7、長い夜のはじまり
祖父母の家に泊まると言っていた彷徨が、祖父の春道と一緒に帰ってきたのは、夏美が居間でテレビを見ていたときである。時刻は二十三時を廻っていた。
「ただいま…」
春道は、玄関の引戸を控えめに開け閉めする。彷徨も音を立てまいと、静かに家に入ってきた。彼らが忍び足で居間に入ってくると、夏美は安楽椅子に座り腕組みした状態で一言言い放った。
「遅い」
「……はい。すみません」
祖父は申し訳なさそうに言った。
「何時だと思ってんの」
ちらりと壁掛け時計を見る。
「二十三時です…」
「おばあちゃん、もう寝たから」
「うん」
春道が静かに頷くと、後ろから彷徨が祖父を庇った。
「分かってるよ。だからなっちゃんに連絡したんじゃないか」
確かに、二十時を過ぎたころに、帰りはかなり遅くなるとスマホに連絡が入っていた。
しかし、二人は家の鍵を持って出て行かなかったので、戸締りして寝るわけにはいかなかったのである。加えて「遅くなる」のは分かるが、いつ帰ってくるのか分からない。そのため夏美は美桜と夕飯を食べ、美桜には先に寝てもらい、お風呂に入った後一人で留守番をしていた。
夏美にとって二十三時くらいは、平気で起きていられる時間である。だが、帰ってくる人を待っているとなるとただ戸締りして過ごすのとは違い、変な緊張感がある。お陰で、勉強もはかどらず、玄関に一番近い居間で、テレビを流し見していたのだった。
「連絡してくれたのはいいけど、何時に帰ってくるか分からないなんて、待っている人の身にもなってよ。それに、遅くなるなら鍵を持って出ていけばいいでしょ」
「すまなかった。こんなに遅くなるとは思わなかったものだから」
春道が小さくなって、本当に申し訳なさそうにしていたので、これ以上言うのはやめることにした。
「ご飯はー…食べたって言ってたね」
「うん、外で彷徨と食べてきたよ。悪かったね、夕飯準備していてもらっていたのに」
夏美は視線を台所に向けた。暑いのでテーブルには何も置かれていないが、冷蔵庫の中を見ると御馳走がしまってある。
「それはおばあちゃんに言って。私は何もしてないけど、彷徨が夕飯食べるからって、何だかんだ張り切ってたみたいだから」
春道と彷徨は顔を見合わせた。ばつが悪いといった様子である。
「……」
「……」
夏美は安楽椅子から立ち上がると、ぐっと伸びをした。二人が帰ってきたので余計な緊張がほぐれた。お陰で欠伸がでる。
「それじゃあ、私は部屋に戻るから、戸締りよろしくね」
夏美は部屋に戻ると、ようやく勉強をはじめた。夏休みも近づき、すでにレポートの課題が出された講義もあるので、ノートパソコンに向かって文章を打ち込む。
そして、そろそろ日付が変わろうとしているときである。夏美の部屋をノックする音が聞こえた。
「なっちゃん、いい?」
部屋の主に許可を求めたのは、彷徨だった。