4、夏美の従弟
「ふひー…生き返る」
夏美は自身の部屋のエアコンをつけると嘆息した。熱気がとどまっていた部屋に、冷気が流れ込む。
「ほんと、涼しい」
梓も涼しい空気に、一息ついた。
「ねえ、夏美」
「んー?」
夏美は部屋の中で大の字に寝そべり、エアコンから流れる冷気を全身に浴びていた。
「従弟の子がおじいちゃんの家に来ただけなのに、なんで驚いてたの?」
「そう見えた?」
「うん」
夏美は天井を見て考えた。梓は人の心の動きをよく見ている。
「まあ、当たり」
「何でそう思ったの?私だったら、おじいちゃんの家に孫が一人で訪問しに来ても、気にしないけどな。おじいちゃんなんて喜ぶだけだし」
「そうなんだけど…」
夏美は起き上がり、腕を組むと神妙な顔をした。
「なんか違和感あるなって思ってさ」
「違和感?」
夏美は頷いた。
「毎年私のお母さん、つまりおじいちゃんの子供たちはお盆の時期に必ずここに集まるのね」
「うん」
夏美は自分を指さした。
「勿論、私たち孫も集まるわけ」
「なるほど」
「だから、もう少ししたら彷徨だって必然的にここに来るのに、どうして夏休み前に一人でここに来たのかなあ、って思ったの」
梓は何度か瞬きをした。
「お小遣いが欲しかったんじゃないの?」
「お小遣い欲しいのに、わざわざ新幹線使ってここまで来る?」
「じゃあ、おじいちゃんとおばあちゃんにに会いたかったとか」
「お盆の時に会えるじゃん」
質問を見事に返された梓は、他の理由は浮かばなかった。
「……言われてみると、謎かも」
「でしょ?」
「うん。ちなみに、従弟君は今日この家に来ることを、誰にも言ってなかったんだ?」
梓の質問に夏美は首を横に振った。
「少なくとも私は聞いてない。おばあちゃんもさっきの話しぶりだと知らないかも」
「突然来たってことか」
「そういうことになるかな」
二人の間で暫く沈黙が流れたが、夏美は思い出したように立ち上がった。
「そうだ、スイカ!おばあちゃんが切ってくれるって、さっき言ってたから取りに行ってくる」
梓は手を上げて喜んだ。
「待ってました!お願いします」
夏美は自分の部屋から出るとすぐに階段を降りようとしたが、止まって後ろを振り返った。その視線の先には、昔、彷徨と覗いた「開かずの部屋」がある。
現在、部屋の前は以前とは違い段ボールは片付けてあり「開かずの部屋」ではない。祖父がひと月ほど前に、ようやく片付けたのである。先ほどの夢の内容を思い出すと、祖父には「開かずの部屋」を開けることができない封印がかかっていたはずだが、それはやはりあの時部屋を開けないようにするための方便だった。
(なぜ、あの時は開けれないようにしていたのだろうか…)
「開かずの部屋」だった部屋は、元々祖父の書斎だった。
部屋の中には、祖父が持っていた沢山の書籍が書棚にしまわれており、絵画なども部屋の隅に並べられている。祖父が以前とは打って変わって、部屋を自由に出入りしていいというので、夏美は大学のレポートなどで使える資料を漁ったりしていた。今朝も何か使える本があるか探していたのだが、書棚の一番奥の一番上に、紙の束が無造作に詰め込まれているのを発見した。パラパラと見たのだが、手書きの小説だったのですぐに元の位置に戻した。
(……それにしても、どうしてあんな夢を見たんだろうか)
昼間に見た、「開かずの部屋」の記憶。それと彷徨がここへ来たことが何か関係があるのだろうか。
だが、考えても何も浮かばない。
夏美は前を向くと、階段を下りて祖母がいる台所へ向かった。