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知勇の士達  作者: Yuri
第二章 英国人青年の日記(地球編)
11/40

10、英国人青年の日記

「『私は学生の頃、不思議な体験をした。

 それは、イギリス人の青年が書いたという日記を、私の友が翻訳したことから始まった。他者の日記を読むというのは何となく後ろめたさがあるものだが、随分昔に書かれたということもあって、友人たちと共にまるで物語を読むように味わった。

 果たして、日記は非常に面白かった。

 中でも私がお気に入りだったのは、日記であるはずなのに非日常的なことが時折出てくるところである。日本でいうところのお伽噺のような感覚だ。

 お陰で私は、イギリスとは不可思議なことが起きる場所なのだと勘違いしてしまったほどだ。だが後にそれは、異域に赴いた彼が、その地で起こった出来事を書き記したものだということを知った。

 いや、「異域」とは少し意味が違うだろうか。「異界」。そう言ったほうがしっくりくる。

 それにしても何故、私がイギリス人の青年が書き残した日記が、異界で起こった出来事を書き綴ったものであると分かったのか。

 それは、私は青年が赴いた異界へ行くことになったからである。

 それが、私の人生の中で一番の不思議な体験だった。』」

 彷徨(かなた)が読み終えると、夏美は頬杖をついて従弟に問うた。

「で、これのどこが日記なわけ?」

 夏美の質問に、今度は彷徨が目をぱちくりさせた。

「どこって言われても…日記は日記、としか言いようがないんだけど」

 夏美は彷徨が同意してくれないので、一人で首をかしげることになった。

 誰が読んでも、これが日記とは思えないはずなのだ。何故なら「異世界」という表現があるからである。この「異世界」という言葉を「外国」と捉えるなら分からないでもないが、文章を読んだ限りそうでもない。

 夏美はまだ納得できないので、自分の疑問をどうにかして彷徨に理解してもらおうとした。

「そうじゃなくて…この一ページを読んで違和感を感じない?これが日記というなら、この人は〝異世界〟に行ったことになるんだよ?異世界ってどこ?そんなところ実在する?それなのに日記っていうのはおかしくない?」

 捲し立てるように言うと、彷徨は気圧されたようだったが、彼は急に真面目な顔をした。

「そうだよ」

 夏美は笑った。彷徨は、私を驚かそうとしているのだ、と思ったのだ。

「冗談でしょ」

 だが、夏美の気持ちとは裏腹に彷徨の表情は真剣そのものだった。

「異世界が実在している。そしてこれは、そこへ行った記録なんだ」

 夏美の瞳が揺れる。

「……どういうこと?」

 彷徨は製本されたほうに触れた。それには「Diary」と表紙の右下にエンボス加工がされてある。彼が適当なページを開くと、そこには英語で内容が書かれていた。

「まず、〝Diary〟という題名の本の話をさせて。この二つの本は全然違うように見えて、とても近い。切っても切り離せない関係にあるから」

「…分かった」

 夏美が腑に落ちないながらも頷くと、彷徨は少しだけ笑った。

「始まりは、〝Diary〟を書いたイギリス人の青年ハリスの体験だ。彼は十七歳の時、イギリスから異世界へ飛ばされてしまう。どういう理由があってそうなったのか、という説明はされていないけど、とにかく異世界へ飛ばされてしまったんだ。ハリスはそこで様々な人と出会い、ふれあい、別れを経験する。日記なのに、まるで冒険譚のような内容だよね」

「だから言ったじゃない。小説みたいだって…って、あれ?」

 夏美は自分の言っていることに、違和感があることに気が付いた。

「どうしたの?」

「私が小説だと思ったのに、彷徨が日記だって言い張った異世界の話が書いてある方って、〝月夜の散歩〟だよね?」

「そうだよ」

「じゃあ、なんでハリスが書いた日記にも異世界のことが書いてあるの?」

 彷徨は「いいとことに気づいたね」と言って話を続けた。

「それが重要なポイントなんだ。実は、この黄ばんだ紙の束に書いてある〝月夜の散歩〟っていうのは、英国人青年のハリスの日記、つまり〝Diary〟を訳したものなんだ」

「そうだったんだ…」

 夏美はその説明で、彷徨がこの二つの本がとても近いと言ったのかが分かった。

「まあ、〝Diary〟と言っているとちょっと分かりにくいから、僕らはそれを〝ハリスの日記″と呼ぶことにしよう」

「そうだね」

「これで〝ハリスの日記〟と〝月夜の散歩〟の繋がりが分かった。次に、誰が訳したのかなんだけど」

「手書きだよね。おじいちゃんだと思ったけど、違うかな」

 夏美は祖父が翻訳できるほどの英語力があるとは思わなかったのである。

「惜しい。おじいちゃんの友達なんだ」

「おじいちゃんの友達?」

 彷徨は頷いた。

「雨宮さんと言う方で、秀才だったらしいよ。学生のころから語学に興味があって、勉強の一環として翻訳をしていたそうなんだ」

「それで、ハリスの日記を翻訳したってことか」

「その通り」

「でも、翻訳というなら、どうして〝月夜の散歩〟の最初のページに、『それにしても何故、私がイギリス人の青年が書き残した日記が、異界で起こった出来事を書き綴ったものであると分かったのか。それは、私は青年が赴いた異界へ行くことになったからである。それが、私の人生の中で一番の不思議な体験だった』って書いてあるの?英国人青年ハリスの日記を翻訳しただけなのに、この出だしは変じゃない?」

「それは〝月夜の散歩〟に、おじいちゃんの体験が所々に書き記されているせいだ」

「え?」

 夏美は彷徨の言葉に首を傾げた。

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