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悪役令嬢の姑  作者: 723
1/4

息子が、婚約破棄騒動を起こしました。

 私の名前は、コメット・オヴィシディ・ガーネット。

 前世を引き継いだのか、黒い髪に黒い目をしている。どこにでもいる日本人の造形だが世界観に合わせてか、やや洋風な顔立ちをしている。鼻がちょっとだけ高くて輪郭もちょっとだけシュッてしている。父と母の遺伝子もちゃんと通っているようだ。

 ちなみに、父はこの国で最も多い茶髪に茶色い瞳で、母はその次に多いくすんだブロンドと赤茶色の瞳である。

 何故そこから黒髪黒目の子が産まれるのかと親戚一同、両親共に首を捻ったのだが、曾々々祖母だか祖父だかがそういえば黒だった気がすると誰かが言って丸く収まった。いわゆる隔世遺伝というやつだ。

 私から言わせれば、ずいぶんと呑気な一族である。


 そんなコメット・オヴィシディ・ガーネットは、御歳三十四を迎えた。国を挙げてお祝いをされたのはつい先日のこと。三十四にもなって誕生日パーティーなんてとんだ晒し者だ。もはや慣れ切ってしまい欠伸を隠しもしなくなってしまったのは仕方ないと思う。

 なにせ、王妃殿下なんて役柄になって、もううん年経つのだから。


 自慢の天使、我が息子のスハイルも今年で十八歳。学園を卒業すれば次期国王陛下として成長していくのかと思うと感慨深い気持ちになっていたのだが。

 どうして、そうなった。


 ある日、突然宣ったのだ。

 

 「私は、エリス・アダマスとの婚約を破棄する!」

 

 馬鹿なのか。

 あんぐりである。言葉もでずに隣の旦那様、つまりは現国王陛下を見れば。


 あ、私の天使、詰んだわ。 


 激おこでござった。

 剣を抜こうとしている旦那様を護衛騎士が必死の形相で止めている。なにせ今は絶賛夜会中である。城で国中の貴族が集まっているのだ。他国の来賓がいなかったのがまだ幸いか。

 そんな場で婚約者であるエリスちゃんをエスコートもせず、初見の女の子を侍らせて声高々に言い放ったのがあれだ。


 馬鹿である。


 突然の婚約破棄を突きつけられた婚約者であるエリス・アダマスを恐る恐る見れば、顔面蒼白だった。

 そりゃあ血の気も失せるだろうよ。むしろよく立っていると褒め称えるよ。私なら即撃沈である。

 旦那様、もといシリウス様とスハイルが言い合うのをハラハラドキドキ、ちょっとワクワクしながら観戦していれば、とうとう剣を投げ捨てたシリウス様が「こんのくそガキが!」とスハイルに顔面パンチを喰らわせたところで、本日の夜会は終わりを迎えた。

 シリウス様ったら、相変わらず良いパンチですこと。なんてコメットはポッと頰を赤らめたのだった。




 「王族が!貴族らの前で!親子喧嘩など!前・代・未・聞で!ございます!」

 

 息も絶え絶えになりながら髭の長い宰相に親子揃って叱られ中。父と子のふてくされた顔がこれまたそっくりなのである。

 可愛い。

 にんまりしそうになったのを目敏く宰相に睨まれてコメットはきゅっと唇を結んだ。

 

 今日は長い一日だった。

 夜会の準備から始まり、やれ夜会が始まったかと思えば婚約破棄騒動である。髭の長い宰相の説教も相変わらず長い長い。ようやく寝室に戻ってこられたのは真夜中のてっぺんを越えていた。溜息が零れるのも無理はない。


 「はぁ」

 「大丈夫か?」

 「シリウス様」

 「疲れただろう」

 「あなたこそ」

 「まったく、まさかあの馬鹿があそこまで馬鹿だとは思わなかったよ」


 シリウスは上着を無造作にソファーに投げ、シュルリとスカーフタイを緩めた。高い服が皺になってはいけないと、コメットは上着をハンガーに掛ける。そんなの侍女の仕事だと昔はよく言われたが、いつしかシリウスもそれが当たり前になっていた。


 「あれね、貴方が馬鹿馬鹿言ったから現実になっちゃったんじゃないかしら?」


 コメットは部屋着を持ってパーテーションの後ろに向かう。


 「コルセット、外そうか?」

 「ありがとう」

 

 薄いレースのロープをするりと床に落ちる。胸下にキツく結ばれたリボンを解こうとすれば、その手に手が重寝られた。ちょっとだけ冷たい手だ。でも触れている間に私の体温が移っていくかのように温かくなる。

 気持ちい。

 

 「こら、寝ちゃだめだよ」

 「だって」


 これは仕方ないよ。昔からこのちょっと冷たくて優しい体温が私は大好きなんだから。

 知ってか知らぬかシリウスは、手を肌に触れさせたまま腕を撫で上げ反対の手でリボンをいとも簡単に解いてしまった。侍女が結い上げたリボンを簡単にだ。


 「それで?君は、僕のせいだっていうのかい?」

 「まさか。あの子が馬鹿なのはあの子の責任よ」


 コメットは首を横に振った。シリウスがコルセットを外しやすいように両脇を開く。


 「皆が君みたいに寛容だったら良いんだけどね。そうもいかないだろう?」


 やれやれとシリウスは溜息を吐いた。

 緩んだコルセットに、締め付けられた肋骨が開く感覚がする。コメットは深く息を吸った。肺が嬉しそうに酸素を取り込んでいく気がした。

 あぁ、苦しかった。

 お嬢様育ちだが、コルセットは幾つになっても慣れない。 

 あとは大丈夫と伝えれば、むき出しになった肩をするりと撫でてパーテーションの向こう側に戻って行った。

 

 「アダマス公爵閣下ね」

 「あぁ」

 「閣下はエリスちゃん溺愛してるものね」


 それはもう目に入れても痛くないぐらいに。

 羽のように軽い寝巻きに着替え終われば、シリウスも寝巻きに着替えていた。放りっぱなしの服を拾ってハンガーに掛ける。


 「あぁ、ぜったいこーんな顔で乗り込んでくるよ!」

 「ぷっ」


 思わず、噴き出した。


 「ちょっ、やめて!その顔!綺麗な顔が残念過ぎる!」


 こーんな顔って自分の顔をひっぱって厳しくしたシリウスにコメットは可笑しくってお腹を抱えながらベッドの上でごろんごろんのたうち回った。

 誰が想像つくだろうか。いい歳した国王夫妻がまさかベッドの上で子供みたいにふざけあってるなんて。


 「はぁー、はぁー、あぁ、お腹が痛いわ」

 「撫でてあげるよ?」


 ようやく笑いも落ち着いてきた私のお腹に、シリウスがそっと手を伸ばしてきた。その手に指を絡める。きゅっと力を込めれば応えるように握り返してくれる。

 

 「くすくす、いいわ。大丈夫。それより公爵閣下よ」

 「素直に謝るさ。うちの馬鹿息子が馬鹿なこと言ってごめんなさいって。馬鹿の戯言なんで許して下さいってさ」

 「それで済むなら良いんだけど。エリスちゃんが心配だわ」

 「真っ青だったもんね」

 「真っ青どころか土気色よ。ほんとよく気絶せず耐えてくれたわ」

 「それでこそ王家の人間になる子だよね」

 「貴方も見習った方が良いんじゃない?」

 「ぼく?」

 「そのすぐ剣で解決しようとするところよ」

 「仕方ないじゃないか。口で言ってもきかないんだから」

 「誰に似たのかしら」

 「それはもちろん」


 「君だよ」「貴方かしら」と言葉が重なって、きょとん。

 目を細めてじーっと見つめ合い、互いにプッと噴き出して、またけらけらと笑い合った。


 「あの子が直情型なのは、ぜったい君似だよ」

 「私そんなに猪みたいじゃないわ。それよりも、変に小賢しいところは貴方似ね」

 「小はいらないよ。賢いのは間違ってない。賢王って呼んでもいいよ」

 「遠慮しておきます」


 くすくす笑い合って疲労からか二人はいつの間にか眠りについていた。翌朝、まだ太陽も登りきらない頃合にアダマス公爵閣下が来訪し叩き起されるのも知らずに。



 コメットは、アダマス公爵閣下が苦手だった。それは旦那様であるシリウス国王陛下も同じである様子。

 隣をちらっと見れば、いつもの飄々とした態度がすっかり失せていた。

 全てはこちらに非があるというせいなのだけれど。

 アダマス公爵閣下は、コメットの父と歳の変わらない殿方である。シリウスからすれば幼い頃から知ってる剣の師匠であり、微妙な関係だ。それが苦手意識を一層強くしているのだろう。

 アダマス公爵閣下は歳を取ってからの子であるエリスを大層可愛がっていた。目に入れても痛くない愛娘が突然婚約破棄などされればそれはもう怒り心頭でござる。

 あぁ、恐ろしくて語尾もおかしくなるというものだ。


 「あー、アダマス公爵、本来ならばこちらから出向くところをわざわざ登城して頂き誠に」

 「その様な挨拶はいりませぬ、国王陛下。事の次第を聞きに参った」

 「事の次第をと言っても、つい数時間前のことで私も把握していないのが現状なんだよ」

 「では、直接王太子殿下に私からお話を伺いましょう」

 「ちょっ、それは待って待って待って」


 もはやシリウスに国王陛下の威厳もない。

 あのシリウスが踊らされてる姿は貴重なのだ。だから、にまにましてしまうのを許して下さい。そんな目で睨まないで下さい。

 一つ咳払いをして、にこりと微笑む。


 「閣下、エリスはどうしていますか?」

 「王妃殿下、娘を気遣って頂き感謝痛み入ります。ご存知の通りあれは頑固で気丈に『殿下の一時の気の迷いでございます。マリッジブルーの様なものじゃないでしょうか。乙女でもあるまいし。何も心配することありません』と言っておりました」

 

 危うく噴き出すところだった。だから、シリウス様睨まないで。

 マリッジブルー。乙女でもあるまいし、とはよく言ったものだ。まさにその通りである。あの天使、もとい我が息子は女々しいところがある。まったく誰に似たのか。シリウス様も私も女々しさは皆無だというのに。あれか、隔世遺伝というやつか。そう言えば叔父が女々しさ全開で奥方に可愛がられていた気がする。


 「さすがエリスちゃんだわ」

 「アダマス公爵、我々としてはエリス嬢だけだと考えている。彼女ほど相応しい令嬢はいないだろうね」

 「そう言って頂き有難いのでごさいますが、こちらとしては大事な一人娘をあの様な王太子殿下に嫁がすのは大変遠慮したいのでございます。親馬鹿と思いましょうが、父からしてみればあれは出来た娘でございます。亡き妻の愛した娘でございます。私も国王陛下には劣りますが公爵という地位も権力もあります。娘がこの縁談を白紙にしたいというならば叶えてあげるのが父。娘の幸せのために新たな婚約者を探すのも私めの務めだと考えております」

 「だから待てと言っているだろう?アダマス公爵。貴方の娘が才色兼備なのは十分理解している。彼女を幼き頃から見てきたのは私たちも同じだ。何より我が妻、コメットが知っている」


 そう言ってシリウスは私の手を取り、そっと微笑んだ。

 何を隠そう、婚約者候補らの中でエリスを見出したのは私である。勝手に「エリスちゃん推しだから!」とコソコソ追っ掛けしていただけだが。


 「エリスも王妃殿下を慕っております。幼き頃に母を亡くしたエリスからすれば王妃殿下は母のような存在。それは感謝しきれないほどに。ですが」

 「アダマス公爵、そなたが子を思う気持ちは分かるよ。私もあれの親だ。馬鹿だが、大切な子だ」


 シリウスがスハイルを「大切な子」と言った時、とても優しい顔をした。胸がほんわりと温かくなった気がした。


 「まずは、当事者から話を聞こうと思う。王たるもの人の言葉も聞けぬのでは、愚王としか言えぬからな」

 「国王陛下……大きくなりましたな」

 「貴方は老けましたね」


 コメットは、子供の頃に見た二人が剣を持ち向き合ってる姿をふと思い出した。あの頃は柱に隠れてこっそり見ることしかできなかったが、今は同じ空間にいることができる。それが嬉しくてそっと手を握り返した。


 と、和んでいるのは終わりである。

 元凶である我が息子、天使のスハイルの元へとシリウスと私は闊歩する。

 「あれは自室にいるかい?」とシリウスが側近に問えば、「えぇ、先程抜け出そうとしていたところを衛兵に捕えられたとか」と返ってきた。

 何をしているんだ、馬鹿なのか。

 あぁ、馬鹿だった。馬鹿な子ほど可愛いというが、これは甘やかした付けか。

 シリウスとコメットの間には、子はスハイルしかできなかった。仲睦まじいのに何故と城中の者が首を傾げたがこれはコメットも同じ気持ちであった。今も尚、夫婦の仲は良好だ。せめてもう一人二人は男児を産まねば、などと若かりし頃は責任感を抱いていた。しかし、よっぽど必死に見えたのか哀れに見えたのか、シリウスに諭されたことがあった。などと思い返してる間もなく、スハイルの自室へと到着した。


 「何事だ?」


 シリウスが眉を顰めた。中からはスハイルが取り乱す声が聞こえてきていた。馬鹿で女々しい子ではあったが、むやみに怒鳴ったりする子ではなかった。思い返せば、あの様な場で堂々と婚約破棄などできる大胆さなど皆無なのだ。

 何かおかしい。

 「コメット、下がってて」とシリウスはコメットを背にやり騎士らに指示をだした。

 護られている感じに場違いにもぽっと頬が赤らむ。胸がきゅんとしたのは許して欲しい。


 「スハイル、入るよ。何を騒いでるんだ」

 「父上、これはどういうことですか?」

 「これとはどれだ?」


 シリウスはわざとらしくきょろきょろと辺りを見渡した。それがカチンときたのかスハイルは、ぎゅんと目じりを上げた。

 わかる、あれイラッとするよね。


 「私を部屋に閉じ込めていることですよ!」

 「謹慎だが?」


 なんだそんなことかと言ったシリウスに、スハイルは我慢ならなかったのか、腕を拘束していた衛兵たちの手を払った。


 「理由を教えて下さい!」

 「そんなことも分からないのか。本当にお前は頭が足りないな」

 「なっ」

 「昨日お前が仕出かしたことを言ってみろ」


 やれやれと溜息を零しながらシリウスはソファーに腰を下ろし長い足を組んだ。

 私は騎士の側でそわそわしていた。

 もっと近くで親子喧嘩の見物したい。でも、邪魔になるかな。

 ちらっとシリウスを見れば、背もたれに手を回し反対の手でコメットに向かってこいこいとした。

 呼ばれた!

 嬉しくなってそそくさと近づいて膝を擦り合わせるように隣に腰掛けた。シリウスが、くすりと笑った。仕方ない子だねというように。


 「さぁ、父と母に説明を」


 シリウスは私を見つめたまま言った。キラキラ光る瞳に私が写っている。

 嬉しい、嬉しいけど、これはわざとだ。

 わざと興味がないようにみせてスハイルを怒らせようとしている。この人は昔から他人をおちょくったり、怒らせることに関しては大天才だ。だからこの人の戦は大抵向こうから仕掛けさせて、この人の手の上で転がされて勝手に向こうが大敗するんだ。

 良いように使われている。わかってるけどまんまと喜んでしまう自分にちょっとムスッとすれば、宥めるように手を重ねられて、親指でスリスリと撫でられた。

 恐ろしい人である。

 愛おしい人である。


 「私はエリスと婚約を破棄します。そして、シャウラと結婚します」

 「シャウラ?」


 聞きなれない名に、つい口に出てしまった。それはシリウスも同じようで「誰それ」と言った。

 だから言い方だって。

 側近が「昨日、スハイル殿下といらっしゃったローズクォーツ家の御令嬢でございます」とすかさず教えてくれた。

 ローズクォーツ、はて聞いたことのない家名である。


 「ローズクォーツ?男爵じゃないか。お前男爵令嬢なんて娶るのかい?」

 「家柄で事を測る父上のような狭小な人間ではないのです、私は」

 「へぇ、言うじゃないか」


 ようやくシリウスが私から視線を切り、スハイルを見据えた。その視線にビビったのかスハイルは一歩後ずさった。本能が逃げろと言ったのであろう。


 「じゃあ、その何とかって子を選んで、今まで尽くしてくれたエリス嬢を捨てるんだね、君は」

 「なっ、別に捨てるとは」

 「捨てるんだ。それとも君は、エリス嬢を側室にでもする気かい?」

 

 せせら笑ったシリウスの瞳は酷薄だった。

 そくしつ。

 その言葉に、ビクッと反応した私に気づき、抱え込むように肩を抱いてくれた。落ち着いてと言うように腕を撫で、そのまままた指を絡める。私は大丈夫と応えるように、胸にすり寄った。

 ゆったりとした鼓動に安心する。


 「君は自分の身分を理解していないのかな?君は人を選ぶことのできる身だ。好きなものを権力で奪い侍らせることもできるし、反対にいらぬものを切り捨てることができる」

 「私はそんな暴虐な人間ではありません!」

 「だが、民はそう理解するだろうね」

 「……ッ」

 「君がなんて言おうと君が王位についたら、君を民は暴君やら愚王と呼ぶだろう。そして先代は賢王だったのにと嘆くだろうね」


 わざとらしく溜息を吐いてやれやれと首を振った姿に、コメットはくすりと笑う。


 「ち、父上はエリスの愚行を知らないからそんなことを言えるのです」

 「エリス嬢の愚行?」

 「そうです。エリスは学園でシャウラを貶めようと働いていたのです!」


 貶めようとはたらく?それは虐めていたということだろうか。あの誇り高くプライドの塊であるエリスちゃんが?

 それこそおかしな話である。それまで傍観していたコメットが口を開いた。


 「それは、エリスちゃんがそう言ったの?」

 「え」

 「貴方の目で見たの?」

 「それは……」

 「はっきり言って、スハイル。エリスちゃんが、そのローズクォーツのお嬢様を虐めたって言ったの?」

 「いえ、でもシャウラがエリスに虐められたと言ってました。学園の皆も目撃したと」

 「エリスちゃんが言ったの?貴方が見たの?」


 コメットが同じ言葉で追求すれば、スハイルはぐっと言いよどみ「言ってはいません。見ても、いません」とぽつりと零した。俯いた姿はまさに叱られている子である。もう十八にもなろうというのに。呆れて溜息もでない。

 あ、でた。


 「エリスちゃんが言ってないのに、貴方の目で見たわけでもないに、その言葉を鵜呑みにしたの?貴方はエリスちゃんに聞こうとは思わなかったの?」

 「聞きました!でも、彼女は僕がそう思うならそうなのでしょうと!」


 一人称が私から僕に戻っていることにスハイルは気付いてないようだ。

 もう、それはエリスちゃんがスハイルに呆れて反論するのも諦めてしまったのだろう。もしかしたら、気付いてくれると信じていたのかもしれない。だとしたら、スハイルの昨日の行いはさぞ彼女を深く傷付けただろう。


 「スハイル、貴方は今までエリスちゃんのいったい何を見てきたの?彼女がそんな愚かな真似すると思ってるの?あの子は影でコソコソするぐらいならいっそ堂々と決闘を申し込むぐらい気概のある子じゃない」


 愚直とも言えるが、そこが彼女の好ましいところである。自分が公爵家の令嬢であるというプライドが高く、何より未来の王妃になるという自負を抱いている子だ。それはまだ両手にもいかない年の頃から。


 「し、しかし」

 「でももしかしもいらない。愚かなのはお前だ、スハイル。男爵令嬢の色にでも嵌ったのだろう。よもやその娘と一線を越えたなど抜かさないだろうね」

 「そ、そんなこと!」

 「ならば良いよ。孕まれたら君の首を捻るだけじゃ済まないからね。さぁ、コメット、そろそろ行こうか」


 立ち上がったシリウスに手を差し伸べられ、その手をとる。

 もう話は終わりなのだろうか?


 「父上!僕は!」

 「謹慎だ」


 それだけ告げてシリウスはコメットの手を引き、さっさと部屋を後にした。衛兵らに「一歩も出さないでね」と釘を刺して。


 「まったく、学園のことに口出ししなかったのが裏目にでたか」


 シリウスは片手で目を覆い天を仰いだ。随分と落胆している様子だ。下手したらさっきの言葉通り、息子の首を捻ってしまうかもしれない。確かに【賢王】という言葉はシリウスに当て嵌るのだが、実際は【暴君】という言葉の方がお似合いなのである。

 慈悲もなく。


 「でも、ちょっとシャウラって子が気になるわ。確かに昔はスハイルはエリスちゃんにツンツンしてたけど、この頃は良い雰囲気だったじゃない。それが急に、あんな風に」

 「君はシャウラ・ローズクォーツが怪しいって思うのかい?」

 「うーん、怪しいというかなんと言うか」

 「まさか、あれも馬鹿だが王族だよ。昔からその手の毒やら術には慣らしてるんだ」

 

 え、今、聞き捨てならない言葉を聞いた気がするんだけど。

 

 「聞きたくない事実に今吃驚してるんだけど、この際は聞かなかったことにする」

 「え、君、まさかあの子が小さい頃よく寝込んでたの本当に体の弱い子だと思ってたの?」

 「ぶっ飛ばして良いですか?」

 「あぁ、君になら足蹴にされても良いさ、いっ!?」


 お言葉に甘えてヒールの踵で脛を刺してやった。

 なんてことだ、スハイルが小さい頃よく寝込んでたのは私が体を弱く産んでしまって可哀想なことをしたと思っていたのに。しかもそれをシリウスは「君のせいじゃない」って慰めてたのに。

 本当に私のせいじゃなかったよ!


 「まぁ、それは置いといて。君の直感は当たるからな。ちょっと学園のこと探ってみようかな」


 その一言で側近が近くの騎士に二言三言囁いていた。囁かれた騎士は颯爽とマントを翻して行ってしまった。仕事のできる人達である。


 「エリス嬢のことは君に頼んでも良い?」

 「貴方の今夜の心がけ次第です」

 

 プイッと横を向く。


 「ふぅん?それなら頑張らせて頂こうかな」


 ニヤリと意地悪く笑った顔は、年甲斐もなくときめいてしまうには充分なほど美しくて素敵だった。

 その夜、言葉通り優しく愛されたコメットは、翌朝痛む腰もなんのその。つるりと肌ツヤ良く、エリスをお茶会に誘う書簡を早馬に届けさせたのだった。

【主な登場人物】

王妃殿下:コメット・オヴィシディ・ガーネット

国王陛下:シリウス・ウラヌス・ガーネット

王太子殿下:スハイル・ウラヌス・ガーネット

悪役令嬢:エリス・アダマス

ヒロイン:シャウラ・ローズクォーツ

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