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彼に精霊の祝福を。

作者: 津崎 奈津

「精霊様、精霊様、どうか私の願いを叶えて下さい。」

少女は願う。精霊が願いを聞いて、叶えてくれると信じて疑わずに。


この世界に置いて精霊は聖なる存在。国の守護神の様な存在である。人々は精霊を敬い、精霊の存在が人々の心の支えとなる。だが、精霊が願いを叶えてくれると言う認識は間違っている。



それを長い年月が立つ間にいつしか勘違いをして、人間に都合の良い存在となっている。

だから、今日も私利私欲に塗れた者が精霊の元を訪れる。


「そなたは私がそなたのために動くとでも思っているのか」

「…っ、い、え、そんな」

「では、何をしに此処に来ている。まさか私を己の利に使おうなど、考えて居らぬだろうな?」

「ひぇ…申し訳ございませんっ、お許しを!」

「では、私の前から消えろ」


小太りのいやらしい顔をした中年の男は叫びながら逃げてゆく。こんな鬱蒼とした森の中を何時間も掛けて来たのにご苦労な事だ。


「人間は何を勘違いしているのだ」


このように精霊の住む森を目指して、己の欲を叶えて貰おうと帰って来れるかも分からない未知の場へ入ってくるものも少なくはない。先ほどの者もその1人だ。精霊は基本、人間の為に動かない。基本、の為もちろん例外として人間の為に動く事もある。


一つは、自分にも利がある時。


もう一つは、その相手に好奇心や好意などの感情を持つ時。


あとは気まぐれなどで動いたりもする。


ちなみに、精霊がその者の為に動く、と言うことは即ち、「精霊の祝福」を受けると言うことである。「精霊の祝福」は、その者の体か魂かのどちらかに掛けられる。


体に祝福を受けた場合はその体が朽ちれば、祝福の効果も無くなる。


一方で、魂に祝福を受けた者は死んでも魂に祝福を受けているため、来世も祝福を受けた状態である。


だが、ここ何千万年そのような事は起こっていない。精霊は特に欲が無い。増して、人間に好意などの感情を持つなんて有り得ない。先代に、数人居たが。

精霊として生まれて来た私には、先代の記憶がある。

ある者は、人間に恋をした。ある者は、数人に祝福を与えた。ある者は、何もせずに、見ていた。


17代目の私は未だに誰にも祝福を与えていない。きっとこれからも祝福を与えずに生きていくだろう。


********************

その時は、面白い奴だな、と思っていた。

ある日、1人の青年が私の居るこの地へ訪れた。その者は、母の病気を治して欲しい、と言う。当然、断った。だが、青年はそれでも、と言う。青年の強い意志に押された私は、


「百日間、欠かさず私の元を訪れたらその病気とやらを治そう」

と言った。そもそも、毎日森を訪れるのは難しい。だから、諦めると思った。だが、青年は予想外の言葉を返した。

「百日後じゃ遅すぎる、ダメだ。今すぐ治してくれ」


私に口答えする彼に面白さを感じた。だから、先に病を治して彼が百日私の元を訪れる事になった。なんでかって?タダの気まぐれだ。


最初は、ただ訪れて帰るだけだった。

その内、少し言葉を交わし始めた。暫くすると木の実などを持ってくるようになり、他愛も無い会話を交わした。


「これ、美味いんだ」

「精霊はそのようなもの食べぬ」

「まあまあ、美味いから食えって」

「…しょうがない奴だ」


彼と居ると人間の事が分かって面白かった。だから、もうすぐでは百日になると気づいた時に、少しだけ寂しかった。


「今日で…百日目である」

「ん?あー、そうだな」

「そなたがここに来る事も、もう無いであろう。」

「え?何で?」

「…用もないのに来る理由が無いであろう?」

「え、俺、精霊様に会いたいし」

会いたいと、言ってくれた。それが嬉しかったのかもしれない。

「…レイシア」

「名前?綺麗だな。俺なんかに教えて良いのか?」

「馬鹿、そなただから教えるのだ」

名前を教えたぐらいで、彼は嬉しそうに笑って、

「じゃ、また来るから」

と言って帰っていった。彼がまた来る事がいつの間にか楽しみになっていた。


だが、彼が来る事は何年経っても無かった。理由は、何となく分かっていた。戦争が起こったから。きっと、兵士として戦地へ行ったのだろう。

それでも彼が来るのを待っていた。彼がこの森へ入るのを待っていた。また、いつもの笑顔で楽しそうに笑ってくれるのを。


結局、二十年の年月がたった頃、戦争が終わった。精霊にして見れば二十年など瞬きをするぐらいの短さである。だが、彼が来ない日々が異様に長く感じられては、彼が来ていた百日が夢のように思えた。彼は、生きているだろうか。また、ここに来てくれるだろうか。毎日、そんな事を考えて彼が来る事を願っていた。

そんなある日、


彼が、来た。驚いた、夢じゃないかと思った。

どうして、と言うと、レイシアの事忘れるわけ無いじゃないか、と彼は笑った。涙が頬を伝う。生まれて初めて泣いた。彼が驚いた顔をして慌て始めた。それが面白くて、嬉しくて、また泣いた。

精一杯の強がりで、泣き顔のまま、


「もう…死んだのかと思ってた」

と言うと、

「死ぬわけないじゃん、まだレイシアにあってないのに。」

嗚呼、これが恋なんだ。先代の気持ちが少し分かった。

戦時中の話を少しだけ聞かせてもらい、彼の母が亡くなったと聞いた。


「また、来るから!」

その言葉が聞きたかった。少しだけ大人になって、幼さの消えた彼の顔を見て笑った。

けど、彼の命ももう長くないらしい。この森で顔を見る度に衰弱していく彼を見て悟った。だから、もう来なくても大丈夫だ、と言ったのに彼は来る。


彼が私の前で血を吐いた。

もう、長くない。


「…俺、多分、ここで死ぬ」

「村の者達には」

「会わなくていい、大丈夫」

「…人間とは儚いものだな」

「…そう、だね、母さんも死んだし、俺もそろそろだし。戦争がなかったらもっとレイシアに会えたかな?」

「…馬鹿をいえ。そんなに変わらぬわ。もう充分に会っただろう」

「ははっ…ねぇ、レイシア」

「なんだ」

「最後のお願い、俺の…名前呼んで?」


そんなの容易い事だ、もっと他の願いは無いのか、貴方が願うならどんな事でも叶える。

そう、言いたかったのに、涙が出て言葉が続かない。


「ねぇ、早く、俺もう死んじゃうよ?」

「馬鹿を言え、死ぬな」

「レイシアが呼んでくれたら死なないかも、ね?」

自分がもう死ぬのに、死ぬのを怖がらずに、つらいはずなのに明るく振る舞う。だから…


「…だから、そなたの事は好きなのだ、ノル。…っだから、死ぬ、な」

「ははっ、好きだとまで言ってくれるとは、夢でも見てんのかな。もう死ぬし、まあ、夢でもいいか」

「死ぬなっ、死んだら私は…っ」

「大丈夫、君は強いから。大丈夫。名前、読んでくれてありがとう、レイシア」

「ノル…っ、死ぬな、好きだ、ノル…」

「ありがとう、俺も好きだよ、レイ、シア… 」


貴方に会えて、人間の気持ちを知った。ノルの事が好きになれて良かった。

だから、彼の…ノルの魂に、


「彼に精霊の祝福を。」

お楽しみ頂けたでしょうか。


ありがとうございました。誤字脱字、文の間違い等があれば指摘して頂けるとありがたいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 綺麗な作品だと思いました。
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