえてきた。

「本隊のお出ましじゃな。皆、死ぬでないぞ」

「ハルト、久しぶりだな。我々も加勢する」

「ジョナサン隊長。それにユージンも」

 遺跡上空の敵機に対処していたジョナサン隊が中衛に合流した。隊長機とパーソナルマークを示す赤いラインの入ったジョナサン機の隣に並んだユージンは、空中で静止した単座の機体のキャノピー越しにハルト向けて親指を立ててみせた。

「オーブより飛甲隊各員、機体の損傷と補給の必要性を共有することを心がけろ。受け持つ戦域が薄くならんように常にバックアップと補給のタイミングを意識して動け」

「では、参るぞ。シン、フュール、ラング先行しろ」

 三頭の白狼が動いた。


戦闘に突入しました。

獣神ラフィーの眷属、白狼のフュール、ラングには北欧語で、松、長い、という意味があります。ハルトの深層心理の反映かも。ということで……笑

次回、戦闘が本格化します。「格闘」月曜日の投稿になります。


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