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知勇の士達  作者: Yuri
第五章 ウィルデアルヌスの住人(異世界・ウィルデアルヌス編)

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30、言伝のミント

「ミント」

「ふふ。突撃訪問、驚いた?」

 ミントという女性は少し首を傾げて尋ねる。

「少しだけ」

「それ驚いていないでしょ」

 コレットはふっと笑うと、ドアを大きく開けた。

「中で話そう。お入り」

 ミントはにこっと笑って、軽快な足取りでコレットの家に入る。

「お邪魔します」

 ミントはコレットの後ろをついていきながら、人幅よりも少しだけ余裕のある廊下を歩いていく。そして、夏美が眠っている部屋の前に来ると勝手に襖をあけて、様子を伺った。ミントの菫色の瞳には、規則正しく呼吸をしている夏美の姿が目に入った。

「こら。勝手に開けるんじゃないよ」

 コレットは注意しながら、彼女が開けた襖をそっと閉める。

「ふふ。女の子だったね」

「全く、あんたって子は…」

「大丈夫。あの子、暫く起きないよ」

 にっこり笑うミントに、コレットはため息をつきつつも小声で尋ねた。

「よくこの部屋で寝ていると分かったね」

「分かるよ。特別だからね。あの子も、そしてこの部屋も」

「…そうだったな」

 低い声で答えるコレットの傍で、ミントはくるっと回りながら天井や周りの部屋を見る。ワンピースの裾がひらりと揺れた。

「あの子、この家の作りが変わっているとか言わなかった?」

 コレットは首を横に振る。

「いいや。この部屋からまだ一歩も出ていないから感想は何も聞いていないよ」

「見たらきっとびっくりするよね。ここだけ、どこの街にもない部屋の作りをしているんだもん。家の作りにもそぐわないし、ウィルデアルヌスの風習にも合わないのにね」

 コレットはふっと笑った。

 他の街のことは、まだ夏美は分からないだろうが、確かにこの部屋以外の作りを見たら変だというかもしれないと思った。

「そうだな」

「襖に押し入れ。そもそも靴を脱いで生活しているなんて不思議。ほらね」

 ミントはレースの靴下を履いている自分の足を、コレットに見せた。コレットは彼女の仕草に肩を竦める。

「前の家主がこのように作ったんだ。私は受け継いだだけ。ただ、靴はいちいち脱いだり履いたり面倒だから、店以外の場所は全て土足禁止にしたけれどね」

「この部屋は、用意されるべくして用意された場所だものね。だからコレットは管理を任された。大変だったでしょう?」

 コレットは苦笑した。

「それなりに。だが、大変なのはこれからだよ」

「確かに。そうかもね」

 ミントは傍にあるキッチンに、遠慮なく入っていくと、コレットが夏美の為に剥いていた赤い果実を一切れ食べた。外見は赤いが、剥くと黄色いのはリンゴと同じだ。

「ミント」

「んー?」

「それを言う為だけにここに来たんじゃないだろう。私に何か伝えることがあったから来たんじゃないのかい」

 ミントは口の中に入っていた果物を食べてから、目を細め不敵に笑った。

「いい勘してるね。何で分かったの?」

「ミントが来た時から、そうじゃないかと思っていた。長年の感覚のせいかもしれないね」

「ふふ。そっか…」

 ミントは少し目を瞑り何かを考えると、再び目を開けて菫色の瞳をコレットのエメラルドの瞳を捉える。

「私が来たのはね、彼の伝言を伝えるため」

「何て言ってた?」

「彼が、草原の丘であの子を待ってるから会いに来て欲しいそうだよ。伝言はそれだけ」

「あの子って、ナツミのことかい?」

 コレットが襖の部屋を指さして聞き返すと、ミントはちょっと驚く。

「へえ。ナツミちゃんて言うんだ。可愛い。珍しい名前」

「この世界の子じゃないからね」

 コレットがため息をつき、ミントは果物をもう一切れ手に取った。

「その可愛い子を待っているんだって。他の誰でもないよ」

「それは分かる」

「何で分かるの。もう一人の可能性だってあるよ」

 ミントは首を傾げた。

「ミントがここに来ている時点で、彼が会いたいと言っているのは私に関わった人物であると言える。そうでなければ、ミントが私の元に来て、彼の伝言を託す必要はない。だとすれば、もう一人ウィルデアルヌスに迷い込んだ人は私は会っていないのだから、彼が会いたいと思っているのはナツミということになる」

「なんだ、知っていたのね」

 ミントは、目をぱちぱちと瞬かせた。コレットがウィルデアルヌスにもう一人迷い込んでいると知っていたことが意外だったのだ。

「ナツミが言っていたんだ。彼女は先にウィルデアルヌスに来た従弟を探すために来たのだと」

 コレットの説明を聞いて、ミントは納得した。

「そうなんだ。でもコレット、あなたにとってみれば、彼女がエイルでアルヌスへ来たことが、どんな理由であれ、ようやく待ち望んでいた時が来たって感じでしょう?」

 ミントの菫色の瞳が細められる。彼女は掴みどころのない雲のような人だ。表情はいつもにこやかなのに、その中に喜怒哀楽が含まれ、ときには悪戯好きの少女のようになる。普通の人は、彼女の表情を読むのに苦戦する。何を考えているかわかりにくいからだ。

 しかしコレットには、ミントの笑っているがその笑みの奥に悲しさや寂しさが見て取れた。

「ああ、そうだね。長かったよ。まさか生きているうちに、もう一度見届けるチャンスをもらえるとは思わなかった」

「そうだよね」

 コレットは、異世界の住人を待っていた。それもとても長い年月だ。

「近いうちに、ナツミを草原の丘に連れて行くよ」

 ミントは頷いた。

「うん、よろしくね。そして、出来るだけ早く。一か月後なんていうのはダメだよ」

「そんなに先延ばしにしないさ。今週中には会いに行くよ」

 ミントはふふっと笑った。

「きっと喜ぶよ。彼には秘密にしておくけどね」

「何故?」

「だって、サプライズのほうがもっと嬉しいと思うから」

「そうか…」

 ミントはコレットが剥いた果物を、全部食べると満足した表情で帰っていた。滞在時間はたったの十分である。それでも訪問したのは、直接伝えたかったからであろう。

 彼女がコレットの家に来た理由は「草原の丘で夏美を待っている人がいるから会いに来てほしい」とコレットに伝えること。たったそれだけである。だが、コレットはこの言葉にどのような意味があり、そしてその丘において誰が夏美を待っているのか分かっていた。

 コレットは襖の向こうに眠る、異世界の娘を想いながら呟いた。

「きっとナツミにとって運命の出会いになるのだろうな…」

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