幾何学予想
アバターシュが武装試験行っているその時、エレオノーラとして焚哉と胤月を出迎えたノーラは自室に二人を招き、あらためてキラナの状況を聞いていた。公式な報告会では聖地の情報まで詳しくは聞けないためだ。まずは拉致疑惑についての報告が胤月からなされる。公式な報告会のときよりも胤月の表情は険しい。
「自主的なニンディタへの移民、という形になっていたから私達が報告する前は本山では露見していなかったのだけれど、調べると出てくるわ出てくるわ。役人達も事の深刻さに気がついたみたいで捜査チームを編成したわ」
胤月から話を聞いたノーラはオーブ・アントナーラが提案した合同捜査の内容と直接話したがっていたことを伝え、オーブが守りの森で緊急会合に向かったことを加えた。
「ということは、カッツェやハロルドさんも帰っちゃったの?」
「ううん。そこまで緊迫してはいないみたいだから心配しなくていいよ、焚哉くん」
「良かった。みんなに報告したいことがあるんだ」
「――聖地、のことよね?」
「学園の時間にみんなにゆっくり話そうと思ってるんだけどノーラちゃんには調査結果の資料を先に渡しておくね」
資料を受け取ったノーラは真剣な眼差しを落とした。
午後の遅い時間になると、生徒達が教室に集まり始めた。焚哉と胤月が試練を越えたハルトを讃え、ひとしきり夏休み明けの再会を喜び合うと、ハルトとノエルからアバターシュのテスト飛行の結果は良好で、最終チェックを残すだけとなったことが伝えられた。武装との接続も上手くいったことが告げらたときには、珠絵が事更に満足そうな顔をしていた。最終テストに全員が参加することが決まると、本日の講師である胤月が壇上に登った。
「それじゃ、始めるわよ」
起立と礼を終えた制服姿の生徒達に向き合った胤月は法曹姿が凛々しい。
「本当ならキラナの歴史を話してあげたいんだけど、可及的速やかに対応しなければいけない問題があるので、今日は主にニンディタという国がどういう国なのかを話そうと思うわ。タクヤルちゃんは知ってることだからと油断しないように。タマエルは自国の外交にとって重要な話になるからしっかり聞くのよ」
話し方はオネエ言葉だが、漢らしい胤月の声に威圧された珠絵が背筋を伸ばす。それよりも真剣な眼差しを向けてハルトは教壇に集中する。
胤月から、ニンディタに移住した五十数家族、約二百人の行方不明者がいること、そのうち大人の名前が奴隷売買記録に数多く残っており、親と引き離された相当数の子供の行方が知れないことが伝えられた。調査が進む度に人数が増えているという。ニンディタは大国イーシャとグランノルン連邦の強固な同盟国であるキラナに挟まれた国で、そのどちらにもいい顔をしながら、キラナの一時的な統治と資金援助によって道路や水路などのインフラが整備され貧しい中世社会から脱出した歴史や、今ではそれを侵略と捉えてキラナに反旗を翻していること、技術盗用を繰り返して産業発展を培ってきた経緯が話された。
「以上が歴史的な概要ね。次にニンディタのを理解するのに今日は要点を二つに絞って話そうと思います。独特な正義感と乗っ取り、この二つをますは覚えておいてちょうだい」
ノートを開いてメモを取るハルトの表情は真剣そのものだ。
「まず、独特な正義感について話すわ。正義とは立場が異なれば変わるものだ、これはいいわね。私も否定はしないしある意味正しいと思う。けれどニンディタの場合はちょっと特殊なの。その原因は長い間、民族の大多数が奴隷階級だった、ということに由来するわ。キラナの統治時代にこの制度は禁止したけども、一人に対し50人くらいの奴隷を所有していたニンディタの支配階級は、奴隷の数を維持するために、家族の同罪と罪の継承、を唱えていたの。罪を犯したらその罪は家族も被る、更に子供に引き継がれるもの、としたのね。だから一度罪を犯したとされると、家族ごと子孫末代まで犯罪者として奴隷にされてしまう。一度でも罪を認めたら負けになる。絶対に謝らない、嘘を並べ立ててでも自分の正当性を主張する。そういう風潮が今でも残っているわ。ここまではいいかしら」
胤月は生徒たちの眼差しを受けて続ける。
「これに、人間家系が上下しかない、という思想が加わるわ。対等な人間関係という概念がないのよ。上の者は下の者に何をしてもよく、下の者は、理不尽だろうがなんだろうが、上の者を敬わねばならない、ということになるの。これは、自分達が努力して勝てないのならば、相手を蹴落としてでも相対的優位に立とうとする傾向に繋がるわね。相手の揚げ足を取ったり、噂を流して世論を見方につけることで自分達の優位を主張することが正義なのよ」
「なるほどなぁ、ちょっと納得」
独りごちたハルトを見た胤月だがそのまま続ける。まだ語るべきことが多いようだ。
「次に、内側の事情になるのだけど、ウーとナー、つまり身内とそれ以外の敵、という概念があるわ。身内は犯罪者だろうがなんだろうが守るべき存在であり、敵に対しては何をしてでも勝たねばならない。という考え方ね。自分達以外は全部敵、ということは、公という考え方がない、ということに繋がっていくわ。法律も管理する人間が変わると統治者に都合のいいものコロコロと変わる。ニンディタには二つの勢力があるんだけど、統治者が逆の勢力に交代すると元の勢力を犯罪者にして粛清する、ということになるのね。自分の立場が強いうちは不正をしても見逃される。逆に政情が変われば全てがひっくり返ってしまうわけだから、自分の立場があるうちに懐を肥やしておくのはと当然だ、ということにもなるわ。歴史さえも自分達の都合のいいものに改編してしまう。戯曲や劇の設定を公式な歴史にしてしまうくらいは朝飯前ね。身を守るには嘘をつくのが当たり前になってるの。こういう経緯もあって声が大きい方が勝つという、お互い譲らない、引かない争いがそこらかしこで続いているわ」
「ニンディタの人って押しが強くて怖い人が多いなぁって思ってたけど、大変な国なんですね」
「ソフィーみたいに旅をすると感じることもあるでしょうね。次に、乗っ取りについて話すわ。国内事情がそんなだから不正が横行してまともに組織が機能しない、ということになる。国や大きな組織の予算をどうやって自分の懐に入れるのかを考える人間がとても多い。そんなところでは技術は発展しない。労働者も自分の権利ばかりを主張して商会と衝突する。となると手っ取り早くお金を作るために他の国の技術や、現地の人達が苦労して品種改良した農作物を盗んでは育てては他国に売って儲けようとする。こんなものを生み出した私達は素晴らしい、とか言いながら。困ったもんよ。それが進んで、移民をし、国籍を変え、発展した他国の領地を乗っ取ろうとし出した。このグランノルン王都にもその影があるわ。デニスさんがお詳しい分野ね」
「根が深いなぁ、不快極まりない」
「上手いこと言えてないわよ、タクヤルちゃん。うほん。まだ少し話は続くから我慢して聞いてちょうだい。――ニンディタには、その先にある大国、シーシャに近い国の方が偉い、という思想もあるの。そもそもが貧しい国で、ろくな献上がなくて、女性を差し出すくらいしかできなかった属国の歴史が長いから頭が上がらないのが染み付いてるのね。その割に自尊心が凄く高い。ニンディタよりもシーシャから遠いキラナが発展して統治したことに不満を持つようになった理由はこれが大きい。キラナがニンディタを統治したのは大国からの軍事的侵略を食い止めるという共通の目的があったからなの。ニンディタの力だけでは防衛できなくて当時の統治者に請われての統治だったのよ。その上キラナはニンディタを植民地にしないで、生活基盤や法を整備して人々の基本的な生活が人間らしいものになるように惜しみない援助をしたわ。けれどもキラナによる統治時代をニンディタ人たちは侵略と捉えて、人権を侵害された。補償しろ。金をよこせ、と今でも言ってくる。単なる逆ギレで、お金欲しさの言いがかりだから相手にしてないけれども。人権ガー、平和ガー、と声高に主張をするけれど、実は自分達の利益のために利用しているだけ、ということが多いわ。本当に人権や平和を大切にしようと訴えている人にとってはいい迷惑よ。そういう口当たりのいい思想や、歌や劇を使って上辺の人気を集めて乗っ取りを進めるから始末が悪いわ。男性の要人に女性を差し出して籠絡するのも常套手段ね」
「洒落になってない話だな。ノーラ」
「そうなんだよね。でも対処は始めてるから」
「うほん、続けてもいいかしら。――はい、では続けます。でもね、もちろんニンディタ人の全員が悪い人だということではない。彼らは彼らの価値観で動いてるだけなんだから。けれどもニンディタ人の異常に高い自己評価と自分より格下だと見下した場合の冷酷さは他の国の人間も気がつきはじめているわ。それにまともなニンディタ人が今の状況で友愛を表に出すと弾圧されるでしょうね。経済的な困窮が民衆に不満を生んでいて、それを利用した政治的権力が強くなっているから。――要はね、ここのところのニンディタという国は切羽詰まってるのよ。人の道理から外れた突拍子もないことが起こっても私は驚かないわ。都合の悪いことは他人のせい、自分達がやることは全て正しい、そう思い込む人達が国を動かしているのだから」
「それじゃ行方のわからない子供達が危険だ、ということも考えられる、ということですか」
「それはまだわからないわ。けれど大僧正様も守りの森の会合に呼ばれたわ。グランノルン王までもが招集されたことを考えると、もっと大きな何かが水面下で動いている可能性がある、と私は思っています。今は会合の報告を待つしかないわね」
「そんなに大々的な会合に爺さんは行かなくてよかったの?」
ハルトは教室の後ろの保護者席でウルデの隣に座るハロルドに振り向いた。今日の保護者席には二人の他にナターシャも座って参観している。
「今のわしがやるべきことはじゃな、お前らが作っとるもんに手を貸すことじゃ。アルフリードもそれを分かっておるから呼ばなんだ、ということじゃろうな」
飄々(ひょうひょう)としながらもハロルドの押さえるべきところはしっかりと押さえる人柄を知っているハルトは、納得しつつも不穏な予感が浮かんでくるのを止められない。ハルトの不安に気がついたウルデが保護者席から声を出した。
「今は話し合いの結果を待つべきだろう。私が懸念しているのは妖精の森の異変と、妖精族であるフィレーネの不調が繋がってなければよいのだが、ということだ。こちらの状況は逐一ベルダンティアに報告を入れてある。何かあればすぐに連絡が入るようにしてあるからお前達はお前達のやるべきことをやっていればいい」
「分かりました」
そう答えたハルトは前を向いた。
「ではキラナでの報告の続きをタクヤルちゃんに任せるわ」
言って、教壇を降りる胤月に対して立ち上がって挨拶をする生徒達。後を任された焚哉は円卓にすることを提案し、同意した生徒と保護者達がテーブルと椅子丸めて教室の中心を囲った。
「僕からはハルトに頼まれていた聖地の報告をするよ。作ってきた資料に細かいことが書いてあるから目を通してみて」
焚哉と胤月を除く全員が何枚かの書類に視線を落とし、顔を上げたの見計らって焚哉が発言する。
「僕と珠絵が転移した付近にある聖地はキラナの東西の端にある感じだね。キラナは横に長い国だからかなりの距離がある。で、僕が転移した近所の狐島には二百年くらい前に転移者がいたことはハルトとノーラちゃんは知っているね。でもやっぱりそれ以上の記録はなかった。次に、珠絵が転移した聖地を調べてみたら凄く古い文献に巫女に神託を下す神が降りたという記述があった。珠絵の方の聖地は甲殻類を祀ってるんだけど、湖から離れてるのに蟲じゃなくて蟹やなんかの甲殻類を祀っている理由は分からない。どうやら、ご信託の下す巫女が関わっていたらしいという記述はあったけど、確証は取れてなくて、単に沼が近くにあるからかもしれない。古文書に書かれていることが歴史的な事実なのか、神話なのか、記述が曖昧でよく分からないんだ。千年以上前の文献で言葉遣いも変化していてはっきりとは分からなかった。でも蟲が大量に現れたことがあるのは事実みたいだね。昔はそれなりの大きさだった街が消えてしまってるんだけど、蟲の侵攻よることなのが幾つかの文献から明らかになった。――本山の書庫を調べるだけじゃなくて実際に行ってみた。しめ縄が巻かれたの大きな岩が本尊で、仏教っていうより土着の自然信仰に近いイメージだった。キラナの地図に載ってた場所が正確じゃなかったから飛甲機の計器で計測した正確な位置を出しておいた。狐島の本殿も同じ方法で位置を正確に計測してきた。資料の最後にあるよ」
焚哉の話が一段落すると、地図を見ていたハルトが独りごちた。
「焚哉と珠絵の聖地の一直線上に本山があるんだな」
「本山も聖なる地ですからね。王宮が聖地だというのと同じ感じね。王宮が聖地だって聞いたときには、やっぱり、と思ったけれど」
胤月の言葉にノーラが新たな地図を取り出した。
「みんな見てみて」
ノーラの机に皆が集まる。焚哉の資料よりも縮尺が小さい、より広範囲の地図にキラナの聖地の位置が赤く記されている。
「この地図は飛甲機での航空観測で作られた新しい地図なんだけど、ここが王宮で、焚哉くんの狐島とタマちゃんのカニ岩、カニ岩って呼ぶことにするね、カニ岩の聖地がここ。ロダの教会と洞窟がここで……」
「どうしたノーラ?」
「気が付かない? 狐島とカニ岩との距離が、カニ岩とロダの教会との距離と同じなんだよ」
ノーラは物差しを出して当ててみせた。
「ほんとだ」
「聖地同士を繋ぐと角度が出ますね」
珠絵の言葉にノーラは聖地を繋ぐ直線を引く。
「この角度には見覚えがあるような気がします。数学の授業を思い出して嫌な感じもしますけど」
「分度器ないかな?」
首を振る生徒達の中でハロルドがハルトに問うた。
「分度器を使って何をするんじゃ?」
「角度を知りたいんですよ」
ハルトの答えに、お前はアホか、というような目をむけてハロルドは言った。
「そんなもん見ればわかるじゃろ、この角度は108度じゃ」
「何でそんな半端な角度が分かるんですか?」
「半端ではないぞ。正五角形の内角じゃからの」
「えっ、ということは……」
「108って煩悩の数と一緒だな」
独り言をいう焚哉の前で、ノーラが別の紙を折って同じ角度を作り、地図に正五角形の頂点を書きこんでゆく。描き出された正五角形のちょうど中心にグランノルンの王宮が位置していた。
ハルトが地図上の図形をなぞりながら言う。
「ロダの聖地から見て北東にあるこの点が頂点だな。森の中か。ロダの聖地の対角は湖のほとりでグランノルンとルッシアの国境付近。正五角形って対角線を引くと五芒星が出来るんだよな」
ハルトの言葉にノーラが五角形の頂点を結ぶと星形が出来た。その星の交点の中にまた正五角形がある。星々が小さくなって点になったところが今ハルト達が居る王宮だ。
「森の中だと、ちょっと見せてくれ」
黒い天使ウルデが地図を覗き込んで頂点を示した。
「この点があるのは妖精の森の中だ。おそらくその位置に繭がある」
「だとすると……」
「そうだ。これまでは迷いの術が強くてたどり着けなくなった繭の位置が正確に分かるのならば、距離と方角を計測しながら飛べる飛甲機やアバターシュならたどりつける。でかしたぞ。ノエル、フィレーネの様子はどうだ?」
「ずっと寝込んでます。大分憔悴してる感じですね」
学園の時間中は、つけることがノーラとの約束になっているノエルの猫耳が垂れ下がった。
「気がかりじゃな。様子を見に行ってみるか?」
「わたし、部屋に戻って連れて来ます。騒がしい所に連れて来ない方がいいと思っておいてきたけど、お人形用のベッドで寝てて運んでこれるから」
「私も一緒に行きます。お手伝いしますよ」
ソフィーが立ち上がり駆け出したノエルを追った。
「ノーラは蜂蜜酒と蜂蜜を用意してくれんか? 蜜はできれば薔薇の花のものが良い。鑑賞用の薔薇に蜜はないが王宮にならあるじゃろう?」
「アンナお姉さまがローズハニーがお好きなのでわけてもらって来ます。他には何か必要な物はありませんか?」
「そうじゃな、青い薔薇が咲いとる園に泉があるじゃろ? あそこの水があると良いのじゃが」
「アンナ様のお部屋とは方向が違いますね。私が行ってきましょう」
席を立つナターシャに、ハロルドが、コップ一杯くらいでよいですじゃ、と告げ、ノーラとナターシャを見送ると次にカッツェに声をかけた。
「カッツェはキザイアとの連絡に走ってくれ。飛甲機とアバターシュの使用許可を申請せねばならん。予定を確認してきてくれんか」
「了解です」
ウルデは手の平サイズの四角く平たい石を取り出し、空中ディスプレイを立ち上げるとベルダンティアにメッセージを送りだした。ハルトもオーブにメッセージを送るためにTバードを立ち上げる。
一気に事態が動き始めた窓の外には、この秋初めてのうろこ雲が浮いていた。
フィレーネが横たわるベッドをそっと両手に乗せたノエルが教室に入ってくる。その後にはソフィーがフィレーネの看病に使うらしき小さな毛布や水差し、花瓶や皿などを抱えて続き、ノエルがベッドを机の上に置くとソフィーが小物を周りにそっと置いた。花瓶には一輪の赤い薔薇の花が活けられている。
「花が近くにあると少し元気になるから」
言いながら、心配そうな顔をしてベッドに横たわる妖精を覗き込むノエル。再び全員が集まるとハロルドがナターシャが汲んできた泉の水を水差しに入れて飲ませようとしたがフィレーネは受け付けない。昏睡しているようだ。
「思ったよりよくないの」
ハンカチを取り出して泉の水を含ませるハロルド。
「青い薔薇が咲いとるところ流れとるマナは最上級のものじゃ。順序よく少しずつ与えてゆけば少しは回復するじゃろう」
ハロルドが湿ったハンカチで水を飲ませ、丁寧にフィレーネの体を拭くとフィレーネの赤い髪に少し艶が戻ってくる。
「……みんな、どうしたの? ……」
「目を覚ましたか、少し水を飲みなさい。質の高いマナの通った水じゃ、体が楽になる」
「ありがとう」
ノエルが慣れた手付きで水差しを差し出すとフィレーネは少しずつ口に含み、一口また一口と飲み下してゆく。トンボのような透明な翅に七色の輝きが戻ってくる。しかし顔色はまだすぐれない。
「やはりこれは病でないな。多分妖精族全体が似たような状態なのだろう。体調のすぐれないフィレーネには悪いが話をしてもらって根本から解決しないといけない」
ウルデの言葉にハロルドは黙ってうなずき、薄めた蜂蜜酒を水差しに入れた。
「ほれ、気つけの薬じゃ、蜂蜜から出来ておるから美味いぞ」
何度か口をつけた水差しからフィレーネが離れると翅がブルっと震えた。
「身体が温かっくなってきたよ。お腹すいたかも。そういえば前に蜜吸ったのっていつだっけ?」
「もう3日も前だよ。ずっと寝てたんだから。起きてこないから心配したんだよ。夢を見てたみたいだったけど大丈夫?」
「うーん……そうだ、夢を見てたんだった。その前に蜜を吸いたい」
「ちゃんと用意してある。ノーラが薔薇の蜂蜜を持ってきてくれた。蜂が集めた蜜には薬になるものも含まれておるでな。ゆっくり舐めるとええ」
「ほんと。薔薇の蜜が一番好きなんだぁ」
ノーラがスプーンにすくった蜜を、ノエルに教えてもらいながらフィレーネの前に差し出すと小さな指を使ってしゃぶるフィレーネ。十五センチほどしかないフィレーネの体に蜂蜜が垂れそうになる。
「ほら気をつけて。白いレオタードなんだから汚れると目立つよ」
「大丈夫だよノエル。浄化する力も戻ってきそうだから。もう少し飲みたい」
顔をスプーンに近づけて直接なめ始めたフィレーネは蜜と交互に水を飲む。しばらくすると顔色が随分とよくなった。
「フィレーネ。繭の場所が分かったぞ。飛甲機ならたどり着ける」
「ほんとに? でもなんで分かったの?」
元気を取り戻したフィレーネはいつもの口調に戻りつつある。
「俺達が転移した聖地の場所を繋いだら五角形が出来て、その点の一つが妖精の森にあるんだ。ウルデ様がそこが繭の場所だろうって」
「よくわっかんないけど、幾何学模様が出来たってことだよね? それならそうなんだと思う。空から見ても分厚い雲がかかってるから、もう行けないんだと思ってた」
「飛甲機なら正確な場所に降りられる。もう随分長いこと行けてないんだろ?」
「でも、ついさっきまでいたような……ん? なんでこんなことを思うんだろ? えっと……」
人さし指を唇にあてて顔を傾けるフィレーネ。
「夢を見てたんじゃないの?」
ノエルの言葉にフィレーネは、そうだった、と手を打った。
「繭がすごく濃くなって紅くなってるの。私達が閉じ込められた繭の前に新しいちっちゃな繭が出来てるんだけどその繭が光ってた。でね、小さい方の繭が光ると私の仲間や女神さまが苦しくなっちゃうの。それで小さい方の繭が何なのかを見に行ったんだけど」
そこで何かを思い出したようにフィレーネは口をつぐんだ。
「で、小さい繭はどうだったんだ?」
ハルトの問いかけに、答えることを躊躇したままのフィレーネにウルデが声をかける。
「フィレーネ、これはとても大事なことだ。見たままのことを話してくれ」
こくりとうなずいてからフィレーネはゆっくりと口を開いた。
「繭の中にアリシアさんがいたの。真っ黒な髪の毛で見たことのない服を着たアリシアさんが繭の中で膝を立てて座ってた」
綾乃だ。
そのときハルトには一滴の疑念もなかった。
点と点が繋がりました。またまた長くなってしまいましたが週末ということで許してください。汗
次回、「出撃」
週明け月曜日に投稿します。良い週末をです☆
(出かけられなくて辛いです……詰み本を読もうかな)




