サマータイム
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夏は時々時間が止まる、そんな気がする。
空高き蒼から注ぐ光が、草花の緑の深さを頂点にまで育てあげた時にきっと時間は止まるのだろう。
そして秋には実った果実が次の命を育てようと大地に落ちる。
命を繋ぐ星の糸は交わり、織り合いながら生まれ変わりを繰り返す。
男と女。水と光。赤と黒。
タペストリーのように描かれるこの世界は巡る季節のように移り変わってゆく。
ー ソフィー・パラテーナ ナターシャと観たグランノルンの物語より ー
夏は時々時間が止まる。そして秋にはいつのまにか変化の真っ只中にいることに気がつく。
そして今年はそうなりそうな予感がする。
明日の終業式で高校二年の一学期が終わる前の日の昼下がり、楠木遥斗はそんなことを思いながら屋上の手すりに肘をついて階下の弓道場を見下ろしていた。
遠くで蝉が鳴いている。
耳鳴りのように微かに響くそれを断ち切るようにスパン――スパン、スパンと間をあけて矢が的に当たる静かな音が夏の空に吸い込まれてゆく。
射場に並ぶ紺青の袴の弓道着の少女たち。その中で一際輝きを放つ美少女が矢の当たった的を見据えてその姿を固めた。
その立ち姿は麗美にして雅。漆黒の瞳は潤いの光を従え、白い頬の下に薄っすらと紅を浮かべている。
涼風が絹糸のように艶めく長い黒髪を揺らした。
少女は打ち終えた弓をゆっくりと下ろし両手を腰に添える。
「やりました」
遥斗は思わず心の中で呟いた。
違う! ちゃかしてる場合じゃない!
恋とも憧れともつかないもどかしさを振り払うようにぶんぶんと頭を左右に振った時、ギギーと背後にある校舎棟の扉が開いた。
「ここに居たんですね」
背の小さなショートカットの茶髪の女の子がちょこちょこと近づいてくる。
花家珠絵、彼女は工学部の紅一点の後輩で見た目はけっこうかわいい。見た目は。
「ああ、どうした?」
「どうしたもこうしたもありませんよ。先輩はここで何してるんですか?また神宮路先輩を見てたんですか?ストーカーですか?変態ですね。撃っていいですか?撃ちますよ」
銃を構える姿勢で仁王立ちする珠絵。その姿に「慈悲はない」と書いてある。
これだよ。見た目はかわいいのに珠絵はとにかく撃ちたがる。撃つの大好きっ子。そして言動に躊躇がない。こっちが鬱になるよ?
「俺は空が広いとこが好きなの。風もちょっとあるし涼しいだろ?」
そう言いながら遥斗は弓道場が見えなくなるように振り向いて手すりに背中を預ける。
「こんな日差しがんがんの中に立ってるってやっぱりドMじゃないですか。日射病で倒れて可愛い女子に看病してしてもらおうとか考えてるんですよね?それともナースプレイですか?変態ですね」
変態は確定かよ。さらに酷くなったわ。
ふぅ、と珠絵は一息つくと、銃を構えた仕草の腕を下ろして隣に並んだ。
「先輩と神宮路先輩は同中なんでしたっけ?」
「同中ってゆうか幼稚園から一緒だから幼なじみかな」
「はぁ、幼なじみ設定がお好きでしたか。てっきり無理めのツンデレ好きかと思いました。まぁ、あの方がデレたとこなんて見たことないですけど。それに成績優秀っていうか学年トップを譲ったことのない才女にして見目麗しいご大企業のご令嬢ですよ?雲上人に届かない恋に悶えるとかドMにも程がありますよ」
「いや、恋とかそういうんじゃないから」
とりあえず否定しておこう、うん。あと設定じゃないから。
「笑っているところを誰も見たことがないあの方が何て呼ばれてるか知ってます?孤高の女帝ですよ」
何事にも秀でている綾乃は傍から見るとそう見えるのかもしれない。それにこの地方、いや日本で知らない人はいない企業のご息女だ。特進クラスという学園カースト最上位のクラスの中ですら特別な存在。けれど俺は知っている。心から笑った綾乃の綺麗な笑顔を。めったに見せない、もしかするともう見ることが出来ないかもしれないその笑顔が忘れられなくてついついこの屋上に来てしまうのだ。
そんな思いを悟られたくなくて遥斗は話題を変えた。
「ところで何しにここに来たんだ?」
「今日2学期から転入してくる生徒が挨拶に来たんです。超かわいい外人の転入生です」
ノーラだ!停滞した今を変えてくれるかもしれない『変化』を巻き起こしてくれそうな綾乃と仲のいい幼なじみ。三年ぶりにアメリカから帰って来て、この高校に入るのは知っていたけど今日来てたのか。
「で、ですね。その子の自己紹介が終わって女子から『よろしくね』なんて挨拶が始まったわけですよ。そしたら握手だけじゃなくてハグが交わされまして……そこに物欲しそうな男子生徒群がっちゃったわけです。先生が国際特進クラスなんだから海外の挨拶に慣れるのもいいんじゃないか?と言ってしまったのを皮切りに教室中大騒ぎですよ」
「あーー、想像できるわ……」
転校そうそうやらかしてるなぁ、ノーラらしいといえばノーラらしいけど、それで済まなそうなとこがちょっと怖い。
「で、全員とハグした彼女が昼休みになって挨拶したい人がいるからって、ととと、と階段を登ってゆきまして今先輩のクラスの前に居ます。今頃大騒ぎになってるんじゃないですかね」
「それを先に言え!」
間髪入れずに校舎の入り口に向かう。ちらっと下を見ると弓道場の出入り口から綾乃が出て来た。制服に着替えた綾乃にグラウンドの方から歩いて来た將が手を上げて挨拶をしてるのが見える。
そんなことより今はノーラだ。あいつ何か変なことしてなきゃいいけど……
人気の少ない廊下を教室に向かって走る。「廊下は走っちゃダメ。先生に言いつけちゃうよ」と言う委員長はいない。いたらいいなぁ。
廊下に人気がないはずだ。2ーBの教室の前が人だかりになっていた。
何重かになっている人混みの先に、ふわふわしたストロベリーブロンドのノーラの後ろ姿が見え隠れしている。どうやら同じクラスのおちゃらけ者の焚哉が既にアタックを始めてる模様。
「ノーラ」
声をかけると目の前の何人かが振り向いた。その生徒達を吹き飛ばして
「ハルトゥーん!!」
叫びながら飛んで来たノーラが、がばっと遥斗に抱きついた。
「久しぶり~会いたかったよぉ」
遥斗に胸に飛び込んだノーラが顔をスリスリしている。
おいおいここ学校だぞ。ってゆうかノーラ成長してる?柔らかくて大きいものがぷるんぷるんと胸に当たってるんですけど。
「どうどう、まぁ落ち着け」
「三年ぶりだね。元気にしてた?」
てへ、という顔をしながらちょっと涙ぐんだ目をぬぐうノーラ。
前は童顔だったのに、大人になった色気をそこにも感じてちょっとドキっとしてしまう。
「――お帰り。それと入学おめでとう」
9月からの転入ということになるけど海外は9月が新年度のところが多い。ノーラにとっては高校生活の始まりになる。入学祝いが無いのは可哀想だ。
「ありがとう。また同じ学校だね。よろしくね」
「えー、なにー、遥斗どういうこと!?」
快活そうな焚哉が目をクルクルさせている。
「俺とコイツは幼なじみなの。妹みたいなもん」
遥斗とノーラは遥斗の実の妹と三人で一緒に育ったようなものだ。
このままだと騒ぎが大きくなる。焚哉をはじめクラスの、いやこの階に教室を連ねる2年生全員の誤解を解いておかないと。
「三年ぶりの再会だし興奮してもしょうがないだろ」
「そうなんだ。ノーラちゃん僕、今井焚哉。よろしくね!あらためてよろしくね、遥斗お兄さん」
「ノーラ・オルセンだよ。よろしくね」
おい、お前にお兄さん呼ばわりされるのは解せぬ。と突っ込もうとしたとこに、
「何学校で先輩に抱きついてるんですか!!ビッチですか!?撃ちますよ!!」
「え?ビッチ?タマちゃん私を女の子扱いしてくれるの?」
ノーラは今度は珠絵に抱きついた。さすがの珠絵もあたふたしている。
「ビッチって言ったんですよ。怒らないのですか!?」
「うん怒らないよ。私アメリカで日本のラノベばっか読んでたから『オターク』って言われてへにょへにょんだったもん。アメリカではビッチって『いい女』って意味でも使われるんだよ。だから女の子扱いされて嬉しいんだぁ」
うんうん、と珠絵の顔をペロペロしそうな勢いで親愛を示しまくっている。
「お前は犬かよ」
遥斗はノーラを珠絵から引き剥がした。クスクスと周りから笑い声が溢れた。
「どっちかっていうと人懐っこい猫っぽいけどねぇ」
焚哉も笑っている。良かった、とりあえず何かと誤魔化せそうだ。
キーンコーンカーンコーン。予鈴が鳴った。
「ほら、昼休みが終わりますよ。教室に戻りますよ」
ノーラは珠絵に襟首を捕まえられてズルズルと引きずられてゆく。
「ハルトゥん、一緒に帰ろうねぇ~」
と両手でバイバイをしながら。
「昇降口で待っててやるからすぐ来いよ」
遥斗はノーラを廊下で見送った。
主人公の遥斗と綾乃にノーラの帰国でした。
変化を求める遥斗にノーラはいきなり騒動をおこしました。
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