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知勇の士達  作者: Yuri
第三章 月夜の散歩(地球編)
19/40

18、信じてみる理由

 夏美と梓が「ハリスの日記」と「月夜の散歩」について話し合ってから、一週間が経とうとしていた。その後二人は、それらについて話していない。理由は夏休み前の期末テストや、レポートに追われることになったからである。

 大学生はある程度時間が取れるとはいうものの、さすがにこの時期は簡単ではなかった。単位をとらなければ卒業することができないので、異世界だの、ウィルデアルヌスだの、と夢うつつを抜かしている場合ではなかったのである。

 それでも、梓は「月夜の散歩」が気になって、時折読んでいるようだった。

 勿論梓も勉強をしなければならなかったので、毎日夏美の家に押し掛けるわけにはいかなかったし、「月夜の散歩」は祖父・春道のものなので、夏美の判断で持ち出しの許可を出すわけにはいかなかった。

 ただ文明の利器というものは便利なもので、梓は夏美と手分けして「月夜の散歩」のそれぞれのページの写真を撮ると、それを自身のスマホに入れて時々読み返しているようだった。

 梓が読んでいない「月夜の散歩」の全てのページを、写真に撮ることはさすがにできなかったが、ページにして四十枚ほどデータ化した。「月夜の散歩」の約四分の一程度の文量になる。今回は春道や雨宮という人の日記の部分も読むことになるので、これで大体三分の一を読んだことになりそうだった。

 梓は新しいことが分かると、報告してくれた。

 例えば、『シアフィス』を封印するという『イレイラル』には十二種類の力があり、一人一つだけ持つことができる力であること。その種類は以下の通りである。


 一、光の力を宿した剣の使い手。

 二、傷を癒す。

 三、大地を力強く蹴る足。

 四、盾をも砕く拳。

 五、心を癒す歌声。

 六、物を浮かせる。

 七、攻撃を防御する。

 八、遠くの音を聞き分ける。

 九、生き物を使役する。

 十、生命力を上げる。

 十一、素早く走る。

 十二、封印する。


 『シアフィス』を封印するには、このように十二の力が必要だというが、封印に関係ありそうなのは、最後の十二番目しかない。そのためそれ以外が、封印とどのように関係があるのかは二人には分からなかった。

 そして梓は、再び時間が出来たら夏美の家に行って「ハリスの日記」と「月夜の散歩」を読みたいと言っていた。夏美は勿論了解したが、まだそれに関して夏美は、心から乗り気ではなかった。

 梓には異世界・ウィルデアルヌスを信じない理由として、母親のことを持ち出したが、それよりも彷徨のことがあって信じることができない自分がいるのに気が付いた。

(私は彷徨が言っていることを信じなかったもんな…)

 彼にはまだ謝っていない。

 夏美は授業が終わり、自分以外誰一人としていないガランとした3階教室の窓を開け、外を眺めた。下からは学生たちの楽しそうな声が聞こえてくる。

(……)

 夏美は徐にスマホをとりだずと、彷徨にメールした。

(この間、おじいちゃんの家に来てくれた時、異世界のこと話してくれたのに信じてあげられなくてごめん。ハリスの日記と月夜の散歩少し読んだ。おじいちゃんは異世界に行ったんだね。……送信)

 彷徨にメールをして数分後、今度は夏美のスマホに電話が掛かってきた。見ると、彷徨からだった。

(……)

 夏美は一度ゆっくりと深呼吸してから、彼からの電話に出た。

「もしもし」

「僕。彷徨だけど」

 彷徨の声が少し緊張している。

「うん」

「メール、みた」

「うん。あの時は、ごめんね。とにかく謝りたかった。それだけ」

 彷徨はその言葉にほっとしたのか、ちょっと笑っていた。

「そっか。うん。だけど、どうして今のタイミングだったの?」

 夏美は少し間を置いた。

「メールにも書いたけど、私もハリスの日記と月夜の散歩読んでみたから。あ、正確にはハリスの日記を翻訳した、月夜の散歩を読んでみた…かな」

 もっと正しく言うと、夏美が読んだのではなく梓が読んだのである。だが、それは彷徨に言う必要はないと思ったので伏せておいた。彼はハリスの日記について他人にしてはいけないと言っていたので、それで友人に読ませたとなるとまた嫌な雰囲気になるかもしれなかったので止めた。

「そうなの?」

 彷徨は嬉しそうに反応する。

「まあ、ね。テスト期間中だから、そんなに読み進めたわけじゃないけど」

「でも、面白かったでしょ」

「……うん」

 歯切れの悪い夏美に、彷徨は電話越しに何かを感じたようだった。

「そうでもなかった?」

「ううん。面白そうだとは思ったよ。これが現実だったらすごい体験だなって。だけど…」

「だけど?」

「それを…ウィルデアルヌスっていう世界を信じられない自分がいる。見たこともない、聞いたこともない世界を信じられないの。何でかは分からないけど、私はお母さんのせいかなあって思ったり、彷徨のこと信じてあげられなかったせいかなあ、って今考えているところ」

 だから、彷徨に謝った、というのもあるのだが。

「伯母さん?」

「うん」

「もしかしてなっちゃんは、伯母さんが言っていたことを気にしているの?」

 彷徨の意外な質問に、夏美は少し驚いた。魔法使いの話を彷徨にもしただろうか、と首を傾げつつ頷いた。

「まあ、気にしているけど…」

「そっか。あの時のことはよく考えてみると、ちょっと怖かったもんね。僕はなっちゃんの後ろに隠れて、泣きじゃくってたからすっきりしちゃって、その時の場面しか覚えていないんだけど」

 夏美は首を傾げた。

 彷徨は何のことを言っているのだろうか。魔法使いの話をしているわけではない、ということは確かである。

「あの時って?」

「あれ、なっちゃんが言っているのっておじいちゃんの昔話を、聞いた時の話をしているんじゃないの?」

「どういうこと?」

 夏美は戸惑いながら尋ねた。彷徨も自分の話と夏美の話が噛み合っていないことに気づく。

「僕が言っているのは、おじいちゃんの昔話を聞いた時の話だよ」

「え、その時何があったの?」

「何かっていうか…僕らはおじいちゃんから昔話をしてもらった後、怒られたんだよ。実際に怒られたのはおじいちゃんだけど、美香伯母さんがカンカンだった」

「どうしてお母さんは怒ったの?」

「伯母さんはその昔話を、なっちゃんにして欲しくなかったみたいなんだよね。それは僕の父さんもそうだったけど」

「……」

 知らない何かが、そこにある。

 夏美はそう思った。

 自分が忘れ去ってしまった記憶の中に、祖父が話してくれた昔話がある。それと、なぜかそれを窘めた母がいる。これはどういうことなんだろうか。

「なっちゃん、大丈夫?」

「あ、うん…」

「嫌な気分になった?」

「ううん」

 彷徨に言われても、夏美は祖父が昔話をしてくれたときのことは思い出せなかった。

「そっか」

「うん」

 しかし、夏美の心は変化していた。

 祖父が語った昔話には、母を怒らせる何かがあった。彼女はそれを知りたいと思った。

「ねえ、彷徨」

「何?」

「彷徨はどうして私のお母さんが怒ったのかって、知ってるの?」

 すると、彼はやや間を置いて答えた。

「ううん。それは僕にも分からない」

「そう」

 二人の会話はこれで終わった。彷徨に謝ることも出来て、仲直りすることもできた。しかし、疑問が残った。祖父と母の問題。ハリスの日記に関わることで、二人に何かがあったに違いない。夏美は信じてみることにした。ウィルデアルヌスという異世界の存在について。

 それから、その日の夜。

 彷徨から唐突に、写真が添付されたメールが送られてきた。件名は以下の通りである。


  この人、知ってる?


 その写真はしゃがんだ若い男の隣に、緊張した様子で立っている少年の写真だった。若い男は穏やかに笑っている。どうやらその人は、見る限り祖父の春道のようだ。

 そして隣の少年であるが、顔立ちは日本人で髪も黒いのだが、肌が白く瞳が青い色をしていた。多分ハーフの子なのだろう。ハーフと言うと周りにもてはやされがちだし、最近の若い子たちは化粧などでカラコンを入れても案外似合っていたりするものだが、この写真を見るとそれは恵まれた子なのだと思ってしまう。典型的な日本人の顔に、青い瞳というのはとても異質で異様な雰囲気があった。

「誰…?」

 夏美は写真を見て首を捻っても、少年の方は誰だか分からなかったが、とりあえず次のように返信した。


 男の子のほうは分からないけど、しゃがんでいるのは若いころのおじいちゃんでしょ?


 彷徨はこんなものを送ってきて何をしたかったのだろうか。

 だが、夏美がその真意が分かるのは大分先のことである。

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