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知勇の士達  作者: Yuri
第三章 月夜の散歩(地球編)
15/40

14、仮説

 夏美が梓に彷徨の話をした次の日、二人は再び夏美の部屋にいた。

 その日梓はバイトの休みだったということもあり、午後の最後の授業を終えた後、梓が初めて彷徨と出会った日と同じようにバスに揺られて、夏美の祖父母の家へ帰って来たのだった。ただ、あの日とは違って通り雨があったお陰で、外は雨で冷やされた心地よい風が吹いていた。その為、部屋の窓も開け放たれていた。

「これだよ」

 夏美は梓に「ハリスの日記」と「月夜の散歩」をテーブルに置いて見せた。この二冊の本は、彷徨が持って帰ってしまったのかと思っていたのだが、祖父の書斎の元の位置に戻されていた。

 彷徨は、夏美と夜中に話したその日の夕方、夏美が学校から帰ってくる前に茨木に帰ったという。夏美は祖母の美桜に、彷徨の様子を何気なく聞いたが、「至って普通だったわよ。ただ、昨日の夕飯食べれなくてごめんって謝ってたけど」と、それだけだった。

「ふーん…触ってもいい?」

「いいよ」

 夏美は、テーブルに置いた二冊の日記を梓の方に押しやった。

「ありがと。このDiaryって書いてある方は、洋書なんだね。あ、中身は手書きだ」

 梓はパラパラとDiaryを捲る。

「日記だからね。私と彷徨はそれをハリスの日記って呼んでる」

「それじゃあ、ハリスさんが書いた日記ってことだね」

「うん」

「それにしても、綺麗な装丁だね。まるでヨーロッパの図書館に置いてある古い洋書みたい」

 梓はうっとりとため息をついた。夏美も彼女の意見に頷いた。

「それは私も思った。ヨーロッパの図書館なんて、一回も行ったことないけど、日記なのに、すごく綺麗」

 梓はハリスの日記の隣に並んでいる、黄ばんだ紙の束を目を細めて眺めた。

「ハリスの日記を見てから月夜の散歩、だっけ?見ると、まるで正反対だね。両極端。みすぼらしい…って言ったら失礼だろうけど、どうしてもそう見えちゃうなあ」

「仕方ないじゃん。これは、おじいちゃんの友達が、ハリスの日記を訳したものなんだから」

「へえ。ちなみに、いつごろ訳したの?」

「えーっと…それは詳しく分からないよ。学生の頃じゃない?」

「ふーん。じゃあ、大体五〇年くらい前なのかな」

 梓は「月夜の散歩」の一ページを捲った。そして、その文章を読んでみる。

「なんかこれ…」

 梓が妙な顔をして、何か言いかけたのを夏美が引き取って答えた。

「言いたいことは分かるよ。日記のはずなのに、まるでハリスの日記を読んだ後の言葉みたいって言いたいんでしょ」

「うん」

「でも、その通りなんだよ。これハリスの日記を訳しているはずなんだけど、実は所々におじいちゃんの経験談が書き記されてあって、純粋な翻訳じゃないの」

「そういうことか。じゃあ、この一ページ目は…」

「多分おじいちゃんが書いたんだと思う。二ページ目の字を見れば分かるけど、筆跡が明らかに違う」

 梓は一ページ目と二ページ目を見比べてみた。一ページ目はそれなりに読める字だが、二ページ目の文字を見てしまうと、夏美には申し訳ないが下手な字に見える。それほどまでに二ページ目、つまり翻訳をした人は達筆だったようである。

 そして、梓は夏美の話からようやく彼女が学食で言っていた、「桃太郎」の話の本当の意味が分かった。

「だから、桃太郎の話か。桃太郎の話を語る人が、桃太郎と同じような経験をしているから、語る内容に自分の経験が含まれているって話」

 夏美は頷いた。

「そういうこと」

「じゃあ、これが事実であると仮定して。彷徨君はどうして異世界に行きたいんだろう。ただの興味関心?」

 夏美は彷徨の真剣な表情を思い出しながら、首を横に振った。

「ハリスさんとおじいちゃんがやり残したことをしに行くんだって」

「やり残したこと?」

「うん」

「それが何なのかは夏美は分からないの?」

 梓の質問に、夏美は力なく笑った。

「異世界に行くって言われても、実感も沸かないし、何を夢みたいなことを言っているんだろうって思っていたから聞かなかったんだよね。だから、何をしに行くかっていう詳細はさっぱり分からない」

「夏美のおじいさんがやり残したことだって言うなら、おじいさんに聞いてみたら?」

 夏美はすぐには答えず、息を吸ってそれをゆっくりと吐き出した。

「それは考えたことだけど…」

「けど?」

「聞いていいのか、いまいち分からなくて…。おじいちゃんも彷徨も本気なのに、私はそうでもないから」

 それは夏美も考えたことである。分からないなら、祖父の春道に聞けばいい。

 しかし、夏美にはできなかった。何故なら、祖父は自分の話を信じてくれている彷徨だからこそ、「ハリスの日記」と「月夜の散歩」の秘密について語ったのだと思ったからだ。だが、夏美は違う。彷徨から話を聞いても、未だに話を信じ切れていないし、そもそも祖父が語った昔話のことも忘れていた。彷徨とは熱量が違いすぎる。そのため、中途半端な気持ちで祖父に話を聞くのが躊躇われた。

「そっか。でも聞いてって頼んでいるわけじゃないから、気にしないで」

「分かってる」

「それじゃあ、夏美はハリスの日記と月夜の散歩を読んでみた?」

 夏美は肩を竦める。

「英語の方は無理だよ」

「じゃあ、月夜の散歩は?」

「彷徨が持ってたし…、最初の一ページ以外は読んでない」

「それなら、読もうよ」

「え?」

「だって、もしかしたらここに答えが書いてあるかもしれないじゃない!元々夏美のおじいさんのお話も、このハリスの日記に基づいているんでしょ。だったら、読めば何か分かるかもよ!」

 確かに梓の言うとおりだと、夏美も思った。ハリスの日記がすべての始まりならば、これを訳した月夜の散歩を読めば答えが分かるかもしれない。

 だが梓の勢いの良さとは反対に、夏美は視線を泳がせた。

「そう、だけど…」

 渋った様子の夏美に、梓は聞いた。

「もしかして、夏美は読みたくないの?」

 夏美は躊躇いつつ答えた。

「興味はあるよ。だけど、ちょっと後ろめたいというか。おじいちゃんの過去を見るようで、何となく…」

「そっか…そうだよね。それじゃあ、読まない方がいいか。私はちょっと読んじゃったけど…」

「ううん。梓が読んだことは、気にしなくていいよ。私が見せたし、あ…」

 その時、夏美は彷徨が言っていた、ある一言を思い出した。

「どうしたの?」

 表情が一変した夏美の顔を、梓は覗き込んだ。

「彷徨にこの話は他の人にしてはいけない、と言われていたのを今さらながら思い出した…」

 梓はぱちぱちと目を瞬かせる。

「何それ。聞いちゃいけないことだったの?」

「かも…」

「……」

 だが夏美はすぐに否定した。

「あ、いや、でもいいよ!問題ない!」

「…ほんとにぃ?」

 心配そうに尋ねる梓を安心させるように、夏美は思っていることを言った。

「だって、どうせこの話は私一人で抱えきれそうにないし、聞きたいと思っていた彷徨は茨木に帰っちゃったし。梓が一緒に悩んでくれると助かる」

 梓はほっとしたように笑う。

「それならいいけど…。でも、他の人に話しちゃいけないって、どうしてだろうね」

「それも、聞いてみないと分からないけど…これを読むと分かるのかなあ…」

 二人は、じっとハリスの日記と月夜の散歩を見つめた。語らぬ書物ではあるが、読めば何かヒントが書いてあるかもしれない。

 窓から風が入ってくる。もう夜風だ。日に焼けた風は既になく、心地よい夏の風が通り過ぎてゆく。だが、夏美と梓が解かなければいけない問題は、これから解かなくてはならない。彼女たちの夜は夜風と違い熱くなりそうだった。

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