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知勇の士達  作者: Yuri
第一章 突然の訪問者(地球編)
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3、突然の訪問者

「夏美、授業終わったよ」

 夏美は肩を軽く叩かれて目が覚めた。辺りを見渡すと、講堂にいる人の数はまばらになっていた。

「終わった…?なんか、よく寝たなあ」

「授業の初めから寝てればそりゃあね」

「最初は聞いてたよ」

「本当?」

「ホント、ホント」

 夏美は軽く伸びをすると、ふああ、と欠伸をした。そしてふと思った。

(さっきの夢は何だったんだろう…。それにおじいちゃんが言った話の続きが気になる)

「夏美?」

 すると、夏美を起こしてくれた友人の城戸口(きどぐち)(あずさ)が、彼女の顔の前で手を振っていた。

「え?」

「え、じゃない。ぼーっとして。まだ目が覚めてないの?」

 夏美は祖父が言いかけたことを考えようとしたが、結局思いつかなかったので考えるのを止めた。

「そうかも」

「もー…」

「次、授業ある?」

 夏美が聞くと、梓は首を横に振った。

「ううん、ない」

「バイトは?」

 梓は腕時計を見た。ちょうど十四時を回ったところである。

「夕方の六時からだから、余裕がある」

「それならどこかでお茶でもしない?」

 夏美の提案に、梓は即答した。

「いいよ」

「場所は?どこがいい?」

 梓は「んー…」と言って考えたが、彼女の口から出た場所はお店ではなかった。

「私、夏美の家がいいな。バイト先も近いし、ゆっくりできるから」

「私の家っていうより、おじいちゃんとおばあちゃんの家だけどね」

 夏美の祖父母の家は、大学からバスで二十分ほど行った先にある閑静な住宅地に建てられた一軒家だ。夏美の実家は宮城県だが、東京都の大学に通うにあたり祖父母の家で寝泊りをしている。老人の二人ぐらしなので部屋は三部屋ほど空いており、その一室を夏美は使っていた。

 今年に入って、梓がその住宅地の手前にある駅の近くでバイトをし始めたため、何度か遊びに来るようになった。

「まあ、いいよ。でも、家には何もないからその前に―」

「お菓子とか買っていくんでしょ。もちろんいいよ」

「梓もおじいちゃん家に行くの慣れたね」

「だって夏美がジュースもお菓子もないって言うから…」

 夏美は机の上を片付けながら言った。広げたノートには「ニーチェ」と「善」と「悪」しか書いていない。

「仕方ないじゃん。おじいちゃんもおばあちゃんも、お菓子とか食べないんだもん。あ、でも今はスイカはあるよ」

 「スイカ」という単語に、梓は色めき立った。

「え、だったらそっちのほうがいい。お菓子よりスイカ食べたい」

「そんなに?」

「だって一人暮らしだと、中々食べられないから」

 夏美は納得した。梓は、現在アパートで独り暮らしである。

「気持ちは分かるけど、言ってから後悔してる。切るの面倒だなって」

「まあ、まあそういわずに」

「おばあちゃんが買い物とかに出てなかったら、切ってくれるからいいんだけどなぁ」

 夏美がそう言うと二人は立ち上がって、さっそく夏美の祖父の家へ向かうことにした。


 大学の門を出て、すぐそばにあるバス停でバスを待つ。授業が終わる時間帯だと、帰る人が多いため数分に一本バスが来るが、夏美が起きるのを待っていたので次に来るのが十分後だった。

 暑い中待ってようやくきたバスの中は、涼しく大変快適な温度だった。窓の外はじりじりと日が差し、路面には陽炎が揺らぐ。

 快適なバスの中で揺られていると、あっという間に降りる一つ手前のバス停についてしまった。本当はここで降り、コンビニでお菓子を買いに行くつもりだったが、日差しがあまりに強かったせいで二人の心の中でその計画は萎えた。

 結局夏美と梓は目的の地に一番近いバス停で下車し、炎天下の中気休めではあるが、持っていた扇子で仰いだり、ハンドタオルを頭に乗せて暑さをしのぎながら十分ほど歩いた。するとようやく夏美の祖父の家の前に辿り着いた。

「やっと着いた」

「ちょっとしか歩いていないのに、砂漠歩いてきた気分」

 夏美も梓もダラダラと汗をかきながら、少しでも早く直射日光から免れようと早足で玄関の軒先に入る。夏美は、祖父が居間の戸を閉め忘れて、涼しい空気が玄関に溜まっているのを期待しながら引戸を開けた。

「ただいまー…ああ、あっつい」

「こんにちはー」

 夏美に続いて梓も玄関の中に入る。残念ながら夏美が期待したような、涼しさは玄関にはなかった。どうやら祖父はちゃんと居間の扉を閉めてエアコンをかけているようである。

「ダメだ、早く部屋に行って冷房かけないと暑い―…」

 そうして夏美が靴を脱ごうとした時、彼女の目に見慣れぬ靴が目に入った。祖父が履きそうもない、若者向けのスニーカーである。紺色で有名なメーカーのマークがついている。

 夏美の動きが止まったので、梓は心配そうに尋ねた。

「どうしたの?」

「いや、この靴誰のかなって」

 指で示されたスニーカーに梓は目を向けた。

「夏美のじゃないの?」

「私のものなわけないでしょ」

 夏美は揃えておいてあるスニーカーの隣にサンダルを履いた自分の足を並べた。夏美のもというには大きすぎる。

「お客さんがいるってこと?」

「かもしれない」

「私、お邪魔だったかな?」

「いや、そういうことじゃなくて」

 夏美と梓が玄関先で話していると、それに気が付いた祖母の美桜(みお)が台所から布巾で手を拭きながら出てきた。白髪交じりの髪を後ろでお団子に結っており、ピンクのエプロンを身に着けている。

「なんだ、夏美じゃないの。おかえり」

 美桜は夏美たちをみて、ちょっと驚いたようだった。

「ただいま」

「こんにちは」

「梓ちゃんも、暑い中大変だったでしょ。スイカ切ってあげるから早く上がんなさいな」

 美桜はスイカの準備をしようとしたのだろう。すぐに台所に戻ろうとしたのを、夏美が止めた。

「ねえ、おばあちゃん。私たちを見てちょっと驚いてたみたいだけど、誰だと思ったの?」

 祖母の言い方に疑問を持ったので、聞いてみたのだが、美桜の答えは単純なものだった。

「分からないから出てきたのよ。最初は夏美だと思ったのに、一目散に部屋に行くあんたが玄関にいるなんて変だと思って。だからお客さんだと思ったのよ。待たせていると悪いと思ったから慌てて出てきてみたんだけど必要なかったわね」

 美桜は自分の早とちりに、自嘲気味に笑った。

「お客さんっていえば、今誰か来てるの?」

 美桜は「お客さんっていうより…」と言って、居間のほうに顔を向けた。

彷徨(かなた)が来てるのよ」

「彷徨が?」

「そう。一人で新幹線に乗って、ここまで来たんだって」

 美桜は「早く梓ちゃんに上がってもらいなさい」と一言言い残し台所のほうに戻っていってしまう。

 一方で何で今時期に、彷徨は一人で来たのだろう、と夏美はそちらに思考を向けていた。すると梓が彼女の服を引っ張った。

「ん、何?」

「ねえ、彷徨さん…って誰?どういう人?」

 梓が彷徨のことを「さん」付けで呼んでいるので、夏美はちょっと可笑しさを感じながら説明した。

「ああ。私の従弟。今年大学一年生になったばっかり」

「ふーん…従弟か」

「とりあえず、私の部屋に行こう」

 蒸し暑い玄関先で突っ立ってるのもさすがに辛くなり、夏美も梓も一目散に二階にある夏美の部屋に向かった。

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