六
「なに当たり前のことを言ってるの?今まで散々《さんざん》脱がされて来たんだから間違いなく手垢が付いてるに決まってるじゃない」
心底“なに言っちゃってんの?”って声で、そう仰られる恵子様。
恵子様…、それ言っちゃいます!?
そこツッコまれちゃったら私も言うしか無いじゃないですかー、もう~。
「そういうのだいぶご無沙汰なんだよね、かれこれ二年ぐらい?」
「それならもっと早く捨てなさい」
ピシャっと音が聞こえそうなほど言い切られて『ですよね』って思う私もいる。
でもあの、恵子様?
「拾ってきた捨て猫を拾った場所に戻して来なさい、みたいなニュアンスで彼氏を捨てろって言うのはどうかと思うの」
「犬・猫だったら捨てろなんて言わない、一度拾ったのなら責任を持つべきだもの。けどクズは捨てて良し!私が許す!」
恵子様が怒っていらっしゃる――!
怒鳴られてないのに怒鳴られてるときと同じぐらいの威圧感をスマホから聞こえる棘のある声から感じるが、その怒りは私に向けられてるんじゃないから全然怖くない。
恵子は私のために怒ってくれてる。
遠い昔、自分のために怒ってくれる人がいるってことが嬉しいし、それだけで救われることもあるんだって青臭いことを言った。
それが誰かの受け売りだったのか、知ったばかりの言葉をただ使ってみたかっただけなのか覚えていないけど、泣き笑いしながら言った記憶だけは残ってる。
――私のために怒ってくれてる恵子に、私はいま確かに救われてる。
「そうだよね、可愛いワンちゃん猫ちゃんと馬鹿殿を同列にするなんて、虐待で愛護団体に訴えられても反論できないぐらい酷い仕打ちだよね!でも、まだ捨て時じゃない」
「はぁー。私は今がその捨て時だと思うんだけど、言い出したら聞かない佳絵に言っても仕方ないわね」
本当に困ったヤツ、って雰囲気でため息を吐く恵子にちょっとムッとする。
恵子が言うように私は言い出したら聞かない。
だから周りのみんなは『今度はなんなの?』って呆れ半分で聞いて来る。
まさに今の恵子みたいに、仕方ないなぁって雰囲気全開で聞いてきやがる。
真剣に言ってるんだから、もっと真面目に聞いて欲しい!
周りからは頑固じゃなくて意地っ張りの意固地だと言われる私は、人から見たら「気にするとこそこなの?」ってポイントに拘ることがままある。 非常に心外だが、間違っちゃいない。
私はいつだって大事なことにしか拘っていないつもりなんだけど、結果終わってみると“初カレ実の姉で筆おろし事件”みたいに人とはちょっと違う着地点に落ち着く。
その結果を招くきっかけは、ほぼほぼ「そこ気にする?」ってことを突き詰めた先で見つける。
だからこそ探偵でもないのに結構な頻度で迷事件に遭遇できるのだ。
自分から寄りに行かなくても今回みたいに降って湧いたりもするんだけどね!
事実は小説より奇なりって言うけど、ホント降って湧いた天然モノのほうが迷走度が高い。
絶対覆ることがない性別から迷走してるんだもんな~。
「なら佳絵にとっての捨て時はいつなの?」
ムッとしてるのに気付いた恵子が先を促してくる。
促されても細かいことなんて決めてないから、
「いつって言うのが日付やどれくらい先になるのかを指してるなら、いつになるかなんて分からん!」
胸を張って言い切る。
私だって彼女に二年手を出してないのに、なに男に手出してくれちゃってんのって思ってるし“なんでもっと早く捨てなかったの、今からでも遅くないから早く捨ててしまえ!”って私のためにそう思ってくれてる恵子の気持ちも分かってる。でも、
「今別れたら今までの五年間が勿体無い!」
「勿体無いって…、どうしてそう思うの?」
「付き合って五年で同棲も三年、相手の両親とも良好な関係でってくれば当然結婚でしょ!と思っていたら、その彼氏が浮気してて、しかも相手が彼氏のじゃなく私の高校時代からの仲が良いと言って差し支えない男友達で、その浮気相手の男友達に掘られて喜んでるアヘ顔彼氏を目に焼き付くぐらい見ちゃったなんて、この先の人生でもう二度と経験しないでしょ!?」
「そうそう経験してたまるか!」