6、曖昧
「おばあちゃん、スイカある?」
台所のドアを開けて暖簾をくぐりながら尋ねると、ちょうどそこには彷徨の姿があった。
「なっちゃんじゃん。おかえり」
彷徨は夏美を見るなり、にこっと笑う。
肌は少し日に焼けて、筋肉もそれなりについた体は健康そのものである。身長は夏美よりはあるが、あまり高くなく168センチ前後である。
「ただいま。彷徨は、急にどうしたの?」
夏美はコップを二つ手に取ると冷凍庫を開けて、氷をたっぷりいれた。
「じいちゃんに用があってね。理由、気になる?」
夏美は冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに注いだ。
「…聞きたいような、聞きたくないような」
「えー…聞いてよ。たった一人の同志なのに。ねえ、じいちゃん?」
彷徨が居間にいる祖父の春道に話しかけた。彼は「んー…」と考えてからまったりとした口調で答えた。
「同志って言っても、夏美は覚えてないんじゃないかなぁ」
「そういうもん?」
「たった一回きりしか話してないしなぁ」
「でも、僕は覚えてたよ」
「私が覚えてないって、何を?それに同志ってどういうこと?」
夏美が眉をひそめると、彷徨が得意そうな顔をした。
「ほら、僕らが小さいころ、夏休みに台風の日に当たったせいで、遊園地に行く予定だったのに行けなかった日があったでしょ。その時、じいちゃんが話してくれた〝昔話〟のことだよ」
「台風…おじいちゃんの〝昔話〟…」
そう呟いた瞬間、今日の講義中に見た夢を思い出した。
その日は夏休みで、大雨で、遊園地に行けなくて。
彷徨が知りたがった〝開かずの部屋〟を開けた―…。
夏美の頭の中で、その時の情景が一気に湧き上がる。
そしてひとつの疑問が彼女の頭の中に閃いた。
なぜ、いまそんなことを思い出したのだろうか。
「夏美。はい、スイカ」
美桜は切ったスイカを二人分皿にのせて、夏美と彷徨の会話を横切る。お陰で夏美は正気に戻った。
「あ…、うん。ありがとう」
「何、食べたくなかった?」
あまり喜んでいない様子を見て、美桜は心配そうに孫の顔を見た。夏美は慌てて首を横に振った。
「ううん!そんなわけないよ!梓もスイカ食べれること喜んでたし」
「そう?それなら良かった」
夏美は美桜からそれを受け取ると、トレイに麦茶とスイカを乗せて台所を出ようとした。
「ちょっと待ってよ、なっちゃん。本当に覚えてない?」
彷徨に背を向けていた夏美は、首だけ振り返って答えた。
「どうかな。よく分からないや。とにかく、私は上で友達と勉強するから邪魔しないでね」
そう言い残すと、台所から出て行った。