五
「ここにヘルプを要請します!」
自分一人じゃ仕返しをする前に、この部屋から脱出することも困難だったため強力な助っ人を頼むことにした。
夜11時過ぎに電話したにも関わらず6コールで出てくれた強力な助っ人である恵子に『さすが出来る女は違う!具体的には15コールを十八回もさせやがった馬鹿殿と全然違う!』と思いつつ高らかに宣誓する。
「で?」
私だったら「はぁ?いきなり何バカ言ってんの?」ぐらい言ってるところだが、クールな恵子は一字で済ます。
無駄が嫌いな恵子らしいと、私も恵子スタイルで簡潔に話すことにする。
「馬鹿殿とマサが浮気してた!」
「…ん?」
勢いで馬鹿殿って言っちゃったけど、ついさっき決めたあだ名じゃ誰だか伝わらないよね。
「ヒロムって言う馬鹿殿と腐れ縁のマサが浮気してるとこ見たの!」
「…ん?」
あれ? これも簡潔にしすぎたかな?
「だーかーらー、彼氏のヒロムと男友達のマサが合体してる浮気現場を目撃しましたーー!!」
「…はぁ~!?」
「だよねっ!そうなるよ「彼氏とマサって、合体って…、あんた見たの?」ねぇー…」
例え頭の出来に雲泥の差があっても、やっぱりコレは驚くよ! と思ってたら、直ぐに元の冷静な声色に戻った恵子が割り込んで聞いてくる。
こんな時に思うのもなんだけど『親友の彼氏が男と浮気してる』衝撃エピソードでも恵子のリズムを一瞬しか崩せないとなると、もう私に恵子のリズムを狂わせるのは無理だわ。 ため息出ちゃう。
コレ以上の衝撃ネタを用意するのは私の身が持たん!
「はぁ~…、残念ながらびっちりバッチリしっかりクッキリとヒロムが掘られてる所を目撃しちゃってんだな、これが」
「ご愁傷様。今どこにいるの?」
“大丈夫?”ではなく“ご愁傷様。”ってとこがらしい。
大丈夫なんて安易な気休めの言葉を使わないでくれる恵子らしい優しさが嬉しくて胸が詰まる。
私みたいに意地っ張りで人に寄り掛かれない甘えベタな奴は“大丈夫”って聞かれてしまったら大丈夫じゃなくても“大丈夫”って答えちゃうから…。
「ありがとう、自宅にいる」
「浮気男は?」
「馬鹿殿は浮気相手のマサん家でお泊りエンジョイ中だよ」
「佳絵がそう呼んでるなら私も馬鹿殿で統一するわ。明日には帰ってくるの?」
エンジョイ情報を完スルー出来る恵子が羨ましい。
私だったら拾っちゃうもんな。
優秀なレシーバーである自分が憎い!
「おう!お似合いっしょ?明日の夕方あたりに帰ってくると思われ」
「はいはい。それならそれまでに佳絵の荷物こっちに持ってこないと。家来るんでしょ?一ヶ月は面倒見てあげるから」
私がまだ説明もお願いもしてないのに、開口一番のへルプ要請の真意を汲み取って、私が受け入れやすいように自分から言い出してくれる恵子の懐の広さに惚れ直す。
恵子が男だったら良かったのに!と思わずにいられない。
「ありがとう。ごめんね、恵子」
「ありがとうだけ受け取っとくわ。私は私のしたいことをしているだけだから謝られても困るもの」
本心からそう言ってくれている恵子のこのさっぱりとした優しさに触れると、本当の愛情ってのは見返りを求めないもんなんだなぁってしみじみ思う。
恵子の優しさはなかなか人に伝わりにくくて、本人も伝わらないならそれで良いと言ってるから、新たに恵子の優しさに気付ける人は少ないだろう。
それをもどかしく思うのは、優しい恵子に優しい世界で生きて欲しい私のエゴなんだろうな。
「そんなことより佳絵、荷物はいつまでにまとめられるの?」
「うーん、そもそも運ぶためのダンボールがない!」
「ゴミ袋に詰めろ。で、いつまで」
ノータイムでダンボールの代わりをゴミ袋が担うことになてしまった…、くすん。
捨てるゴミと混ぜないように袋に油性ペンで明記しとかなきゃ。
「朝七時までには終わる。早いっしょ?必要最低限のモノ以外置いてないし、それに洋服とか下着はお気に入りの以外全部捨てるってもう決めてるからね。だって、馬鹿殿の手垢が付いてるような気がして、もう着る気が起きないんだもん!」