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甲殻の翼  作者: 月弓 陽
第一部・第一章 プロローグ
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意外な告白

夏休みも残すところ後3日になりました。

 夏休みも残すところ後3日という「あっ、夏休みの宿題やるの忘れてた」と気付くも「でもまだ3日もあるしい」と油断するのがお決まりの日、遥斗は教室の窓から外を見ていた。

 進路相談の登校日にクラスのテンションは低い。

 担任に二学期が始まるまで基本的に部活も休みになるからしっかり進路を考えろ、と言われた遥斗達は高校生活の大きなポイントに差し掛かっていた。

 

 遥斗は頬杖をついた。頭に浮かぶのは進路というより綾乃のことだ。

 綾乃に相応しい男でありたい、その想いが進路を含めて今までの自分を引っ張って来た。

 進学校のここにいるのも綾乃に負けたくない、と小学校の頃から頑張って来たからだ。全然勝ったことないけど……。それでも綾乃を守れる男でありたいとはずっと思ってきた。

 でも、綾乃を守れる男でありたい、という想いは、綾乃にお守りを渡された時の「守ってあげられなくてごめんなさい」という言葉と共に無力の欠片となって砂のように手の平からこぼれ落ちてしまった。<あのこと>以前とそれ以降ではあまりにも多くのことが変わってしまった。それでもやるべきことは何も変わらない。淡々と日常を積み重ねるんだ。

 ハルトはいつもの様に自分に言い聞かせた。


 終業のチャイムが鳴ると遥斗は焚哉と教室を出た。

「遥斗は模試どうだった」

「良くもなく悪くもなく、かな。少しだけど順位は上がった。でもまだ志望校には届いてない」

「そっか」

 めずらしく静かだな。

「ところでさ! ノーラちゃんから連絡あった?」

 せっかくちょっと感心してたのに……話題変えようとして焚哉なりに気を使ってるのか?

「ノーラが東京に居た頃は『これ買った!』『今日はここ行った。これゲットしたんだよ』とか来てたけど「カリフォルニアのお家に着いたよ」からは連絡ないな」

「まだ戻って来てない感じ?」

「さすがにそろそろ戻ってくるとは思うけど」

 部屋の片付けとか大丈夫なのか?荷物は管理人さんが受け取って部屋に入れてくれるって言ってたからギリギリまで家族と一緒に居たいんだろうけど。


「早く二学期にならないかなぁ、ちょって先行ってて。自転車取って来るよ!」

 調子か戻った様子の焚哉にその方が焚哉らしくていい。と遙斗は思う。


 下足箱から昇降口の玄関に目を向けると將が居た。遥斗はしばし逡巡してから

「將、久しぶり」

 と声をかけた。


「おお、遥斗。久しぶりだな。いつもは帰り一緒になんないもんな。たまには一緒に帰ろうぜ」

 焼けた肌に白い歯を浮かべた將はスポーツバッグを肩に掛ける。

 マサルが玄関を出ると、ちわっす!ちわっ!と運動部系の生徒が頭を下げ人混みが割れて道が開ける。

 マサルはモーゼかよ。

 まぁ只今絶賛人気爆発中のサッカー部のスターだしな。放送部が中継した試合をスマホで見た生徒も多いだろうし。


「県大会準優勝おめでとう」

「よせよ、優勝した訳じゃないんだから。最後まで勝ってないぞ」

「相変わらず勝つことへの執念は変わらないな」

「勝つことが正義だろ?何言ってんだ」

 小学校時代と変わらないやり取りに思わず二人の顔がほこりぶ。


「でも来年は厳しいと思う。今年で俺の癖大分チェックされただろうし」

「お前ならその上を行けるよ」

「それがさ、今の2年は中盤が弱いんだ。お前がいたら、と思うよ遥斗」

「その……すまん。將」

「いや、俺こそすまん。怪我で辞めたってのに。悪かった」

 怪我で辞めたわけじゃない。けどそれは遥斗は誰にも言ったことがない。

 そこに触れたくない、あの時のことを思い出したくない、その気持が將との間に距離を作ってしまった。分かってはいても言い出せなかったこと。けど一度ちゃんと伝えておくべきことだよな。


「謝るのは俺の方だ。今まで言えてなかったけど約束守れなくてごめん。けど將と一緒に優勝した小学校のクラス対抗戦はいい思い出だよ。それがあれば俺は十分だ」

「俺たち最強だったよな」

 將が出した拳に拳を合わせる。そして上から下からコツンコツン、あの頃の二人のハンドシェイク。

「そういえばあの時、將、表彰式で綾乃に賞状渡されて泣きそうになってたよな。つられて俺も泣くかと思ったよ」

「ばーか、変なことばっか覚えてんじゃねぇよ」


 二人が小学校卒業も間近のクラス対抗サッカー大会。中学で別れることを知っていた將と遙斗は全力で戦った。將は違う中学の学区に引っ越すのだ。一緒にサッカーが出来るのはこれが最後だ、という思いの二人は別れを優勝で飾った。

 その勝利に綾乃は表彰台から滅多に見せない笑顔という祝福を二人に送ったのだ。

 そのあと二人は『今度はお互いのチームで真剣勝負だ』と約束をして別れた。その約束を遙斗は果たせなかった。


「ところでさ遥斗、お前理系だよな?ってことはやっぱ国立志望?」

 將が短くツンツンした前髪を触りながら話し出す。言いにくいことを言う時の將の癖だ。

「そうだな。俺はエンジニア志望だし」

「そっか。俺、国立文系か私文かで悩んでんだ。俺ん家そんな余裕ある方じゃないし国立目指すのが親孝行なんだろうけど……それと」

 そこに自転車に乗った焚哉が合流した。

「やっ大石くん。珍しいね。一緒に帰ろうよ」

「いいぜ、進路の話しとかしてたんだけどいい?」

「いいよ。僕も色々考えちゃってさー」

「だよなぁ。なんかいろいろ面倒くせー」

 三人で坂に向かって歩きだした。


「珠絵だ」

 前を歩く珠絵を焚哉が見つけて声を出すと振り向いた珠絵は再び前を向いた。そのまま行くのかと思ったら前を向いた姿勢のまま止まっている。三人が珠絵の横に並ぶと普通に歩き出した。天の邪鬼だなぁ。そんな遥斗の心の声が聞こえたのか珠絵は一歩下がってついてくる。


「とりあえず一度親父さん達とちゃんと話ししてみれば?」

「そうだな。部活も休みで時間あるし一回ゆっくり話してみるわ」


「来年、文系は国文私文に分かれるもんね」

 焚哉がさっきまで見せていた軽さを消して話しに混ざる。

「焚哉は理系だから関係ないだろ?来年も多分同じクラスだよ」

 遥斗の言葉に即答はなかった。

「……僕、実はさ、これから私文に変更しようかな?って思ってて」

「マジでか!?何でまた。焚哉成績悪くないだろ?」

 思わず出てしまった遥斗の声に焚哉の顔に少し影が落ちた。


「僕の家ってお寺でしょ。将来住職確定なのは言ったよね。理系でもお経唱えられれば楽勝でしょ、って思ってたんだけどちょっと状況が許しそうに無くて……」

 その先を言って良いものか?と考える風の焚哉は続けた。

「最近檀家さんが減っててさ。お葬式も家族葬とか増えてるし、お寺って地域密着型だから何かしらの寄付のお願いが定期的に行くんだよね。でも昔と違ってそんな余裕のある家は少ないでしょ。こうなるとちゃんと経営を学んでおかないとかもと思ってさ。それに寺の土地を狙ってくる不動産屋もいるらしくて法律関係も勉強しといた方が良いかなって。私文に変えたいって担任に言ったら明日また相談に来いって言われちゃったんだよねぇ」


「みんないろいろあるんだな」

 將は他人事ではなさそうな顔をした。


「何だか暗い話しをしてますね」

 珠絵が横に並んで話に入ってきた。

「高校生なんですからもっと夢を語りましょうよ。青い春ど真ん中の今はもう二度と帰って来ないのですよ?」

「珠絵は一年だからまだいいけどさぁ、僕達は曲がり角にいるんだよ」

「タクヤンは元々曲がっているので心配することなんて皆無じゃないですか」

「おまいうだよ。お前こそ曲が過ぎりっしょ」

「わたしは一周して前を向いてるからいいんですぅ」

 また始まった。


「お前ら仲いいな」

 やっぱ將もそう思うよな。

「やめて下さい大石先輩、ですよね? 花家珠絵と言います。よろしくお願いします。楠木部長の後輩です」

「「部長?」」

 今度は將と焚哉かよ。

「消去法で指名されたんだよ。人数少ないしそんな大変でもなさそうだし」

「またぁ」

「珠絵」

 これ以上は無しな。無言で伝えたのを分かってってくれたらしい。


「大石將だ。よろしくな。珠絵でいいんだよな?」

「いいですよ」

「珠絵さっき良いこと言ったよな。夢とか。珠絵は夢持ってんの?」

「そうですね。夢は沢山ありますよ!差し当たっての夢はセーラー服を着ていられるうちにマシンガンぶっ放して、快っ感!と悶えることですね。どこかで組長募集してませんかね!?」

「「…………」」

「そうですね、夢に近づく為にもライフルじゃなくてマシンガンを買うことにします! 帰ったら着替えて買いに行きます!MP7が好きなのですけど、やっぱM3探した方がいいですかね?P90は人気あってもわたしは認めませんよ?」

「何言ってるのか全然わからん……」

「ま、まぁ、没頭できることがあるっていうのは良いことなんじゃないか?」

 あの將が引くレベルだった。

「ほんと珠絵は自由だよなぁ。僕もお寺()いだらDJパーティーでもやろうかな。映像とか照明でビカビカにして踊りまくって悟る!みたいな。これマジでいいかも!!」

 快楽に忠実な似たもの同士だな。ちょっと羨ましいかも。

 


「時に大石先輩。今日は自転車ではないのですね?」

「ん、よく知ってるな?」

「あんな本格的なロードレーサーで通学してる生徒は少ないですからね。しかも派手ですし。ご自慢の一品なのでは?」

「それはそうなんだけど。軽く事故ってな」

「そうなのか?將。どうしたんだ?」

「いや調子に乗って坂を下ってたらスピードが出ちまってな。そこに子猫が出て来たんでブレーキかけたら自転車ごと吹っ飛んだ。お陰で修理に貯金もとんできそうだけどな」

 ゴツい男が子猫助けるってどんだけ古典なんだよ。一周まわってもその手はもう好感度上がんないと思うよ?

「先輩、それはホントに猫だったのですか?その坂は校門を出て真っ直ぐの坂ではないですか?」

「何でそんなこと知ってるんだ?確かに子猫は思い違いで実はコンビニ袋だったし、場所もその坂だ」

「今日一年の女子の間では自転車で転んだ人にパンツ見られたっ!っていうのが話題でした。大人しめの眼鏡ちゃんとイケイケの茶髪ちゃん、両方見たんでしょ?」

 ジトー。女子の情報網恐るべし。

「何色だった!?ねぇ、ねぇ」

「……白と黒にピンク」

 高感度が下がりっぱなしである。逆に上がるかもしんないけど。

「まったく、ホントに男って」

「ククク、將って昔から突っ走ってコケるとこあるよな」

「それを言うな。俺はお前みたいにクレバーには出来んのだ」

「でも將はパワーで押し切れるじゃん。羨ましいよ」

 そうは言っても今時パワーだけでオフェンスが務まる程甘くない。將は勝つためなら愚直なまでに努力出来る男だ。

「勝つのが正義だからな」

 な、脳がきん肉マンってノーラも言うわ。そういえばあの本、まだノーラに渡してなかったな。

「そう言えば焚哉、あの本面白かったよ」

「でしょでしょ。僕、間違ってないよね?」

「最初読んでた時は、人は主観で世界を見ている、だから自分が変われば世界は変わる、って話しかと思ってたけど、読み進めたら世界は貴方の思考が作っている! 貴方がこの物質世界をも作っているのだ! になって、あーあれだわと思った」

 そんなこと出来たら宇宙人に未来人、超能力者が集まるっつーの。

「だよねー。でも意外とホントなんじゃないの?とも思うよ。インドってゼロの概念作った国だしあなどれん、的な。クリシュナムルティは昔の哲学者だけど、最近この世界はVRだって説があるでしょ。アメリカで電気自動車作ったり一般人の宇宙旅行を実現するって言ってる天才な感じの人もその説()してたし」

「あー、この世界は誰かが作った仮想現実だって考えると量子力学の矛盾も解決する的な話しだろ。考えだしたら止まらなくなったよ。永遠に夏休みがループするかと思った」

「なんか難しい話ししてんなぁ。文系の俺にはさっぱりわからん」

「そうだね。こういう話しはハマるとアブナイみたいだから程々にしないと。哲学科出身の学者って自殺率高いらしいよ。考え過ぎダメ!ぜったい」

 ドクン!焚哉の発した言葉に心臓が鳴る。動かなくなった体に嫌な汗が滲む。

「部長どうしたんですか?顔色が悪いですよ」

「何でもない。昨日あんま寝てないんだ……」

 深く息を吸って長く吐く。細くできるだけ長く。それから息を吸い込むと少し落ち着いた。

 ポロン、スマホが鳴った。


「ちょっとごめん」 

 

 何でもいい、意識を逸したかった。鞄からスマホを出す。


「ノーラからだわ。日本に戻って来たってよ」


「そうなの!ああ愛しのノーラちゃん!ぷるんぷるん」

 話しの流れも変わった。助かった……

「もう、このに神宮路先輩が入って来たらタクヤン殺されますよ」

「綾乃はそんなことしないって」

 無意識に綾乃と呼んでしまった。まぁ内輪だしいいか。それに綾乃はこの環にはきっと入って来ない。

「ノーラ、二学期から一緒なんだな」

 將がしみじみとした声で言った。




 自転車の焚哉と別れ、「部長、無理しないで下さいよ」と珠絵がバスを降りると將と二人になった。

「なぁ遥斗、さっきの続きなんだけど、その進路の……」

 そんなに悩んでるのか。もうさっきの気分は回復している。

「駅で降りたら話すか?」

「頼む」

 バスを降りるとファミレスでも行くか?と誘ったけど、いやあそこでいい、と、將は人気のないベンチを指した。

「結構深刻に悩んでるみたいだな」

 そう切り出すと將は暫く前髪を触ったままだった。

「さっき私文にって言ったけど、実は大学受けるの止めようと思ってる」

「何でまた?」

 家庭の事情かなんかか?

「……俺、プロを目指そうと思うんだ」

「ーーそうなのか。事が大きすぎてなんて言ったらいいのか分かんないけど、將が夢を追うなら応援するよ」

「ここからが本番なんだが……俺は神宮路自動車がメインスポンサーの地元チームに入りたいと思ってる。俺は綾乃に相応しい男になりたい。その為だったら青春全部を賭けてもいい」

「俺は綾乃のことが好きだ。だから、これは遥斗には言っとかなきゃいけない、と思ったんだ。お前だってそうなんだろ?」

 突然の告白に真っ白になった。信頼の厚いサッカー部のヒーローと綾乃はつりあっている気がしてあせ)る。


「俺はそんなに頭良くないし、秀でてるのはサッカーしかない。甘くないのは分かってる。それでもサッカーで勝負したい。綾乃をお前から勝ち取りたい。遙斗、この勝負受けてくれ!」

「ちょっと待てくれ、勝手に決めんよ。だいたいもし俺が綾乃を好きだとしても決めるのは綾乃だ」

「俺がお前が誰が好きか分からないとでも思ってるのか?それにノーラが帰ってくるだろ。そうなったらお前の方が断然有利だ。それでも俺は自分の道で綾乃の側にいる資格を勝ち取りたい、勝手だがやらせてもらうぞ!」

「わかったよ。勝手にしろこの脳筋!だけど一言言っとくぞ」

「お前がプロを目指すことは応援するよ。俺の分まで頑張ってくれ」 


「それと勝負は自分とするもんだ。俺は俺と戦うよ」

「俺に勝てるのは俺だけってか。かっこいいよ遥斗、お前は」


 二人はハンドシェイクをして別れた。



もうひとつの三角形が出来てしました。焦る遥斗。

次は、あのこと、です。

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