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知勇の士達  作者: Yuri
第二章 英国人青年の日記(地球編)
14/40

13、夏美の想い

「おはよう」

 朝一番の講義が始まる前、顔を机に突っ伏していた夏美に、(あずさ)がいつも通りの挨拶をする。

 気が付いた夏美は、そろそろと顔を上げた。

「お…は…よう…」

 だが、その顔と言ったら目の下にクマが出来ている上に、生気のない表情をしている。梓は彼女の隣の席に座りながら、驚いた様子で尋ねた。

「どうしたの、その顔」

「完全に寝不足」

「何でそうなるのよ」

 夏美は梓の顔を見た。彼女は昨日夕方から、九時頃までバイトをしていたはずである。それにも関わらず、自分よりも元気そうだ、と思った。

「……話を聞かされた」

「誰に―」

 といってから、梓は思い出したように左の手のひらに右手の拳をポンと置いた。

「従弟君か、もしや」

「……彷徨のことね。ええ、そう。まさにその通り」

 夏美は自分の腕に顎を乗せた。

「夜中に…話があるって言われて…聞かされた。突拍子もない話だった」

「突拍子もないってどんな?」

 身を乗り出すように梓は尋ねたが、その意気込みに最後の気力を吹き飛ばされたように、弱弱しく告げた。

「それは…後で話す…」

 夏美はそう言うと、目を瞑った。どうやらほとんど寝ていないらしい。

(何を聞かされたんだろう)

 梓は夏美を困らせるほどの内容とはどんなものだったのかを、想像した。だが、勿論その中には従弟が異世界に旅立つ話をされてたという内容は、含まれてはいなかった。

 そのため、昼休みになって夏美から彷徨が異世界へ行く話を聞かされた時は、彼女がまだ寝ぼけているのだと梓は思った。

「夏美、ちょっと大丈夫?」

 梓は、学食のカレーを口に運びながら聞いた。

「後で図書室で寝るから問題ないよ」

 夏美は梓がご飯を食べる横で、まだ弁当を開いている途中だ。二段弁当がようやく一段ずつになる。

「そういうことじゃなくて」

「ん?」

「頭、大丈夫かってこと」

 梓が真剣な表情で心配しているのをみて、夏美は自嘲した。

「そういうことだったか。いや、そう言うとは思ったけど」

「何それ」

「昨夜の私も、彷徨に対してそうだったから」

 夏美は弁当箱を開く。白いご飯にはシソのふりかけがかかっており、おかずは昨日の余りものである。レタスとミニトマトのサラダに、茄子の味噌和え、アスパラガスの肉巻き、あとはじゃがバター。夏美は好き嫌いはないので、どれも好きなおかずである。

 ただ、昨日四人分を作ったというのに、祖父の春道と彷徨が夕飯を外で食べてきてしまっていたので、今朝も食べた内容である。全く同じというのは、作ってもらっている身なので何とも言えないが、飽きてくるのは否めない。

「どういうこと?」

「彷徨は真剣に話しているんだけど、私はすぐに信じられなくて笑った」

 梓の手が止まる。

「…ごめん」

 つまり夏美は真剣だったのだ。それを「頭がおかしいのではないか」と言って、話を信じなかった。

 だが、梓を責めるようなことはしなかった。

「いいよ。だって、正直信じられない話だもん。今から『実は今の話嘘だったんだ』って私が言ったとしたら、梓だって『なあんだ、嘘だったのか』って思うでしょ?」

「……否定はできない。けど…」

 どう答えたらいいのか言い淀んだ時、夏美を見るとその顔は沈んでいた。

「夏美?」

「私、梓にこんなことを言っておいてなんだけど、昨日彷徨に似たようなことしてるんだ」

「彷徨君が怒るようなことでもあったの?」

 夏美は首を横に振る。

「怒ってはいない。でも、すごく残念そうだった」

「そっか…」

「信じてくれるだろうと思っていた相手に、裏切られたって感じだった。面と向かって言われたわけじゃないけど、顔にそう書いてあった」

 夏美はご飯を箸ですくうと少し見つめてから、口に運んだ。今朝、彷徨は朝食を食べる前に、廊下で鉢合わせした夏美に、一言言った。

―昨日は、変なこと言ってごめんね。

(何も言い返せなかったけど、あの時私はなんて答えてあげれば良かったのかな)

 俯いている夏美に、梓が尋ねた。

「だけどさ。彷徨君は何をしに、夏美のおじいちゃん家に来たんだろうね」

 夏美はミニトマトを口に運ぼうとした手を止める。

「私もよく分からない。でも、彷徨は聞きたかったって言う、おじいちゃんが昔してくれた話をもう一度聞けたみたい」

 梓はカレーをほうばると、頷いた。

「そういえば、そんなことを言ってたね。私は、わざわざ昔話を聞くためだけに新幹線乗ってきたって変なのって思った。それにしても、昔話を聞くことと、異世界行きます宣言はどう関りがあるんだろ。まあお話に関しては、もう一回聞きたいくらいだったんだから、相当面白かったってことだよね―…」

 その時、梓はふと一つの疑問が頭の中に浮かんだ。

「あのさ唐突に思ったけど、その昔話って、夏美のおじいちゃんの経験談、それとも作り話のどっちなの?」

 その時、夏美はぱっと顔を上げて梓を見た。何か答えを見つけたような表情である。

「あ、成程」

「どうしたの?」

「〝昔話〟ってどっちつかずな言葉なんだなあ、って思って。つまり〝昔話〟って桃太郎みたいな昔話もあれば、語る人の過去の話を指すこともあるなあって」

 梓が同意する。

「言われてみれば、そうかもね。お伽噺か過去の話か」

「だけどおじいちゃんがしてくれた昔話は、その両方が合わさってた。彷徨がそう言ってた」

 梓は眉を寄せた。夏美の言葉の意味を考える。

「つまり…桃太郎みたいなお伽話と、語り部の過去が混ざっているみたいなこと?」

「そういうことになるかな。桃太郎の話をしている人が、桃太郎と同じような経験をしてると言えばいいかな」

「…理屈は分かったけど、どんな内容の話か想像がつかない」

 お伽噺と実際の過去が混ざり合っているというのは、どういうことを指すのか。言葉で言うのは簡単だが、想像するのは難しい。

「だよね。えーっと彷徨が聞きたかったっていうおじいちゃんの話は、イギリスの青年が異世界に行くという冒険譚のことなのね。小さいときの話だから、私は詳しい内容までは覚えてなくて…」

「内容は気になるけど、まあいいよ。それで?」

「だけどこの話には、話の元になるものがあって、それがハリスという、イギリス人の青年が書いた日記だったみたい。このことは彷徨が教えてくれた」

「そっか。おじいさんが語った話は、そのハリスさんの日記を元に自分の経験を踏まえて、夏美たちに語ったってことか」

「うん。彷徨がそう言ってた」

「あれ、でも…、ちょっと待って」

 梓はスプーンを持った右手で、夏美に待ったの仕草をした。ついでに左手の人差し指を眉間に当てる。

「ややこしくなってきた。そうなると、夏美のおじいさんはハリスさんの日記に書いてあることと、似たようなことを経験しているってことにならない?ほら、夏美がさっき、桃太郎のような昔話と、語り手の昔話が合わさったような話なら、語り手が桃太郎みたいな経験しているってことでしょ」

「ご明察。まさにその通り」

 梓は頬をひくりと動かす。驚き、戸惑い、信じ難い、といった複雑な感情が彼女の中で巡っていた。

 ハリスが書いた日記が、異世界に行く話であるならば、夏美の祖父も異世界に行っている、ということなのではないのか。

 スプーンが止まっている梓をよそに、夏美はご飯を口に運びながら言った。

「だから昔話が合わさったような話、と解釈をするところまでは良かったんだけど、その後が大問題だったわけ」

「言いたいことは分かる気がする…」

 夏美の祖父が語ったお伽噺がシンデレラで、ガラスの靴の持ち主が運命の人だった、というようなロマンティックな経験を夏美の祖父がしているのだとしたら、納得もできる。だが、異世界の経験となると、夢物語を語っているのではないかと思われても仕方のないことだ。

「何しろハリスの日記には、異世界を冒険したことが書かれてある。小説じゃなくて日記だよ?つまり、ハリスが異世界に行って経験したことを、書き残したものってこと」

「だとするとやっぱり…」

「そう、そのまさか。おじいちゃんは異世界に行ったことがある…という結論になる」

「嘘でしょ?」

 梓の顔は笑っていなかった。夏美は学食の椅子の背もたれに体を預けて、長い溜息をついた。

「嘘じゃないみたいだけど、私も信じられていない」

「でも…、これならどうして彷徨君が夏美のおじいちゃん家に行こうとしたのか、そして異世界に行く宣言をしたのかが繋がるよ」

 祖父が異世界に行ったことがあるから、自分も行ける。そして行く理由は、祖父がやりのこしたことを代わりにやるため。それが彷徨の行動の理由だったということだ。

 夏美は額を押さえた。

「だけど厄介だよ。彷徨が本気になって語るほど、異世界というものが本当に存在するのかも、って私も思っちゃう。そして実際に存在するのだとしたら、彷徨は本当に異世界に行きそう。そしたらその時私は止めなくていいのかなって…考えても仕方がないことをすでに考えているのよね」

「成程ねえ…」

 その後二人は、各々の中で思いを巡らせ、黙って昼食を食べた。

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