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甲殻の翼  作者: 月弓 陽
王都編
103/148

出撃

「フィレーネ、変な服ってどんな服だったかな。詳しく教えてくれる?」

 人形用の小さなベッドで体を起こす妖精に聞いたのはノーラだ。

「こう前で合わせてお腹で紐を結ぶ服で、袖から長い四角い袋みたいのが垂れてる服だよ。白い服に赤い紐が通ってるの。ズボンは真っ赤で折り目が沢山あるブカブカなの。くるぶしまでしかない白い靴下が親指で割れてて紐のついた底だけの靴を引っ掛けるみたいに履いてるの。変でしょ?」

「ちょっと待って」

 ノーラは紙と鉛筆を出してイラストを書きはしめた。

「それって狐人さんの着てた服」

 ノエルの言葉にうなずいて、フィレーネに見せるノーラ。

「そう。巫女服だよ多分。これでしょ?」

「そう。これこれ!」

「それに黒い髪って、アリシアさんの髪は紫だよね?」

「そうだな」

「でも真っ黒だったよ。それは間違いない。光が髪に映っても真っ黒の中に白が光るだけだから他の色じゃない。服の赤いところなんかはしっかり色が見えてたから間違いない」

「綾乃、だろうな。その繭の中にいるのは」

「でもなんで巫女服なのです?」

「綾乃ちゃんの本家は神社なんだよ」

「そういえばそんなことも言ってたね。神宮路さんがハルトとノーラちゃんと一緒に校門の坂を降りてた時に」

「で、フィレーネ。光ってるってどういうことなんだ? その光で女神様や妖精が苦しむっていってたよな?」

「多分繭の崩壊が近いんだと思う。何でか分からないけどそう思う。ちっちゃい方の繭が崩壊したら大きい繭も消えちゃうっていうか妖精の森そのものも消えて無くなっちゃう。そんな気がする」

 ガタン!音を立てて立ち上がったのはウルデだ。

「まずいな」

「早く綾乃を助けにいかないと」

「それだけでは済まんぞ。妖精の森は森全体の気脈の大きな要所じゃ。妖精の森が無くなると広範囲で結界が発動しなくなる可能性がある」

「そうなれば蟲どもが大挙して押し寄せてくるぞ。スタンピードなんてもんじゃない。人の地が滅びかねん」

「あくまでも可能性じゃがな。しかし緊急事態には変わりない。すぐに出向こう」

「ちょっと待って。私達が飛甲機で行くだけじゃダメ」

「何でだ?」

「小さい繭を根っこから切り離さいとダメなの。だからそれが出来るものを持っていかないと」

「繭の大きさは?」

「人よりも大きいくらいだけど、人の力じゃ切れないと思う」

「アバターシュなら出来るな」

「もう動くんならそれがベストだと思う」

「ハルト、キザイアの所に行くぞ。フィレーネも連れてゆく。ハロルドもついて来てくれ、他の者は準備を!」

 ウルデの決断にまずカッツェが飛び出した。キザイアの所に向かったのだ。

「わたしも行きますっ」

 ノーラはハルト達と共に歩み、他の生徒が工房に向かって駆け出す。胤月とナターシャは私達も送り出す準備が必要ですね、と教室を出た。


 キザイアの執務室に入ったハルト達が説明を終えた。机の上に肘を乗せ、両の手を胸元で組んだキザイアが金髪の巻毛を揺らしながら顔を上げる。

「事情は理解した。だがアバターシュの使用許可は簡単には出せん。時間が必要だ」

「お姉さま、緊急事態なんです。何とかなりませんか」

 ノーラが前に出てなんとか説き伏せようとする。

「フィレーネには悪いが、妖精の言葉だけを元に出撃許可を今すぐ出すのは難しいと言っている。私は緊急出動の権限を持ってはいても、蟲が侵入して来たわけでもないのに協議会すら通さずに独断で許可を出すわけにはいかない。それほどの意味を持つのだ、アバターシュをハルトに託して外に出す、ということは。公式のお披露目をすでに貴族達に通達しているのだぞ。今の私に出来ることは私の飛甲機をエレオノーラに貸し出すことと、キラナに貸し出していた飛甲機の帰還を知らせる書類を伏せておくのが精一杯だ」

「けれど、ウルデ様は重大な危機が迫っている可能性がある。と言っています」

「時間が欲しいと言っている。すぐに出たいと言うのなら、開発の試験機として作ったサジウスが一機あるだろう? 試験機の長距離飛行実験の許可なら今すぐ出せる。アバターシュは許可を出せる状態になり次第グレースに届けさせる。うちの騎士の中でアバターシュに適応しているのは今のところハルト以外にはグレースだけだからな。これでどうだ?」

「アバターシュで出るならいつになりますか?」

 ハルトの問いかけにキザイアは逡巡した。

「早くて明日の昼だな」

 顔を見合わせるハルト達の中でウルデが四角いカード状の物を出した。

「少し待ってくれ。ベルダンティアと連絡を取る」

 しかしウルデのTバードの音声通信が繋がることはなかった。

「何をやってるんだ。こんな時に」

「申し訳ありません、ウルデ様」

「キザイア、お前にも事情があるのは分かる。出来る限りのことをしてくれていることも」

 キザイアは立ち上がり、天使ウルデ対して頭を下げた。


 一行がキザイアの執務室を出ると立ち止まったウルデが告げた。

「私は転移して館に戻る。その方が早い」

「しかし転移の間を開くには王と王妃の許可が必要じゃったのでは」

 黒い天使、ウルデの長い銀髪と褐色肌の美貌に似合うクールな色のルージュを引いた口の端が持ち上がった。

「王と王妃には貸しがあるからな。ノーラの魂をこの世界に召喚したときに行った儀式は、本来なら我々に報告が必要なものだ。王と王妃も良かれと思ってやったことだろうしと、グレーな状態にしてある。ここでカードを使わさせてもらう。妖精の森の上空で落ち合おう」「分かりました。カッツェ、わしレーヴンとお前の守り鴉をサジウス工房に連れてこい。翼は多い方がいい。できるだけ皆でゆこう」

「はっ」

「わたしはお姉さまの飛甲機を工房にまわしに行くね。焚哉くんが乗ってた飛甲機もまわしてもらうから工房で待っててって伝えて」

 キザイアから渡された許可証を持ってノーラがカッツェを追った。


 フィレーネのベッドを持ったハルトとハロルドが工房に戻ると水や食料などがすでに用意され、珠絵がミックが何種類かのマガジンを出していた。

 サジウス試験機を使えることをハルトがミックと珠絵に伝える。ミックはあわてて武装換装中のサジウス実験機に走る。

「誰が何に乗るかは決まったのかしら?」

 胤月の言葉にハロルドが答えた。

「わしらの守り鴉も出すでな。足になるのは単座と複座のロッキ型が一機ずつ、サジウス一機に守り鴉がニじゃ」

「サジウスには俺が乗ります。ミックも連れていきます」

「ハルトとミックがサジウス。ノーラがキザイア機、ノエルはカッツェの後ろじゃな。わしと焚哉の後ろは今のところ空いとる」

「キザイア機の後部座席もすぐ付けられますよ」

 サジウス試験機に取り付いているミックが声を上げた。

「ならあたしが乗ります!」

「ソフィー、大丈夫か?危険だぞ」

 まだ年端も行かないソフィーがハルトに食ってかかる。

「置いていったら怒りますよ。 放置プレイは嫌いじゃないけど、こんな大事な時に一緒じゃないなんてありえない。みなさんのことを書き留めるためにあたしとおばあちゃんはここに居るのに」

「――分かった。ノーラもそう言うだろうしな」

「だったら私が残るわ。一人分、席が足りないでしょ」

「胤月さん……」

「私よりタマエルが行った方がいいでしょう」

「そうじゃな。繭の中におるのが転移者達の仲間ならばその方が良いじゃろう」

 二機の飛甲機の回送されて来た。弾薬補給にかかるハルトと焚哉。装填しているのはゴム弾やペイント弾ではなく打撃力のある実弾だ。

「何があるか分からない。拘束網の予備も持ってこう」

 三機の飛甲機の装備を終え、二羽の守り鴉が合流して飛行服に着替えた全員が集まった。

 分厚い革のジャンバーの裏地に羊毛が縫い付けられた古きよき時代を彷彿させる飛行服は米軍のB-3のデザインを元に作られている。ハルトがロダで作ってもらったスタイルが全域の航空部隊で定着している。


「では、準備はよいな。出るぞ」

「ちょっと待ってください。フィレーネは?」

 ノエルの言葉に皆が空中を見回す。どこにも小さな妖精の姿がない。

 さっきまではふらつきながらもハルトの周りを飛んでいたフィレーネがサジウス近くの床に倒れているのをハルトが見つけた。

「フィレーネ!!」

「あれだけマナとを採ってこれか。急がんと間に合わんかもしれん……」

 ハロルドに抱き上げられたフィレーネに意識はなく、顔を赤くし苦しそうな呼吸をしている。ハルトの中に激情が走る。

 綾乃にアリシアと似たようなことが起こるかもしれない。

 それだけは絶対に止めなきゃいけない。

「グレースさんがアバターシュを運んでくるのを待ってられない。俺が乗って出る」

 飛甲服の上着を脱ぎ捨てたハルトが全力で駆け出した。

「ちょっと先輩、出すんなら武装」

「ハル、アバターシュを出すならライフル系も持って行ったほうがいいよ。あーもう……ミック、サジウスにライフルの装着をお願い。冷却材と火炎放射器用のタンクも積んで貰えるっ、あとこれも」

 ノエルは床に残されたハルトの上着をミックに渡して、ハルトを追って走る珠絵を追いかけて行った。


「グレースの背後にはハシュタルやニンディタの影があるでな。信用しきれんのもしょうがないか」

「でも先生、サジウスの操縦はどうしましょう? 俺のマナじゃ長距離飛行は無理です」

「俺の守り鴉をノエルに任せて俺が乗ろうか」

 カッツェの提案にハロルドが考えこむのを見て、ナターシャがソフィーの手を取って近づいた。

「ハロルドさん、この子にやらさせて下さい。ソフィー、あなたにはとある高貴な方の血が流れているの。飛甲機にも乗れたでしょう? あなたの中には大きなマナの流れがあるはずよ」

「おばあちゃん?」

「これまで黙っていてごめんなさい。でも今こそ皆さんの力になるときだと思って」

「あたしに出来るの?」

「大丈夫よ。ミックさん、どうでしょう?」

「マナが問題ないなら通常飛行の操縦はロッキ型とそう変わらないです。サジウスは横に二人乗れるんでコツを教えつながら交代して行けば何とかなります」

「ではよろしくお願いします」

「ほんじゃ、ナターシャさんはノーラの後ろへ。胤月、わしの後ろが空いた。お主も行けるぞ」

「あら、お願いしますわ。誇り高き天使様の下僕しもべ、翼人族の族長さま」

もと、じゃと言うとろうが」

 二機の飛甲機を伴ったサジウスが裏庭に出ると武装を装備したアバターシュが開発工房からすでに出ていた。アバターシュが二丁のライフルを腹に抱えたサジウスの背中に乗り込み、片膝を立てた乗機体制でロックされる。フィレーネを胸に抱いたノエルがカッツェの後ろに乗り込む。

 三つの飛行物体と二羽の大きな翼が、夕焼けの空に舞った。


 足元には塀に囲まれたグランノルンの王都が見える。やがて多くの人が暮らす大都会が見えなくなり、血潮のような真紅に染まる空を、一団は西を目指して巡航飛行してゆく。どの機体も正面からの夕陽に照らされている。

 これがただ飛んでいるだけだったらどんなに良かっただろう。ハルトはそう思いながら空を見つめる。

 焚哉が操縦するロッキ型の飛甲機がアバターシュを乗せたサジウスに近づき後部座席の珠絵が通信機を取った。

「先輩、明るいうちにライフル系の接続チェックをもう一度やっときませんか? 試射後の調整をしてからまだ接続チェックをしてないです」

 コーカサスオオカブトを素体とするサジウス型の飛甲機に片膝を立てて乗機するアバターシュの目に光が入る。

「そうだな。使わくてもいいことを祈るけど、夜が明けてからだと現地に近い。今のうちにやっとこう」

「今回は森の中ということなので火炎放射器の使用は延焼の危険があります。冷気ライフルのチェックをお願いします」

「ハル、わたしと珠絵さんの持ってる通信機はアバターシュと離れすぎると繋がらなくなるから注意してね。さっきからノイズが乗るの。ちょっと様子がおかしいからいつもよりも注意して」

 カッツェの守り鴉、キスカの上でカッツェ後ろに乗るノエルは、アバターシュ内部の情報をモニタリングするタブレット型の端末から通信している。珠絵が通信しているのも同じ端末だ。

「ミック、ロックを解除するぞ。冷却材のタンクからの接続する準備をしたら一旦上空に出る」

「了解」

 ハルトは他の機体がサジウスから距離を取ったのを確認し、アバターシュの片膝と足首をロックしていた固定器具を開放する。サジウスのコクピットの計器の一つがグリーンになったのを確認したミックは、サジウスの上で立ち上がったアバターシュがバランスを崩さないように出力を上げた。

 ハルトは左腕から盾をパージしサジウス側面のホルダーに装着した。ミックが左側に傾いたバランスを修正すると、体の向きを変え、後部に幾つかある武装ハッチの一つを開く。取り出したのは接続ジョイントが両端についたホース。冷却材の入ったタンクにホースの端を持ってゆき接続パーツをまわして装着してゆく。アバターシュのマニピュレーターは器用な人間のように繊細に動いている。接続部を回しきるとホースの中が白くなり、ホース自体から冷気の白い霧が湧き出てくる。ハルトは長めのホースを丁寧にまとめると通信を入れた。「ミック、出るぞ」

 アバターシュの翼が開き、盾をサジウスに残して離陸する。飛行ユニットからマナの輝きが流れ出て伸びてゆく。一旦高度を上げたアバターシュはサジウスよるも高度を下げると慎重に近づいてサジウスが腹に抱える長物に手を添えた。ハルトの指示でアバターシュの全高の1・5倍近いロングライフルが落とされる。両手でライフルを抱えたアバターシュがサジウスをひっかけないように大きめの距離を取って上昇し再びサジウスの背中に降りた。足元のホースを拾ってライフルに接続する。ネジを締めることで接続するのに時間がかかる。しかしネジもこの世界では貴重なものだ。接続を終えたハルトはモニターに映し出される状況を確認する。装填可能のアイコンが出た。

「冷却ライフルの接続に問題は……ザザ……繰り返す、冷気放射器の……ザ…… 通信にノイズが乗るな」

「全員の通信機にザ……送ってきてる人がいるみたいだね」

 アバターシュのコクピットに焚哉の声が届いた。ロッキ型に装着されている通信機からの発信だ。ハルトは通信機の設定をいじってみるが改善しない。

 カッツェの守り鴉の後ろに乗るノエルが手綱を握るカッツェの肩を叩いて顔を近づけた。

「やっぱりおかしい。もしかしたらキザイア様が連絡を取ろうとしてるんじゃないかと思うんだけど」

「事情があるとはいえ明確な命令違反だからな。アバターシュを持ち出したのが判明したら呼び戻そうとするのは当たり前だ。でもハルトには伝えない方がいい。何が起こるか分からない状況で気になることは少ない方がいいよ。ハルトは繊細だから。それにもう出ちまったんだ。今更帰れんだろう?」

「そうだね。黙っておくことにするよ。――カッツェ」

「なんだ?」

「カッツェはすごいね。どんなときでも余裕を無くさない。今だってハルを気遣える余裕がある。とても頼もしいよ」

 ノエルはカッツェの腰に腕を回した。

「そ、そうかな? 俺はバカだからさ」

「そんなことない。わたしはカッツェといると安心するよ」

 背中につけらたノエルの横顔に、答えることのないカッツェは火照った顔を冷やすように少しスピードを上げた。

 カッツェの背中で飛行服と同じ素材で作られた耳あてつきの帽子の下から桃色の長い髪が風になびいていた。


 サジウスの上ではアバターシュがラ冷却イフルの接続を外し、再び離陸して元の位置に戻す。アバターシュの片膝と足首がロックされると、ミックはサジウスの操縦席をソフィーに譲った。


 

強引な出撃になりました。

次回、「絡み合う糸」

水曜日の投稿になります。

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